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第二章 迷宮都市ロベリア

065 風の魔法剣とモグリのシーナ

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 ラウニさんの風魔法によってオークの一匹が倒されたが、まだ一匹エレクさんが受け持っているオークが残っている。

 気を抜かないようにしないと。そう思いながら残ったもう一匹のオークに目を向けると、足に短剣が突き刺さっているのが見えた。
 マイアさんは、エレクさんを手伝っていたようだ。そのオークの正面で、槍を使って牽制していたエレクさんが声を張り上げる。

「おい、ジグガンド! そっち終わったんならこっちを手伝ってくれよ」

 倒したオークの死亡確認をしていたジグガンドさんとラウニさんは、顔を上げてエレクさんたちの方を見る。

「おうよ、すぐ行く! おい、シーナ。そっちは大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。こっちのPTの人もなんとか助かったみたいです」

 俺の返事を聞いたジグガンドさんは、右手に持った片手斧を水平に突き出して構えた。

「よっしゃ! じゃあラウニ、アレいくぞ!」
「ああ、こいつで決めてこい」

 ラウニさんが手に持った杖を、ジグガンドさんの斧に向かって構える。

「風よ 刃に宿れ」

 ラウニさんの詠唱(?)の終わりと同時に、大気中に光の粒が現れて、次々にジグガンドさんの斧に向かって集まっていく。
 その様はまるで、光る風が渦を巻いて吸い込まれていくようで、斧の真ん中に埋め込まれた緑色の宝石が、吸い込んだ風を糧に燃え上がる炎のように力強く光り始める。

「す、すげぇ……アレが風の魔法剣ってやつか」

 お姉さんのカイヤさんの回復を確認したマック君は、弟のゴルテガ君に後を任せて、残ったオークの討伐を手伝おうと剣を構えていたのだが、その手を止めてラウニさんの魔法に見入っている。

「もしかして、アンタらのPTは"リゼルタの旋風"か?」
「そうですけど……知ってるんですか?」

 俺の発言に呆れ顔になったマック君だったが、それでも律義に答えてくれる。

「"リゼルタの旋風"っていったら、迷宮都市でも一二を争う探索者クラン"黒鉄くろがね戦斧せんぷ"所属のPTの一つじゃないか。探索者をやってて知らないなんて、モグリもいいとこだぜ」
「へぇ、そうなんですか。すごいんですね」

 どうやらラウニさん達のPTは、迷宮都市ではなかなか有名なPTらしい。
 リコットちゃんが話をつけたその日の内に、俺をバイトとして雇ってくれたから、そこまで大手のPTではないと思い込んでいたのだが……

「へぇって、お前な……」
「あ、勝負が決まりそうですよ」

 さっきまでジグガンドさんの持った斧に向かって、轟々と吹き込んでいた風がピタリと止み、静まり返った洞窟の中に、甲高く金属が震えるような硬質な音が響いている。

"キィィィィイン……"

「風が……風が鳴いている」

 マック君が風魔法がかかったジグガンドさんの斧を見て、そんなことを呟いている。

 だが、多分あれは斧が振動している音だろう。
 超振動ブレード。SFモノだと定番なんだけど、ファンタジーだと珍しいかもしれない。
 普通は刃が薄いナイフや剣でやるものだろうに、あんなデカい斧でやるなんてすごい力技だ。

「準備出来たぜ、あとは俺に任せな!」

 盾を前に突き出し、後ろに斧を構えたジグガンドさんが、マイアさんとエレクさんが押さえていたオークに向かって、ずんずんと歩を進める。

「おう、やっちまってくれ」
「もう、遅いのよ!」

 オークの前から二人が退き、必然的にオークとジグガンドさんの一対一を見守るという形になる。

 エレクさんとマイアさんから攻撃を受け続けていたオークは、すでに全身細かい切傷だらけになっており、足に加えて背中にも短剣が突き刺さっていた。
 満身創痍で荒い息を吐いているオークの前に、準備万端のジグガンドさんが魔法のかかった斧を光らせながら迫っている。

 ……敵ながら同情せざるを得ないような状況だ。

「グァ、ウゥ……」

 流石にオークも絶望的な自分の未来を想像したのか、顔色が悪い……毛だらけの豚みたいな顔なのでわかり辛いが、たぶんそうだろう。

「ブヒッ……」

 周りを見回して、逃げ道を探している様子のオークだが、背後にはオルガの大穴を背負い、左右をマイアさんとエレクさんに塞がれている。

「グフゥォオオッ!!」

 どうしようもないことに今更ながらに気付いたようだ。
 オークは吹っ切れたように叫び声をあげると、小学生の子供くらいありそうな巨大な棍棒を頭上に振りかぶり、ジグガンドさんへと襲い掛かった。

「はっ、かかってこいやブタ野郎!」

 啖呵を切ったジグガンドさんは、オークから振り下ろされる棍棒を、前に突き出していた盾で受けて逸らすと、体勢を崩したオークの脳天目掛けて斧を振り下ろす。

「くたばれ!」
「ブヒィイッ!」

 緑色に輝く斧が脳天に迫る中で、オークは地面を叩いた棍棒を無理やり引き戻すと、倒れながらもなんとか斧と自分の体の間にそれを割り込ませる。

 今までの戦闘でも、オークやゴブリンは知性を感じさせるような戦闘方法を取ってくることがあったのだが、こいつはその中でも特にしぶとく、武器の扱いにも長けている個体のようだ。

