こんな呪われた世界で

おかか

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1章 魔法少女

邂逅と違和感

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 俺が意識を失ってからどれくらい経ったのだろう。気づけば俺はだだっ広い荒野に立っていた。

 夢かと思ったが、土の感触も、風の匂いも、あまりにもリアルだ。
 諦めてとりあえず人を探そう。ヘレネーやつの言ってたようにここが異世界なら、人がいない可能性もあるけど、何もしないよりはましだろう。

 そう思って宛もなく荒野を歩き出した。が、しかし。

「……はぁ、はぁ。どうなってるんだ?どれだけ歩いても、人影どころか動物すら1匹も見当たらないぞ……。まさかこのまま餓死させるつもりか、あの性悪女神。」

 かれこれ3時間は歩き続けただろうか。そろそろ歩き疲れ、自然と足が止まったその時、突然は起こった。

ドドドドドドドドドド

「な、なんだぁ!?」

 とてつもない地響きが起こり、視界の先、かなり遠くからもうもうと土煙が上がっていた。

「「「オォォォォ!」」」

 徐々に近づいてきたそれは、雄叫びをあげる屈強な兵士達だった。

「全軍止まれ!」

 号令がかかると、兵士達は俺の目の前で止まった。

「突然で申し訳ない。私は第三帝国の騎士長、カルロス。貴方が勇者殿で相違ないか?」

 騎士長ーカルロスと名乗った兵士は乗っていた馬から降りて、俺に話しかけてきた。

(本当に突然過ぎて何が何だか……。いや、待てよ。ようやく人に会えたんだ、勇者ってことにして、帝国とやらに連れて行ってもらおう。女神に転生させられたんなら、勇者みたいなもんだろうし。)

「た、確かに俺がその勇者です。帝国でもどこでも、人がいるなら行きますよ!」

「なんと理解の早い御仁か……。ようやく話の通じる勇者が見つかった……。」

 なにやらカルロスさんは天を仰いで涙を流している。

「あ、あのー。」

「いや、失礼。こちらの都合でありますので。では早速ですが、私とともに一旦帝国領までご同行願いたい。」

 カルロスさんの申し出は願ってもないことだった。
 その後、彼の馬に乗せてもらい、兵士達と共に帝国へと向かうことに。

 いやー、一時はどうなることかと思ったけど、出会えたのがいい人そうで良かった……。とりあえず衣食住を確保したら、後は何とかなるでしょ。勇者とかそのへんはその後で。

 出発してしばらくした頃、ようやく一息つくことが出来て余裕が生まれたからだろうか、カルロスさんに色々と話を聞くことが出来た。

 彼いわく、ここ数年彼の所属する第三帝国と、隣接する第一魔国とは均衡状態が続いていたが、ある日突然、帝国に『勇者』が現れ、とてつもない勢いで勢力を拡大していったのだという。その勢いに任せて第一魔国に攻め入ったが、相手も『勇者』を保有しており、またも均衡状態になってしまったのだと言う。

 信じられないことだが、俺以外にもヘレネーはあちらの世界の人間をこっち側に送り込んでいたのだろう。
 なぜなら、その帝国に現れた勇者は、王の前でこう言い放ったらしい。

「勇者、レオンハート。ここに参上した。己が命は、世界で苦しむ弱者のために。」

 その話を聞いた時、俺は吹き出しそうになった。
 覚醒勇者レオンハート。それは俺の世界で放送された、ファンタジー作品だ。
 だか俺が反応したのはそこではない。この作品ー覚醒勇者レオンハートは、とてつもないだったのだ。
 当初、王道ファンタジーの復活、新世代の先駆け、と銘打って発表されたこの作品だったが、ーー盛大にコケた。
 2クールの予定で作成されたこの作品は、1クール目で切られることとなった。
 視聴者は口を揃えて言う。
 素材はよかった、演出もよかった、だけど奇跡的に面白くない
と。
 もちろん制作側は焦り、急展開で視聴者を呼び戻そうとした、が、その方法が酷かった。
 突如としてレオンハートは銀髪眼帯の超絶イケメンとなり、無駄に露出するようになった。
 ヒロイン達は訳の分からないこと理由でサービスシーンを連発。
 挙句の果てに、なんの脈略もなく戦友や村人、ヒロインまでも殺してしまったのだ。
 そうして果てしない迷走を繰り広げた挙句、最終話はお蔵入りとなり、2度と日の目を見ることは無かったという。
 どうしてそんな作品の主人公の名前を名乗ってるのかはわからないけど、こっちの世界の人間に違いない。
 もちろん同じ名前の本物の勇者が現れた可能性もあるが、決め台詞まで同じだとは信じ難いし。

