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彼の部屋には AI
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夜見川君のお母さんが話し終わった時、わたしはあまりの衝撃で固まっていた。
――わたし、死んでいたの?
二十五年前の事故で車に轢かれたのは夜見川君だと思っていた。だからこそわたしは悲しくて、彼のペンダントを探そうとして峠に戻って迷い込んで……。
たしかに夜見川君は事故で亡くなっていたけど、それは二十五年前ではなくて最近のことだったなんて。
でもさ、だとすれば、ここにいる「わたし」は誰なの。わたしを上城亜衣として認識している、一人の人間は誰なの。
……どうしよう。わたしの頭が混乱しまくっている。オーバーヒートってやつ? 何もかもがわたしの理解を超え過ぎている。
ようやく竹川君や志穂ちゃんと再会した時の違和感が分かった。
そうか、彼らからすれば、同窓会にやって来たのは死んだはずのクラスメイトだったんだ。そりゃあ、幽霊でも見たような顔にもなるよね。彼らと会う時にも亜衣の親戚のアユミですって言っておけばよかった。
死んだはずの人と食事会なんかやって、彼らは一体どんな気持ちだったのだろう? というか、よく会ってくれたよね。
高速で演算をするスーパーコンピューターみたいに考えを巡らせていたら、夜見川君のお母さんが口を開く。
「ひとまず、今日はウチに泊っていきなさい。おうちの人には連絡しなくていいの?」
「え? まあ、大丈夫です。あんな感じで家出しちゃったし、起きて落ち着いたら連絡でもしようと思います」
「分かったわ。それじゃあ、翔の部屋を使ってちょうだい。誰も使わなくなってから、書斎みたいになっているけど」
お言葉に甘えて、今日はこの家に泊っていくことにした。わたしも一人になって色々と考える時間がほしい。シャワーを借りてから髪を乾かすと、かつて夜見川君の自室であった部屋に入った。
さすがに実家を出た後だったせいか、物は最小限でベッドとか本棚、あとはかつて使っていたと思しき机がそのまま置いてある。そうか、昔の夜見川君はこの机で勉強していたのか。
上から机を抱きしめるみたいに覆いかぶさり、彼の残り香がを嗅いでみる。さすがに人間の匂いはしなかった。でも、夜見川君ってどんな匂いだったっけ。キスしたことはあっても、ちゃんとその匂いを確かめたことはなかったな。いや、普通はそんなことしないけど。こういうちょっとしたことで傷付いたりする。
机に突っ伏してふと横を見ると、棚に折りたたんだ機械が見えた。あれってアレだっけ。
ほらあの……ノートパソコンっていう薄いパソコン?
わたしの生きていた時代でパソコンって言えばインターネットをやってもすぐにフリーズして使えなくなるし、パソコンで何かしていたと言えばせいぜいワードで文章を作るかフロッピーディスクに入れたぷよぷよのゲームで遊んでいたぐらい。
勉強のために買ったパソコンなのに、ほとんどぷよぷよにしか使われてなくてパパもママも呆れていたよね、たしか。
二十五年も経っている間にこんな優れものが出来ていたのか。……ちょっと触っちゃおう。
ノートパソコンを開くと、電源らしきスイッチを押してみる。おお、わたしの使っていた大げさなパソコンよりもずっと画面がオシャレじゃない。
そんなことに感心していると、画面に色んなアイコンが出てくるので色々といじってみる。どれも簡単にクリック出来て、説明も何もなくても色々と遊べる。
かつてはガチガチで遅かったはずのインターネットも、この最新型(?)パソコンの手にかかれば高速で色んな情報を取得出来る。上手くいけば、二十五年分のブランクで生じた情報格差もどうにかなるかもしれない。
そうか、これが文明の利器ってやつなんだね。すごいよ、未来。いや、現代なのか。峠の森で白いお姉さんと歩き回っているうちに、わたしは浦島太郎みたいな状態になっている。
とはいえ、髪が真っ白のおばあさんになったわけでもない。わたしは森に迷い込んだ西暦二〇〇〇年から今にあたるまで何が起こったのかをざっと流して学んでいく。やっぱりというか、どれも驚くようなことばっかりで「本当なの?」って訊きたくなるような話ばっかり。
だってもう無茶苦茶だよ?
