マレフィカス・ブルートは死に損ない

六十月菖菊

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【第1章】アヴィメントにて

【第6話】親は叱り損ねる

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「あ、そういえばツユリ」
「何でしょう、お嬢様」
「あの────【自主規制】────はどうなった?」
「お嬢様、辺境伯令嬢ともあろう御方がそのような言葉を頻繁にお使いにならないでください」
「ごめんごめん、つい」

 まったく悪びれもせずに、「それで?」と問い直す。

「同じく謹慎中でございます」
「ざまぁ────!」
「お嬢様、お気持ちは分かりますが控えてください。はしたないです」

 語尾に草が生える勢いで爆笑する主人を窘めつつも、ツユリ自身も内心でかの不届き者を思う存分に貶していた。

「ていうか、アイツいい加減どうにかなんないかなぁ。腕の良い殺し屋でも雇ってみる?」
「短絡的に殺すのはいかがなものかと」
「鳥類みな死すべしが私のモットーだよ」
「初めてお聞きしました。記憶しておきます」
「うん、そうしておいて」
「かしこまりました。それで、いかがなさいますか? 父に暗殺者の仲介を依頼しましょうか?」
「君のお父上の人脈ガチだよね。マジで依頼しちゃおうかな」

 本気で殺し屋もしくは暗殺者の派遣を考えるミゼルスだったが、部屋の扉をノックする音に中断する。

「どうぞ」
「失礼するよ」

 扉を開けて入ってきたのは恰幅のいい男性だった。彼を見た途端にミゼルスは糸目を見開き、瑠璃色の瞳を輝かせて勢いよく立ち上がった。

「父さん! おかえりなさい!」
「ただいまミゼ。海に落ちたと聞いて、慌てて帰ってきたよ。怪我はないかい?」

 部屋の入口で眉を八の字にして心配そうに自分を見つめる男の元へミゼルスの方から駆け寄り、両手を広げて抱きつく。

「ちっとも! 父さんこそ、嵐の中よく無事で帰ってこれたね。どこか怪我してない?」
「うん、僕も大丈夫。良かった、ミゼに怪我が無くて」

 ホッとした顔をして、厚みのある大きな手でミゼルスの頭を撫でる。ミゼルスは満更でもない様子で、その手を受け入れる。

 彼こそ、アヴィメント辺境伯にしてミゼルスの父────ガイオス=ノシェ=アヴィメントである。

「……おかえりなさいませ、旦那様」

 ミゼルスとは反対に表情を硬くして、ツユリは出迎えの言葉を主に掛けた。

「ただいまツユリ」
「この度は申し訳ございません。私がついていながら……」
「なに、気に病まないでくれ。こんな大時化に海へ行ったこの子にも責任はあるのだから」
「しかし」
「ツユリは気にしすぎだよ。全部私の自業自得なのにさ」
「ミゼもツユリを見習って、もう少し反省しておくれ。本当に肝が冷えたんだよ?」
「……ごめんなさーい」

 柔らかな海色をした父の目は、自分と違って澄んでいる。ミゼルスはその目で見つめられるのが少し苦手で、それでいて大好きだった。
 何故ならまた父も、愛する海のようだったから。

「あれ、そういえば母さんは? 一緒じゃないの?」

 父と共に旅に出ていた母の姿が見えないことを不思議に思い、ミゼルスは大きな父の身体の後ろを覗き込む。
 そして、悲鳴を上げた。

「ひゃあぁぁ! か、母さん! そんな所にいたの!?」
「ひっぐ、ひっぐ……ミゼちゃぁん……ぶ、無事で、よがっ、よがっだ~~!」

 父の後ろ側、その巨体にしがみついていた小柄な女性が、ボロボロと涙を流しながらミゼルスへと掴みかかってきた。

「ママすんごく心配しだんだがら~~! ミゼちゃんのバカバカバカァ!」
「ぎ、ギブギブ! 母さん、苦しい! ごめんって!」

 小柄ながらもとんでもない怪力を発して娘を締め上げている淑女の名前はアンフィトリテ=マイアープ=アヴィメント。ミゼルスの母親であり、アヴィメント辺境伯夫人である。

「奥様、おかえりなさいませ」
「ただいまツユちゃん! ミゼちゃんがまた迷惑かけてごめんねぇ!」
「滅相もございません。私も力が及ばず……」

 ガイオスにしたのと同じように、アンフィトリテにも謝罪の言葉を口にする。

「ううん、ツユちゃんは悪くないわ! 悪いのは可愛い私達のミゼちゃんよ! ほらミゼちゃん、ごめんなさいは!?」
「ぐえっ」
「アン、それじゃあミゼが話せないよ」

 ガイオスは苦笑しながらやんわりと妻を娘から引き離す。
 解放されたミゼルスはというと、ゲホガホと激しく咳き込んで床に崩れ落ちた。

「お嬢様、大丈夫ですか?」
「し、死ぬかと思った……」

 駆け寄ってきたツユリに背をさすられながら立ち上がる。
 改めて両親に向き直り、やや疲れた顔をしながらも二人に対して頭を下げた。

「おかえりなさい、父さん母さん。今回も心配かけてごめんなさい」
「ミゼが無事で何よりだよ」
「…………大切な商談も、台無しにしてごめんなさい」
「まあ!」

 一度離れたアンフィトリテが再び距離を詰めて、ミゼルスを締め上げる。

「グエェッ」
「お、奥様!」
「子どもがそんなこと気にするんじゃありません!」
「ぐ、ぐるしぃ……」
「落ち着いてくださいませ! お嬢様、お気を確かに!」
「アン、どうどう」

 母さんは馬かよ────そんなどうでもいいことにツッコミを入れつつ、ミゼルスはいつものように気を失ったのだった。
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