「無駄だぁーー!!」

 "ズドンッ"

 ジグガンドさんが振り下ろした斧は、オークのこん棒を真っ二つに切り落とし、右肩から腰のあたりまで一気に切り裂いた。

 オークの右腕が胴体から、10cm程の厚さの肉で繋がったままぶら下がっている。
 こん棒の所為で頭から狙いがずれたようだが……下手したら脳天から股間まで真っ二つにしてしまいそうな、とんでもない威力の一撃だった。

 "キュルゥウウウ"

 鳥が鳴くような甲高い音がした後、オークに突き刺さったままの斧が……

 "ドパァーーンッ!!"

 爆発した。

 まだ繋がっていたオークの右腕が遠くへとちぎれ飛んで、暗い穴の中へと落ちていき、爆風で吹き飛ばされたオークの体は後ろへとゴロゴロと転がった後、ピクリとも動かなくなった。



「す、すっげぇぇーー! 流石は黒鉄の戦斧のPTだ、マジやべぇぜ!!」

 俺の隣でマック君が大騒ぎしている。
 ちょっとうるさいが気持ちはとてもわかる。ジグガンドさんの一撃は派手で格好良かった。

「ふぅ、なんとかなったな」
「あの技、威力はすごいけど血が飛び散るのよねぇ」

 いつの間にか俺の隣まで退いてきていたエレクさんとマイアさんが、やっと一息つけるといった感じで話している。

「おい、お前ら何逃げてんだよ!」

 そんな二人に、至近距離でオークの身体を爆発させたジグガンドさんが、血まみれで近寄ってくる。

「ちょ、ちょっとこっちに来ないでよ!」
「あぁっ? 仲間だったら一緒に我慢して、血まみれになろうって気は起きねぇのかよ!」
「なにそれ、気持ち悪い! そんな気起きるわけないでしょ。アンタ一人で真っ赤になってなさいよ!」
「なぁにぃ!?」

 戦闘終了の安堵からか、また二人でヤイヤイやり始めた。

「ったく……シーナ君、大丈夫だったかい?」

 そんな二人を横目に、アレクさんが俺の方へと近づいてくる。

「はい、そちらで2匹とも引き受けてもらえたんで、こちらはなんともありませんでした」
「そうか……それにしても、良かったのかい? ポーションなんて使っちゃって」

 そう言って、まだ気を失ったままのカイヤさんとゴルテガ君に目を向ける。

「シーナ君お金持ってないんだろう? あんな高価なポーションを使っちゃって……明日からは俺たちのPTから卒業だっていうのに、やっていけるのかい?」

 エレクさんは、そこまで言ったあと何かに気付いたようにニヤニヤしながらこちらを見てくる。

「なるほどねぇ、そこのお姉ちゃんが倒れていた子か……シーナ君も男の子だねぇ」
「な……なんのことですか?」
「いやぁ、リコットちゃんというものがありながら、まったく君は見た目のわりに結構気が多いんだなぁって思ってさ」

 エレクさんのそんなセリフを聞いたゴルテガ君は、俺の視線から遮るようにカイヤさんを背中に隠す位置に移動した。
 なんだかこっちを睨んでるような気がする……いや、気のせいじゃなくばっちり睨まれているな。

「ちょっと、やめてくださいよ。そういうのじゃないですから」
「なんだい? 明らかにこの階層に来るには力不足の彼らに、分不相応な高価なポーションを使って代金を巻き上げる算段じゃあないのかい? いや、金は持ってなさそうだからその娘の体で……」
「ちょ、エレクさん!?」

 慌てる俺を見てひとしきり笑ったエレクさんは、満足したのか軽く手を振りながら謝ってくる。

「あはは、ごめんごめん。でもちゃんと対価は貰わないとダメだよ。君は人ひとりの命を救ったんだ。何にもなしっていうのは逆に命を軽んじていることになるんだよ」

 そう言って俺の肩をポンポンと叩いた。

 エレクさんはそう言うけれど、モンスターを倒して彼らを助けようと言い出したのも、戦って倒したのも俺以外のPTの人たちなんだから、ポーションを使っただけの俺に恩を感じさせるのはちょっと違うんじゃあないだろうか?

 そんなことを考えていると、ジグガンドさんが最後に仕留めたオークの様子を見に行ったマック君が騒いでいる声が聞こえてきた。

「うぉーー! 右半身が、オークの右半身がぶっ飛んでるぜ! どうやったらこんなこと出来るんだよ!」

 そんなことを言いながら、手に持った剣で魔法剣をくらって吹っ飛んだオークの身体をツンツンとつついている。

 マック君はさっきからテンション高いなぁ。
 どうやったらって……斧に魔法をかけるところから、一撃食らわせてぶっ飛ばすところまで一部始終見てたんじゃないのか?

 そう思って、倒れているオークをつついているマック君を眺めていると、右半身を失ったオークの残った左手が動いているのが見えた。



 あれ、やばくないか?
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