23 / 55
チャプター2 千本木しほり
9項 しほり、決意 ~Hなし
しおりを挟む
「……ぅん」
プロデューサーさんが部屋を出てから20分くらい経ったころだった。
ベッドで眠るしほりセンパイの口から声がもれ出すと、彼女はゆっくりとその瞼を開いたのだ。
「しほりセンパイッ!」
ワタシは立ち上がり、ベッドの側に駆け寄る。
彼女は首をかたむけ、虚ろな瞳で室内を見回してから、
「ここは……?」
やや掠れた声で訊ねる。
「病院です。しほりセンパイ、家の玄関で倒れてたんですよ?」
「そう……だったんだ……」
ワタシの言葉に、彼女は悲しげに目を伏せる。
その時、プロデューサーさんが部屋に戻って来る。
「プロデューサーさん。しほりセンパイ、目を覚ましましたよ!」
「そうですか。良かった……」
プロデューサーさんはホッと安堵したようにそうつぶやくと、ベッドの方へと歩み寄る。
「さくらちゃん、プロデューサー……」
しほりセンパイはゆっくり上半身を起こすと、
「本当にごめんなさい!」
布団に頭がつくくらい深々と頭を下げる。
「しほりセンパイ!?」
ワタシは思わず戸惑う。
「あんなに偉そうなことを言っておきながら……結局私はみなさんに迷惑をかけてしまいました。あんなに心配してもらっていたのに、私は自分のことしか考えてなかった……」
ごめんなさい、ともう1度頭を下げ、彼女は顔を手で覆って涙していた。
ワタシはしほりセンパイの肩に手を置いて、
「しほりセンパイ。ワタシもセンパイに謝らなくちゃいけないことがあるんです」
そう告げる。
「え?」
おまむろに顔を上げる彼女に、
「実はしほりセンパイの過去の話とか児童養護施設の事情とか、全部プロデューサーさんに話してしまいました。ごめんなさい」
ワタシも頭を下げる。
「さくらちゃん……」
しほりセンパイは驚いたような表情を見せたけど、すぐにかぶりを振って、
「いいのよ。いつかはプロデューサーにも話さなければと思ってた。でも、私には出来なかった……」
再び顔を曇らせる。
「しほりさんは、そんなにさくらさんや俺のことが信用出来ませんか?」
その時、プロデューサーさんが感情の起伏に欠けた静かな声で彼女に問うた。
「え?」
戸惑い、目を剥くしほりセンパイ。
「俺はしほりさんのことは所属タレントとしてだけでなく、家族の一員のように大切に思っています。しかし、しほりさんはそうでは無かったのですね?」
「ち、違います! 私だってプロデューサーや会社のみなさんのこと、大切に思ってます!」
「だったらなぜ、苦しい時にその悩みを打ち明けてくれなかったのですか?」
「それは……みなさんに迷惑をかけてしまうから……」
畳みかけるようなプロデューサーさんの言葉に、しほりセンパイは力無くうつむいてしまう。
「どんどん迷惑をかけてください。自分の力でどうにもならない時は、遠慮なく頼ってください。助け合いましょうよ。支え合いましょうよ。それが仲間でしょう? それが家族でしょう?」
「プロデューサー……」
まるで父親のような威厳と優しさを含んだその言葉に、ついにしほりセンパイの涙腺は崩壊し、
「ごめんなさい、プロデューサぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
彼の胸に縋りついて幼な子のように泣きじゃくるのだった。
♢
それから2日後──
この日しほりセンパイは休養が明け、ワタシと一緒に事務所へと向かうことになった。
今日は仕事ではなく、これからの指針を話し合うミーティングが行われる予定だ。
「しほりセンパイ、体調良さそうですね?」
「ええ、おかげさまで元気いっぱいよ! これならバリバリ仕事できそうだわ」
「もー、しほりセンパイはすぐこれなんだから~」
「ふふ、ごめんなさい」
