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チャプター3 虹橋萌火
16項 萌火、そしてこれから ~エピローグ
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競技場でのイベントが終了した時、見上げた観客席にもう小松崎さんの姿は無かった。
プロデューサーさんが最後に会っていたみたいで、彼は萌火センパイの跳躍を見届けると、すぐに帰ったそうだ。
たしかに、かつての恋人が他の男性とまぐわう姿を見たくないという気持ちがあっただろうけど、それでも萌火センパイとはきちんと会って欲しかったという思いがワタシにはあった。
だけどプロデューサーさんの話では、小松崎さんは群馬でまた陸上競技を再開する、と言ったそうだ。
最後まで諦めなかった萌火センパイの姿勢に触発されたらしい。
それに萌火センパイも、小松崎さんが帰ったことを知った時も気落ちすることなく、
『わたしたちはあの瞬間、過去の呪縛から解き放たれたの。だからもう、イイんだよ』
そう言って晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
2人がそれで納得しているのだから、これ以上ワタシがとやかく言うべきじゃあないし、何も言うことも無い。
過去に縛られたまま止まっていた2人の時は、あの日から再び新たな刻を刻み始めたのだから。
♢
それから数日後──
ワタシたちは再び群馬県にいた。
前回の人探しとは違い、今回は慰安旅行。それも、温泉宿での一泊なのだ。
今回、萌火センパイのイベントと走り高跳びの記録更新成功を祝して、社長さんが群馬県の山間部にある有名温泉宿を予約してくれて、ワタシたちは今、宿の名物である露天風呂に入っているのだった。
「ふぅ……やはり群馬といえば温泉だな。日ごろの疲れが癒されてゆくよ」
社長さんが露天風呂の縁に両腕を乗せて大いにくつろぐ。
「社長、その言動がもうオバさんくさいですよ」
その隣で、萌火センパイがからかう。
「言ってくれるじゃないか、萌火くん。そう言って余裕ぶっていられるのも今の内だぞ。20代の一年一年はあっという間だ。キミも気づけばオバさんと呼ばれるようになるのだよ」
社長さんが含蓄のある言葉で忠告するけど、
「でもわたし、い~っぱいセックスしてるから肌もツヤツヤでスゴく健康的ですよ~? ね、さくらちゃん?」
自らの胸を寄せ上げて、センパイは挑発するように言うと共にワタシに同意を求めるのだった。
「は、はは……」
ワタシは苦笑いするしかなかった。
「くそぅ……2人ともチヤホヤされるのは今の内だけだぞ! この業界は旬を過ぎればすぐに飽きられてしまうのだからな」
完全に拗ねてしまった社長さんは、そんなことを言って脅しをかけるのだった。
「あの……やっぱりセックスをすると健康的になるものなんですか?」
ワタシたち3人と向かい合う形で一緒に入浴している『丁嵐探偵事務所』の3人組のひとり、1号ちゃんがおずおずと訊ねる。
ちなみに今回の慰安旅行にはお世話になった丁嵐探偵さんとその助手である3人組も招待していて、探偵さんも今ごろきっとプロデューサーさんと一緒に露天風呂を満喫しているのだと思う。
「なるなる! めっちゃ健康になるしキレイでいられるよ~」
萌火センパイはノリノリでそう断言する。
「まあ、たしかにセックスが健康に良い作用を及ぼしているらしいことは、科学的にも研究されているな」
物堅い口調で社長さんがそう説明すると、
「社長ぉ、そんな堅っ苦しい言い方しなくてもさぁ、気持ちイイことすれば心も体もスッキリする、って言った方が早いじゃん」
またも萌火センパイが横から茶々を入れる。