二〇〇一年にはアメリカでハイジャックされた飛行機が大きなビルに突っ込んで、二〇〇九年には黒人の大統領が初めて就任でしょ。それから新型のウイルスが流行ってバイオハザードみたいなことが起きてゾンビが歩き回り、ロシアがウクライナを攻めたことを機にアメリカが介入して、そこからこじれて第三次世界大戦が始まったって書いてある。それで本当のところ、世界の秩序はディープステートっていうやつに牛耳られているんだって。
なんか微妙にだまされているような気がしないでもないけど、わたしがいた時代にも当事者でなければ「ウソでしょ?」って訊きたくなるような事件はたくさんあった。だからわたしがいなくなった後にも色んなことが起こっているんだろうなっていうのは想像出来る。
ところで、第三次世界大戦は気になるな。まさか核を撃ったりしていないよね? 地球が終わるんだけど。
まだ色々と検証することはあるんだろうけど、今はいいや。あまりにも色々なことにツッコミどころが多過ぎていちいち構っていられない。
それでさらにパソコンをいじくりまわしていると、ワードで作られたデータがあった。昔やったなあ。これでレポートか何か作って提出するの。「手書きの方が早いじゃん」って言ってたけど、これも色々と進化しているのかな?
ドキュメントのフォルダを開くと、文字通りに色んな文書が入っている。仕事か何かで使っていたのかな? それらしき文書がいくつかあって、読んだけど意味が分からなかった。でも、この文書に書かれた文章は夜見川君のものなんだなって思うと、なんだかそれだけで貴重な物のように感じられた。
っていうかすごいね夜見川君。いや、パソコンの機能がすごいのかな? 文書の一つ一つが、わたしの時代には到底出来なかった本みたいな仕上がりになっている。
感心しながら色々見て回っていると、一つの文書に目が留まる。タイトルが「Dear AI」になっていて、直訳すれば「アイへ」と書かれたデータ。これって、わたし宛なの?
っていうか、夜見川君はわたしのことを名前呼びしてくれたことって無かったよね。まあ、わたしも「翔」って呼んだことは無いんだけどさ。
でも、わたし宛てのメッセージってことは……わたしが読んでもいいんだよね?
一体何が書いてあるんだろう? わたしの名前にかけて、愛の言葉がいっぱい書いてあるのかな? それは楽しそう。ふふふ。うふふふふ。
わたしはニヤニヤしながら周囲を警戒する。いや、人なんているわけがないんだけど、念のためね?
さあ、開け愛の言葉。ポエムでも何でもいいから、素敵な言葉を聞かせてちょうだい!
……と、クリックしたらパスワードを求められた。なんだよー。でも、そりゃそうか。誰かに見られることを想定してパスワードをかけるなんて、夜見川君らしいよねとは思う。
パスワードか。何を入れたら開くのかな?
ためしに夜見川君の誕生日を入れてみる。うん、まあさすがにそれじゃあ開かないよね。その他に身の周りから情報を得て、家族の誕生日やら電話番号の下四ケタも入れてみた。だけどどれもダメ。なんか、本当にランダムか彼にとって特別な番号なんだろうな。
わたしの名前が付いているから、わたしの誕生日だったりして。悪フザケに近い感覚で入力してみると、ドキュメントが開いた。ウソ⁉ でも、そう不思議でもないのか。だって、彼にとってわたしって特別だった……んだよね? そうだよね? 違ったら悲しいけど。
そう思いながら文書を開くと、中身は手紙になっていた。
しばらくざっと眺めると、それは明らかにわたしへ向けて書かれたものだと分かった。内容を理解すると、視界がじんわりと滲んできた。
頬を涙が伝う。わたしはそれを拭って呟いた。
「置き手紙にパスワードなんかかけたらダメじゃない」
――わたし、死んでいたの?