あれからワタシたちはすっかり仲直りし、歩幅を合わせて和気あいあいと歩いていた。
「今日はたしか社長も来るんでしたよね?」
「そうね。久しぶりに会えるからうれしいわ」
「ワタシはちょっと苦手だなぁ、社長……」
「まあ、さくらちゃんたら」
そんなことを話しながらワタシたちは事務所に到着し、中へ入ろうとしたその時だった。
「しほり姉ちゃん、どういうことだよッ!!」
突然後ろから少年らしき勇ましい声が呼びかける。
振り返ると、そこには「ひだまりの家」でお世話になったソウタくんが太い眉毛を震わせながらしほりセンパイのことをキッと睨んでいた。
「そ、ソウタ……どうしてここに?」
見られてはいけないものを見られてしまった。そんな衝撃に打ち震えるしほりセンパイ。
「ここって、セックスアイドルの事務所だよな? 男とやらしいことして金もらってるっていう」
しほりセンパイはうつむいたまま何も答えなかった。
「どういうことだよ! オレたちにはトゥチューバーやってるって言ってたよなぁ!?」
「トゥチューバー!? キャビンアテンダントじゃなかったの??」
ソウタくんの言葉に先に反応したのはワタシの方だった。
「ああ、あれはウソだよ。前々からしほり姉ちゃんのこと怪しいと思ってたからカマかけてみたんだよ。でも、それでしほり姉ちゃんがウソついてるって確信したよ。だいたいしほり姉ちゃんは飛行機にトラウマがあって今まで1度も乗ったことが無いんだ。キャビンアテンダントになれるワケ無いだろ?」
ワタシは呆然とした。
たしかにあの時はまだしほりセンパイの両親の死因に関する情報が無かったから、ソウタくんの言葉にそのまま疑いもなく反応してしまったのだ。
しほりセンパイを助けるつもりが、逆に追いつめてしまう結果となったことにワタシは後悔を禁じ得なかった。
「ち、違うのよ、ソウタ。この事務所はね、一般タレントも所属してるの。私もさくらちゃんも一般のトゥチューバーなのよ!」
それでもまだしほりセンパイはごまかそうと必死だった。
「ちょっとしほりセンパイ? 何でトゥチューバーなんですか?」
ワタシは小声で問う。
「だって、他にお金たくさんもらってそうな仕事が思い浮かばなくて……。それに、施設にはパソコンもスマホも無いからバレる心配も無いかと思って……」
しほりセンパイの言い分にはたしかに、なるほど、と納得できる部分もあった。けれど、大手動画共用サイトの動画投稿者とは……。
「……オレの友達のアニキがさ、しほり姉ちゃんにそっくりな人がセックスアイドルしてる、って言ってたんだよ」
だけどソウタくんは、まるでしほりセンパイの言葉が聞こえていないかのように語り出した。
「オレはそんなワケない、って思ってたよ。でもさ、実際にその動画を見せてもらったらよぉ……ホントにしほり姉ちゃんじゃないかよぉぉぉぉぉッッ!!」
怒りと失望を綯い交ぜにしたようなその激しい声に、しほりセンパイは思わず手で口を覆った。
「しほり姉ちゃんが寄付金を入れてくれるから、オレたちは月に1度遊びに行ける。みんなの誕生日も盛大に祝うことができる。感謝してる。でもよぉ……」
ソウタくんはギュっと拳を握りしめ、
「しほり姉ちゃんが体を売ってまで手に入れたそんな汚い金でオレたちが喜ぶとでも思ったのかよッ!!」
感情を剥き出しにして叫ぶ。
汚い金──
その言葉はしほりセンパイのみならず、ワタシの心にも深く鋭く突き刺さるのだった。
「一体何事ですか?」
その時、ビルの出入り口からプロデューサーさんが現れる。
「出たな、この詐欺師め!」
「詐欺師ッ!? いきなり何ですか!?」
見知らぬ少年からいきなり暴言を向けられたプロデューサーさんは戸惑い、首をかしげる。
「オマエがしほり姉ちゃんを騙してHなことさせてる張本人なんだろうが! この変態詐欺師ッ!!」
「変態詐欺師ッ!?」
