The Doomsday

Sagami

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Sparks

13:欺瞞4

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黄色に百合の紋章、バーレギ家の紋章旗がたなびいている。公国の正規軍である第三軍には直接公国に使える公国兵とは別に、12家門直轄のバーレギ家の私兵と呼ぶべき者たちがいる。

「漸く、私達の出番ということだ」

森の中に隠れ、紋章旗さえ立てる事の出来なかった雌伏の時は終わり、高々と掲げられる紋章旗。

「悪路で馬の足を挫くなよ」

繋がれた馬は数十騎、他の兵達を含めて100名ほどの精鋭。古参の者の中には、バーレギ家現当主とともに、エシュケルの反乱を沈めた者たちさえ居る。

「お前さんが産まれる前から馬に乗っておる、そんなヘマはするまいよ」

森での生活のためか、こころなしか野性味の増した騎士が豪快に笑う。

「伝令はなんと」

「『西門が崩壊、重装歩兵展開中、北よりの援軍を求む』ってさ」

馬上槍を手に、笑みを浮かべる。

「砦の門が壊れるねぇ。何か隠し玉があったって事か」

「こっちに魔法使いが殆どいないって言っても、そうそう壊れるもんじゃないしね」

馬も首を撫でながら、女騎士が応える。

「おい、そろそろ行くぞ。我らが力、次期当主様にお見せする時だ」

ゼルミア砦の西門の破壊により、戦局が動こうとしていた。



皇国の陣地に、負傷者が運び込まれている。

「救護兵、包帯と薬の補充だ」

補給担当士官のガインズは陣地内を慌ただしく駆け回っていた。傷を負い継戦能力を失った兵達が順次後方部隊によって陣地に運ばれてくる。

「ガインズ、こっちにも頼む」

血で赤く染まった手で、医療兵が薬の催促をする。手慣れた手付きで、傷口を洗い縫合し、包帯を巻いて最後に魔法を使う。

傷を癒やす魔法というわけではない、消毒と自己治癒能力を活性化する魔法だ。

「これで、俺の腕は治るのか」

痛みに耐える兵士の問に、医療兵が首を横にふる。

「筋がやられてる、元通りは無理だな」

容赦のない事実の宣告。

「そうだよな」

力ない兵士の呟き、医療兵はそれ以上時間をかけるつもりは無いようで、次の負傷者の元へと向かっていく。

「今日は多いな」

ガインズの呟きに、輸送を担当している後方部隊の兵が口を水で湿らせながら頷く。

「ここに来てから、一番本格的な戦いみたいで。結構死者も出ていますよ」

視線を天幕の隅にむけると、そこには既に命を失った兵達が並べられている。

「顔見知りもいて、正直きついですね」

兵の乾いた笑いに曖昧に頷く。

「ガインズ様はあまりあっちは見ないほうが良いですよ。場合によっては手が止まってしまいますから」

赤く汚れた手を見る兵士の目はどこは虚ろだ。

「そんな心配そうな目で見ないでくださいよ、流れ弾でくたばることはあるかもしれませんが、前線の兵に比べればまず無い確率ですしね」

遠くから、後方部隊の指揮官の集合の声が聞こえる。

「さ、呼ばれてるみたいだからまた行ってきますよ」

フラフラと集合場所に向かう兵をガインズは見送る。

「気にするな、新兵にはありがちな事だ」

年嵩の医療兵がガインズの背を軽く叩く。

「アレとて、すぐに慣れる」

「治療は良いのですか?」

周囲はうめき声が溢れている。

「手当できるのは手当した。あとは痛みに耐えてじっとして、飯でも食えばそのうち治る」

「ですが」

手当の形跡のない負傷兵達の姿も散在している。

「しても意味のないのは手当はせん。医療品も魔力も有限だからな」

もう助からないと選別された兵達が、別の天幕へと運ばれていく。流石に、目の前で苦しんでいる姿を見るのは士気が下がるという判断だろう。

医療兵は椅子に深く腰掛け、革袋に入った酒を軽く煽る。

「お前さんも士官なんだろ、割り切って貰わんと、苦労するのは現場だぞ」

耳の痛い言葉、敬虔な信徒であるガインズにとって命を見捨てるに近い行為に忌避感がある。だが、同時にそれによって別の誰かが救われるのだろう。

「その点、お前さんの上官は良いな。俗物だがちゃんと損得勘定が計算できる。ああいうやつが物資を管理している部隊は強いぞ」

今も指示を出しているだろう、上官の顔が浮かぶ。

『夜にはお愉しみが待ってるから、それまでに終わると良いんだが』

脂ぎった顔で、書類の整理と指示を的確にこなす上官の姿。言動はともかく、その能力は尊敬に値する。

「そろそろ、お前さんも戻ったらどうだ」

