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3話 お金で買えない
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「はああああ~……」
「斎藤くん。さっきから“オレ悩んでます”アピールがうざいよ」
バイト先の休憩室で、テーブルに突っ伏して唸るオレの耳に、美織さんの容赦ないコメントが突き刺さる。
友仁をめちゃくちゃに怒らせた夜から一夜明け、悶々としながらとりあえずバイトに来たは良いものの、頭の中は昨日のことでいっぱいだった。やばいことになってしまった。
「美織さん……オレ、カレシと喧嘩したんです……」
「ふーん。なにしたの?」
「なんでオレがなんかした前提なんですか」
「じゃあカレシになんかされたの?」
「……知らんおっさんに高額の援交を持ちかけられて、答えに迷ってるとこをカレシに見られて」
「それは百パーセント君が悪いね」
率直な感想がオレの胸をえぐる。
「ちゃんと謝ったの?」
「…………むしろ逆ギレかましました」
「サイテーだね」
もはや返す言葉もない。
沈黙することしか出来ないオレの向かいで、美織さんはチョコミントメロンパンとかいう、ヤバい色の菓子パンをもぐもぐと頬張っている。口いっぱいのメロンパンをゆっくり飲み下して、美織さんは少し首を傾げた。
「で、どうするの? 今のカレシと別れて、そのおじさんと付き合うつもり?」
「いや……それは、さすがに……」
あのおっさんの方がより金持ちなのはたぶん間違いないし、おっさんから受け取った名刺もまだあるが、そこに連絡してみる気にはなれなかった。口ごもるオレを見て、美織さんは呆れたような顔をする。
「別れる気がないなら、早いとこ謝った方が良いと思うけどね。そういうのって、時間が経てば経つほど気まずくなるでしょ?」
「……謝るってどうしたらいいんですか?」
「君もなかなか終わってるね。……今、カレシと連絡取れるの?」
「それは、まあ……」
「じゃあスマホ出して」
言われるままにおずおずとスマホを取り出すと、美織さんはニヤリと笑った。
「今すぐカレシに連絡しなよ」
「えっ」
「こういうのは思いついた時にやった方が良いの。ほら、急がないと休憩終わっちゃうよ」
「ええ……」
美織さんに急かされるまま、オレは深く考える間もなく『バイト終わりに会えないか』という内容のメッセージを友仁に送った。すると、
「うわ、もう既読ついた」
送信を押した数秒後に既読が付いたことにビビって、オレは慌ててアプリを落とそうとした。しかしそれより早く『帰る頃に迎えに行く。うちで話そう』という簡潔なメッセージが返ってくる。
「うわあ……怖ぇえ」
手汗で滑りそうになる指を必死で動かして、『分かった』とだけ返信し、オレはそのまま隣の椅子に置いていたリュックにスマホを放り込んだ。あいつが絵文字の類を使わないのはいつものことだが、こういう時は無駄に怖く感じる。
「はい、よくできました」
オレの向かいでは、美織さんが愉快そうに拍手している。他人事だと思って楽しんでるんじゃないかこの人。
「これでオレが捨てられたら、飯でも奢って慰めてくださいよ」
「いいよ。その代わり、何があったか詳しく教えてね」
美織さんはそう言って、水色をしたメロンパンの最後のひとくちを、美味しそうに頬張ったのだった。
¥
そうして、オレのシフトが終わる三十分ほど前に、友仁は店にやってきた。オレのことなど知らない素振りでいつもの席に座り、いつものコーヒーを飲む友仁に、内心で冷や汗をかきながら声をかけたのが、退勤時間の午後六時。それからオレは、すぐ近くの駐車場に停められていた友仁の車に押し込まれ、そのまま友仁の家へと向かうことになった。
友仁の車は、街を歩けば必ずすれ違うような、どこでも見かける普通の国産車だった。その助手席に乗せられて、特に会話もないまま、まだ明るい街並みが後ろに飛び去っていく様子を眺める。