さらなる暴言を浴びせられ、プロデューサーさんは開口したまま立ち尽くしてしまう。
「『ひだまりの家』はオレが守る。だからしほり姉ちゃんはもう2度と来んなッ!!」
そしてソウタくんは最後にそう言い放つと、ダッと駆け出し、ものスゴい速さでその場を去って行った。
ワタシも、しほりセンパイも、プロデューサーさんも、後に残された3人は呆然とその場に立ち尽くし、後からやって来た社長さんに声をかけられるまでそのままでいたのだった。
♢
「なるほどな。そういうことになっていたのか……」
事務所内でことのあらましを聞いた社長さんは、腕組みをしたまましきりにうなずいた。
「少年のセックスアイドルに対する偏見は許し難いものだが、マサオミを詐欺師呼ばわりか……。言い得て妙だな」
「何でですか!? そこもちゃんと否定してくださいよ、社長!」
心外だ、とばかりに食い下がるプロデューサーさん。
「まあ、セックスアイドルをしているとこういうことはよくある。通過儀礼だと思ってあまり気にしないことだ」
「無視ですか? まあいいですけど……」
社長さんに完全スルーされたプロデューサーさんは、諦めのため息を吐いた。
「『汚い』か……。覚悟はしていたつもりだったんですけど、あそこまでストレートに言われちゃうとやっぱりショックですね」
「ごめんなさい、さくらちゃん。私のせいでイヤな思いさせちゃったわね」
しほりセンパイが頭を下げて謝る。
「すみません、そんなつもりで言ったんじゃないんです。ただ、ワタシの覚悟がまだまだ足りなかったのかな、ってことで……」
ワタシは隣に座るしほりセンパイの肩に手を乗せ、そう伝える。
ショックなのはしほりセンパイの方なのに、ワタシはホントに未熟だ。
ポンッ!
その時、社長さんがまるで柏手を打つように両手を重ね合わせ、
「今日はミーティングに集まってもらったのだよ、ミーティング! そろそろ始めようか?」
気を取り直させるようにハキハキとした声で宣言する。
「「は、はい!!」」
ワタシたちは揃って返事する。
そしてワタシたちはミーティングを行った。
とは言っても決まったことはしほりセンパイの仕事量の調整と、CD発売決定の通知。ワタシの次の仕事の指針を話し合ったくらいで、後は英気を養うためにと社長さんに食事に連れて行ってもらい、今日のミーティングは終了した。
「焼肉、美味しかったですね」
「そうね。あんなに楽しいお食事、ホントに久しぶりだったわ」
帰り道、ワタシとしほりセンパイは再び一緒に歩いていた。
帰る場所が同じだから、こうして優しいセンパイと並んで歩ける。
それは日々不安を抱えたまま暗中模索するワタシにとって安らぎであり、とても温かなひだまりでもあった。
「あのね、さくらちゃん……」
交差点で信号待ちをしている時、ポツリとしほりセンパイがもらす。
「何ですか?」
「私、明日になったら『ひだまりの家』に行ってみんなに打ち明けようと思うの。私がセックスアイドルをしていることを……」
「しほりセンパイ……」
告げられたしほりセンパイの決意。
それがどれだけ勇気のいる行為なのか、今日のソウタくんの反応を見ればワタシでも容易に想像できた。
軽蔑されるかも知れない──
悲しませてしまうかも知れない──
だけど、それでも彼女はすべてを打ち明ける決心をしたのだ。
ワタシはしほりセンパイが手を取り、
「センパイ。ワタシも明日オフなので一緒について行ってもイイですか?」
そう伝える。
「え? さくらちゃんが?」
「もちろんこれはしほりセンパイの問題だし、何の力にもなれません。でも、側にいることならできます。どんな結果になろうとも、ワタシはセンパイの側にいます」
「さくらちゃん……」
しほりセンパイはワタシの手を握り返し、
「ありがとう、さくらちゃん……。これでもうコワくないわ」
ニコリと微笑むのだった。
