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第1話 しがみつ鬼
(11)綺麗な繭玉
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ヌルヌルとした蛇のような糸を追いかけて、巳之吉が遠ざかっていく。
桔梗は、静かに安堵の溜め息をつく。
それから、腰の篠笛に手をやる。
桔梗が腰から抜こうとした刹那、篠笛は刀に変わる。
スパーンッ!
抜くのと同時に、猫のドロドロを水平に斬り伏せる。
刀を抜く動作そのものが、斬る動作になる。
あまりの速さに、化け猫は対処が出来ない。
真っ二つになって、消え失せるようにも思われた猫のドロドロ。
しかし、ふたつに分かれたはずのそれは、ズリズリと動き続ける。
さらには、ふたつが近づいたかと思うと、ヌメッと再びくっつく。
「これでは駄目か……」
桔梗はポツリと呟くと、左手に持つ刀に右手をかざした。
刀身に満遍なく手のひらをかざしていく。
ボボボボボッと紫色の炎が、その刀身にまとわりつくように灯る。
炎をまとわせた刀を、桔梗は下段脇構えに取る。
ボボボボボッ! スパーンッ!
下段から斜め上方向、逆袈裟に斬りあげる。
ジュジュジュ……。
紫色の炎が触れた斬り口に、紫色の炎が移る。
炎は、ドロドロそのものを焼いていく。
逃げるように、グチャグチャと動く化け猫のドロドロ。
けれど、炎が廻る速さが、逃げる速さを上回る。
ジューーー、シュシュシュ。プスンッ。
瞬く間に炎は、化け猫を焼き尽くして、静かに消えた。
化け猫を倒すと、桔梗は、糸を追いかけていった巳之吉の姿を探す。
どうやら首尾よく、糸を捕まえたようだ。
けれど、鋏が取り出せず、惑っている。
桔梗は、巳之吉の元に走り寄ると、篠笛を鎧通しに変げさせる。
そして、ドスンッと糸を縫いとめた。
***
桔梗も巳之吉も、糸の染みには干渉出来ない。
過去の出来事である『染み』。
すでに終わったことであるそれを、見て聞くことしか出来ない。
ところが、物の怪は違う。
そもそも、糸も繭も、物の怪が人に取り憑いた時に出す残滓であった。
物の怪本体に繋がる残滓。
動物に例えるならば、落とされた毛や爪のようなもの。
物の怪は、自らの残滓の匂いを追って、どこまででも入り込める。
『染み』に入ることも、『染み』から出てくることも。
どちらも、物の怪には出来るのである。
取り憑いた物の怪から見れば、糸を辿って断ち切ろうとする者こそ異物。
異物を排除しようと、あらゆる姿で巳之吉と桔梗を襲い来る。
ふたりは、糸を切るだけではなく、それらと対峙しなければならない。
厄介なのは、本体がある物の怪よりも『染み』の中の残滓であった。
本体から切り離されたそれは、自由自在に形を変える。
さっきのようなドロドロにでも、それ以外にでも。
力は弱いが、面倒なことをして、ふたりの足を引っ張ってくる。
「へぇ。だから、あの化け猫が、こっち側に飛び出して来たってことかい?」
「はい。やつらは、ふわふわと、どこにでも現れます」
「本当に猫の毛みたいなやつだぜ。
猫の毛もなぁ、気づきゃ、着物にベタベタついてやがるだろ?
それに、あれだよな。
猫を捕まえるより、猫の毛を捕まえるほうが難しいや」
「ええ。ですから、油断なさらぬよう……」
そんな話をするうちに、切られた糸が再び動き始める。
紫色だった糸は、バラバラとほどける。
赤色と青色に分かれた糸は、またも二重の螺旋状にくるくると回る。
ボウッと光を発して、巳之吉と桔梗を誘うように浮かび上がる。
「まぁた動き出しやがったな! 追うぜ、桔梗!」
巳之吉の威勢のいい声に、桔梗は黙って、コクリと頷く。
三度目ともなると、勝手知ったるなんとやらで。
ふたりは、ためらいなく糸を追いかけていく。
しばらく追うと、糸は別の紫色の繭玉へとまとめられていく。
次の繭玉は、今まで見たものとは、全く違って見える。
「ありゃあ、こりゃ、綺麗なもんだ」
「はい。こんなにも美しいものは珍しいですね」
ふたりが見ている繭玉は、同じく紫色ではある。
けれど、それは優しい色合いで、内側からキラキラと光が漏れ出ている。
繭自体も、見るからにふわふわとしていて、甘いような香りまでする。
「いつも、こんなんなら、いいんだがよぅ」
「そう、ですね。ただ、断ち切ることを思うと……」
「確かになぁ。まぁ、見てみるしかあるめぇ。
うまくすると、断ち切らずに済むってぇことだって、あらァ!」