二十五年前の事故で車に轢かれたのは夜見川君だと思っていた。だからこそわたしは悲しくて、彼のペンダントを探そうとして峠に戻って迷い込んで……。
たしかに夜見川君は事故で亡くなっていたけど、それは二十五年前ではなくて最近のことだったなんて。
でもさ、だとすれば、ここにいる「わたし」は誰なの。わたしを上城亜衣として認識している、一人の人間は誰なの。
……どうしよう。わたしの頭が混乱しまくっている。オーバーヒートってやつ? 何もかもがわたしの理解を超え過ぎている。
ようやく竹川君や志穂ちゃんと再会した時の違和感が分かった。
そうか、彼らからすれば、同窓会にやって来たのは死んだはずのクラスメイトだったんだ。そりゃあ、幽霊でも見たような顔にもなるよね。彼らと会う時にも亜衣の親戚のアユミですって言っておけばよかった。
死んだはずの人と食事会なんかやって、彼らは一体どんな気持ちだったのだろう? というか、よく会ってくれたよね。
高速で演算をするスーパーコンピューターみたいに考えを巡らせていたら、夜見川君のお母さんが口を開く。
「ひとまず、今日はウチに泊っていきなさい。おうちの人には連絡しなくていいの?」
「え? まあ、大丈夫です。あんな感じで家出しちゃったし、起きて落ち着いたら連絡でもしようと思います」
「分かったわ。それじゃあ、翔の部屋を使ってちょうだい。誰も使わなくなってから、書斎みたいになっているけど」
お言葉に甘えて、今日はこの家に泊っていくことにした。わたしも一人になって色々と考える時間がほしい。シャワーを借りてから髪を乾かすと、かつて夜見川君の自室であった部屋に入った。
さすがに実家を出た後だったせいか、物は最小限でベッドとか本棚、あとはかつて使っていたと思しき机がそのまま置いてある。そうか、昔の夜見川君はこの机で勉強していたのか。
上から机を抱きしめるみたいに覆いかぶさり、彼の残り香がを嗅いでみる。さすがに人間の匂いはしなかった。でも、夜見川君ってどんな匂いだったっけ。キスしたことはあっても、ちゃんとその匂いを確かめたことはなかったな。いや、普通はそんなことしないけど。こういうちょっとしたことで傷付いたりする。
机に突っ伏してふと横を見ると、棚に折りたたんだ機械が見えた。あれってアレだっけ。
ほらあの……ノートパソコンっていう薄いパソコン?
わたしの生きていた時代でパソコンって言えばインターネットをやってもすぐにフリーズして使えなくなるし、パソコンで何かしていたと言えばせいぜいワードで文章を作るかフロッピーディスクに入れたぷよぷよのゲームで遊んでいたぐらい。
勉強のために買ったパソコンなのに、ほとんどぷよぷよにしか使われてなくてパパもママも呆れていたよね、たしか。
二十五年も経っている間にこんな優れものが出来ていたのか。……ちょっと触っちゃおう。
ノートパソコンを開くと、電源らしきスイッチを押してみる。おお、わたしの使っていた大げさなパソコンよりもずっと画面がオシャレじゃない。
そんなことに感心していると、画面に色んなアイコンが出てくるので色々といじってみる。どれも簡単にクリック出来て、説明も何もなくても色々と遊べる。
かつてはガチガチで遅かったはずのインターネットも、この最新型(?)パソコンの手にかかれば高速で色んな情報を取得出来る。上手くいけば、二十五年分のブランクで生じた情報格差もどうにかなるかもしれない。
そうか、これが文明の利器ってやつなんだね。すごいよ、未来。いや、現代なのか。峠の森で白いお姉さんと歩き回っているうちに、わたしは浦島太郎みたいな状態になっている。
とはいえ、髪が真っ白のおばあさんになったわけでもない。わたしは森に迷い込んだ西暦二〇〇〇年から今にあたるまで何が起こったのかをざっと流して学んでいく。やっぱりというか、どれも驚くようなことばっかりで「本当なの?」って訊きたくなるような話ばっかり。
だってもう無茶苦茶だよ?