「ええ」

ガインズは促されて、上官の元へと戻っていく。

「ま、今気づいても碌な事はないだろうからな」

ため息交じりで呟く医療兵の視線の先には、物言わぬ死体となったガインズの兄の死体が置かれていた。



エイザルは火照った体を抱えつつ、眼下の蹂躙を見ていた。

「これが、万軍・・

まるで重装歩兵が軽戦士のように動き、敵を薙ぎ払う。対峙した敵は紙切れのように吹き飛ばされてその生命を失う。

「そ、これがバーレギの切り札、ま、ちょっと趣味が悪いけどね」

アルマが不機嫌そうに呟く。一方的な蹂躙が気に食わないのかとも思われるが、どうやら違う気もする。

「この魔法はね、ただの身体強化の魔法なんだ」

身体強化の魔法、自身の腕力を反射速度を強度を上げる魔法の一種、その特性から、優秀な兵士ではあっても、これしか使えないものを魔法使い・・・・と呼ぶことはまず無い。その身体強化の魔法とこの状況が結びつかない。

「まあ、不思議に思うよね。普通は身体強化魔法っていったら自分・・を強化する魔法だし、他の人を強化するって行っても同時に1人や2人が限度だろうし」

アルマの言葉に、理屈上は納得できる。アルマの言わんとすることが正しければ、万軍・・とは即ち。

「広域身体強化魔法、ということですか」

アルマは頷く。バーレギ家の当主の多くが、公国の何れかの軍の指揮官に任じられるのには、12家門の義務というだけではなくそれだけの価値があるということでもある。

身体強化魔法を使える兵士は、3倍の兵と渡り合うことが出来ると言われる。

軽戦士ならば、その動きを捉えることは難しく。
弓兵ならば、一方的に射撃することが可能で
重装歩兵ならば、その欠点である動きの遅さを補うことが出来る

「正解、術者を中心とした一定距離の味方全てへの広域身体強化魔法、それが、万軍・・

やる気のなさそうないつもの表情ながら、口調には僅かに苦々しさが宿っている。

「そんな魔法があるなら」

まず負ける事はないのでは?と、その言葉は音になる前にとまる。仮に、そうである・・・・・のなら、今のこの瞬間まで使わなかった理由は何だ。

「その様子だと、エイザルは大丈夫そうだね。流石はネヒア・・・家の中でも血が濃い」

まるで実験動物を見るようなアルマの感情のこもってない目に身震いする。

「12家門が作り上げた、万軍・・万刃・・万象・・万雷・・、どれも万能・・というには程遠いけれど、万軍・・は特に酷くてね」

体の芯に宿った熱が冷え、自身の太ももを伝う血に気付いてしまう。

「どうも、加減が難しいんだ」

少しも申し訳無さそうじゃないアルマの声とともに、エイザルは意識を失った。

「さ、ハルファス皇子はこの暴れる重装歩兵達にどう対応するかな」

倒れるエイザルを一瞥し、アルマは大きく欠伸をした。



戦場には常に死が満ちている。ありきたりな言葉を思い出しながら男は地に杖を刺す。目の前では暴風雨のように重装歩兵達が暴れ、飛び散った友軍の肉片が頬を汚す。

「怯むな、如何に精強とて敵は重装歩兵。ならば我らこそがハルファス様の剣だ」

魔法使いの小隊の長として、恐怖を抑え部下達を叱咤する。部下達の顔は青白い、今鏡があれば自身もまた青い顔をしているだろう。出撃前に渡された、黒い石で拵えられたアミュレットを握りしめ、全身に魔力を行き渡らせる。

『この石は、各属性の触媒の代わりと、魔法の増幅を可能とします』

神官の言葉通りのそんな便利なものが果たしてあるのか。その疑問を振りきり、今はただそれが真実として魔力を込める。

「火、槍」

指向性を与えられた魔力が、アミュレットの黒い石を通じ、炎の槍を形成する。目の前に浮遊する、炎の槍。杖を引き抜き、敵を指し示す。

「槍よ穿て」

魔法使い達が異口同音に魔法を唱え、魔法で出来た炎の槍が重装歩兵に襲いかかる。

「金属の鎧である以上、硬くとも熱は通じるはずだ」

それは祈りにも似た言葉、爆炎と衝撃で吹き飛ばされた砂が視界を覆う。人の肉が油が燃える嫌な匂いが辺りに満ちる。同時にそれは、こちらの勝利を示す……はずだった。

「おい、アイツら動くぞ」

誰かの言葉、肉の焦げる匂いを出しながら、再び動き出す重装歩兵達。フルフェイスのヘルメットから覗く顔は一部炭化しつつも、その目は死んでいない。

「悪夢だな」

奥歯を噛み締め、小さく呟く。指揮官たるものが弱音を吐くわけには行かない。

「ハルファス様より命令に変更はない。第2射準備」

絞り上げた声は、僅かに震えていた。
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