「気持ちイイは正義だよ。わたしだって昔、大事な試合の前日は必ずコーチとセックスしてたよ。そしたらスゴく記録が伸びたんだ。間違いないよ!」
センパイの力説に、3人組は顔を赤くしながら感嘆の声を上げる。
「ねえ、アナタたちはまだセックスしたことないの?」
ワタシが何となしに訊ねると、彼女たちは恥ずかしそうに目を伏せてもじもじと体をくねらせるのだった。
「あたしは……したこと無いです。誰かと付き合ったことも無いし……」
1号ちゃんが告白する。
「わたくしも当然処女ですわ。大事な初めてをそんな安売りするほど軽い女じゃありませんから」
3号ちゃんが誇らしげに告げると、
「おーおー、3号は貞操帯とか付けてそうだもんなぁ。あれだろ? 初めてのセックスは結婚初夜じゃなきゃダメ、的な家訓のお嬢様なんだろ?」
隣で2号ちゃんがそう言ってからかう。
「それは一体いつの時代の貞操観念ですのッ!? わたくしはそんな時代錯誤な女じゃありませんわッ!!」
心外だとばかりに抗議する3号ちゃんは、
「そう言うアナタこそ、援交疑惑がありますわよ? この3人でアナタだけが不潔でふしだらな淫行にふける色情魔なんじゃありませんこと?」
反撃とばかりに2号ちゃんに疑惑をぶつける。
「してねーし! ウチだってバリバリの処女だし! ギャルだからって色情魔呼ばわりするなし!!」
彼女の方も心外だ、とばかりに必死に抗議するのだった。
「そういえばキミたちってどんなきっかけで探偵の助手になったの?」
今度は萌火センパイが3人組に質問を向ける。
「あたしたちはオカルト好きで、『オカルト同好会』やってるんです。で、あたしが偶然探偵さんに出会ってオカルトの匂いを感じ取って押しかけたんです」
1号ちゃんがそう述べると、
「んで、ウチらはその探偵がめっちゃイケメンだって1号が言うからそれに釣られて一緒に押しかけたんだよな?」
2号ちゃんはそう言って3号ちゃんに同意を求めるけど、
「あら、わたくしは純粋に探偵さんのお手伝いがしたかっただけですわ。顔に釣られてノコノコついて来たのはアナタだけですわ」
3号ちゃんはまたもドヤ顔で彼女を挑発する。
「まぁたコイツはカマトトぶってるよ。『あの方こそわたくしの運命のお人ですわ』、とか言っていっちゃん盛り上がってたのはそっちだろうがッ!」
「あ、あら? そうだったかしら? おほほほほほ……」
「笑ってごまかすなっての」
やれやれ、とばかりに2号ちゃんは肩をすくめる。
「そういえばずっと気になってたんだけど、そちらの探偵さんとウチのプロデューサーさん、いつごろからの知り合いなのかな?」
ワタシはふと、そんな疑問を口にする。
「さあ、どうなんでしょう? あたしたちが探偵さんのところに通うようになってから1年くらいですけど、少なくともその時にはもうお2人は知り合いでしたよ」
「なんか昔からの仲って感じだよな? たまに2人でコソコソ密談みたいなのやってたし」
「きっとお2人は幼なじみで深い契りに結ばれた関係なのですわ。『我ら生まれた日は違えども 死す時は同じ日同じ時を願わん』……。ああ、妄想が捗りますわぁ!」
3人組は思い思いに答えるけど、3号ちゃんだけはうっとりとした表情でヤバい方面に頭を持っていかれてしまっていて、他の2人もこれにはさすがにドン引きしてしまっていた。
「たしかにあの2人の関係、気になるなぁ……。ねぇ、社長は何か知らない?」
萌火センパイが社長さんに訊ねると、彼女は困ったように目を伏せてから、
「まあ、いろいろとあるんだよ……」
含みを孕んだ曖昧な言葉をつぶやくのだった。
「やっぱり殿方同士の熱い契りですわ! 桃園の誓いですわッ!!」
ついには妄想が暴走し、興奮を抑えきれずに立ち上がる3号ちゃん。
「「いいから落ち着け!!」」
1号ちゃんと2号ちゃんが一斉になだめる。
──やっぱり何かあるのかな……?
