SEXアイドル&DEATHプロデューサー

中原星道

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チャプター3 虹橋萌火

12項 さくら、感嘆 ~Hなし

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「へぇ、人探しですか」

 プロデューサーさんから軽く説明を受けた丁嵐あたらしさんは、仕事人の目つきになって口もとに指をあてる。

「捜索人について知り得る情報はすべてまとめておいた。今そちらにデータを送る」

 プロデューサーさんはスマホからデータを送信する。

「ほうほう、なるほどなるほど」

 デスク上のパソコンでさっそくデータを照合する丁嵐あたらしさんは、そう言いながらしきりにうなずく。

「捜索人の名前は小松崎こまつざきナオト。現在の年齢は24歳、オレと同い年っスね。走り高跳びの選手として将来を嘱望。2年前まで某私立高校で陸上部のコーチを努めるも教え子を暴行して失職。その後の消息は不明、ですか……」

 彼はすぐにそのデータを頭の中で整理して口唱する。

 一部事実に反する文言があったけど、今ここでそれを言及したところで何も変わるワケじゃないので黙っておくことにした。

「どうだ、難しいか?」
「そうですね。事件を起こして身を隠したヤツってのはほとぼりが冷めるまで大人しくしてるもんなんで、なかなか足取りが掴めないものなんスよ。これを苗字だけを頼りに探すのはまあ、不可能でしょうね」

 彼はそう切り捨てるけどすぐに、

「でも、マイナー競技とはいえその頂点に近い場所にいた人ですから、まだ探しやすい方っスね。オレの情報分析能力と探索力をもってすれば、ひきこもりだろうがニートだろうがたちどころに引きずり出してやるっスよ!」

 不敵な笑みを浮かべて自信満々に言うのだった。

「どうやって探すんですか?」

 ワタシがたずねると丁嵐あたらしさんは、

「コレっスよ」

 と言ってパソコンを指差す。

「パソコン?」
「そう。SNS上に散らばる有象無象の情報をフィルターにかけて、手がかりに繋がる情報を抽出するっス」

 たしかにその説明を聞く限りでは、ただ闇雲に探し歩くよりは有効そうだ。

 だけど、2年も前の出来事だ。そううまくいくのだろうか?

「まずはヒットしそうな単語をいくつか並べて検索をかけていく」

 彼はそう言ってキーボードを手早く打つ。

「そんで、そこから有効そうな情報を抽出してくと……お、それっぽいつぶやきと掲示板サイトのスレッドがあったっスよ!」

 ほどなくして彼は興奮気味に叫び、

「情報処理班、解析をお願いするっス」

 3人組に向けてそう告げる。

「「「はーい(ですわ)」」」

 彼女たちはそれぞれ自分のスマホを取り出し、それをテーブルに置いて先ほど転送されたと思われるデータを閲覧する。

「そうだ、4号さん」

 不意に丁嵐あたらしさんがワタシの方を向いてそう呼びかける。

「4号? ……ってワタシ??」

 自分を指差すと彼はコクリとうなずき、

「冷蔵庫にチョコレートマフィンがあるから後でみんなで食べてイイっスよ」

 そう告げる。

「んじゃ、そういうことで後は全部お任せするっス」
「あ、ちょっと──」

 呼び止める間も無く丁嵐あたらしさんは手をひらひらと振り、再び奥の部屋へとこもってしまった。

「もう終わり? それに4号って何??」
「あの人は情報蒐集の専門で、それを細かく解析してゆくのがあたしたちの仕事なんです」

 スマホに目を落としながら、ポニーテールの女の子がそう告げると、

「ちなみにあたしは1号って呼ばれてま~す」

 軽い口調で言う。

「ウチは2号ね~」
「わたくしは3号ですわ」

 ギャル系のコと黒髪ロングのコが挙手と共に追随して言う。

「それじゃあ何? ワタシはアナタたちのお仲間、後輩ってこと?」
「かも知れないですね~」

 そう言ってポニーテールの1号ちゃんは二ヒヒと笑った。

 さらにはプロデューサーさんまでもが隠れて笑ってたので、ワタシはかなり不服だった。

「あ、ありましたわ、掲示板のスレッドに小松崎こまつざきさんに関する書き込みが」

 黒髪ロングの3号ちゃんがそう告げる。

 ワタシとプロデューサーさんは彼女の背後に回ってそのスマホを拝見した。

 それは萌火もかセンパイとコーチの事件が公になってすぐに立てられたもので、週刊誌の記事では学校名も2人の名前も伏せられていたにも関わらず簡単に特定されてしまい、コーチはレイプ魔として、そして萌火もかセンパイは男の歪んだ欲情の対象として取り沙汰されていた。

