The Doomsday

Sagami

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Sparks

12:幕間 過ぎ去りし日の記憶 老騎士

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この世界には皮肉が溢れている。

地に転がり今まさに命を失おうとする同僚を見てそんな言葉が脳裏によぎる

「よくやった」

口だけを動かし、同僚を労う。また1人、自身より先に若い命が散っていく様子に無情さと、僅かの羨望と、世界の皮肉を感じる。



少年が産まれたのは、小さな集落だった。皇国とエヴィンルクの国境近くの森にある集落、1つの教会・・を中心に100人弱の人々が隠れるように住んでいる。教会の扉を開け少年が顔を出す。

「こんにちは」

快活な声、迎え入れるのは年老いた神父とシスター、そして、同年代の少年、少女らが数人。

「おそいよ、どうせまた寝坊したんでしょ」

少女が頬を膨らませて少年を叱咤し、他の子供たちがまるで父さんと母さんみたいだと囃し立てる。

小さな集落は人の出入りは少なく、年に何度か毛皮と外の品を交換するために大人たちが街に出かけるのが唯一の外との繋がりだった。だから少年たちは自然と同年代の子と結婚し、子をなし父や母のように畑を耕し、獣を狩り、神に祈りを捧げ死んでいくものと信じていた。

「ごめん、ごめん、街で父さんがお土産に買ってきた本が面白くて夜ふかししちゃって」
古びた革表紙の本を手に謝罪する。表紙には「英雄の軌跡」とタイトルが記されている子供向けの英雄譚。少年たちの視線が集まる、お土産の本は数少ない娯楽だ。

「いいだろ、毛皮が良い値段で売れたからって特別になんだ」

自慢気に少年は胸を張る。父の獲ってきた毛皮をなめすのは妻とその子供たちの仕事でもあり、つまりは自分の働きの反映と考えると自慢したくもなるのだろう。

「はいはい、その良い毛皮を買い叩かれないように、しっかり算術の勉強をしましょうね」

目が笑っていない神父の言葉に、少年は背筋を伸ばす。それは小さな集落のいつもの光景。



勉強が終わり、本を手に少年たちが頭を突き合わせている。

「なあ、この『黒翼の英雄』って、獣人だと思うか」

本で語られているのは、『剣の英雄』、『杖の英雄』、『黒翼の英雄』の英雄譚。3英雄に付き従う1人の名もなき従者の視点で英雄譚は紡がれる。

「獣人に有翼種はいないって、父ちゃんが言ってたぜ」

「じゃあ、御使い・・・ってやつか?」

教会の掃除をしている神父を見て、小さく呟く。神父の前で御使い・・・の単語は厳禁だ。ありがたいお話が小一時間は続いてしまう。

「でも、御使い・・・なら翼は白いんじゃ」

神父の語る神話・・神殺し・・・御使い・・・の話。その中に出てくる御使い・・・の翼は白い。

小さな集落出身の『剣の英雄』は1人の傷ついた男を森で見つける。顔半分が醜く爛れた男、男は悪魔から逃げているという。『剣の英雄』は男を集落で介抱するも、男を追ってきた悪魔によって集落は滅ぼされてしまう。

「でもさ、『剣の英雄』が関わらなければ、集落は助かったんじゃないの?」

いつの間にか、輪に混じっていた少女が訪ねてくる。

「ここで見捨てたら、英雄じゃないだろ」

それに対する、少年の答えはこれだった。かくあるべきと決められた行動を成さないものは英雄にはなれない。英雄譚である故の必然。

『剣の英雄』と仮面で爛れた顔を隠した従者は、悪魔を倒すために旅を始める。道中で神に仕える慈悲深き少女『杖の英雄』、流浪の魔法剣士『黒翼の英雄』を仲間に加え旅は続く。

「魔法剣士、憧れるよな」

「何言ってんだよ、この集落で魔法使えるのなんて神父とシスターを覗いたら、薬師のじいちゃんぐらいだろ。無理だよ無理」

物語は続く。様々な場所で悪魔と対峙し、時に追い払い、時に敗北し、英雄たちは成長していく。そして、最後の戦い、悪魔と英雄たちの最後の決戦。その戦いの記述はない。記されているのは結末だけ。『杖の英雄』は死に、『黒翼の英雄』は去り、『剣の英雄』が従者に血に染まった剣を真っ直ぐ向けているシーンで物語は終わる。