普段ならこちらが聞かなくてもプロデューサーさんのことを嬉々として話すはずの社長さんがわざとはぐらかすのだから、きっと何か深い事情があるのだろう。
──そういえばワタシ、プロデューサーさんのこと何も知らない……。
何でいつもサングラスをかけているのだろう?
何で眉間に深い傷があるのだろう?
何で拳銃を所持しているのだろう?
何でセックスアイドルのプロデューサーをしているのだろう?
もし訊いたら答えてくれるのだろうか?
だけど──
あの時── 猿山という「ファニーズエージェンシー」のプロデューサーと対峙した時に見せた野獣のように鋭くて冷たい眼光……。
ワタシの知らないプロデューサーさん。まるで別人のような怖い姿をしていた。
その時の彼が顕現してしまうような気がして、ワタシはどうしても聞くことができないでいたのだった。
♢
旅館の客室にて──
「「ぶえっくしょんんんッッッ!!!!」」
突然襲われた衝動に従ってくしゃみをすると、目の前にいる遊馬もまったく同じタイミングでくしゃみをする。
「珍しいな、2人同時にくしゃみが出るなんて」
俺はテーブルの上にあったティッシュ箱からティッシュを一枚取り、ティッシュ箱を遊馬の方に差し出す。
「アレですよ、アレ。あのコたちが噂してやがるんスよ。あることないことベラベラと。だから女はイヤなんスよ」
遊馬はそう愚痴りながら鼻をかむ。
「それよりも遊馬、さっき言ったのは本当か? 本当に羽村組が九頭龍会の傘下から独立する動きを見せているのか?」
俺は大きく身を乗り出す。
「はい。信頼できる情報屋から掴んだたしかな情報っス」
「にわかには信じられないな……」
俺は腕組みをして考える。
羽村組はたしかに『ファニーズエージェンシー』の経営が軌道に乗り、九頭龍会の経済力に貢献している。しかし、所詮は組員が30名にも満たない弱小組織。独立したとして到底やっていけるとは思えなかった。
──まさかッ!?
俺はひとつの可能性にたどり着き、それを口にした。
「もしかして、桜義会の傘下に鞍替えする腹づもりか?」
桜義会は関西圏を中心に勢力を広げ、九頭龍会と双璧を成す一大暴力団組織だ。
さらにいえば桜義会はセックスアイドル業界最大手の「ガールズフロンティアプロダクション」の実質的経営者でもある。
「いいえ。羽村組は九頭龍会、桜義会問わず独立して合流する組織を勧誘しているらしいです」
ノートパソコンを操作しながら、遊馬は眉間に皺を寄せる。
「なりふり構わず、か。相変わらずやり方がえげつないな、羽村のヤツは……」
俺はふぅ、と嘆息する。
「それともうひとつ。これはまだ確証の無い情報なんスけど……」
遊馬がチラリとこちらを確認するように見やる。
「言ってくれ」
俺の言葉に彼はコクリとうなずいた。
「羽村組に極秘に武器を流している組織があるらしいんスけど、その組織というのが……」
遊馬は一旦間を置いてから言った。
「独立旅団『紅のマルタ』……」
「なんだとッ!?」
刹那、俺は叫んでいた。
「そうか、ヤツらが……」
俺は、笑っていた。いや、喜んでいたと言った方が正しいかも知れない。
「まさか死にたいほど会いたいと思っていたヤツらの名がここで聞けるとは思わなかったぞ」
俺は虚空を見上げて眉間の古傷を押さえ、
「羽村組に『紅のマルタ』。まさに俺の死に場所に相応しい舞台じゃないか!」
血湧き肉躍るほどの興奮に酔いしれていた。
「……アニキッ!!」
刹那、遊馬が勢いよく飛びかかって俺を床に押し倒すと、哀愁の眼差しを俺に向ける。
「ひとりで死にに行くのだけは勘弁っスよ! 俺たちは戦友じゃないスか。戦う時は絶対に俺も連れてってくださいよ?」
