SEXアイドル&DEATHプロデューサー

中原星道

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チャプター2 千本木しほり

5項 さくら、散歩 ~Hなし

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 それから数日後──

 オフ日をダラダラと自宅で過ごしていたワタシは、運動がてら散歩に出てみた。

 幸い今日は好天に恵まれているけど、それだけに無為に時間を潰してしまった時の罪悪感というか虚しさは倍になって襲い来る。

 仕事やレッスン後の疲労感はとても大きくて、いまだに昼まで爆睡してしまったり、家の中でボーっとしてしまうことがある。
 疲労感そのものはそれですぐに解消されるのだけど、しほりセンパイの頑張ってる姿を見てしまった後ではどうしても自分が怠惰に思えて仕方がない。

 プロデューサーさんにももっと仕事量を増やせないか相談したのだけど、

『人にはそれぞれのペースがあります。焦らずに一歩一歩進んでいきましょう』

 と言われた。

 まあたしかに、新人が仕事を欲したところでそう都合よく舞いこんで来るワケでも無いし、結局はプロデューサーさんの言う通りやっていくしか無いのだと思う。

 こうして20分くらいブラブラと歩いていると、どこからか子供の泣き声のようなものが聞こえてくる。

 ──こっちから聞こえてくるみたい。

 声がする方へ向かうと、そこは以前にも来たことがある小さな公園だった。

 初仕事で失敗して自分を見失ってしまった時、適当に歩いていたらたどり着いた場所だ。

 その時ワタシが座っていたベンチに、ピンク色のランドセルを背負った小学1年生くらいの女のコが座って泣いていた。

「ねえ、どうしたの?」

 ワタシは少女の前で屈み、そうたずねる。

「ヒックッ! ……うぇぇぇぇぇぇんッ!」

 だけど女のコはただ泣きじゃくるばかりだった。

「お名前は? どこから来たのかな??」
「ぶぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんッッ!!」

 ワタシが声をかけるほどに、女の子は余計に泣いてしまう。

 ──うーん、困ったなぁ……。

 こうなってしまってはもうお手上げだ。

 ──これくらいの歳のコが1番興味ありそうなモノって……。

 ワタシはスカートのポケットからスマホを取り出し、心当たりのあるワードで検索をかける。

 そして表示された動画ファイルを再生し、ディスプレイを女のコの前に差し出す。

『みんな~、お待たせ~ッ! 《ミディアムプリンセス》はっじまるよ~~ッッ!!』

 炎のような赤い髪をした魔法少女風のアニメキャラが、画面に向かって元気な声で呼びかける。
 『ミディアムプリンセス』は女児の間で人気の魔法少女ものアニメだ。

「あっ、プリンセス・フレアだッ!」

 ワタシの予想どおり、女のコはそれを見ると途端に反応を示した。

「ナツミ、この前も見たよ! あのね、アクアとフォレスがケンカしちゃうんだけど、フレアとゴルドが心配して仲直りさせようとするんだけど、失敗ばっかりでうまくいかないんだけど、けっきょく最後は仲直りしたんだよ!」

 女のコはすっかりと泣き止み、キラキラと瞳を輝かせながら語る。

 ちなみに『ミディアムプリンセス』は、四精霊の加護を得た4人の少女が魔法の姫君に変身して、地球を悪しき力で征服しようとするデスメタル族と戦うという王道ストーリーで、炎の力を持つプリンセス・フレア、水の力を持つプリンセス・アクア、木の力を持つフォレス、金の力を持つゴルドが4人の姫君なのだ。

 『だけど』、ばかりでいまいち要領が掴めなかったり、結局どうやってアクアとフォレスが仲直りできたのかわからなかったりと、いろいろツッコミどころはあったけど、このコの名前が『ナツミ』だということだけはわかった。

「ところでナツミちゃん? さっきはどうして泣いてたのかな?」
「え? おねえちゃん、なんでナツミの名前知ってるの? ナツミ、まだなにも言ってないのに。おねえちゃん、もしかして魔法使い? 『ミディアムプリンセス』??」

 好奇の視線でワタシを質問攻めするナツミちゃん。

「んとね、ナツミちゃんは最初から自分の名前を言ってたよ。今も連呼してたよ」

 ワタシは苦笑と共にそう伝える。

「な~んだ、そうだったんだ」

 ナツミちゃんはけろりとした顔で言うと、

「あのね、ナツミ、おにいちゃんたちといっしょに帰ってたんだけど、途中でまっくろのネコちゃんを見かけて追いかけてたら、みんなどっかいっちゃってたの。おにいちゃんたち、迷子になっちゃったのかな?」

 さかんに首をかしげる。

 ──やっぱり迷子だったのか……。

 ただし、この場合迷子なのはナツミちゃんの方だ。

「ねえ、ナツミちゃん? おウチがどっちの方かわかる?」

 その問いに、ナツミちゃんは大きくかぶりを振る。

「じゃあ、おウチの近くに何かないかな? スーパーとかコンビニとか、何でもイイんだけど」
「んとねぇ、ナツミのおウチ、『ひだまりの家』だよ」
「『ひだまりの家』?」

 ワタシは首をひねる。

 最初は、陽当たり良好な家のことだと思っていた。だけどナツミちゃんくらいのコがそういう意味で『ひだまり』という言葉を使うとは思えず、もしかしたら屋号なのではと考えたワタシは、スマホの地図アプリでその名を検索してみる。

 ──あった! ここから徒歩で15分……児童養護施設?

