夢世界のレジスタンス

あまの。

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第1章

第1章  Act.2

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第1章  Act.2 喋る猫


「おい、キセツ。大丈夫か? しっかりしろよ」

はっとして私、目を開ける。
気絶してたわけじゃない。だって、両足で立ってるし。でもなんて言うか……感覚がほとんど夢心地。身体はどこも痛くなくて、目の前に訝しげな彼の顔があった。

「ユーキ……? ここ、どこ? 天国……?」
「まだぼけてるな? ここは天国じゃない。死んでたまるかよ」

辺りを見回してみた。真っ黒で、明るい。頭上に青い空があった。二つ、白い雲が浮いてる。明るいけど、周囲は黒い。足の下も、ぐるりと取り巻く壁面も闇に塗り込められたように真っ黒で。距離感が掴めない。
壁の高さも頭上に広がる空との距離もはっきりしなくて、この空間がどのくらいのものなのか、こうしているだけでは判断できなかった。
息苦しくはない、狭いというよりは、どっちかというと広い、のだろう。

「じゃ、ここ、どこ」
「穴の中、だろ」
「私達、どうなったの」
「落ちたけど助かったんだろ。追手も、とうぶん来ない」
「ねぇ。本当に追われる覚え、ないの? 理由も無しに狙われるなんて」
「オレだって調べてる。だけど」
「あれ?」

聞くとはなしにユーキの言葉を聞きながら、周囲を眺めていた私の目にとまったものは、金色の……。
左側の壁を指さしてユーキを見上げると、セリフを遮られても嫌そうな顔もせず首を傾げた。

「なんだろ。見てくる」

ユーキは歩き出そうとして、動きを止めた。

「もういいだろ。手、放して」
「え? あ」

ビルから落ちてから、彼の上着にしがみついたままだった。

「ごめ」

俯いて離れる。ユーキはポンと私の頭に手をのせて、真っ黒い床の上を静かに歩きながら金色に近づいていった。

「ああ。これ、ドアだな」

手招きされて、私もユーキのそばへ行く。
あ、ホントだ。
遠目に見たから金色の点でしかなかったそれは、丸いノヴで、その下に鍵穴もあった。

「開けてみようか」

ノブに手をかけて右へ回す。あ、開いた。
それまで壁と一体化していた黒い扉が奥へと隙間を現して、ユーキは肩幅まで押してそっと中を覗き込んだ。

「誰かいますかー?」

少しだけ声は余韻を残し、けど、返る答えはない。

「入ってみるか」
「大丈夫?」
「平気さ。普通の家だ」

ドアをもう少し開いて、ユーキは足を踏み入れる。
私もあとに続いた。
中も明るかった。確かにそこは玄関で、木材のオークル系に統一された傘立てと下駄箱、壁にスリッパ立て、框を上がって廊下が奥まで延びている。
私達はそろりと靴を脱いだ。私は赤、ユーキは緑で同じ型のブーツだ。ヒールの高さはニセンチくらい、金の飾りとファーがついて、革っぽい素材。
ピンクと水色のスリッパを取って、廊下を歩いて奥へ進んだ。
つきあたりにふすまがあった。和室らしい。内側はかなり広く、畳敷きのくせに天井にはシャンデリア、壁には青々とした草原と繁みに動物の群れが描かれた大きな絵が一枚、そして真ん中に、コタツらしき円卓がひとつ。
スリッパを脱いでおじゃまします、とコタツにふたりして坐りながら、ユーキが言った。

「ここならゆっくり話せるな。さっきの話の続きだけど、オレと一緒に来てほしいところがあるんだ。こっからだと、ちょっと遠くて」
「待って。その前に教えて。分からないことだらけで、行動できないわ」
「何? できれば後にしてくれないか。オレの用、急ぎなんだ」
「そんなに時間はかからないから。"外"って、どこだか知ってる?」

"外"。トーテムポールが地下で話してた。ユーキを探しまわって、最後のエリアみたいに言ってた。私にはそれが引っかかっている。もしかしたら、これから向かうところに関係があるんじゃないの?
男達がそこまで追ってくるとしたら、ユーキに伝えておいたほうがいいかもしれない。

「そ、と?」

ユーキは聞き返し、黙ってしまった。これは知っていそうな顔。

「黒づくめの男達が話してたの。あの人達、なんなの?」
「……外ってのは、現実のことだ」

少し間を置いて、ユーキは説明を始めた。

「こっち側は夢。あっち側は現実。あいつらにしてみたら、あっちの世界は外側ってことなんだろう」
「現実? 現実ってつまり、この世でしょ? じゃ、ここは、あの世?」
「まさか。そうじゃない。ここは、夢だよ。キセツは現実には眠ってるんだ」
「ゆ……め?」