「……あの、友仁」
「もうすぐ着くから」
沈黙に耐えかねたオレの言葉を遮って、友仁は落ち着いた手つきでハンドルを切る。その発言通り、オレたちの乗る車は、数分後には小綺麗なマンションの駐車場に吸い込まれていた。
地下にある駐車場からエレベーターに乗って、無言のまま友仁の背中に着いていくと、五階の一番奥にある部屋に辿り着いた。中は驚くほどの豪邸などではなかったが、ひとりで暮らすには十分過ぎるくらいの広さがあった。リビングだけでも、オレが今住んでいる部屋より広い。
「その辺に座ってくれ」
リビングの真ん中にあるデカいソファを指して、友仁が言う。言われるままにソファの一番端に腰を下ろしたオレを見て、友仁もその隣に座った。変にしおらしい気持ちで端に座ったせいで、逃げ場がなくなったことに気づいたが、時すでに遅しである。
太ももが触れ合いそうな距離に並んだまま、しばらく無言の時が続く。なんだか空気が良くない。そうだ、こういう時は勢いが大事なんだよな、美織さん。
「あのさ、友仁……」
「悪かった」
「……えっ」
オレが謝ろうと口を開きかけた瞬間、友仁の口から先に謝罪の言葉が飛び出して、思わず目を瞬いた。なんで友仁が謝るんだ。
「友仁……?」
「昨日は、その、悪かった。さすがに言葉が過ぎたと思う。お前が金に執着していることなんか、付き合う前から分かっていたのに、わざわざあんな言い方をする必要はなかった」
「ちょ、ちょっと待って。付き合う前から分かってたってなに?」
聞き捨てならないセリフに驚いて、オレは友仁の腕を掴んだ。そんなオレをちらりと見て、友仁はまた視線を逸らす。
「そのままの意味だよ。俺に初めて声をかけてきた時、お前は文字通り財布しか見てなかったよな」
バレてたのかよ。
「は、はは……そうだったかな~……」
「別にごまかさなくていい。金とかコネとか、そういうものを求めて俺に近づいてくるやつなんて、子供の頃からいくらでもいた。……けどな、そういうやつほど必死に隠すんだよ。自分はあなたの家の財産になんて興味ありません。あなたの人となりに惚れたんですってフリをする」
そう言って、友仁が少しうつむく。なんだかよく分からないが、金持ちには金持ちなりの苦労があるらしい。
「そういうやつばっかりの中で、お前だけは違った。最初から俺の財布にしか興味がないのを隠そうともしない。正直面白いやつだと思った。だから誘いに乗ってみようと思ったんだ」
「え、もしかしてオレと付き合った理由それ?」
友仁が小さく頷く。まじかよこいつ。それなら顔が好みだったとか、ヤリたいだけとか言われた方が遥かにマシだった。
全てがどうでもよくなってきたオレの横顔に、友仁の視線が突き刺さる。なんとなく熱っぽさを感じたオレが見返すと、なぜかすごい勢いで目を逸らされた。
「友仁?」
なんでこの状況で赤くなってんだ。
「……そうなんだ。最初はただの興味本位だったのに、だんだん、お前のその露骨な態度が可愛く見えてきて……自分でもどうかしてると思うのに……俺は……」
なにやらブツブツと呟きながら、友仁は両手で頭を抱えてしまった。
「……ちょっと待って、あのさ……もしかして、友仁ってオレのこと好きなの? オレが金目当てだって分かってたのに? それでも?」
顔を覆ったままの友仁の肩が、ピクリと震える。友仁は肯定もしないが、否定もしない。
「わざわざ伝えるつもりは無かったんだ。お前が俺本人には興味がないことも分かってるし……けど、あのタヌキじじいが、あんな端金でお前を買おうとしているのに腹が立って、なによりお前自身もそれで納得してるふうなのが許せなくて……俺にとっては、金なんかじゃ買えないのに」
「えっ」
不意を打たれたオレが思わず声を上げたのに反応して、友仁がわずかに顔を上げた。その目つきが妙に真剣で、こっちの方が動揺してしまいそうになる。
「なあ玲生。俺に興味がなくても、金目当てでも構わない。だけど、頼むから自分を安く売るような真似はしないでくれ。……それだけは、耐えられない」