 そうなると気になるのが、敵国に現れたというもう1人の勇者だ。

「その相手の『勇者』ってどんな人なんですか?」

「あぁ、それがですね、佐藤殿。とにかく話が通じない奴でしてね。こちらが何を話しても訳の分からない言葉を発するだけで、その上降伏している兵士まで問答無用に殺戮していくのです。奴の通った跡は酷いものですよ、焼けただれた死体の山が至る所に積み上がっているのですから。」

 まさか、こちらの世界の人間がそんな酷いことをするなんて、にわかには信じ難かった。
 ヘレネーの言い方では、ごく普通の、言ってみれば冴えない人間をこの世界に送り込んでいるようだった。普通の人間が人を殺して(しかもとてつもなく惨く)、平気でいられるとは思わないのだが……。

 そんな話をしながら、気付けばかなりの時間が経っていた。
 話をしていて感じたのだけど、カルロスさんは「良い人」だ。騎士長なんていう役職に付いていながら、部下に対しても柔らかい物腰で話すし、初対面の俺にも丁寧な口調で話してくれる。この世界の他の人を知らないけれど、多分この人は変わっているのだろう。





 考えに耽りながら、俺はふと空を見上げた。

「……、あの、敵国の勇者ってもしかして空を飛びますか?」

「え、あぁ、はい、それもかなり奇抜な格好で。」

「じゃあ、もしかしなくても、ですよね、その勇者って!」

 俺の指さす先を、カルロスを含めた周りにいる兵士達が空を見上げた。

  そこあったのは、まさしく魔法少女、といった姿の人影が、こちらに飛んでくる姿。

「まずい!全員、この場から全力で離脱!勇者殿、しっかりと掴まっていて下さい。ハッ!」

 カルロスさんはそう言うやいなや、手綱を強く引き、勢いよく馬を走らせた。

 けど、心のどこかで俺は理解していた。魔法少女の速度に、馬が勝てるはずなんてないってことを、物理法則なんて、彼女達には通用しないってことを。

「よいか、皆!決して奴と戦ってはならぬ!逃げることに専念するのだ!」

 そう言ってカルロスさんが振り向いたその瞬間、前を向いていた俺にも、彼が息を呑む音が聞こえてきた。

「馬鹿な、全滅だと……。」

 彼の言葉に、俺は、振り返ってしまった。

「う、うぷっ、ゴパァ。」

 胸元まで駆け上がってきた吐き気を耐えきれず、馬上から嘔吐してしまう。
 
 気付けば、肉の焦げた匂いが辺りに充満していた。 
 そのせいだろうか、目の前の光景が、現実とは思えない。

 さっきまで隣にいた兵士達が、そこに
 顔のないのはまだいい方だ。中には足先だけが残っているモノもある。
 人と地面がグチャグチャに混ざっている。
 神経がまだ生きているのだろうか、ビクビクと小刻みに震えるモノもある。

 ーー、なんだコレは。
 この光景を、人が作ったっていうのか……!?
 コレを地獄とは呼びたくなかった。そんな救いがあるものじゃない。もっとおぞましくて、もっと無慈悲なものだ。

「あ、やっと見つけたよー☆私は魔法少女ストロベリー・ハート。なんの罪もない男の子を誘拐するなんて、ぜーったいに、許さないんだから☆」

 そしてそれを作り出した張本人が、行く手を阻むように、目の前に降り立った。

「……佐藤殿。ここはお逃げ下さい。前に見える森に入れば、猟師の村があります。せめて貴方が逃げるまで、耐えて見せましょう。」

「な、何を言って。」

「さあ早く!」

馬から降りたカルロスさんは、俺を馬に乗せたまま、ストロベリー・ハートへと向き合った。

 馬は俺を乗せたまま、真っ直ぐに森へと走り出す。

「カルロスさんっ!!」

(ひとまずこれで時間を稼がなければ……。)

「ウォォォ!!」

 カルロスは腰に携えた剣を抜き、ストロベリー・ハートへと駆ける。
 武器はおそらく、手に持ったあの棒だろう。
 部下からの報告ではソレから火を放ち、雷を起こし、激流を放ったという。
 ならば、先手必勝、奴がソレを使う前に、切り捨てるのみ!

