死せる勇者、魔界で生きる 〜蘇った俺はただ静かに暮らしたい〜

夢乃アイム

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第二章:魔界式スローライフ

第四十三話:揺らぐ正義

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 冷たい石壁に囲まれた牢獄の中で、レティシアは膝を折った。錆びついた鉄格子の向こうには誰もいない。カイは去り、再び静寂が戻っていた。

 彼の言葉が胸の奥に残っている。

 ──「……君は勇者なんだよね? 僕の父さんも、勇者だったんだよ」

 彼の父が勇者だった。
 その事実は、レティシアの心に鋭い棘となって突き刺さった。

(やっぱり、そうだったのね……)

 カイはセリオの息子。
 だとすれば、彼はかつての英雄の血を引く者だ。なのに、何故魔界にいる? 何故、魔族と共に生きている?

 レティシアは瞼を閉じた。

 目の裏に焼き付いている光景がある。
 ──炎。血。崩れ落ちる家々。
 村を焼き尽くし、家族や友を殺した魔族たち。

 あの日、自分だけが生き残った。

 何故、自分だけが?

 何故、神は自分だけをこの世に残されたのか?

 考えても答えは出ず、レティシアは決めたのだ。
 生き残った意味を見出すために、正義を遂行すると。
 人々を守る剣になると。

 だが、カイの姿を見たとき、心が揺らいだ。

 魔界を滅ぼすことが正義なのか?
 しかし、村を滅ぼした魔族を生かしておくことが正義とは思えない……。

 どちらが正しいのか。
 どちらが誤っているのか。

 分からない。

 レティシアは震える手を組み、そっと祈りを捧げた。

「──神よ」

 かつて、教会で育った幼い頃と同じように。

「私は正しい道を歩んでいるのでしょうか……」

 この世界に生きる魔族は、全て悪なのか?
 カイのように、魔族と共に生きる者をどうすればいいのか?

 迷いが胸を苛む。

 しかし、レティシアは目を伏せ、己に言い聞かせるように祈る。

「どうか……正義を遂行する力をお与えください」

 迷いを断ち切るために。
 自分が信じる道を貫くために。

 たとえ、それが誤りだとしても──。

 暗く、静まり返った牢の中で、ただひとり、彼女の祈りだけが響いていた。
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