マレフィカス・ブルートは死に損ない

六十月菖菊

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【第1章】アヴィメントにて

【第2話】鳥は脅し損ねる

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「ふうっ、間一髪ですわね!」
「何してくれてんだこの────【自主規制】────!」

 令嬢に不似合いの罵詈雑言が口から飛び出すが、頭上の人物は構わず不敵に笑っている。

「ふふふ、観念なさいミゼルス=マイアープ=アヴィメント! 貴女のお命、このフローレンス=オル=バムタスが預かりましたわ!」

 声高々と宣言し、白銀の翼を羽ばたかせる。
 ミゼルスを掴んでいるのは翼人種特有の鳥脚であり、その持ち主────翼人種アルカトラズ族にしてバムタス家の養子嫡男、フローレンス=オル=バムタスだ。
 男爵家子息でありながら可愛らしい真紅のドレスに身を包み、白銀色の豊かな長髪は艶やかに宙で踊っている。

「離せ、離せ、離せぇぇぇぇ!」

 ミゼルスはあらん限りの力をもって抵抗する。その顔にはある種の必死さが窺えた。

「かっ、かゆい! ちっくしょう、蕁麻疹が……!」

 服の下に隠れた肌がムズムズと痒み出す。耳元で立つ羽ばたきの音に、掴まれた脚の感覚に、身体が勝手に反応する。

(冗談じゃあない、私は、海で死にたいのに!)

 ミゼルスは、重度の鳥アレルギーだった。
 鳥肉も、羽毛も、それどころか存在を認識することすら、彼女の命を脅かす。
 ────ぶっちゃけ、鳥類全般が大嫌いなのだった。

「大人しくなさい! 死にたいのですか?」
「(てめぇが理由で死ぬのだけは)嫌だー!」
「死にたくなければわたくしと結婚なさい!」

 フローレンスの言葉にミゼルスはウンザリし、そしてブチ切れる。

「結局のところそれかよ! 毎度嫌だっつってんだろこの────【自主規制】────!」

 辺境伯令嬢としての矜恃をかなぐり捨て叫ぶ汚い言葉の数々は、愛する海が奏でる荒波の音に攫われる。

「ああちくしょう! だから鳥は嫌いなんだ!」
「────ミゼルスお嬢様!」

 全身を襲う痒みに耐えながら悪態をついていると、遠くで自分の名を呼ぶ声を聞いた。
 身を捻って見上げると、崖の上から使用人と幼馴染が覗き込むようにしてこちらを窺っている。二人とも安堵した表情を浮かべている。そのことにミゼルスは心底イラついた。

「良かった、ご無事ですね!」
「ご無事? これのどこが!? 全身めちゃくちゃ痒いんですけどぉ!?」
「今お助けします!」

 言うや否や、右耳のイヤリングを取り外してこちらへと向けて投擲する。

『吠え哮ろ群青!』

 力を帯びた言霊に呼応して深青色の呪具は光を放ち、瞬きひとつで青火を纏った巨犬へと姿を変える。

「群青、お嬢様を!」
『バウ!』 

 大きく一声吠えて呪獣が突進してくる。

「チッ、邪魔しないで下さる?」

 バサリバサリと羽音を激しく立てながら、ひらりと群青の突撃を躱す。その動きに合わせて足元のミゼルスも「グエッ」と潰れたカエルのような呻き声を上げた。

「この娘の命が惜しければ下手な真似はしないことね!」
「この狼藉者! お嬢様を離しなさい!」

 そう激昂するツユリの手が左耳のイヤリングにも伸びる。
 ミゼルスはそれを見て、また顔を青ざめさせて慌てて制止の声を上げた。

「ま、待てツユリ! そっちはダメだ────!」
『飛び躍れ蘇芳!』

 言霊を叫び、取り外したイヤリング────今度は呪具ではない、霊具を解放する。赤い鉱石をあしらったそれは、先程と同様に姿を変える。蘇芳という名の、深紅色をした霊鳥の姿に。

「鳥類増やしてどうすんだこのお馬鹿ァァ!」

 ミゼルスの悲痛な叫び声が上がる。
 彼女の鳥嫌いに、種の差別など無かった。

「ちょっと、2対1とか卑怯ではありませんこと!?」
「やってしまいなさい群青、蘇芳!」

 劣勢になったことに狼狽するフローレンスに対し、ツユリは容赦なく二匹に命令を下してけしかける。
 そのときだ。

「……っ、 風が……!」

 一際強い風が吹き、誰もが目を眩ませた。
 そして、影響を受けなかった二頭の獣がその隙にフローレンスに体当たりを見舞わせ、フローレンスの脚が────ミゼルスの身体を離してしまった。

「あ」
「あ」

 間抜けな声が方々から聞こえる。
 しかし、そんなことはミゼルスにとって最早どうでもいい。

「っしゃあぁぁぁぁ! 自由だぁぁぁぁ!」

 力強いガッツポーズをキメながら落下していく。

「おっ、お嬢様!」
「ミゼルス!」

 咄嗟のことにどちらも身動きが取れなかった。

 ────どぼん!

 今度こそ、ミゼルスは望み通りに、海へと落ちたのだった。

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