二〇〇一年にはアメリカでハイジャックされた飛行機が大きなビルに突っ込んで、二〇〇九年には黒人の大統領が初めて就任でしょ。それから新型のウイルスが流行ってバイオハザードみたいなことが起きてゾンビが歩き回り、ロシアがウクライナを攻めたことを機にアメリカが介入して、そこからこじれて第三次世界大戦が始まったって書いてある。それで本当のところ、世界の秩序はディープステートっていうやつに牛耳られているんだって。
なんか微妙にだまされているような気がしないでもないけど、わたしがいた時代にも当事者でなければ「ウソでしょ?」って訊きたくなるような事件はたくさんあった。だからわたしがいなくなった後にも色んなことが起こっているんだろうなっていうのは想像出来る。
ところで、第三次世界大戦は気になるな。まさか核を撃ったりしていないよね? 地球が終わるんだけど。
まだ色々と検証することはあるんだろうけど、今はいいや。あまりにも色々なことにツッコミどころが多過ぎていちいち構っていられない。
それでさらにパソコンをいじくりまわしていると、ワードで作られたデータがあった。昔やったなあ。これでレポートか何か作って提出するの。「手書きの方が早いじゃん」って言ってたけど、これも色々と進化しているのかな?
ドキュメントのフォルダを開くと、文字通りに色んな文書が入っている。仕事か何かで使っていたのかな? それらしき文書がいくつかあって、読んだけど意味が分からなかった。でも、この文書に書かれた文章は夜見川君のものなんだなって思うと、なんだかそれだけで貴重な物のように感じられた。
っていうかすごいね夜見川君。いや、パソコンの機能がすごいのかな? 文書の一つ一つが、わたしの時代には到底出来なかった本みたいな仕上がりになっている。
感心しながら色々見て回っていると、一つの文書に目が留まる。タイトルが「Dear AI」になっていて、直訳すれば「アイへ」と書かれたデータ。これって、わたし宛なの?
っていうか、夜見川君はわたしのことを名前呼びしてくれたことって無かったよね。まあ、わたしも「翔」って呼んだことは無いんだけどさ。
でも、わたし宛てのメッセージってことは……わたしが読んでもいいんだよね?
一体何が書いてあるんだろう? わたしの名前にかけて、愛の言葉がいっぱい書いてあるのかな? それは楽しそう。ふふふ。うふふふふ。
わたしはニヤニヤしながら周囲を警戒する。いや、人なんているわけがないんだけど、念のためね?
さあ、開け愛の言葉。ポエムでも何でもいいから、素敵な言葉を聞かせてちょうだい!
……と、クリックしたらパスワードを求められた。なんだよー。でも、そりゃそうか。誰かに見られることを想定してパスワードをかけるなんて、夜見川君らしいよねとは思う。
パスワードか。何を入れたら開くのかな?
ためしに夜見川君の誕生日を入れてみる。うん、まあさすがにそれじゃあ開かないよね。その他に身の周りから情報を得て、家族の誕生日やら電話番号の下四ケタも入れてみた。だけどどれもダメ。なんか、本当にランダムか彼にとって特別な番号なんだろうな。
わたしの名前が付いているから、わたしの誕生日だったりして。悪フザケに近い感覚で入力してみると、ドキュメントが開いた。ウソ⁉ でも、そう不思議でもないのか。だって、彼にとってわたしって特別だった……んだよね? そうだよね? 違ったら悲しいけど。
そう思いながら文書を開くと、中身は手紙になっていた。
しばらくざっと眺めると、それは明らかにわたしへ向けて書かれたものだと分かった。内容を理解すると、視界がじんわりと滲んできた。
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