やけに切実な口調で言いながら、友仁がオレの腕を掴んできた。そして止める間もなく、逃げ場のないオレの腰に手を回して、ぎゅっと抱き締めてくる。その手つきが、まるで宝物に触れるみたいに優しくて、オレは抵抗する気も失せてしまった。
「玲生……」
大切そうに、友仁がオレの名前を呼ぶ。変なやつだな、こいつ。なんでオレのことなんか好きなんだろう。自分で言うのもなんだけど、オレって見た目以外あんま良いとこ無いのに。こんなにチョロいと、いつかオレ以上のしょうもないやつに引っかかりそうで心配になる。
「友仁」
子供みたいにくっついてくるカレシの名前を呼んで、背中をぽんぽんと叩いた。
「玲生……?」
ちょっとだけ顔を上げた友仁のほっぺたを両手で挟んで、強引にオレの方に向けさせる。そしてオレはそのまま、友仁の唇に、一瞬触れるだけのキスをした。
「…………は」
友仁が、驚いたように息を呑む。
「今のが、オレの初めてだから。誰がいくら積んだって、もう絶対手に入らないよ。……友仁以外には」
いくらも積まれなくたって、友仁にならあげていいと思った。だって、こんなオレを好きだって言うんだから、仕方ないよな。
「……っ、玲生!」
「うわ」
友仁がいきなりオレの肩を強く掴んできて、オレは勢いのままズルズルとソファに押し倒された。
「ちょ、危ない……」
覆いかぶさってくる体を反射的に押し退けようとしたが、それよりも早く、友仁の唇がオレの唇を乱暴に塞いだ。
「んぐ」
酔っ払っているのかと言うくらい熱い唇と、その間から滑り込んできた舌が、ぬるぬると口の中を動き回る。重なった唇から友仁の息遣いが直接伝わってきて、頭がくらくらした。嫌悪感はなかったが、友仁が文字通り息をつく暇もないほど激しく求めてくるせいで、若干酸欠になりつつある。ていうか、なんなんだこの状況。
「…………友仁!!」
ほんの一瞬唇が離れた隙に、友仁の肩を掴んで思いきり押し返す。オレに拒絶されたと思ったのか、その瞬間、友仁は猫にでも引っぱたかれたような顔をした。
「悪い、玲生……その」
「なんで当たり前のようにオレが下なんだよ!」
「……ん?」
オレの剣幕に友仁が首を傾げる。
「怒るところはそこなのか?」
「そこ以外ないだろ」
絡まってくる友仁の足を爪先で蹴飛ばしてやったが、友仁はオレの上から退こうとしない。
「悪いが俺はこっちしか経験がない」
「オレなんかどっちもないし」
むっとして言い返したオレを見て、友仁が吹き出す。
「ふっ……ふふ……」
「笑うなよ」
ほっぺたをつねってやろうとしたら、その手を掴まれて、そのまま指先にキスされた。絵本に出てくる王子みたいなキザったらしい仕草に、こっちの方が恥ずかしくなってしまう。
「……なあ玲生。どうしてもお前を抱きたい。だめかな」
オレの手を取ったまま、まっすぐにオレの目を見つめて友仁が言う。そのあまりにもストレートなセリフに気圧されて、不満だとか照れくさいとか、オレの中でぐるぐる渦巻いてきた気持ちは、一瞬で全部吹き飛んでしまった。
「や……でも今日そんなつもりで来てないし、準備とか何も……」
「お前がその気になってくれるなら、いくらでも待つ。……その、必要なモノは全部そろってるから」
「まじかよ。……てことは、今日は最初からそのつもりで家まで連れて来たわけ?」
オレがじっとりとした目で見上げると、友仁は慌てた様子で手を離した。
「違う! 今日は本当にそんなつもりじゃなかった! ……けど、今日より前に、そういうつもりでお前を呼ぼうとしたことは……ある」
そう言って目を逸らした友仁の、バツの悪そうな表情がおかしくて、今度はオレの方が笑ってしまいそうになる。
「ふーん。そんなにオレとえっちなことしたかったんだ?」
オレと目を合わせないまま、友仁は無言で頷いた。変なところで素直なやつだな。
「そっかあ、なるほどなー……じゃあ、しょうがないな?」