 ヒュッ

 カルロスの剣はまるで重さなどないかのように、凄まじい速度で迫る。

「ーーキャッ!」

 咄嗟に腕でガードするが、遅い。
 カルロスの剣はすでにガードの先にあり、彼女の首へと吸い込まれていく。

パキッ

 しかし、その剣が彼女の体を傷つけることはなかった。
 鋼で出来た剣が、まるで蝋細工のように折れてしまったのだ。
 
「そんなオモチャ振り回してたら危ないじゃない!本物だったら怪我するところだわ、もう。」

 カルロスはここに至って思い知る。
 もはやコレは人の手に負えるものではなく、神、そして悪魔の領域なのだと。

「そんな危ない人にはお仕置きよ☆」

 そして彼女ははこちらに向け、ステッキを構えて呪文を唱え始めた。

「世界に広がる悪を討つため、私に力を……」

 ここまでかと、カルロスは為す術なくただ呆然と立ち尽くす。
 
(佐藤殿は逃げきれただろうか。少しの間しか話せなかったが、我が帝国の『勇者』殿と違い、随分優しい人であったなぁ。こうして死ぬのも、帝国のためとはいえ、そんな御仁を利用とした天罰なのかもしれんな……。)

 眼前の死を受け入れようとしたその瞬間、カルロスの目に飛び込んできたのは、全力でカルロスへと走ってくる、佐藤の姿だった。  





 (走れ、走れ走れ走れ!ここでカルロスさんを見捨てたら、絶対に後悔する。だから、走れ、俺!)

 「全力全開!マジカル・ハート……」

「うォォォァァ!」

「キャアッ。」

 魔法を放つ寸前、佐藤はストロベリー・ハートの背に飛びつき、地面に押し倒した。

「佐藤殿!どうして戻ってきたのですか!」

「はぁ、はぁ、はぁ。あなたを見捨てることなんて出来ない……!せめて、自分が出来ることはやりたいんです!」

 そう言ってカルロスさんへと向き合った瞬間、俺は凄まじい力で吹き飛ばされた。

「ガァッ。」
 
 「あー、もう何すんのよ!せっかく助けてあげるっていうのに!」

 ゾッと、背筋が震えた。
 話が通じないとは聞いていたけど、ここまで狂っているとは……!

「ふざけるな!なにが助けてあげる、だ!アンタがやったのはただの虐殺じゃねえか!」
「何をおかしなことを言ってるのよ、。」
「は?」
 「もういいかしら。とりあえず、私の魔法で黙らせてあげる。」

 マズイ、マズイマズイマズイ!アレを喰らえば間違いなく死ぬ。助けに来たのに、なんの意味もなく死んでしまう。それは、それだけはダメだ!
 
 思いとは裏腹に、体は恐怖で動かない。
 その間にも、彼女は呪文を唱え終えた。

「喰らいなさい!マジカル・ハート・ライトニング!」

 巨大な光弾が目の前に迫る。
 走馬灯と言うのだろうか、やけに時間がゆっくりと流れる。
 なにも考えられない、死の恐怖すら、どこかに置いてしまったようだ。

「とりあえず伏せなさい。死にたくなければだけど。」

 その言葉に反応できたのは奇跡だろう。無我夢中で地面に伏せると、光弾の衝撃を想像し、固く目をつぶった。
 
 だが、いつまで経っても衝撃は来ない。
 恐る恐る目を開けると、ストロベリー・ハートの驚いた顔があった。

「まさか、私の魔法が弾かれたの……!?」

ザッ

 俺の目の前に誰かの足が置かれた。

「なんとか間に合ったみたいね。」

 声からして、中学生くらいの女の子だろうか、だけどその声は、俺には救いの女神に聞こえた。

ザッザッ

「どうやってヤツを追い払いますか?姐さん。」

 彼女に続いてかなりの数の足音が聞こえた。
 
「そうね、私がアイツの相手をするから、ヤスはそこの2人を連れてアジトまで帰っといて。後は万が一のために後方待機で。」
「へい、わかりやした。……、ほらよっと。」

 ヤスと呼ばれた男は、俺とカルロスさんを担いで歩き出した。

「あ、あの娘は……。」
「あぁ、姐さんなら心配いらんさ、無事に帰ってくる。」

 なんの根拠もないその言葉だったが、不思議と安心することができた。
 死の恐怖から解放されたからか、すぐに俺の意識は途絶えた。
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