 ワタシはもう1度ナツミちゃんの顔を見る。愛らしい瞳。屈託の無い笑顔。だけど、彼女は何らかの複雑な事情があって施設に入っているんだ。

 ワタシは少しだけ胸が痛んだ。

「どうしたの、おねえちゃん?」
「ううん、何でも無いよ」

 ワタシはすぐにかぶりを振り、

「ナツミちゃんのおウチまでおねえちゃんが連れて行ってあげる。一緒に帰ろ?」

 精一杯の笑顔と共に手を差し伸べる。

「うん! 帰ろー!!」

 彼女はその小さな手でワタシの指をぎゅっと握った。


 ♪

 魔法をかけたら もっと近づけるかな?

 言葉がこぼれて もっと素直になるかな?

 マジカルサインで キミをさそってみたら

 キラキラあふれて エレガントになれるかな?

 プリンセスになれるかな?

 ♪


 ワタシとナツミちゃんは手を繋いで『ミディアムプリンセス』の主題歌を歌いながら歩いた。

 ──妹ってこんな感じなのかな?

 ワタシはひとりっ子なのでよくわからないけど、初めて感じるこの楽しい感覚はすごく心地の良いものだった。

「あっ! ナツミッッ!!」

 その時、先の曲がり角からひとりの少年が現れると、驚いた様子で彼女の名を呼ぶ。

「あ、ソウタにいちゃんだ!」

 ぱあっ、と笑顔の花を咲かせてナツミちゃんはそちらへと駆けてゆく。

「バカヤロウッ! どこ行ってたんだよッ!!」

 しかし、怒りをあらわにした少年から怒号を向けられ、彼女はその場でびくりと立ちすくんでしまう。

「勝手にどっか行くなってあんだけ言ったのに……。オレたちがどんだけ心配したかわかってんのか!?」
「ひぐっ! ……ご、ごべんなざいぃぃぃぃぃぃッッ!!」

 ようやく自分のしたことの重大さに気づいたのだろう。ナツミちゃんはしゃくり上げた後に大粒の涙を流して泣き出した。

 ──そっか。兄弟ってこんな感じなんだ。

 ワタシは彼女の元に歩み寄り、その小さな頭をそっと撫でた。

「良かったね。おにいちゃんはナツミちゃんのこと大好きだから怒ったんだよ? 大好きだから心配して探しに来てくれたの。それはわかるよね?」

 彼女はコクンとうなずいた。

「うん、ナツミちゃんはイイコだね」

 ワタシはもう1度彼女の手を取り、少年の元に歩み寄る。

「姉ちゃんがナツミを連れて来てくれたのか?」
「うん。偶然公園で見かけたの」
「そっか……。恩に着るよ」

 ソウタと呼ばれた少年はそう言って笑った。

 歳はおそらく13歳くらい。でも年齢の割にすごく大人びた印象を受ける。

「お、みんな来たみたいだ」

 曲がり角の向こう側を見上げ、ソウタくんはつぶやく。

「なあ、姉ちゃん。よかったらウチに寄ってきなよ。まあ、大したもてなしは出来ないんだけどお茶くらいは出せるぜ」
「おねえちゃん、いこーよ」

 ナツミちゃんがねだるような潤んだ瞳を向けてワタシの腕をぐい、と引っ張る。

「うん、そうだね」

 その愛らしさに負けたワタシは、「ひだまりの家」にお邪魔することにした。

「ソウタ、本当にナツミが見つかったのッ!?」

 その時、ひとりの女性が3人の子供と共に駆け寄る。

「おねえちゃんたち、ごめんなさい……」

 ナツミちゃんがそちらに向けてペコリと頭を下げる。

「ああ、良かった……」

 その女性はナツミちゃんを抱き寄せ、その小さな体に顔を埋めて泣いていた。

「この姉ちゃんがナツミをここまで連れて来てくれたんだ」

 ソウタくんがワタシの方を指差してそう告げる。

「本当に……本当にありがとうございました! この御恩は──」

 そこまで言ってワタシの顔を見上げた女性は、ハッと驚愕の面持ちで言葉を呑んだ。

 驚いたのはワタシも同じだった。

 その女性は、しほりセンパイだったのだから。
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