すがるように体を擦り寄せる彼の頭を撫で、
「そうだったな。死ぬ時はお前も一緒だ、遊馬……」
俺は戦友と唇を重ね合わせ、互いの体を貪るように抱き合うのだった。
プロデューサーさんが最後に会っていたみたいで、彼は萌火センパイの跳躍を見届けると、すぐに帰ったそうだ。
たしかに、かつての恋人が他の男性とまぐわう姿を見たくないという気持ちがあっただろうけど、それでも萌火センパイとはきちんと会って欲しかったという思いがワタシにはあった。
だけどプロデューサーさんの話では、小松崎さんは群馬でまた陸上競技を再開する、と言ったそうだ。
最後まで諦めなかった萌火センパイの姿勢に触発されたらしい。
それに萌火センパイも、小松崎さんが帰ったことを知った時も気落ちすることなく、
『わたしたちはあの瞬間、過去の呪縛から解き放たれたの。だからもう、イイんだよ』
そう言って晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
2人がそれで納得しているのだから、これ以上ワタシがとやかく言うべきじゃあないし、何も言うことも無い。
過去に縛られたまま止まっていた2人の時は、あの日から再び新たな刻を刻み始めたのだから。
♢
それから数日後──
ワタシたちは再び群馬県にいた。
前回の人探しとは違い、今回は慰安旅行。それも、温泉宿での一泊なのだ。
今回、萌火センパイのイベントと走り高跳びの記録更新成功を祝して、社長さんが群馬県の山間部にある有名温泉宿を予約してくれて、ワタシたちは今、宿の名物である露天風呂に入っているのだった。
「ふぅ……やはり群馬といえば温泉だな。日ごろの疲れが癒されてゆくよ」
社長さんが露天風呂の縁に両腕を乗せて大いにくつろぐ。
「社長、その言動がもうオバさんくさいですよ」
その隣で、萌火センパイがからかう。
「言ってくれるじゃないか、萌火くん。そう言って余裕ぶっていられるのも今の内だぞ。20代の一年一年はあっという間だ。キミも気づけばオバさんと呼ばれるようになるのだよ」
社長さんが含蓄のある言葉で忠告するけど、
「でもわたし、い~っぱいセックスしてるから肌もツヤツヤでスゴく健康的ですよ~? ね、さくらちゃん?」
自らの胸を寄せ上げて、センパイは挑発するように言うと共にワタシに同意を求めるのだった。
「は、はは……」
ワタシは苦笑いするしかなかった。
「くそぅ……2人ともチヤホヤされるのは今の内だけだぞ! この業界は旬を過ぎればすぐに飽きられてしまうのだからな」
完全に拗ねてしまった社長さんは、そんなことを言って脅しをかけるのだった。
「あの……やっぱりセックスをすると健康的になるものなんですか?」
ワタシたち3人と向かい合う形で一緒に入浴している『丁嵐探偵事務所』の3人組のひとり、1号ちゃんがおずおずと訊ねる。
ちなみに今回の慰安旅行にはお世話になった丁嵐探偵さんとその助手である3人組も招待していて、探偵さんも今ごろきっとプロデューサーさんと一緒に露天風呂を満喫しているのだと思う。
「なるなる! めっちゃ健康になるしキレイでいられるよ~」
萌火センパイはノリノリでそう断言する。
「まあ、たしかにセックスが健康に良い作用を及ぼしているらしいことは、科学的にも研究されているな」
物堅い口調で社長さんがそう説明すると、
「社長ぉ、そんな堅っ苦しい言い方しなくてもさぁ、気持ちイイことすれば心も体もスッキリする、って言った方が早いじゃん」
またも萌火センパイが横から茶々を入れる。
「気持ちイイは正義だよ。わたしだって昔、大事な試合の前日は必ずコーチとセックスしてたよ。そしたらスゴく記録が伸びたんだ。間違いないよ!」