「変な終わり方」

少女の呟きに、少年たちが頷く。

「最終決戦の模写がないってどういうことなんだろ」

「ほら、従者は流石に着いていけなかったんじゃない?」

従者視点で書かれた物語である以上、有り得る話ではある。

「実際は作者が良い表現思いつかなかっただけじゃない」

「夢がないっていわれないか」

少女の突っ込みに、少年が鼻白む。

「私の夢はね、英雄じゃないもの。狩りの上手い人と結婚して、子供を2人は産むわ。そして、その子達と一緒にこの集落で幸せに暮らすのよ」

決して特別美人ではないが、健康的な少女の美しさに少年たちは目を奪われる。

少年たちが、その日から狩りの訓練に熱心になったのもいつもの光景だった。



時は経ち少年は同年代で一番の狩人となり、成人を待って少女と夫婦になることが決まっていた。

「おい、怪我人だ」

転機は突然だった、森の獣に襲われた旅人が集落に運び込まれた。少年の中に小さな灯が灯る。まるで英雄譚の始まりのようではないか、今では誇りを被っている本を思い出し、口元に笑みが浮かぶ。

「おい、変なことを考えるなよ」

親友が胸を軽く叩く。一緒に英雄譚を呼んで盛り上がった彼だけに少年の心の内がわかるのだろう。

「判ってるよ、だけど、まるで英雄譚の始まりじゃないか」

怪我人を遠目に見る、獣に襲われた引っかき傷か顔に大きな爪痕が残っている。

「その理屈だと、この集落が滅んじまうだろ。俺はまっぴら御免だぜそんなの」

親友は少年に次ぐ狩りの腕で、少年と同じ用に妻を選べる立場にある。

「そりゃ同感だけど、集落で一生を終えるってのも味気なくないか」

少年の言葉に、親友は付ける薬もないなと呆れ気味だ。

「おい、ガキども、獣狩だそこのやつの話だと一緒に居たやつが熊に食われたらしい。人の味を覚えた獣はまた襲ってくるぞ」

親友と少年は小さく頷きあい、弓を手に森へと駆けた。

結論からすると、少年達は無事に人食い熊を退治し、悪魔に集落を滅ぼされることもなかった。そして、唯一残ったのは少年の中の小さな灯と街への護衛を頼む怪我人の姿。

「俺が街まで護衛する」

婚約者の少女と親友の反対を押し切って、少年は集落を出た。次に集落に戻るまでに20年の歳月を必要とする。



力任せの一撃が、頬を打ち。頭がくらくらする。

「で、その結果が騎士様ってか」

頬髭を生やし2周りも太くなった腕で嘗ての親友が吐き捨てるように言う。少年が街に出てすでに5年。神殿都市と言われる街で成人した少年は、洗礼を受け魔法の資格があると判明し小躍りした。

「戻らなくていいのかい?」

傷を隠すように仮面を付けた男の問にも、首を振って答えた。英雄願望、それが少年を突き動かす原動力で、集落に残した婚約者も親友も年老いた両親も全てを捨てる理由になった。

「ああ、俺はここで」

流石に『英雄になる』とは公言しない。妄言にも程があると失笑されるということは、少年にとっても判っている。

「そうかい、でも生活が必要だろ。神殿騎士になら多少がツテがあるんだけれど」

男に勧められるままに、神殿騎士ならずもの崩れの門を叩いた。神殿騎士見習いとして2年、洗礼で弱いながらも魔法の資格があると判り、正式に神殿騎士となって3年目。捨てたはずの故郷から毛皮を売りに来ていた親友と会ってしまった。

「連絡もせず悪かった」

口の中を切ったのか、口内に広がる鉄の味。

「そうじゃねえだろ」

容赦のない一撃がもう一度、親友から男に放たれる。

「アイツはずっとお前の帰りを待ってたんだぞ」

親友が持っている品の幾つかは、赤子の為の用品に見える。親友も結婚し、子を成したのだろうかと動かない頭をどうにか動かそうとする。

「けっ、これは俺とアイツの子供のためのだ」

視線に気づき、親友はもう一度、男を殴る。

「好きに生きればいい、もうアイツも俺も待っちゃいねえからな」

そう言って去る親友の背を、男は追うことが出来なかった。



「おい、てめえら、今度の任務を伝えるぞ」

団長の声が何処か遠くで聞こえている気がする。

「しっかりしてください」

「ああ」

若い団員の言葉に、我に返る。男が英雄に憧れていたのは、遥か昔のこと。今は中堅の神殿騎士として、後輩達の指導をすることも増えた。目の前の青年は男の担当する新人の1人で真っ直ぐな目をしている。