いつもより少し赤いほっぺたを引き寄せて、オレはそこに軽くキスをした。こんなサービス、お前以外にはどんな金持ちにだってしてやらないんだからな。
「斎藤くん。さっきから“オレ悩んでます”アピールがうざいよ」
バイト先の休憩室で、テーブルに突っ伏して唸るオレの耳に、美織さんの容赦ないコメントが突き刺さる。
友仁をめちゃくちゃに怒らせた夜から一夜明け、悶々としながらとりあえずバイトに来たは良いものの、頭の中は昨日のことでいっぱいだった。やばいことになってしまった。
「美織さん……オレ、カレシと喧嘩したんです……」
「ふーん。なにしたの?」
「なんでオレがなんかした前提なんですか」
「じゃあカレシになんかされたの?」
「……知らんおっさんに高額の援交を持ちかけられて、答えに迷ってるとこをカレシに見られて」
「それは百パーセント君が悪いね」
率直な感想がオレの胸をえぐる。
「ちゃんと謝ったの?」
「…………むしろ逆ギレかましました」
「サイテーだね」
もはや返す言葉もない。
沈黙することしか出来ないオレの向かいで、美織さんはチョコミントメロンパンとかいう、ヤバい色の菓子パンをもぐもぐと頬張っている。口いっぱいのメロンパンをゆっくり飲み下して、美織さんは少し首を傾げた。
「で、どうするの? 今のカレシと別れて、そのおじさんと付き合うつもり?」
「いや……それは、さすがに……」
あのおっさんの方がより金持ちなのはたぶん間違いないし、おっさんから受け取った名刺もまだあるが、そこに連絡してみる気にはなれなかった。口ごもるオレを見て、美織さんは呆れたような顔をする。
「別れる気がないなら、早いとこ謝った方が良いと思うけどね。そういうのって、時間が経てば経つほど気まずくなるでしょ?」
「……謝るってどうしたらいいんですか?」
「君もなかなか終わってるね。……今、カレシと連絡取れるの?」
「それは、まあ……」
「じゃあスマホ出して」
言われるままにおずおずとスマホを取り出すと、美織さんはニヤリと笑った。
「今すぐカレシに連絡しなよ」
「えっ」
「こういうのは思いついた時にやった方が良いの。ほら、急がないと休憩終わっちゃうよ」
「ええ……」
美織さんに急かされるまま、オレは深く考える間もなく『バイト終わりに会えないか』という内容のメッセージを友仁に送った。すると、
「うわ、もう既読ついた」
送信を押した数秒後に既読が付いたことにビビって、オレは慌ててアプリを落とそうとした。しかしそれより早く『帰る頃に迎えに行く。うちで話そう』という簡潔なメッセージが返ってくる。
「うわあ……怖ぇえ」
手汗で滑りそうになる指を必死で動かして、『分かった』とだけ返信し、オレはそのまま隣の椅子に置いていたリュックにスマホを放り込んだ。あいつが絵文字の類を使わないのはいつものことだが、こういう時は無駄に怖く感じる。
「はい、よくできました」
オレの向かいでは、美織さんが愉快そうに拍手している。他人事だと思って楽しんでるんじゃないかこの人。
「これでオレが捨てられたら、飯でも奢って慰めてくださいよ」
「いいよ。その代わり、何があったか詳しく教えてね」
美織さんはそう言って、水色をしたメロンパンの最後のひとくちを、美味しそうに頬張ったのだった。
¥
そうして、オレのシフトが終わる三十分ほど前に、友仁は店にやってきた。オレのことなど知らない素振りでいつもの席に座り、いつものコーヒーを飲む友仁に、内心で冷や汗をかきながら声をかけたのが、退勤時間の午後六時。それからオレは、すぐ近くの駐車場に停められていた友仁の車に押し込まれ、そのまま友仁の家へと向かうことになった。
友仁の車は、街を歩けば必ずすれ違うような、どこでも見かける普通の国産車だった。その助手席に乗せられて、特に会話もないまま、まだ明るい街並みが後ろに飛び去っていく様子を眺める。
「……あの、友仁」
「もうすぐ着くから」
沈黙に耐えかねたオレの言葉を遮って、友仁は落ち着いた手つきでハンドルを切る。その発言通り、オレたちの乗る車は、数分後には小綺麗なマンションの駐車場に吸い込まれていた。