 まるで公衆トイレに落書きをするかのようにあまりにも無責任な言葉を赤の他人に向けて吐き捨て、対象をどん底まで誹謗中傷するそのスレッドは見るに耐えず、ワタシは目を背ける。

「このスレッド自体1か月ほどで過疎化してますし、大した情報はなさそうですわね」

 だけど3号ちゃんは顔色ひとつ変えずにすべての投稿を確認すると、やれやれといったていで肩をすくめる。

 ──こういうのイヤじゃないのかなぁ?

 お嬢様然とした外見でありながら人間の醜い部分を平然と見すえる彼女に、ワタシは驚きを禁じ得なかった。

「おっ! ドゥイッターにあったぞ、目撃情報ッ!!」

 その時、金髪ギャルの2号ちゃんがしてやったりといったと言わんばかりの喚声を上げる。

 ワタシと3号ちゃんも一緒になって横から拝見する。

『ウチの近所の建設現場に、昔走り高跳びやってた小松崎そっくりの人が働いてた。たしか事件起こして陸上引退したみたいな噂があったよな?』

 それはアカウント名『太もも太郎』が『ドゥイッター』というSNSに投稿したつぶやきと呼ばれるコメントだった。

「走り高跳びで小松崎、さらには『事件』というキーワード。こりゃ間違いねぇんじゃね?」
「そうだね。でも『ウチの近所の建設現場』だけじゃどこのことかまったくわからないね。だいたいの住所が特定できそうな情報は無いのかな?」
「ウチに任しとけって。すぐに見つけてやんよ」

 2号ちゃんは実に楽しそうにスマホをいじる。

「あ、こっちも見つけました。くだんの人に関するコメントです」

 今度は1号ちゃんが声を上げる。

 ワタシはそちらへと移動して彼女のスマホは拝見する。

『今日コンビニ行ったら駐車場の隅で走り高跳び選手だった小松崎さんを見かけました。建設作業員の格好してひとりで昼食を食べてました。昔ファンだったので見間違いじゃないと思います』

 それはアカウント名『ピッピちゃん』のつぶやきで、去年の夏ごろに投稿されたものだった。

「どっちも建設現場の作業員という点で一致してるね」
「ですね。こっちも何か住所解析に繋がる情報を探してみます」

 1号ちゃんはそう言うと再びせわしなくスマホを操作する。

 ──情報解析班、か。スゴいなぁ。

 3人組のテキパキとした作業に思わず感嘆がもれる。

 ──あ、そうだ。

 完全に手持ち無沙汰になってしまったワタシはさっき丁嵐あたらしさんが言っていた言葉を思い出して、部屋にある冷蔵庫を開けてみる。

 中にはラップに包まれたチョコレートマフィンが5つ並べられていた。

 ──美味しそう!

 甘いものが大好きなワタシは心をときめかせながらそれを手に取り、みんなの前に用意する。

「おっ、探偵さんのマフィンかー。ウマいんだよなぁ、コレ」
「本当にあの方は何でも器用にこなしますわよね。見習わなければいけませんわね」
「チョコレートマフィン、うまうま!」

 3人組はスマホを操作しながらもう片方の手で探偵さんからの差し入れを頬張る。

「え? コレって丁嵐あたらしさんが作ったの!?」

 プロデューサーさんにもそれを手渡しながら、ワタシは驚きの声を上げる。

遊馬あすまは大抵のことはすぐにこなしてしまいますからねぇ。料理の腕もプロ級なんですよ」

 プロデューサーさんはそう補足すると、その力作に豪快にかぶりついた。

「そうなんだ。スゴいなぁ……」

 ワタシはラップを剥がし、表面にチョコチップが散りばめられたチョコレートマフィンを口に含む。

「ッ!? んまぁッ!!」

 ふわりとした生地にしっかりとチョコレートが染み込み、チョコチップのカリッとした食感がアクセントになっている。決して甘すぎず、程よくビターな風味が効かせてあるのでくどく感じることもない。
 これまで食べてきたマフィンの中でもトップランクの美味さだ。

 だけどコレをあの丁嵐あたらしさんが作ったとはにわかに信じられない。

 ──あれ?

