SEXアイドル&DEATHプロデューサー

中原星道

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チャプター1 水地さくら

5項 さくら、打ちひしがれる 〜オナニー

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 SGIプロダクションに所属してから──忌まわしの宣伝素材撮影から3日が経った。

 その間、ワタシは事務所が紹介してくれたボイストレーナーとダンストレーナーの所に通い、アイドルとしての資質を磨いていた。
 元々歌唱も運動もたいしていていなかったから、基礎中の基礎からのスタートで、それすらもついていくのがやっとという現状だった。

 夕方──

 事務所の最寄り駅に着いたワタシは、満身創痍といったおぼつかない足取りで改札を抜ける。

 ──こんなんでやっていけるのかな、ワタシ……。

 この全身に重くのしかかる疲労感は肉体的なものだけでなく、精神的なものが大きかった。

 ──早く帰ろう……。

 ワタシは駅構内を抜けて目の前に大通りが広がる出口を抜ける。

「この街にも、いたいけな女性にいかがわしい行為を強要する不届きな会社が存在します!」

 その時、マイク越しから怒気をはらんだ女性の声が周囲に響き渡る。

 ワタシはドキッと心臓が跳ね上がる、思わず足を止めてしまう。

「女性に対する性犯罪がなくならないのは規制が緩いからであって、それは現政権の無能さが招いた失策に他ならないのです! それなのに与党は己の非を認めようとはせず、それどころか新たな性被害者を生み出しました。私たち『女性立憲党』はそれを決して許さず、そのような不幸に見舞われている女性をすべて解放することを約束致します!」

 テレビでもよく見かける女性国会議員が高らかに宣言すると、周囲から拍手が起こる。とは言っても拍手しているのは最前列にいる10人ほどの中年層の人たちだけで、足を止めて演説に耳を傾ける人の中に、彼女が訴える若い女性の姿は無かった。

 ──セックスアイドルのことを言ってるんだよね?