センパイの力説に、3人組は顔を赤くしながら感嘆の声を上げる。
「ねえ、アナタたちはまだセックスしたことないの?」
ワタシが何となしに訊ねると、彼女たちは恥ずかしそうに目を伏せてもじもじと体をくねらせるのだった。
「あたしは……したこと無いです。誰かと付き合ったことも無いし……」
1号ちゃんが告白する。
「わたくしも当然処女ですわ。大事な初めてをそんな安売りするほど軽い女じゃありませんから」
3号ちゃんが誇らしげに告げると、
「おーおー、3号は貞操帯とか付けてそうだもんなぁ。あれだろ? 初めてのセックスは結婚初夜じゃなきゃダメ、的な家訓のお嬢様なんだろ?」
隣で2号ちゃんがそう言ってからかう。
「それは一体いつの時代の貞操観念ですのッ!? わたくしはそんな時代錯誤な女じゃありませんわッ!!」
心外だとばかりに抗議する3号ちゃんは、
「そう言うアナタこそ、援交疑惑がありますわよ? この3人でアナタだけが不潔でふしだらな淫行にふける色情魔なんじゃありませんこと?」
反撃とばかりに2号ちゃんに疑惑をぶつける。
「してねーし! ウチだってバリバリの処女だし! ギャルだからって色情魔呼ばわりするなし!!」
彼女の方も心外だ、とばかりに必死に抗議するのだった。
「そういえばキミたちってどんなきっかけで探偵の助手になったの?」
今度は萌火センパイが3人組に質問を向ける。
「あたしたちはオカルト好きで、『オカルト同好会』やってるんです。で、あたしが偶然探偵さんに出会ってオカルトの匂いを感じ取って押しかけたんです」
1号ちゃんがそう述べると、
「んで、ウチらはその探偵がめっちゃイケメンだって1号が言うからそれに釣られて一緒に押しかけたんだよな?」
2号ちゃんはそう言って3号ちゃんに同意を求めるけど、
「あら、わたくしは純粋に探偵さんのお手伝いがしたかっただけですわ。顔に釣られてノコノコついて来たのはアナタだけですわ」
3号ちゃんはまたもドヤ顔で彼女を挑発する。
「まぁたコイツはカマトトぶってるよ。『あの方こそわたくしの運命のお人ですわ』、とか言っていっちゃん盛り上がってたのはそっちだろうがッ!」
「あ、あら? そうだったかしら? おほほほほほ……」
「笑ってごまかすなっての」
やれやれ、とばかりに2号ちゃんは肩をすくめる。
「そういえばずっと気になってたんだけど、そちらの探偵さんとウチのプロデューサーさん、いつごろからの知り合いなのかな?」
ワタシはふと、そんな疑問を口にする。
「さあ、どうなんでしょう? あたしたちが探偵さんのところに通うようになってから1年くらいですけど、少なくともその時にはもうお2人は知り合いでしたよ」
「なんか昔からの仲って感じだよな? たまに2人でコソコソ密談みたいなのやってたし」
「きっとお2人は幼なじみで深い契りに結ばれた関係なのですわ。『我ら生まれた日は違えども 死す時は同じ日同じ時を願わん』……。ああ、妄想が捗りますわぁ!」
3人組は思い思いに答えるけど、3号ちゃんだけはうっとりとした表情でヤバい方面に頭を持っていかれてしまっていて、他の2人もこれにはさすがにドン引きしてしまっていた。
「たしかにあの2人の関係、気になるなぁ……。ねぇ、社長は何か知らない?」
萌火センパイが社長さんに訊ねると、彼女は困ったように目を伏せてから、
「まあ、いろいろとあるんだよ……」
含みを孕んだ曖昧な言葉をつぶやくのだった。
「やっぱり殿方同士の熱い契りですわ! 桃園の誓いですわッ!!」
ついには妄想が暴走し、興奮を抑えきれずに立ち上がる3号ちゃん。
「「いいから落ち着け!!」」
1号ちゃんと2号ちゃんが一斉になだめる。
──やっぱり何かあるのかな……?
