Love is Money!

村井 彰

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4話 理想の恋人……?

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  友仁の家のでかい風呂から上がったオレは、友仁から借りたTシャツと、新品の下着だけを身につけて、リビングに隣接する寝室へと向かった。
「友仁お待たせー」
  ドアを開けながら声をかけると、部屋の真ん中に置かれたベッドに腰かけている友仁と目が合った。オレより先に風呂を済ませた後、本を読みながら待っていたらしい。しかしその表情はなぜか険しい。
「なんで下を履かないんだお前は。ちゃんと合わせて渡しただろう」
「だって暑いし。どうせすぐに全部脱ぐんだから良いじゃん」
  父親みたいな小言を洩らす友仁をスルーして、オレはでかいベッドの真ん中に思いきりダイブした。スプリングの効いたマットがぼよんと弾んで、藍色のシーツからほんのり石鹸のような香りがする。
「すげーめっちゃ寝返りうてるじゃん……良いなーオレもここに住んでいい?」
「ダメだ」
  読みかけの本を棚に戻しながら、友仁が素っ気なく言う。
「ケチ! 良いじゃんどっちも一人暮らしなんだし。同棲しようよ」
「そんな簡単な話じゃない。このマンションは俺の父親の持ち物で、俺は借りてるだけなんだ。だから、本当の意味で独り立ちできるまでは、あまり勝手なことは出来ない。……お前の好きなあの財布だって、大学の入学祝いに父から貰った物だしな」
  うつ伏せに寝転がるオレの横にあぐらをかいて、友仁はそう言った。友仁があまり金を使いたがらないのも、そういう理由だったんだろうか。
「……じゃあさ、いつか友仁が自力で稼いだお金でめちゃくちゃでかい家建てたりしたら、その時はオレも一緒に住ませてよ」
「気の長い話だな。いつになるか分からないぞ」
「別に良いよ。ずっと待ってるから」
「……そうか」
  やけに優しい表情で笑って、友仁はまだ湿っているオレの髪を軽く撫でた。そしてそのまま自分も横になって、オレの額にそっとキスをする。
「玲生」
  オレの肩を掴んでゆっくりと仰向けさせながら、友仁は頬や、唇や、首筋に次々とキスを振らせていく。シャツの上から脇腹を撫でる手つきは妙に丁寧で、少し焦れったい。
「……友仁、もっと触って良いよ」
  友仁の右手を掴んで、半ば強引にシャツの中へと滑り込ませる。オレの素肌に直接触れた瞬間、その指先がぴくりと震えたのが伝わってきた。
「……お前、こういうの初めてなんだよな?」
「なに急に。友仁って処女厨なわけ」
「違う。そのわりに落ち着いてるなと思っただけだ」
  ムッとした様子で言いながら、友仁がオレのシャツの裾をめくりあげる。エアコンの効いた部屋の空気は少し冷たくて、だけどそれ以上に、触れる指や、オレ自身の体温がみるみる上がっていくのを感じた。
「経験は、ないけど……友仁とはいつかするつもりだったし。この間の映画デートの日とか」
「ああ……あの日は俺だって断りたくなかった」
「おっさんと二人で演劇観るより、オレとえっちしたかった?」
「当たり前だろ」
  きっぱりと言い切った友仁は、オレのシャツを脱がせてベッドの端へ放り投げたかと思うと、自分のパジャマの上も脱ぎ捨てて、オレの胸に直に口付けた。
「うわ」
  素肌と素肌が直接触れ合う感覚と、熱く濡れた舌が皮膚の上を滑る感触に、一瞬心臓が強く跳ねた。
「……っ、なんか、変な感じ」
  友仁の指が、オレの薄い胸を掴んで、強く揉みしだく。それから、まるで女の子にするみたいに、執拗にそこに触れて、小さく尖った突起を舌で包むように舐め上げた。やっていることは幼い子供みたいなのに、見下ろしてみた友仁は、今までに見たこともないくらい“男”の顔をしていて、そのどこか色っぽい表情に背筋がゾクゾクした。
「友仁……」
  少し乱れた友仁の髪を撫でてみる。こうして触れ合うたびに、お互いが少しずつ昂っていくのが分かった。もしあのおっさんの誘いを受けていたとしても、こういう感覚は経験できなかったんだろうか。
「……玲生。なんか余計なこと考えてないか」
「余計なことって何……っ」
  なぜかやや不機嫌そうな声の友仁が、突然下着の中に手を突っ込んできた。一番敏感な場所に直接触れられて、反射的に背中が仰け反ってしまう。
「っあ、ちょっと、友仁……」
「準備、してきたんだよな」
「したけど……」
  小さく顎を引いたオレを見て、友仁は一度手を離し、そのまま体をずらしてベッドサイドへ手を伸ばした。友仁が手を突っ込んだ小さい引き出しの中から、それ用のローションだのコンドームだのがどんどん出てくる。
「ホントにちゃんと用意してたんだ。……いつかオレを連れ込んでやろうと思って、ずっとベッドの横にしまってたわけ? スケベだなー」
「……なら、どっちも使わないでこのまま入れるか?」
「冗談……」
  軽口を叩こうとしたオレを黙らせるかのように、友仁はやや強引にオレの下着を引き下ろし、ローションでたっぷり濡れた指を後ろに押し当ててきた。
「う……」
  自分でもしっかり慣らしてきたつもりだったが、体の中に侵入してきた異物に、やはり苦しさを感じてしまう。つい顔を歪ませたオレを見つめていた友仁の姿が、不意に下の方へと移動した。
「あ……っ?!」
  その直後、若干形を持ち始めていた箇所が熱く濡れた何かに包み込まれて、オレは思わず声を上げていた。
「な、にしてんだよ……!」
  驚いて視線を下げた瞬間、友仁がオレの股間に顔を埋めている様子が目に入って、眩暈を起こしそうになった。なんで、何の躊躇いもなくそんなことが出来るんだ。
「っ、うぁ……」
  動揺するオレになんてお構いなしで、深い部分に触れていた指がさらに奥へと押し込まれる。異物を受け入れるようには出来ていないそこは、オレの意志とは反して、侵入者を避けるように友仁の指を強く締めつけてしまう。
「は、あ……友仁……」
  体の中を動き回る指に感じる息苦しさが、敏感な部分に絡みつく粘膜の熱さに、少しずつ塗り替えられていく。ほとんど無意識に友仁の髪を掴んでいたことに気づいて、慌てて手を離したが、友仁はもはやそんなことなど関係なしに、より深く、オレ自身を咥えこもうとしている。