 ワタシはふと疑問に思ったことを口にした。

「そういえばチョコレートマフィン5つ用意されてたけど、たしかプロデューサーさん、ワタシが来ることを探偵さんに伝えてなかったんですよね?」
「ええ。ひさしぶりにアイツの困った顔を見てやろうと思って彼女たちにも内緒にしてもらってました」
「でも5つあったってことは、ホントは探偵さんは自分用に用意していたのに、それをワタシに譲ってくれたってことなんじゃ……」

 それを知ってしまい、スゴく悪いことをしてしまったという罪悪感に襲われる。

「まあ、アイツの女性嫌いは筋金入りですが、それでもなんだかんだで誰に対しても気を遣えるヤツなんですよ」

 プロデューサーさんが苦笑と共にそう告げる。

「そうなんですね……」

 ワタシは彼のさりげない優しさに心の中で感謝した。

「おっ、コレなんか住所特定できる情報じゃね?」

 その時、2号ちゃんが再び声を上げる。

『さっきの地震けっこう揺れてビビった。埼玉・東京が1番ヤバかったみたいだけど、みんな大丈夫か?』

 それは先ほどの『太もも太郎』のツイートで、2年前の秋に発生した地震に関するツイートだった。

「ちょっと待ってください。今その地震に関して調べてみますわ」

 すかさず3号ちゃんが自分のスマホを操作し、

「ありましたわ、埼玉と東京で震度5強を観測した地震。震源地は千葉県北西部で関東地方を中心に大きく揺れてますわ」

 そこにあった情報を読み上げる。

「ああ、あん時の地震か。ウチもビビったよ。ちょうどお風呂に入ってる時に揺れたからなぁ」

 2号ちゃんが当時の状況を思い返してしきりにうなずく。

「かなり揺れたってことはおそらく関東地方ってことだよね? でも、埼玉と東京の心配をしてるからそこは除外される。ってことは、神奈川県、千葉県、茨城県、群馬県、栃木県のどれかってことになりそうだね?」

 1号ちゃんが情報を整理して的確に伝える。

 だけど、それでもまだ範囲が広すぎる。実際に探索するにはもって絞り込まなくちゃいけない。

「もひとつ、有力な情報はっけ~んッ!」

 またもや2号ちゃんがドヤ顔で声を上げる。

『今年の都道府県魅力ランキング、ウチの住んでる所は相変わらずの下位。それもかなり下。微妙のひとことにつきるね』

 それも『太もも太郎』が去年の秋に投稿した投稿だった。

「去年の都道府県魅力ランキングでかなりの下位となると、群馬県、栃木県、茨城県ですわね」

 さっそく3号ちゃんが調べてくれたみたいで、流麗な声色で澱みなく伝えてくれる。

「ああ、いつも不毛な争いをしている北関東の3県じゃん」

 2号ちゃんがそう言ってけらけらと笑う。

「あともうひと息ですわね。そちらは何か有益な情報はありませんの?」
「うん。『ピッピちゃん』はたぶん女性だと思うんだけどスゴくガードの堅い人で住所を割り出せそうな情報がなかなか見当たらないんだよねぇ」

 3号ちゃんの問いに、1号ちゃんは顔をしかめて答える。

「唯一の手がかりがこの写真かなぁ」

 1号ちゃんはそう言ってその画像を拡大させる。

『ひさしぶりに近所の遊園地に行ってみた』

 というコメントと共に投稿されたその写真は満開に咲き乱れる赤い花に囲まれるようにして、その背景に大きな観覧車を捉えたものだった。

「この花は……ツツジ?」
「ですわね。北関東、ツツジ、観覧車で検索してみますわ」

 3号ちゃんはワタシの言葉にうなずくと、すばやく検索をかける。

「出ましたわ! 群馬県の伊勢崎市にある華蔵寺けぞうじ公園遊園地。そこは北関東最大の観覧車があってツツジも名物の場所ですわ!!」

 その言葉に、みんなそろって感嘆の声が上がる。

「群馬県伊勢崎市ですね、ありがとうございました。では、後は遊馬あすまに伊勢崎市の工事記録を調べてもらって、それを請け負っていた会社を割り出してもらいましょう。お願いできますか?」

 プロデューサーさんは立ち上がり、3人組に告げる。

「「「りょーかい(ですわ)」」」

 彼女たちは元気に答えてワタシたちに手を振る。

「みなさん、ありがとうございました!」

 ワタシは頭を下げ、プロデューサーさんと共に部屋を後にした。

 有力な情報を得たワタシたちはプロデューサーさんの車に乗りこみ、一路群馬県を目指すのだった。
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