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【序章】拾った王と拾われた娘
亡国
しおりを挟む朽ちて、朽ちて、朽ちていった。
私なんて居なければ良かったのに。
私も死んでしまえば良かったのに。
それなのに、どうして。
× × ×
雪原地帯、北方領域。
浄化を司る始祖が守護するこの地には万年雪が降り、大地一面が白に支配される。
北方の国は数えて三国。その一つが今、終わりを迎えた。
エルガ=スィニクス小国。人はこの国を、寓話になぞらえて白雪の国と呼んでいた。
全ての国民が死んでいた。白銀の髪と碧の瞳を持つ白雪の民。老若男女関係なく、かつて雪のように白かった肌を青黒く変色させ、苦悶の表情のまま国のいたるところで絶命している。
草花も無残に枯れ落ちた。エルガの誇る芸術的な白く美しい建築物はことごとく崩壊している。残されたのは廃墟と死骸のみ。国に存在していたそれらは全て、沈黙の中に伏している。
そして、国の真上には更に常軌を逸するものが存在していた。
国を覆い尽くしているそれは霧だった。赤や青などの雑多な色が混ざり合い、気配は生き物のようにざわめいている。その様はグラスから零れ落ちる水のようで、内側で蔓延し、小さな国領から氾濫したものが外側から国を二重にして包み込んでいる。
端から一筋、国の外へ尾を引くように続いていた。点々と、転々と。斑模様の不格好な道を作っている。
国からだいぶ離れたところでようやく道は途切れる。そこには若い娘が倒れていた。柔らかな蜂蜜色の髪を持ち、降雪の地に立つには寒々しい煌びやかな肩出しの白いドレス姿である。彼女は雪の上にうつ伏せになって倒れていた。
「……あぁ」
薄く瞼を持ちあげ、白い吐息を漏らして彼女は呟く。
「────やっと、死ねる」
隙間から覗いた瞳は夕日の色をしていた。
長時間この場所に居たのだろう。剥き出しになっている肩が雪に触れ、見える柔肌とその表情は死人のように青白くなっている。
「また滅んだ。私のせいで、私が居たというだけで。私が居なければ誰も死なずに済んだのに。私が死ねばみんな助かったのに。私なんて居なければ、私さえ死んでいれば」
娘の口から漏れ出る自責の言葉。誰に聞かせるわけでもない、どこまでも続く懺悔と後悔の吐露。ピクリとも動かない身体の代わりにと、ただ呟きを繰り返す。
「死んでしまえ。私なんて早く、死んでしまえ」
吐く言葉はまるで呪詛か、あるいは天に向けた祈りのようだった。忌々しげに言う彼女の眦からは小さな雫がこぼれ、雪の上へと落ちて消えていく。
「冷たい、冷たいな……」
虚ろな瞳は、次第に落ちてくる瞼によって見えなくなっていく。
身体の限界が近い。いずれ冷たいと思うこの感覚も消える。このまま何もせずに動かなければ、きっと眠るように死ぬことができる。安らかな終わりを迎えることだろう。
その、はずだった。
「…………」
その娘を、その様子の一部始終を。彼はじっと見ていた。
異変の痕跡を頼りにここまで辿りついた彼は、静かに娘のそばに立つ。
「……?」
気配を感じ取った娘は僅かに身動ぎをする。薄れゆく意識の中、重い瞼を少しだけ開けてその正体を見ようとした。
「……だ、れ?」
狭い視界で見えたのは人影だけ。それ以上は何も見えなかった。
体勢が楽になった気がしたが、麻痺した身体ではもう何も確認できない。
瞼は完全に閉じ、彼女はとうとう意識を手放した。
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