【完結】サキュバスでもいいの?

月狂 紫乃/月狂 四郎

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勇者の優しい仲間たち

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 ねえ、どうしてあたしは真昼間の酒場にバスタオル一枚で立っているの?

 どうして勇者を軽く誘惑しようとしたはずなのに、あたしの方が身ぐるみ剥がされて置いて行かれたの?

 教えてよ。誰か教えてよ……。

 ああ、ゾルムディア様に愚痴りたい。あたし、身ぐるみ剥がされちゃったんですって。そうしたらゾル様もねぎらってくれるかな?

 ……いや、ダメだ。そんな無能過ぎるスパイ、すぐにクビになるでしょ。

 そうなったらゾル様の奥さんになって幸せな人生を送る計画が……あああ。

 いやだ。それは嫌だ。愛しのゾル様に愛想を尽かされたら、あたしは死んでしまう。まだ作戦が失敗に終わったわけじゃない。どうにかして、あのイカれた勇者をたぶらかさなきゃ。

 でも、どうやって……?

 あたしから服を強奪したことから、アルフォンソがここへ戻って来るとは思えない。あいつは酒代も払わずに踏み倒しているし、ここへ戻って来るメリットがない。そうなると、あたしはこの恰好で歩き回らないといけないわけ……?

 絶望で泣きそうになっていると、新たな来客があった。

「あ、いた」

 声のした方を見ると、場末の酒場に似合わぬ高貴な身なりをした若い女がやって来た。髪型はブロンドを長い三つ編みにしていて、ツヤツヤとした輝きを放ちながら腰付近で揺れている。



 額にはキラキラした宝石がたくさん付いたヘッドネックレスが装着されていて、ただでさえ美しい顔に神々しさが加わったせいで近付きがたいオーラがある。

 綺麗なエメラルドの瞳――見つめられると、何もかも見透かされそう。

「大丈夫? 変な男に乱暴されなかった?」
「ええ、まあ、はい……」

 清楚オーラに圧倒されながら答えるのもあり、あたしの言葉はよく分からない返事になる。

「おう、この娘が例の犠牲者か。アルの野郎もひでえことするな」
「まったくよ。後でたっぷりお説経してやらないと」

 さらに奥からスキンヘッドの筋肉ダルマが入って来る。鎧から垣間見える腕は異常なまでに太く、おそらく戦士系のジョブに就いているはず。スキンヘッドにはトライバル柄のタトゥーが入っていて、男の顔はいたるところが傷だらけだった。

「しかし勇者が追い剥ぎとか、不法行為もはなはだしいだろ」
「まったくよ。あのバカが本当にごめんなさいね。新しい服を持ってきたから」

 突如現れた女神のような女性に服を手渡される。マスターにお願いして、酒場内部にある小部屋で着替えさせてもらった。

 衣装は魔導士系の服みたいで、両肩が出るタイプのドレスに近いデザインだった。着替えてみんなのところへ戻ると、「おっ」という感じの目で見られた。何を着ても似合うのもそうだけど、やっぱりあたしが魅力的過ぎるせいだろう。かわいくてごめん。

 そんなことを思っていると、いち早く掃き溜めに女神な美女が口を開く。

「ごめんね。ちょっと露出の多い服なんだけど、こんなのしかなくて。見た目はともかく、防御力は高いから」
「ううん。あたし、このデザインなら好きかも」
「本当に? それなら良かった」

 女神の顔がパーっと明るくなる。う、かわいい。あたしほどじゃないけど。

 優しくされて、ちょっと涙が出てくる。あたしも時間差で「あ」って気が付いて、自分の身体的な反応に戸惑った。

 女神のような女性があたしを気遣って言う。

「つらかったよね。もう大丈夫だから」

 抱きしめられて、あたしもちょっと「ううう」ってなる。少しだけ泣いて、落ち着くと女神と筋肉ダルマの自己紹介がはじまった。

「わたしはミリア・ヴィンクロ。あなたに迷惑をかけた、アルフォンソの仲間よ。それで、そこにいるのがゲイル・ブルック。見た目は怖いけど、優しい人だから安心して」
「おう、俺の方がアルなんかよりもずっと優しいから任せとけ。これからもよろしくな」

 ごつい手を差し出されて、か細い声で「よろしく……」と言いながら握り返す。勇者のアルフォンソがクズだっただけに、仲間がいい人過ぎて違和感が沸いてくる。

 あたしも自己紹介としてあらかじめ用意しておいたストーリーを彼らに話す。田舎町を出てきた魔法の使える踊り子で、勇者の仲間にしてほしくて声をかけた……という設定。

「それで、仲間にするどころかあなたを裸にひん剥いたってわけね」
「最低だな、あの野郎。まあ、いつものことなんだけどよ」

 ミリアとゲイルが呆れて頭を抱える。いつものことって、あいついつもそんなクズなんか。この二人がいなかったらとっくにお尋ね者になっているのでは?

「とにかくごめんなさいね。ひどい目に遭ったし、信じてもらえないかもしれないけど、あいつは……アルは、本当に世界を救うためにわたし達と旅をしているの」
「ええ」
「だけど、ちょっとネジが外れているというか……その、破天荒な性格をしているから、そういう突飛なことをすることもあるの。だから今回は本当に怖い思いをしたと思う。心からお詫びするわ」
「いや、でもミリアさんは助けてくれたじゃないですか」

 あたしは割と素でツッコミを入れる。勇者のスパイでやって来たのに、皮肉にも勇者の仲間に助けられてしまった。他の魔族に知られたらきっといい笑いものだろう。

 それでも、騙そうと近付いたあたしがほだされてしまうほどミリアはいい人だった。彼女はあたしの言葉に苦笑いしてから少し真面目な顔に変わる。

「それで、メルちゃんはわたし達のパーティーに入りたいんだよね?」
「ええ、もちろん」
「申し訳ないけど、あまり歓迎は出来ない、かな」
「えっ」

 思わぬ反応に、あたしはちょっと泣きそうになる。なんで? あたし、ちゃんと魔法だって使えるよ? 足だって引っ張らないし、あなた達が思っているよりもよっぽど優秀だよ?

 そう思っていると、再びミリアが口を開く。

「と言うのもね、わたし達が闘う相手っていうのは想像を絶するほどの強敵なの。それこそ、軍が総力を挙げても全滅しかねないほどの魔物と毎日闘うぐらいに」

 そこに先ほどまで漂わせていたのどかな空気はない。急に真面目になったので、あたしの方が驚いてしまったぐらいだ。ミリアは相当に真剣な顔で続ける。

「気持ちとしてはどんなに強い相手でも全力を尽くすのは出来るかもしれないけど、命を落としてしまえば人生は終わり。そんな危険な旅に、未来のある若者を連れていくことは出来ないわ」
「でも、あたし……魔法が、得意です」

 静かな迫力に圧倒されそうになりながらも、あたしは食い下がる。

 ミリアは「困ったな」という顔で窓の外を見ていた。どうやってあたしを傷付けずに断るか考えを巡らせているのだろう。ゴリマッチョのゲイルも半ば困った風に笑顔を作っている。

 と、その時――

「あ、こんな所にいた。お前ら、探したぞ!」

 たったひと声で緊迫していた空気が台無しになる。

「こいつ、本当に空気読めねえな」

 顔をしかめるゲイル。彼の視線を追うと、あたしを裸にひん剥いた暴君が立っていた。自称勇者で、まったくそれに相応しくない振る舞いで周囲に迷惑をかけまくる男――アルフォンソ・ツクモ。

「アル!」

 ミリアが半ばキレながら、彼の名を呼んだ。その声の調子を聞いて、今日みたいなことは初めてじゃないんだなと悟った。
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