「今回の任務は、俺たち向けの汚れ仕事だ」

唾棄するかのように団長が声を張り上げる。綺麗な仕事は正騎士か武装神官達がこなし、汚れ仕事は神殿騎士がする。それがこの国の不文律。誰かがしなければいけない事を、男たちがして国が回る。それは必要なことで、英雄でない自分には合った仕事にさえ思える。

「また……ですか」

新人が不満そうに呟く。団長の視線が新人ではなく、教育が行き届いてないと男に向く。
「黙って聞け、まっとうな仕事だけだと喰ってはいけないんだからな」

神殿騎士への給金は少ない。それこそ、汚れ仕事の役得がなければ生活できないほどに。
「神殿都市の南、エヴィンルクとの国境付近、異教徒の隠れ里がある。我々は神の御名の元にそれを殲滅する」

「教化ではないのでしょうか」

新人が声を上げるが団長は横に首を振って否定する。

ミナゴロシだ」

団長の言葉に、一部の団員が声を上げる。集落とはいえ多少の私財もあれば、女もいるだろう。団員達の目には欲望の色が宿っている。

「仮にも騎士というものが」

新人の呟きに、男はため息をつく。

「それにしても、こんな帰郷になるとはまったく皮肉が効いてる」

誰にともなく呟いたその言葉は喧騒の中に消えていった。



燃える集落、斧を手に握ったまま悔しそうな表情をして横たわり動かなくなった親友。どこか許嫁に似た年端の行かない少女を代わる代わる犯す同僚たち。少女を護ろうとして、死んだその祖母の骸が転がっている。その目は最後に何を見たのか驚愕の表情に彩られている。

「お前は参加しないのか」

団長が下卑た声で肩を叩く。

「いい歳ですし、そういう気分じゃないので」

「そうかい、同好の士かと思ったんだがな」

どこかの家から略奪した酒を一口のみ、こちらに手渡してくる。懐かしい味、実家で作っていた祝いの酒に似た味。

「団長は参加しないのですか」

「ああ、俺はなここだけの話、獣人を犯すのが好きなんだ。興味があるなら、神殿都市に専門の店があるから紹介するぞ」

そういう意味での同好の士かと、曖昧に笑って返す。

「そういや、お前、魔法使いなんだよな」

「ええ、大したことは出来ませんが」

そう、大したことは出来ない。故郷を護るだけの力も意思も資格もない。

「つまりは、うちには勿体ない人材ってことだ」

「何をおっしゃって?」

団長の言いたい事がわからない。

「皇都から、魔法の使える騎士がいれば欲しいって話が来ていてな。お前、こういう仕事得意じゃないだろう?」

厄介払いが半分、本心からが半分だろうか、疲れた表情で男は頷いた。



燃える集落をゆっくり歩く。生きている人間は居ない。慣れてしまった人の燃える匂い。教会の戸を開ける。他の家々に比べれば被害が少ない。

「おそいよ」

顔も思い出せない少女の幻影。テーブルには燃えて炭のようになった古ぼけた本。そんなはずはないが、あの時の英雄譚の本ではないかと、手をのばす。

本を持ち上げると、それは崩れ粉々になる。

「英雄には成れましたかな」

皺だらけの老人が杖をついて立っている。記憶の片隅にある神父の面影がある。

「いえ、私がなれたのは精々悪魔・・でしょう」

剣を抜く、故郷の人の血と油に塗れた剣。その剣が神父の首元に向けられる。

悪魔・・ならば、らしく振る舞われよ」

目の前の神父の声がどこか遠い。

結局、男は英雄・・にも悪魔・・にもなれなかった。



正騎士となってからの記憶はあまりない、身体強化の魔法に適正のあった私は近衛団長のサヴァルに師事し、一端の騎士の1人とされた。子もなく、弟子もない私には、同僚と護るべき主であるハルファス様が唯一の生きる理由だった。その理由の1つがあっけなく消えていく。

「羨ましい限りだ」

先に満足して死ねる同僚への恨み言。命を振り絞り小さな声で、残った弟たちへの伝言を伝えてくる。

「死ぬべきは私であろうに」

力尽きた同僚の骸を尻目に、軍は砦へと攻撃を続ける。

流されるように、今だ私はただの1人の人間として生き続けている。
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