普段ならこちらが聞かなくてもプロデューサーさんのことを嬉々として話すはずの社長さんがわざとはぐらかすのだから、きっと何か深い事情があるのだろう。
──そういえばワタシ、プロデューサーさんのこと何も知らない……。
何でいつもサングラスをかけているのだろう?
何で眉間に深い傷があるのだろう?
何で拳銃を所持しているのだろう?
何でセックスアイドルのプロデューサーをしているのだろう?
もし訊いたら答えてくれるのだろうか?
だけど──
あの時── 猿山という「ファニーズエージェンシー」のプロデューサーと対峙した時に見せた野獣のように鋭くて冷たい眼光……。
ワタシの知らないプロデューサーさん。まるで別人のような怖い姿をしていた。
その時の彼が顕現してしまうような気がして、ワタシはどうしても聞くことができないでいたのだった。
♢
旅館の客室にて──
「「ぶえっくしょんんんッッッ!!!!」」
突然襲われた衝動に従ってくしゃみをすると、目の前にいる遊馬もまったく同じタイミングでくしゃみをする。
「珍しいな、2人同時にくしゃみが出るなんて」
俺はテーブルの上にあったティッシュ箱からティッシュを一枚取り、ティッシュ箱を遊馬の方に差し出す。
「アレですよ、アレ。あのコたちが噂してやがるんスよ。あることないことベラベラと。だから女はイヤなんスよ」
遊馬はそう愚痴りながら鼻をかむ。
「それよりも遊馬、さっき言ったのは本当か? 本当に羽村組が九頭龍会の傘下から独立する動きを見せているのか?」
俺は大きく身を乗り出す。
「はい。信頼できる情報屋から掴んだたしかな情報っス」
「にわかには信じられないな……」
俺は腕組みをして考える。
羽村組はたしかに『ファニーズエージェンシー』の経営が軌道に乗り、九頭龍会の経済力に貢献している。しかし、所詮は組員が30名にも満たない弱小組織。独立したとして到底やっていけるとは思えなかった。
──まさかッ!?
俺はひとつの可能性にたどり着き、それを口にした。
「もしかして、桜義会の傘下に鞍替えする腹づもりか?」
桜義会は関西圏を中心に勢力を広げ、九頭龍会と双璧を成す一大暴力団組織だ。
さらにいえば桜義会はセックスアイドル業界最大手の「ガールズフロンティアプロダクション」の実質的経営者でもある。
「いいえ。羽村組は九頭龍会、桜義会問わず独立して合流する組織を勧誘しているらしいです」
ノートパソコンを操作しながら、遊馬は眉間に皺を寄せる。
「なりふり構わず、か。相変わらずやり方がえげつないな、羽村のヤツは……」
俺はふぅ、と嘆息する。
「それともうひとつ。これはまだ確証の無い情報なんスけど……」
遊馬がチラリとこちらを確認するように見やる。
「言ってくれ」
俺の言葉に彼はコクリとうなずいた。
「羽村組に極秘に武器を流している組織があるらしいんスけど、その組織というのが……」
遊馬は一旦間を置いてから言った。
「独立旅団『紅のマルタ』……」
「なんだとッ!?」
刹那、俺は叫んでいた。
「そうか、ヤツらが……」
俺は、笑っていた。いや、喜んでいたと言った方が正しいかも知れない。
「まさか死にたいほど会いたいと思っていたヤツらの名がここで聞けるとは思わなかったぞ」
俺は虚空を見上げて眉間の古傷を押さえ、
「羽村組に『紅のマルタ』。まさに俺の死に場所に相応しい舞台じゃないか!」
血湧き肉躍るほどの興奮に酔いしれていた。
「……アニキッ!!」
刹那、遊馬が勢いよく飛びかかって俺を床に押し倒すと、哀愁の眼差しを俺に向ける。
「ひとりで死にに行くのだけは勘弁っスよ! 俺たちは戦友じゃないスか。戦う時は絶対に俺も連れてってくださいよ?」
すがるように体を擦り寄せる彼の頭を撫で、
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