「とも、ひと……」
  すでにしっかりと形を持って立ち上がったそこの先端が、ごつごつした上顎に擦れた瞬間、電流のような快感が背中を走り抜けた。
「ああ……っ」
  堪えきれずに声を漏らすオレを弄ぶかのように、後ろに押し込まれた指がさらに奥へと侵入してくる。後ろと前を同時に弄られるたびに、いやらしく濡れた音が静かな部屋の中に響いて、耳からも犯されているような感覚がした。
「あっ、ともひと……もう、無理……っ」
  オレが切羽詰まった声を上げた直後、友仁が唐突に唇を離し、限界まで張り詰めたそこが冷えた空気に晒された。顔を離す寸前、濡れた先端に軽く口づけられて、たったそれだけの刺激で全身がびくりと震える。
「……っ、変態……」
「ずいぶんな言われようだな」
  涼しい顔で言う友仁の体に目を向けて見れば、そのズボンの下にあるモノも、しっかりと存在を主張しているのに気づいた。なんだ、こいつだって冷静なフリしてるだけなんじゃないか。
「……友仁さ、もう、入れたいんじゃないの。無理しなくていいよ」
  口を離した後も、丁寧に後ろを慣らそうとしている友仁の腕を撫でて、そう囁く。翻弄されてばっかりじゃ面白くない。
「ほら、友仁……」
「! お前……っ」
  友仁の腰に手を這わせて、下着ごと引き下ろしてやると、張り詰めたそれは簡単に顔を出した。そういえば、他人のモノをまじまじ見るのなんて初めてだ。ましてこんなに興奮した状態のモノとなると、男同士でもさすがに気恥ずかしい。
「お前な……初めてだっていうから、気を使ってたんだぞ俺は」
  少し上擦った声で、友仁が言う。
「気なんて使わなくていいよ。……したいんでしょ?」
  照れ臭い気持ちを押し込めてさらに煽ってやると、友仁の仏頂面がもっと険しくなった。けどオレは、友仁のこの表情が結構好きだ。
「……後から止めても聞かないからな」
  ボソリと呟いてオレの中から指を引き抜いた友仁が、ベッドの端に投げ出されていたコンドームを手に取るのを、オレはどこか熱に浮かされたような気持ちで見ていた。
「友仁……」
  小さく名前を呼ぶと、それに答えるように、頬にキスをされた。その直後、体の一番深い部分に、指よりもずっと質量のあるモノが触れる。
「っ、あ……」
  さっきまでとは比べ物にならない圧迫感に、背中が仰け反った。咄嗟に友仁の肩を強く掴んだオレを優しく抱きしめるように、友仁もオレの背中とシーツの間に、そっと手を差し入れてきた。
「玲生……」
  肌と肌が、ぴったりと密着する。耳元でオレの名前を呼ぶ声は、今にも蕩けそうなくらいに甘ったるくて、胸が苦しくなった。
「ん、あ……友仁、ともひと……っ」
  体の奥を貫く熱に浮かされて、オレは夢中で友仁の名前を呼んだ。体の中でどくどくと脈打つそれから伝わってくる熱さが、オレの中に溶けだして、心臓の中にまで火を灯されたようだった。
「玲生……痛くないか?」
  オレの体を抱いたまま、少し苦しげな吐息の中で、友仁がそう囁いた。止めても聞かないなんて言ったくせに、やっぱりお人好しだなこいつ。
「ん……大丈、夫……」
  友仁の背中を撫でて、そう答える。オレの中に全てを収めきった友仁が吐いた艶っぽい息に、胸がドキドキした。
「と、もひと……きて、もっと」
  もっともっと、今までに聞いた事のないような声や呼吸を感じたい。頭の中は、もうそれだけでいっぱいだった。
「玲生……っ」
  どこか切羽詰まった様子でオレの名前を呼んで、友仁がぐっと腰を引いた。
「あ……っ」
  腰に手を回されて体を固定されたまま、ゆっくりと、何度も何度も腰を打ちつけられて、深い部分から生まれた快感に、少しずつ全ての感覚が上書きされていく。
「あ、んぁ……ともひと、ともひと……っ」
  初めのうちは、オレの体を気遣ってかゆるやかだった腰の動きが、オレが声を上げるたびに、徐々に激しくなっていく。
「は……あっ、玲生……」
  いつもより赤い唇が艶めかしく動いて、オレの名前を繰り返し呼ぶ。その唇に触れたくなって、オレは友仁の頭を引き寄せて、夢中で唇を重ねた。
「ん、うぅ……」
  体を揺さぶられるたびにズレそうになる唇を、何度も重ね直して、お互いの呼吸ごと貪るようなキスを繰り返す。抑えきれない声が、重なった唇を通じて混ざりあって、もうどちらの物かも分からないまま頭の中で響きあって、クラクラと眩暈がした。
「ん、ああ……っ」
  その時、一番深い場所を強く突かれて、オレは咄嗟に友仁の背中に縋りついた。
「あ、ともひと、そこだめ……っ、なんか、やばい……」
  ほとんど反射的に友仁の肩を押し返そうとしながら夢中で訴えたが、友仁は逆にオレの腰を掴み直して、さらに奥深くへと侵入してくる、。
「ひ、あ……っ」
  弱い部分を何度も何度も激しく突かれ、そこから次々に生まれてくる快感に翻弄される。強すぎる快感は、いっそ苦しいくらいなのに、もっと欲しいとも思ってしまう。
「と、もひと……も、むり……イキたい……」
  友仁の動きに合わせて無意識に腰を振りながら、オレは必死にそう伝えた。これ以上続けたら、おかしくなってしまいそうだった。
「……玲生……」
  汗ばんだ頬を擦り寄せて、友仁は愛おしそうにオレを抱きしめた。そうして、腰の動きは止めないままに、今にも熱を放とうと震えているオレ自身に手を伸ばす。
「あ……っ」
  今にも爆発しそうだったそこに触れられた途端、オレは呆気なく限界を迎えてしまった。
「ひ、う……」
  激しい快感の波に揺さぶられて、足がガクガクと震える。そんなオレを宥めるように優しく抱いて、友仁はまた唇を重ねてきた。
「んん……っ」
  何かに縋りつきたくて、必死に友仁の背中を抱いて、触れ合った唇を夢中で貪る。その直後、ぴったりと触れ合った友仁の体がビクリと震えて、繋がった深い場所が生き物のように脈打つのを感じた。
「……っ、玲生……玲生、好きだ」
  今にも泣き出しそうな声で、友仁は確かにそう言った。オレの首筋に顔を埋めてくる友仁の髪をくしゃりと撫でて、汗ばんだ頬と頬を擦り寄せる。
  オレより年上なのに、お人好しで、たまに子供みたいで頼りなくて……ほんと、しょうがないやつだな。