ええ!? 夢? って、言われてみたらその通りだわ。私、学校早退して、ベッドに横になって。
んん? 何時に寝たっけ。十四時の、十五時で、今、夕方かな。そろそろ夕飯の支度しないと……おなか、すいてきたかも。

「私、起きる」
「は?」
「夕飯、食べてくる」
「え、ちょっと待ってよ。話、まだ終わってな」
「宿題もしなきゃ。今度会ったら聞くから。じゃあね」
「おい! 待てったら――」


「ん……」

スムーズに瞼が開いた。
視界は明るいけど、なんだか頭がボーっとしてる。虚ろに視線を宙に投げたまま、鈍くなってる思考をなんとか動かして身体を起こした。
窓の外はまだ明るい。でも西の空が茜色をしていて、暮れ時なのが見てとれた。
夕飯。そう、ごはんの支度しなきゃ。
頭を左右に振ってベッドを降りる。
立ち上がると、やっと頭の中が正常になってきた。
上着を羽織って、と。
それで。えっと? なんだっけ。
首を巡らせ目覚まし時計で現在時刻を確認。十七時を少し回っている。
そうそう、夕飯だ。買い物、は……。
冷蔵庫をチェックしようと台所へ向かう。確か明日の朝のパンはまだあるし。
昨日の夕飯のおかずの残りがまだあって、多めに炊いた米もまだあって。
記憶を辿りながら、買わなくても良いかなぁと考える。
とりあえずマグカップを洗いカゴから出してカフェオレを作った。
フードストッカーからクッキーを選んでテーブルに並べ、おやつにする。
床の隅にあるネコくんのオートフィーダー(自動給餌器)をちらりと確認すると、昼の分はちゃんと減っていた。いつも寝ているクッションに姿はない。
午後の散歩から、まだ帰ってないみたい。
おやつを済ませたら、少し早いけどおばあちゃんに電話しようかなぁ。
今日の出来事を報告するために一日を振り返って、頭痛で早退したことを思い出した。

「あ……治ってる」

頭に手を当てて、ホッとした。
本当にヒドイ頭痛だった。

「なんだったのかな、あの頭痛」

思わずポロリと独り言。
風邪にしては咳もくしゃみも出ないんだけど……。

「だから、オレが呼んだんだって」
「ああ、そう……」

……は?
え。何、今の。なんか聞こえたような。
マグカップに向けていた視線を怖々と周囲へ飛ばしたって、誰もいるはずない。
八畳の台所は片側に収納スペース、中央にダイニングテーブル、対面カウンターがあって、奥に冷蔵庫やシンク、ガスコンロが並んでる。明かり取りの窓は閉まっているし、外は洗面所にある洗濯機脇の裏口からガレージへ続く犬走りがあるだけだ。
続きのリビングは大きなサッシ窓が小さな庭に面しているけれど、今は暖色系の遮光カーテンが引いてあり、手前のテレビは消えている。左の壁際にサイドボードとネコくんのオートフィーダーやゲージ。ガラステーブルとソファの足元にはネコくんお気に入りのクッションが転がっているだけで、動くモノの姿は見えない。

「やだ、空耳なんて」

多少薄ら寒い気分で自分に苦笑し、カフェオレを飲む。温かい。

「空耳? 何言ってんだか。そんな歳か?」
「ちょ……っと、何よ、誰!」

悲鳴を根性で糾弾に変えて、右手にある廊下のほうへ声を張り上げる。ドアは開けっ放しだ。
立ち上がった拍子に椅子が派手な音を立てた。
リビングのサイドボードに電話が置いてある。でもたどり着くまでには部屋を横切る必要があって、廊下から誰か入ってきた時に動線が交差する。
警戒しつつタイミングを計った。
どのくらい待ったか……誰も入ってくる気配がない。

「どこ見てんの? こっち」

はっとして見下ろすと、ダイニングテーブルの廊下側、私の右斜め前の床にネコくんがちょこんと坐っていた。

「あ、ネコくん。おかえり……」

まさか? まさか、ね。猫が喋る、なんて……!

「よぉキセツ。こっちじゃ髪短いんだな。イメージ違うけど似合ってる」
「う、そ!」

ネコくんが無造作にテーブルに飛び乗ってくる。
びっくりして後退った、その時、意味なく振った腕がマグカップに当たって、まだ残ってたカフェオレがこぼれてテーブルを汚した。

「おっと。ゾーキンある? ――髪型は、あんだけ長いと手入れも大変だろうなって思うし。キレイだけど、短いほうがカワイイ。オレはどっちかっていうとカワイイほうが」

ペラペラと喋りまくるネコくんを前に、呆然としていた私、やっとのことでノドから声を絞り出した。

「ネコくん……喋れた、の?」

そんな、まさか!
ネコくんの答えを待たずに私は身を躱そうとしたネコくんを両手で捕まえて、脇を支えて小さな身体を持ち上げた。軽い。顔の前まで持ってきて、じぃっと藍と濃い茶の混じったビー玉みたいな虹彩を見つめても、やっぱりいつものネコくんだ。
だけど。

「腕、痛い」
「あ、ごめん」

もう驚く気力もない。ネコくんを静かにテーブルに戻す。零れたカフェオレは避けて。どうなってるわけ? 夢の続き……?