プロデューサーさんが部屋を出てから20分くらい経ったころだった。
ベッドで眠るしほりセンパイの口から声がもれ出すと、彼女はゆっくりとその瞼を開いたのだ。
「しほりセンパイッ!」
ワタシは立ち上がり、ベッドの側に駆け寄る。
彼女は首をかたむけ、虚ろな瞳で室内を見回してから、
「ここは……?」
やや掠れた声で訊ねる。
「病院です。しほりセンパイ、家の玄関で倒れてたんですよ?」
「そう……だったんだ……」
ワタシの言葉に、彼女は悲しげに目を伏せる。
その時、プロデューサーさんが部屋に戻って来る。
「プロデューサーさん。しほりセンパイ、目を覚ましましたよ!」
「そうですか。良かった……」
プロデューサーさんはホッと安堵したようにそうつぶやくと、ベッドの方へと歩み寄る。
「さくらちゃん、プロデューサー……」
しほりセンパイはゆっくり上半身を起こすと、
「本当にごめんなさい!」
布団に頭がつくくらい深々と頭を下げる。
「しほりセンパイ!?」
ワタシは思わず戸惑う。
「あんなに偉そうなことを言っておきながら……結局私はみなさんに迷惑をかけてしまいました。あんなに心配してもらっていたのに、私は自分のことしか考えてなかった……」
ごめんなさい、ともう1度頭を下げ、彼女は顔を手で覆って涙していた。
ワタシはしほりセンパイの肩に手を置いて、
「しほりセンパイ。ワタシもセンパイに謝らなくちゃいけないことがあるんです」
そう告げる。
「え?」
おまむろに顔を上げる彼女に、
「実はしほりセンパイの過去の話とか児童養護施設の事情とか、全部プロデューサーさんに話してしまいました。ごめんなさい」
ワタシも頭を下げる。
「さくらちゃん……」
しほりセンパイは驚いたような表情を見せたけど、すぐにかぶりを振って、
「いいのよ。いつかはプロデューサーにも話さなければと思ってた。でも、私には出来なかった……」
再び顔を曇らせる。
「しほりさんは、そんなにさくらさんや俺のことが信用出来ませんか?」
その時、プロデューサーさんが感情の起伏に欠けた静かな声で彼女に問うた。
「え?」
戸惑い、目を剥くしほりセンパイ。
「俺はしほりさんのことは所属タレントとしてだけでなく、家族の一員のように大切に思っています。しかし、しほりさんはそうでは無かったのですね?」
「ち、違います! 私だってプロデューサーや会社のみなさんのこと、大切に思ってます!」
「だったらなぜ、苦しい時にその悩みを打ち明けてくれなかったのですか?」
「それは……みなさんに迷惑をかけてしまうから……」
畳みかけるようなプロデューサーさんの言葉に、しほりセンパイは力無くうつむいてしまう。
「どんどん迷惑をかけてください。自分の力でどうにもならない時は、遠慮なく頼ってください。助け合いましょうよ。支え合いましょうよ。それが仲間でしょう? それが家族でしょう?」
「プロデューサー……」
まるで父親のような威厳と優しさを含んだその言葉に、ついにしほりセンパイの涙腺は崩壊し、
「ごめんなさい、プロデューサぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
彼の胸に縋りついて幼な子のように泣きじゃくるのだった。
♢
それから2日後──
この日しほりセンパイは休養が明け、ワタシと一緒に事務所へと向かうことになった。
今日は仕事ではなく、これからの指針を話し合うミーティングが行われる予定だ。
「しほりセンパイ、体調良さそうですね?」
「ええ、おかげさまで元気いっぱいよ! これならバリバリ仕事できそうだわ」
「もー、しほりセンパイはすぐこれなんだから~」
「ふふ、ごめんなさい」
あれからワタシたちはすっかり仲直りし、歩幅を合わせて和気あいあいと歩いていた。
「今日はたしか社長も来るんでしたよね?」
