残響は夏に消え

村井 彰

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5話 朝焼けと残響

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─ハルおはよう!こっちの映像ちゃんと見えてるか?山ん中だから、あんま電波良くなくてさ。
  ちゃんと見えてるよ。めちゃくちゃ綺麗な朝焼け。……でもな、朝の五時に鬼電してくんなよ。休日なんだから普通に寝てんだよオレは。
─ごめんて。でもしょうがないじゃん、愛する恋人と同じ景色を共有したかったんだから。
  嘘くせえ……。
─ばれたか。
  ばれたかってなんだよ、愛してないのかよ。
─そういう訳じゃないけど。でも俺らには、そういう堅苦しいのは似合わないだろ?
  じゃあ、どんなのなら似合うんだ?
─うーん……なんか、こう……好きだー!!……みたいな?
  なんだそれ。
─笑うなよ、俺は真剣だぞ。……なあ、こっちの朝焼けはさ、カメラ越しで見るより百倍くらい綺麗なんだぜ。ハルもいつか一緒に見ような。
  いやだよ。山登りなんてしんどいし。
─お前と一緒ならしんどくないコースにするよ!なあいいじゃん、一回くらいさ。
  はいはい。気が向いたらな。
─それ絶対向かないやつじゃん。……あーあ、ハルが全然遊んでくれなくて寂しいなー。
  しんどくない遊びならするって言ってるだろ。お前みたいな体力バカの趣味に付き合いきれるかよ。
─ひっでー。

  響の笑い声が、遠くなっていく。
  どうしてオレは、あの時響の隣にいなかったんだろう。山登りくらい、付き合ってやれば良かった。
  そうしたらきっと、響は今も、オレの隣にいてくれたのに。

  *

「響……」
  目を覚ました時、自分が泣いていた事に気がついた。どうしてあんな夢を見たのだろう。響は今だって、春弥の隣にいるのに。
  涙を拭って体を起こす。少し首を動かすと、ダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいる響と目が合った。
「あ、ハル……おはよう」
  少し気まずそうな様子の響が、そう呟いてマグカップに口をつける。少し離れた場所からでも、淹れたてのコーヒーの苦い香りが春弥の鼻先を擽った。
  響は、コーヒーが嫌いだった。
  この家に置いてあるコーヒーもドリップポットも、泊まりの朝に春弥が飲むために持ち込んだ物。響は淹れ方すら知らないはずだった。
「響」
  ベッドから降りて、響の元へ向かう。
「わ、な、なに?ハル……」
  戸惑う響の肩に手を回して、背中越しに強く抱き締めた。
  どうして。……どうして、こんなに不安になるのだろう。響は確かにここにいるのに。
「響……なあ、愛してるよ」
「ハル……!」
  驚いた様子で、響の肩が震えた。
  ああ、どうか笑ってくれ。突然何言ってるんだって。俺達にはそんなの似合わないだろって。
  そうしたら、オレはもう二度と、お前を疑ったりしないから──
「ハル」
  響の手が、肩に回した春弥の指に触れる。
「ハル……俺も、愛してるよ」
  その言葉を聞いた瞬間、春弥の中で、何かが音を立てて崩れ落ちた気がした。
  違う。この人は、違う。
「……なあ、あんた。……あんたは、一体誰なんだ」
  感情の抜け落ちた声で春弥が訊くと、触れた手がぎくりと強ばるのが分かった。
「な、に言ってるんだよ。俺は響だよ、お前の恋人の……」
「違う」
  鋭い声で遮ると、響は叱られた子供のように口を噤んだ。
「あんたは……響じゃない。姿形は同じだけど、全然違う」
  響は、いや、響の姿をした誰かは、何も言わない。それが何よりの答えだった。
「なあ、響はどこにいる?響は……オレの、オレの恋人を、返してくれよ……っ」
  溢れ出した涙が、男の肩に落ちて小さな染みを作った。
  響は今どうしているのか。どこにいるのか。本当は、聞かなくても分かっている。
  だけど認めたくない。そんなこと、受け入れられるはずがない。けれど、
「……ごめん、ハル。響くんは、もう……」
  告げられた言葉はあまりにも残酷で。
  時を切り刻む秒針の音だけが、やけに耳について消えそうになかった。
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