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「こら、玲生。そのまま寝たら風邪を引くぞ」
  裸のままでベッドにうつぶせになってウトウトするオレのほっぺたを撫でて、友仁はそう言った。
「もう眠いし動きたくない。誰かさんのせいで疲れたし……」
「そもそもお前が散々煽ったせいだろ」
  呆れた口調で言いながら、友仁はオレのほっぺたをむにっと摘んだ。自分だってさっきから裸のままであぐらかいてるくせに。
  ほっぺたをどれだけつつかれても、変わらずだらだらし続けるオレにため息を吐いて、それから友仁は、ふと何かを思い出したようにベッドサイドへと手を伸ばした。
「玲生。手を出してくれ」
「なに? なんかくれんの」
  寝転んだまま肘をついてサッと両手を出すと、友仁が少し苦笑しながら、小さな銀色の何かをオレの手の上に置いた。
「……なにこれ、鍵?」
「ああ、この家の合鍵だよ。一緒に住むのは今は無理だが、いつでも好きな時に来ていいから」
  キーホルダーも何も付いていないシンプルな鍵から、オレは目が離せなくなった。この家の、合鍵だって?
「ホントにオレに渡していいの? 勝手に入って金目の物持ち出して、そのままどっか消えちゃうかも」
「それをするやつは、わざわざ自分から言わないんだよ。……心配しなくても、俺は人を見る目には自信があるから」
  そう言って、珍しく友仁は歯を見せて笑った。見る目があるなんて、自分で言うやつはあんまり信用できないけど。
「……そこまで言うなら、貰ってあげてもいいよ」
  オレが近くで見張ってないと、オレより悪いやつに騙されそうだから、仕方ない。小さな鍵を握りこんで答えたオレを見て、友仁はまた笑った。

  理想的な、オレの恋人。友仁とだったら、オレの夢とは程遠い暮らしだったとしても、案外ずっと楽しくいられるんじゃないかって。そんなことをふと思った。
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