「キセツ? まさかオレの事、忘れてるんじゃないだろうな」

ネコくんが私を見上げて、言う。もしかしてスピーカーでもついてて、声の主は別にいて……って想像が浮かんだけど、ネコくんは私の顔から目を逸らさず、はっきりとくちを動かして。

「おい、なんとか言えよ」
「……忘れてないよ。おととし、ここで生まれたネコくんでしょ」

ネコくん、私を見上げたままパシリと尻尾でクッキーを弾き飛ばした。
いや、意図せず当たってしまったのだろう。クッキーはマグカップに当たってテーブルの端に落ちたけど、それはお構いなしで。

「そうじゃない。オレは悠紀だ」
「ユーキ……」

オウム返しに呟く。どっかで聞いたような。ネコくん、じゃなかった、ユーキだと名乗った、んだろう目の前の喋る猫は、私を凝視して。

「キミ、キセツ、だろ?」
「そう。……だと思う」

世界中にキセツが何人いるか知らないけど、私もキセツだ。
ユーキの相手であるキセツなのかどうかは判断がつかない。

「そうだよな、やっぱ。うん」

猫は四本足で立ちながら、ますますマジマジと私を見て、小さな頭を上下した。
尻尾が振られるその先、置かれたクッキーを手をのばして遠ざける。

「あ、の、ネコく……、オトコなの? オンナのコ?」

オス、メスって訊くものだろうかと私は迷いながら質問してみた。
ネコくんはメスだ。さっきも抱き上げて、確認してるし見間違えるはずがない。だけど喋り方も……名前も。ネコくんじゃないの?
聞こえてくる声はそういえばいつもの鳴き声に近いような気がするけど、どうだろう。男声よりは女声に近い? そんな風に聴いたことがなかったから、よく分からない。
もっと生まれたての頃は、か細く高いトーンで、私も真似して繰り返したものだ。
もちろん最近の声だって、低く唸る時もあったけど男声には遠いだろう。
でも今の、この喋り声は。猫の声帯で、こんなに滑らかに発声できるものなのか。ニャンとも言わず、私の質問に溜め息まで洩らして。

「男だよ。正真正銘、ね。オレの事、やっぱり忘れてるんだな」

さも気落ちしたように言うけれど。私が何か悪いみたいに。

「あのね。言いがかり、やめてくれる? オトコじゃないでしょ。オンナでしょ」
「えぇ? そんなわけないだろ。なんでオレが女なんだよ」
「ネコくんは、メスなの! 鏡見る? その身体のどこがオスなの」

たまりかねてオスメスと言ってしまった。だって、オトコだのオンナだの言うほうがなんだかナマナマしくて抵抗があったのだ。
リビングのサイドボードから手鏡を持ってこようと、移動する私へ困惑混じりの言葉が追いかけてきた。

「身体? そういや、キセツに似た女の子だったっけな」

はい? 私が何?

「だけど、ネコくん、て――」
「ほら。どうぞ?」

猫の目の前に化粧用の四角いミラーを立ててあげると、見えるかな? ちょっと身体を持ち上げて二本の後ろ足で立たせた姿勢、白い毛に覆われた下半身を伸ばして見せて……戻す。

「どう? 納得?」

鏡を凝視していたから、きっと見えたことだろう。しばらく絶句していたようだ。
猫に顔色があったら、この場合、赤くなっているんだろうか。それとも青く?

「まぁ、しかたない」

やっと聞こえたセリフはそんなで。
私はテーブルの上を台拭きで綺麗にしてから、鏡をしまった。
ちょっとだけ落ち着いてきた。ような気がする。

「どうして喋れるようになったの?」
「うん? そんなの、オレは人間だし。言語機能は正常だし。昔からフツーに喋れるよ」

はぁ?
性別の次は生態区別か?
この猫、どっかおかしいんじゃない。いや、喋れる事自体、普通じゃないけど。
その猫と普通に会話してる私も、どっかおかしくなってきてる?
改めて椅子に腰掛け、すっかり冷めてしまったカフェオレを飲み干すと、人間云々の争点はとりあえずスルーした。
もしかしてネコくんそっくりな地球外生命体とかいうオチなのでは。と、ふと思ってしまったからだ。
突拍子もない? 思考回路は正常だと思うけど、狂ってるとしても私のせいじゃないと言いたい。

「じゃ、どっから来たの」

ネコくん相手になら、意味のない質問のはずだった。

「夢から」

堂々と、そんな答えが返ってくるとは思いもしなかった。

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