 そして、この街にあるセックスアイドルのタレント事務所といえば、ワタシの所属しているSGIプロダクションしかない。

 ワタシは、まるで自分の存在そのものが否定されたような居心地の悪さを感じて、足早にその場を後にした。


 ♢


「レッスンお疲れ様です、水池みずちさん」

 事務所に戻り、最初に事務室に顔を出すと、デスクでパソコンと向き合っていたプロデューサーさんがワタシに声をかける。

「ただいま戻りました……」

 ワタシはソファーの方へ向かい、半ば倒れこむようにしてそこに腰かける。

「冷蔵庫に冷たい飲み物がありますのでお持ちします」

 プロデューサーさんがそう言って立ち上がり、冷蔵庫の方へと向かう。

「あ、そんな気を使わないでください!」

 ワタシは慌てて立ち上がりそう言うと、プロデューサーさんは、構いませんよ、とそれを制し、冷蔵庫から取り出した清涼飲料水の缶をワタシの前に置いてくれた。

「すみません、いただきます」

 ワタシは礼を述べ、それをひと口含む。

 そして、ひとつため息をき、

「……あの、今日でしたよね? 観覧者の抽選って」

 おもむろにたずねる。
 それは、ワタシの初仕事である水着グラビア撮影で、それを観覧する希望者のことだ。
 
 デスクに戻りかけていたプロデューサーさんはその場で足を止めて振り返った。

「ええ、そうなんですが……」

 彼は苦笑を浮かべたまま何か言いづらそうに口ごもる。
 いつもハッキリとモノを言う彼にしては珍しい。

「何か問題でもあったんですか?」
「問題……では無いのですが」

 プロデューサーさんは無造作に頭をかいてからこちらへ歩み寄り、

「今回の定員は5人だったのですが、締め切り時点での応募総数が……3人だったんです」
「3人……」

 定員割れ──

 それはつまり、抽選を行うまでもなくその応募者は全員参加決定ということだ。

「あの……すみません」

 ワタシはプロデューサーさんに頭を下げる。

「今回の件で水池みずちさんが謝る理由なんてありませんよ」
「でも、宣伝素材でワタシ、全然自分のことをアピール出来ませんでした……」

 ワタシはそう言ってうつむいた。

 実際、その宣伝素材自体にはそれなりのアクセスがあったらしいのだけど、コメントの大半が社長に対するものだったのだ。

「まあ、アレは社長が悪ノリしたせいでもありますし。貴女が気にする必要はありません」
「でも……」

 プロデューサーさんは優しい言葉をかけて慰めてくれる。

 だけど──

 本来インタビューで答えるべき質問を、ワタシはことごとく拒否した。だから社長さんは間を繋ぐためにワザと自分が表に出て盛り上げようと努めてくれていたんだ。

 そして、それをさせてしまったのは他ならぬワタシ自身なんだ。

 ワタシの胸にはモヤモヤとした得体の知れない感情が渦巻き、離れることはなかった。

「それよりも、水池みずちさんはその仕事を成功させることに専念してください。5人が3人になろうともお客はお客。そこに変わりはありませんから」

 最後に彼は発破をかけるようにそう言い残して、自分のデスクに戻っていった。

「はい……」

 ワタシは力無く答えると缶の中に残っていた飲料水を一気にあおり、自分の部屋へと向かった。


 ♢


 部屋に戻ったワタシは、着替えることもシャワーを浴びることもせず、真っ先に布団の上にうつ伏せに倒れこんだ。

 ──3人、か……。

 さっきプロデューサーさんから告げられた数字が、重くワタシの心にのしかかる。
 それはセックスアイドルとしての現実を突きつけるものであり、いくらデビュー前の素人とはいえそれなりにヒトを惹きつけられなければ、この先だって人気を呼び起こすのは困難だと思う。

 ──せっかくここまで来たのに……。目的を達成するための一歩を踏み出せたと思ったのに……。

 悔しくて……。
 情け無くて……。

 枕に顔を埋めて、ワタシは声にならない声を発する。

『その仕事を成功させることに専念してください』

 さっきプロデューサーさんにかけられた言葉を思い出す。

「……そうだ、まだこれからだ。これからなんだ」

 ワタシは自身に言い聞かせるようにそうつぶやくと、シャワーを浴びるために起き上がり、部屋を後にした。


 ♢


 シャワールームとトイレは、ワタシの部屋と同じ4階のフロアに設置されている。
 用を足す度に部屋を出入りしなければならないのは少し不便だけど、その代わりシャワーもトイレも広々としていてとても快適だった。

 ワタシは誰もいないシャワールームに入ると照明を灯し、脱衣所で服と下着を脱ぎ捨てる。
 シャワールームは壁と半透明のガラス扉で仕切られた個室が全部で5つあって、ワタシはいつも真ん中の個室を使わせてもらっている。

 個室の正面には全身を映し出す大きな鏡が設置されていて、横の壁にはシャワーの操作盤が埋め込まれている。

 ワタシは操作盤のパネルをタップする。
 鏡の上の壁に設置されたシャワーヘッドからほどなくしてお湯が噴出される。

 ワタシは前屈みになって目の前の鏡に両手をついた状態で、しばらくそのままお湯を全身に浴びていた。

 初仕事は4日後──

 それまでにこの胸の奥に巣食うモヤモヤとしたものを拭い落とさなくては。

 ──初仕事……。男のヒトが見ている前で……オナニー。

 ワタシはシャワーを止めて、正面の鏡を見すえる。
 不安と焦燥をかかえた冴えない顔が、そこにはあった。

 ワタシはおもむろに胸に手をやり、自分で揉んでみる。

 社長さんはホメてくれたけど、やっぱりワタシの胸は小ぶりで貧相だと思う。
 きっと、こうした性的な魅力の無さが今回のような結果になった要因なんだ。

 ワタシは両手で胸をこね回し、指先で乳首をイジってみる。

「ん……」

 吐き出された甘い吐息と共に、目の前に映し出された顔が淫猥いんわいの色に染まってゆく。

「はぁ……ぅん……」

 だんだんと鼓動が乱れてゆく。
 ワタシは片腕を下へと伸ばす。指先を股間へと這わせ、そこにある一本のスジをそっとなぞる。

「あっ!……ふぅん……」

 全身にゾクリと快感が走る。
 ワタシは押し広げるようにしてスジの中へと指をすべりこませてゆく。

 そこに広がる膣口が、じゅん、と潤いを帯び始める。

 ──社長さんの言うようにワタシ、感じやすいのかな?

 ワタシはゆっくりと膣口の中に指を埋めてゆく。

 そうだ、本番もこんな風に没頭してればきっと──

 うまくゆく。
 そう思ったワタシがふと、鏡に視線を戻したその時だった。

 手が──
 何本もの手が──

 ワタシの口を──
 胸を──
 尻を──
 膣を──

 這いずり、撫で回し、荒々しく侵入してくる。

「きゃァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」

 ワタシは絶叫を上げてその場に崩れ落ちる。

 はぁはぁ、と乱れた呼吸の音だけが室内に響き渡る。

 ワタシは恐る恐る鏡に目をやる。そこには恐怖に顔を引きつらせたワタシの顔があり、その体に複数の手などまとわりついてはいなかった。

 トラウマ──

 それはあの時からずっと続いている忌まわしい記憶。

「どうしよう……。こんなんじゃあ仕事うまくいくはずないよぉ……」

 ワタシはどうにもならない絶望に打ちひしがれ、しばらくその場を動くことが出来なかった。
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