地下にある駐車場からエレベーターに乗って、無言のまま友仁の背中に着いていくと、五階の一番奥にある部屋に辿り着いた。中は驚くほどの豪邸などではなかったが、ひとりで暮らすには十分過ぎるくらいの広さがあった。リビングだけでも、オレが今住んでいる部屋より広い。
「その辺に座ってくれ」
リビングの真ん中にあるデカいソファを指して、友仁が言う。言われるままにソファの一番端に腰を下ろしたオレを見て、友仁もその隣に座った。変にしおらしい気持ちで端に座ったせいで、逃げ場がなくなったことに気づいたが、時すでに遅しである。
太ももが触れ合いそうな距離に並んだまま、しばらく無言の時が続く。なんだか空気が良くない。そうだ、こういう時は勢いが大事なんだよな、美織さん。
「あのさ、友仁……」
「悪かった」
「……えっ」
オレが謝ろうと口を開きかけた瞬間、友仁の口から先に謝罪の言葉が飛び出して、思わず目を瞬いた。なんで友仁が謝るんだ。
「友仁……?」
「昨日は、その、悪かった。さすがに言葉が過ぎたと思う。お前が金に執着していることなんか、付き合う前から分かっていたのに、わざわざあんな言い方をする必要はなかった」
「ちょ、ちょっと待って。付き合う前から分かってたってなに?」
聞き捨てならないセリフに驚いて、オレは友仁の腕を掴んだ。そんなオレをちらりと見て、友仁はまた視線を逸らす。
「そのままの意味だよ。俺に初めて声をかけてきた時、お前は文字通り財布しか見てなかったよな」
バレてたのかよ。
「は、はは……そうだったかな~……」
「別にごまかさなくていい。金とかコネとか、そういうものを求めて俺に近づいてくるやつなんて、子供の頃からいくらでもいた。……けどな、そういうやつほど必死に隠すんだよ。自分はあなたの家の財産になんて興味ありません。あなたの人となりに惚れたんですってフリをする」
そう言って、友仁が少しうつむく。なんだかよく分からないが、金持ちには金持ちなりの苦労があるらしい。
「そういうやつばっかりの中で、お前だけは違った。最初から俺の財布にしか興味がないのを隠そうともしない。正直面白いやつだと思った。だから誘いに乗ってみようと思ったんだ」
「え、もしかしてオレと付き合った理由それ?」
友仁が小さく頷く。まじかよこいつ。それなら顔が好みだったとか、ヤリたいだけとか言われた方が遥かにマシだった。
全てがどうでもよくなってきたオレの横顔に、友仁の視線が突き刺さる。なんとなく熱っぽさを感じたオレが見返すと、なぜかすごい勢いで目を逸らされた。
「友仁?」
なんでこの状況で赤くなってんだ。
「……そうなんだ。最初はただの興味本位だったのに、だんだん、お前のその露骨な態度が可愛く見えてきて……自分でもどうかしてると思うのに……俺は……」
なにやらブツブツと呟きながら、友仁は両手で頭を抱えてしまった。
「……ちょっと待って、あのさ……もしかして、友仁ってオレのこと好きなの? オレが金目当てだって分かってたのに? それでも?」
顔を覆ったままの友仁の肩が、ピクリと震える。友仁は肯定もしないが、否定もしない。
「わざわざ伝えるつもりは無かったんだ。お前が俺本人には興味がないことも分かってるし……けど、あのタヌキじじいが、あんな端金でお前を買おうとしているのに腹が立って、なによりお前自身もそれで納得してるふうなのが許せなくて……俺にとっては、金なんかじゃ買えないのに」
「えっ」
不意を打たれたオレが思わず声を上げたのに反応して、友仁がわずかに顔を上げた。その目つきが妙に真剣で、こっちの方が動揺してしまいそうになる。
「なあ玲生。俺に興味がなくても、金目当てでも構わない。だけど、頼むから自分を安く売るような真似はしないでくれ。……それだけは、耐えられない」
やけに切実な口調で言いながら、友仁がオレの腕を掴んできた。そして止める間もなく、逃げ場のないオレの腰に手を回して、ぎゅっと抱き締めてくる。その手つきが、まるで宝物に触れるみたいに優しくて、オレは抵抗する気も失せてしまった。