「そうね。久しぶりに会えるからうれしいわ」
「ワタシはちょっと苦手だなぁ、社長……」
「まあ、さくらちゃんたら」
そんなことを話しながらワタシたちは事務所に到着し、中へ入ろうとしたその時だった。
「しほり姉ちゃん、どういうことだよッ!!」
突然後ろから少年らしき勇ましい声が呼びかける。
振り返ると、そこには「ひだまりの家」でお世話になったソウタくんが太い眉毛を震わせながらしほりセンパイのことをキッと睨んでいた。
「そ、ソウタ……どうしてここに?」
見られてはいけないものを見られてしまった。そんな衝撃に打ち震えるしほりセンパイ。
「ここって、セックスアイドルの事務所だよな? 男とやらしいことして金もらってるっていう」
しほりセンパイはうつむいたまま何も答えなかった。
「どういうことだよ! オレたちにはトゥチューバーやってるって言ってたよなぁ!?」
「トゥチューバー!? キャビンアテンダントじゃなかったの??」
ソウタくんの言葉に先に反応したのはワタシの方だった。
「ああ、あれはウソだよ。前々からしほり姉ちゃんのこと怪しいと思ってたからカマかけてみたんだよ。でも、それでしほり姉ちゃんがウソついてるって確信したよ。だいたいしほり姉ちゃんは飛行機にトラウマがあって今まで1度も乗ったことが無いんだ。キャビンアテンダントになれるワケ無いだろ?」
ワタシは呆然とした。
たしかにあの時はまだしほりセンパイの両親の死因に関する情報が無かったから、ソウタくんの言葉にそのまま疑いもなく反応してしまったのだ。
しほりセンパイを助けるつもりが、逆に追いつめてしまう結果となったことにワタシは後悔を禁じ得なかった。
「ち、違うのよ、ソウタ。この事務所はね、一般タレントも所属してるの。私もさくらちゃんも一般のトゥチューバーなのよ!」
それでもまだしほりセンパイはごまかそうと必死だった。
「ちょっとしほりセンパイ? 何でトゥチューバーなんですか?」
ワタシは小声で問う。
「だって、他にお金たくさんもらってそうな仕事が思い浮かばなくて……。それに、施設にはパソコンもスマホも無いからバレる心配も無いかと思って……」
しほりセンパイの言い分にはたしかに、なるほど、と納得できる部分もあった。けれど、大手動画共用サイトの動画投稿者とは……。
「……オレの友達のアニキがさ、しほり姉ちゃんにそっくりな人がセックスアイドルしてる、って言ってたんだよ」
だけどソウタくんは、まるでしほりセンパイの言葉が聞こえていないかのように語り出した。
「オレはそんなワケない、って思ってたよ。でもさ、実際にその動画を見せてもらったらよぉ……ホントにしほり姉ちゃんじゃないかよぉぉぉぉぉッッ!!」
怒りと失望を綯い交ぜにしたようなその激しい声に、しほりセンパイは思わず手で口を覆った。
「しほり姉ちゃんが寄付金を入れてくれるから、オレたちは月に1度遊びに行ける。みんなの誕生日も盛大に祝うことができる。感謝してる。でもよぉ……」
ソウタくんはギュっと拳を握りしめ、
「しほり姉ちゃんが体を売ってまで手に入れたそんな汚い金でオレたちが喜ぶとでも思ったのかよッ!!」
感情を剥き出しにして叫ぶ。
汚い金──
その言葉はしほりセンパイのみならず、ワタシの心にも深く鋭く突き刺さるのだった。
「一体何事ですか?」
その時、ビルの出入り口からプロデューサーさんが現れる。
「出たな、この詐欺師め!」
「詐欺師ッ!? いきなり何ですか!?」
見知らぬ少年からいきなり暴言を向けられたプロデューサーさんは戸惑い、首をかしげる。
「オマエがしほり姉ちゃんを騙してHなことさせてる張本人なんだろうが! この変態詐欺師ッ!!」
「変態詐欺師ッ!?」
さらなる暴言を浴びせられ、プロデューサーさんは開口したまま立ち尽くしてしまう。
「『ひだまりの家』はオレが守る。だからしほり姉ちゃんはもう2度と来んなッ!!」
