大正浪漫奇譚 -世界は二人の外で、静かに遠ざかる-

絹ごし豆腐と麦わら猫

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第十章 淡く果てるや、燃ゆ心

其の三:淡く果てるや、燃ゆ心

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 ***(荻窪の日常)



 荻窪は湯船に浸かりながら、そういえば、と考え込んだ。

 彼と高梨は似ている。

 そう思ってきた。初めて高梨と顔合わせをしたときに、色素の薄い髪の毛と柔らかな印象の顔立ち。高梨はそれに相反するような粗野な一面を持ち合わせてはいるものの、彼の内面はけして粗野ではないことに、荻窪は気がついていた。

 ちびを撫でる手つきは柔らかく、微笑む姿は純粋だ。裏のない素直な青年。

 豪胆だったのは、小さな声で告白めいた言葉を落としたほうの──彼。

「……雄二郎。」

 思わず彼の名前を口にする。その名を言葉にしたのは一体いつくらいぶりだろう。
 戦死の葉書を受け取ってから、ずっと心の奥にしまいこんでいた名前を声に出した。

 彼は随分と豪胆で粗野な男だった。バンカラを好み、あえてそのように振る舞っていたのかもしれない。荻窪はそんな彼とは親友であったが、荻窪本人はハイカラを好んでいた。

 まるでアンバランスな二人だったが、凹凸のように馬が合う仲だった。

 豪胆なわりに、自宅で飼っていた猫にはずいぶんと優しく接していた。初めて猫に触れたときの印象はいまでも覚えている。

 毛の生えた軟体動物。

 じっとりと温かくてぐにゃりと柔らかい、そんな印象だった。しかし、何度か接するうちにその可愛らしさを知ることになる。
 猫は思っている以上に情が深く、信頼する者には完全な無防備を見せるのだ。
 その姿を知ってからの荻窪は、猫が苦手な生き物とは思えなくなる。可愛いと思うようになったのだ。雄二郎からも飼育方法を聞いてはいたが、いつか自分が猫を飼うなんて、その時は思いもしなかった。

 ざぶり。

 両手で顔を覆う。

 似ていると思った、あの頃の自分に教えてやりたい。

 雄二郎はいつも豪胆だった。自分を押し付けるわけではなかったけれど、自分のことは自分で決める。意志の強さを持つ男だった。それでいて、その意志の強さは時として、鋼のように折れてしまうのではないかと心配させた。

 だが、高梨はどうだろう。

 彼はとても柔軟で、柔らかい。包み込むような温かさとそれを押し付けてこないのに、引かない強さを併せ持っている。
 なにより高梨の瞳には、迷いがなかった。

 彼の柔軟さは折れることもなく、ひび入ることもなく、常に元の形状に戻る、その強さ。

 だから、荻窪は高梨に惹かれたのかもしれない。

 高梨の内面の強さは、きっと彼にしかない強さだ。
 それを、似ているだなんて。



 ***(荻窪の過去──親友の話)



 あれは、初秋だっただろうか。
 彼の両親から、一葉の葉書が届いた。

 黒枠に囲まれたそれは、彼がこの世を去ったことを知らせていた。
 遺体は、見つからなかったという。

「雄二郎……、雄二郎……っ、」

 ただ、二度と言葉を交わすことはもうないのだと、あの、腹を抱えて大笑いする姿を見ることはもう、ないのだと、静かにそう落ちてきた。

「俺、戦いに行くことにした。生きて帰ってきたら、またお前と酒を酌み交わしたいなぁ。」

 そう、彼が話していたのは、出立まもなくのある日のことだ。まるでなにかから逃げるように、という印象を受けたのは、嘘ではなかった。

「俺、お前のことを好いている。」

 あの小さな告白は、心に後悔として刺さったまま、もうずっと抜けることはないのだと思っていた。

 失った重みは涙となって静かに流れ、心に残る空虚は一体何だったのか。
 彼をそういう意味で好いていたのか、それとも彼に答えられないことへの後悔なのか。

 若き日の荻窪の心はそっと、彼自身の手によって心の奥にしまい込まれて、表に出ることはついぞ、ない。
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