「玲生……」
大切そうに、友仁がオレの名前を呼ぶ。変なやつだな、こいつ。なんでオレのことなんか好きなんだろう。自分で言うのもなんだけど、オレって見た目以外あんま良いとこ無いのに。こんなにチョロいと、いつかオレ以上のしょうもないやつに引っかかりそうで心配になる。
「友仁」
子供みたいにくっついてくるカレシの名前を呼んで、背中をぽんぽんと叩いた。
「玲生……?」
ちょっとだけ顔を上げた友仁のほっぺたを両手で挟んで、強引にオレの方に向けさせる。そしてオレはそのまま、友仁の唇に、一瞬触れるだけのキスをした。
「…………は」
友仁が、驚いたように息を呑む。
「今のが、オレの初めてだから。誰がいくら積んだって、もう絶対手に入らないよ。……友仁以外には」
いくらも積まれなくたって、友仁にならあげていいと思った。だって、こんなオレを好きだって言うんだから、仕方ないよな。
「……っ、玲生!」
「うわ」
友仁がいきなりオレの肩を強く掴んできて、オレは勢いのままズルズルとソファに押し倒された。
「ちょ、危ない……」
覆いかぶさってくる体を反射的に押し退けようとしたが、それよりも早く、友仁の唇がオレの唇を乱暴に塞いだ。
「んぐ」
酔っ払っているのかと言うくらい熱い唇と、その間から滑り込んできた舌が、ぬるぬると口の中を動き回る。重なった唇から友仁の息遣いが直接伝わってきて、頭がくらくらした。嫌悪感はなかったが、友仁が文字通り息をつく暇もないほど激しく求めてくるせいで、若干酸欠になりつつある。ていうか、なんなんだこの状況。
「…………友仁!!」
ほんの一瞬唇が離れた隙に、友仁の肩を掴んで思いきり押し返す。オレに拒絶されたと思ったのか、その瞬間、友仁は猫にでも引っぱたかれたような顔をした。
「悪い、玲生……その」
「なんで当たり前のようにオレが下なんだよ!」
「……ん?」
オレの剣幕に友仁が首を傾げる。
「怒るところはそこなのか?」
「そこ以外ないだろ」
絡まってくる友仁の足を爪先で蹴飛ばしてやったが、友仁はオレの上から退こうとしない。
「悪いが俺はこっちしか経験がない」
「オレなんかどっちもないし」
むっとして言い返したオレを見て、友仁が吹き出す。
「ふっ……ふふ……」
「笑うなよ」
ほっぺたをつねってやろうとしたら、その手を掴まれて、そのまま指先にキスされた。絵本に出てくる王子みたいなキザったらしい仕草に、こっちの方が恥ずかしくなってしまう。
「……なあ玲生。どうしてもお前を抱きたい。だめかな」
オレの手を取ったまま、まっすぐにオレの目を見つめて友仁が言う。そのあまりにもストレートなセリフに気圧されて、不満だとか照れくさいとか、オレの中でぐるぐる渦巻いてきた気持ちは、一瞬で全部吹き飛んでしまった。
「や……でも今日そんなつもりで来てないし、準備とか何も……」
「お前がその気になってくれるなら、いくらでも待つ。……その、必要なモノは全部そろってるから」
「まじかよ。……てことは、今日は最初からそのつもりで家まで連れて来たわけ?」
オレがじっとりとした目で見上げると、友仁は慌てた様子で手を離した。
「違う! 今日は本当にそんなつもりじゃなかった! ……けど、今日より前に、そういうつもりでお前を呼ぼうとしたことは……ある」
そう言って目を逸らした友仁の、バツの悪そうな表情がおかしくて、今度はオレの方が笑ってしまいそうになる。
「ふーん。そんなにオレとえっちなことしたかったんだ?」
オレと目を合わせないまま、友仁は無言で頷いた。変なところで素直なやつだな。
「そっかあ、なるほどなー……じゃあ、しょうがないな?」
いつもより少し赤いほっぺたを引き寄せて、オレはそこに軽くキスをした。こんなサービス、お前以外にはどんな金持ちにだってしてやらないんだからな。
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