そしてソウタくんは最後にそう言い放つと、ダッと駆け出し、ものスゴい速さでその場を去って行った。
ワタシも、しほりセンパイも、プロデューサーさんも、後に残された3人は呆然とその場に立ち尽くし、後からやって来た社長さんに声をかけられるまでそのままでいたのだった。
♢
「なるほどな。そういうことになっていたのか……」
事務所内でことのあらましを聞いた社長さんは、腕組みをしたまましきりにうなずいた。
「少年のセックスアイドルに対する偏見は許し難いものだが、マサオミを詐欺師呼ばわりか……。言い得て妙だな」
「何でですか!? そこもちゃんと否定してくださいよ、社長!」
心外だ、とばかりに食い下がるプロデューサーさん。
「まあ、セックスアイドルをしているとこういうことはよくある。通過儀礼だと思ってあまり気にしないことだ」
「無視ですか? まあいいですけど……」
社長さんに完全スルーされたプロデューサーさんは、諦めのため息を吐いた。
「『汚い』か……。覚悟はしていたつもりだったんですけど、あそこまでストレートに言われちゃうとやっぱりショックですね」
「ごめんなさい、さくらちゃん。私のせいでイヤな思いさせちゃったわね」
しほりセンパイが頭を下げて謝る。
「すみません、そんなつもりで言ったんじゃないんです。ただ、ワタシの覚悟がまだまだ足りなかったのかな、ってことで……」
ワタシは隣に座るしほりセンパイの肩に手を乗せ、そう伝える。
ショックなのはしほりセンパイの方なのに、ワタシはホントに未熟だ。
ポンッ!
その時、社長さんがまるで柏手を打つように両手を重ね合わせ、
「今日はミーティングに集まってもらったのだよ、ミーティング! そろそろ始めようか?」
気を取り直させるようにハキハキとした声で宣言する。
「「は、はい!!」」
ワタシたちは揃って返事する。
そしてワタシたちはミーティングを行った。
とは言っても決まったことはしほりセンパイの仕事量の調整と、CD発売決定の通知。ワタシの次の仕事の指針を話し合ったくらいで、後は英気を養うためにと社長さんに食事に連れて行ってもらい、今日のミーティングは終了した。
「焼肉、美味しかったですね」
「そうね。あんなに楽しいお食事、ホントに久しぶりだったわ」
帰り道、ワタシとしほりセンパイは再び一緒に歩いていた。
帰る場所が同じだから、こうして優しいセンパイと並んで歩ける。
それは日々不安を抱えたまま暗中模索するワタシにとって安らぎであり、とても温かなひだまりでもあった。
「あのね、さくらちゃん……」
交差点で信号待ちをしている時、ポツリとしほりセンパイがもらす。
「何ですか?」
「私、明日になったら『ひだまりの家』に行ってみんなに打ち明けようと思うの。私がセックスアイドルをしていることを……」
「しほりセンパイ……」
告げられたしほりセンパイの決意。
それがどれだけ勇気のいる行為なのか、今日のソウタくんの反応を見ればワタシでも容易に想像できた。
軽蔑されるかも知れない──
悲しませてしまうかも知れない──
だけど、それでも彼女はすべてを打ち明ける決心をしたのだ。
ワタシはしほりセンパイが手を取り、
「センパイ。ワタシも明日オフなので一緒について行ってもイイですか?」
そう伝える。
「え? さくらちゃんが?」
「もちろんこれはしほりセンパイの問題だし、何の力にもなれません。でも、側にいることならできます。どんな結果になろうとも、ワタシはセンパイの側にいます」
「さくらちゃん……」
しほりセンパイはワタシの手を握り返し、
「ありがとう、さくらちゃん……。これでもうコワくないわ」
ニコリと微笑むのだった。
0
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる