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第20話

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 その翌日。放課後また練習の時間となった。

「今日は晴さんと黒須さん、昨日よりもやる気があるみたいですよ。完璧にこなしてやると豪語していましたよ」

 唐突にでかい爆弾を投げてきたぞこの女。やっぱり昨日の言葉は嘘じゃねえか。

「おい!おま」

「本当に!!!乗り気になってくれてとっても嬉しい!いいものを完成させようね」

 悠理が咄嗟に文句を言おうとしたが時すでに遅く、回り込まれてしまった。

 その隙に爆弾を投げた張本人は安全圏へと避難を済ませ、笑顔でこちらの方を見ていた。

 やっぱりあいつは嫌いだわ。

 俺たちの望んだことでは無いものの、ここまで期待させてしまったからには断ることは出来ず、やる気を出しているようにやりきるしかなかった。

 ちなみに、今回の練習はえげつないほどにハードだった。その後に部活もあるだろうにそれを一切感じさせないほどの熱量で指導された。

 しかもあいつら元気に部活に行きやがった。好きな物は別というものなのだろうか。女子って怖い。

 今日も昨日同様疲れ果てた状態で帰っていると、偶然にも七森と出会った。

「二人ともどうしたんすか?めちゃくちゃ疲れた表情をして」

 俺は事の顛末を説明した。

「ぎゃははははは。晴が王子様で?悠理が騎士。似合ってんじゃねえの?」

 七森がからかうように言う。

「馬鹿にするんじゃねえ。俺も文句しかねえが」

 若干キレた風に言う悠理。全くだ。ボディーブローでもかましてやれ。

「にしてもお前らの所の文化祭は普通なんだなあ」

「西野の所がおかしいだけだ」

 西野の所の文化祭はかなりお堅く、大多数が学習関係の展示だという。それを聞いた俺たちは絶対に行かないと心に決めていた。

 ちなみに西野談だと、

「文化祭自体は全く面白みの欠片もないが、準備も大して時間がかからないし、当日に学校に居なかったとしてもバレないし怒られないから良い」

 とのこと。楽を選んであの学校に行った西野らしいと言えばらしいのだが。

「今度の文化祭皆引き連れて見に行くよ。大切な彼女さんとのキスシーンだろ?」

「お前なんで」

「いや、そこの悠理がこの間晴が彼女作ったって言ってたから」

 あいつのこと嫌いなんだから将来的に話がこじれること確定なんだが。

「まあバレたものはしょうがないか。とりあえずあんま目立ちすぎるような恰好では来るなよ?お前ら見た目だけは怖いんだから」

 地元だとこいつらがいい奴だって知っている人ばかりだから問題なかったが、うちの学生からしたら恐怖の対象だ。

「流石に時と場所は考えているよ」

「まあそりゃそうか」

 七森はそのまま用事があるようなので去っていった。


 その後も文化祭に向けて準備を続けていたが、特に変わったことも無く順調に進んでいった。

 強いて言うなら小野田環教みたいな感じにどんどんなっていったくらいか。

 俺たち3人と違って小野田さんの可愛さは男女関係なくかなりの需要を誇るものだったからな。

 とは言ってもモテるというよりは可愛い娘のような扱いだが。

 そして本番当日を迎えることに。

「みんな今日までありがとう。お陰で最高の状態で当日を迎えることが出来たよ。今日は今までの成果を最大限に発揮して素晴らしい劇を見せよう!」

「「おー!」」

 委員長の掛け声で盛り上がる一同。俺たちは劇の準備に取り掛かった。それまでは本気ではありつつも楽しい雰囲気の中準備をしていたが、今回は今までと違いピリピリしていた。本番は一度きりしかなく、失敗は許されないという気持ちがそうしているのだろう。

 こんな風に冷静に周囲を見ている感じを出してはいるが、流石に少しは気負うものがある。
 ——目の前の加賀美千佳とは違って。キャストで一人だけ何食わぬ顔をしていた。

「なんか余裕そうに見えるけど本当に大丈夫?」

「そうですね。人前に出て何かをするということ自体は親の影響で何度も経験していますので」

「なるほどね。こういうのは慣れだもんね」

 そりゃあそうか。あんな大企業の令嬢様だものな。そりゃあ場慣れもして緊張もしませんってか。

 こんな女を見ていたら緊張なんてしていた俺が馬鹿らしくなってきた。結局はただの文化祭の一幕だ。失敗したところで何か大切な物を失うわけではない。

 そんな風に気持ちの整理が出来た頃、ステージの幕が開いた。

 そしてそのタイミングで俺は初めてセットを見ることになった。実は制作の間は基本的に演技指導をされており、ネタバレ回避のために他クラスにばれないように隠していたので見る機会が無かったのだ。

 感想としては、圧巻の一言だった。裏でこっそりと加賀美千佳が支援をしているという話は聞いていたので、ある程度良いものが出来るというのは知っていたが、それでも高校生が文化祭のために作ったとは思えない出来栄えだった。

 これには劇を見に来ていた観客も感心しており、七森たちもこのセットに対してかなりテンションが上がっている様子が見えていた。

 かなり観客の期待が高まった所で、劇がスタートした。
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