巳之吉の差し出した手のひらに、桔梗は今度もそっと手を重ねる。
ふたりは、静々と繭玉の中へと進んでいった。
***
一匹の子猫が鳴いている。
辺りに親猫らしき姿は無い。
守る者のない小さな命は、尽きようとしていた。
鳴けば鳴くほどに力は奪われて、死へと近づく。
されど、子猫は鳴くのをやめようとはしない。
それは、ただの習性か。
それとも、一縷の望みに繋がる希望の声か。
子猫にも、分かりはしない。
四つの脚は、立とうとしても震えるばかりで役には立たない。
喉は、痛むのか渇いているのか、判然としない。
それでも、鳴き続ける。
それだけが、今の子猫に出来ることだった。
「あれぇ。あんた、こんなとこじゃ死んじまうよ」
そんな声と共に、己の体がふわりと浮くのを子猫は感じる。
温かく大きなものに包まれて、生まれて初めての安らぎを覚える。
「アタシとおいで。贅沢は出来ないけどね、なんとかやっていけるからさ」
優しく響く声と甘くていい匂い。
頭を撫でられると、心地よさでまぶたが落っこちそうになる。
ミィ、ミィ。
子猫は、必死で返事をする。
「ふふ。返事をしてるのかい? あんた、言葉が分かるみたいだねぇ」
嬉しそうな声に、子猫は応えたくて鳴く。
ミィ、ミィ、ミィ。
「よぅし。あんたは、今日からチビだよ。アタシのチビだ。
ずっと、ずうっと、アタシと一緒にいとくれな」
子猫は、閉じそうになるまぶたを、こじ開ける。
ミィ、ミィ、ミィ、ミィ。
それから、何度も何度も鳴き返す。
差し出された指からは、甘い匂いがした。
思わずペロリと舐める。
トロリとしたものが、喉を通り抜ける。
腹の奥底が、あったかくなるのを感じる。
力が湧いてくるのが分かる。
(この人とずっと一緒にいる……。何があっても)
重湯を舐め終えると、子猫はまぶたを閉じる。
スピーッ、スピピピーッ。
うるさいくらいの寝息に、おつやは笑う。
ひとりぼっちのおつやが、見つけたきょうだい。
まだ小さな体を指で撫でてやる。
おつやの指に前肢を絡めるように、ぎゅっと離さない。
「ふふっ。かわいい子。ゆっくり眠るんだよ」
娘と子猫は、寄り添うように眠りについた。
桔梗は、静かに安堵の溜め息をつく。
それから、腰の篠笛に手をやる。
桔梗が腰から抜こうとした刹那、篠笛は刀に変わる。
スパーンッ!
抜くのと同時に、猫のドロドロを水平に斬り伏せる。
刀を抜く動作そのものが、斬る動作になる。
あまりの速さに、化け猫は対処が出来ない。
真っ二つになって、消え失せるようにも思われた猫のドロドロ。
しかし、ふたつに分かれたはずのそれは、ズリズリと動き続ける。
さらには、ふたつが近づいたかと思うと、ヌメッと再びくっつく。
「これでは駄目か……」
桔梗はポツリと呟くと、左手に持つ刀に右手をかざした。
刀身に満遍なく手のひらをかざしていく。
ボボボボボッと紫色の炎が、その刀身にまとわりつくように灯る。
炎をまとわせた刀を、桔梗は下段脇構えに取る。
ボボボボボッ! スパーンッ!
下段から斜め上方向、逆袈裟に斬りあげる。
ジュジュジュ……。
紫色の炎が触れた斬り口に、紫色の炎が移る。
炎は、ドロドロそのものを焼いていく。
逃げるように、グチャグチャと動く化け猫のドロドロ。
けれど、炎が廻る速さが、逃げる速さを上回る。
ジューーー、シュシュシュ。プスンッ。
瞬く間に炎は、化け猫を焼き尽くして、静かに消えた。
化け猫を倒すと、桔梗は、糸を追いかけていった巳之吉の姿を探す。
どうやら首尾よく、糸を捕まえたようだ。
けれど、鋏が取り出せず、惑っている。
桔梗は、巳之吉の元に走り寄ると、篠笛を鎧通しに変げさせる。
そして、ドスンッと糸を縫いとめた。
***
桔梗も巳之吉も、糸の染みには干渉出来ない。
過去の出来事である『染み』。
すでに終わったことであるそれを、見て聞くことしか出来ない。
ところが、物の怪は違う。
そもそも、糸も繭も、物の怪が人に取り憑いた時に出す残滓であった。
物の怪本体に繋がる残滓。
動物に例えるならば、落とされた毛や爪のようなもの。
物の怪は、自らの残滓の匂いを追って、どこまででも入り込める。
『染み』に入ることも、『染み』から出てくることも。
どちらも、物の怪には出来るのである。
取り憑いた物の怪から見れば、糸を辿って断ち切ろうとする者こそ異物。
異物を排除しようと、あらゆる姿で巳之吉と桔梗を襲い来る。
ふたりは、糸を切るだけではなく、それらと対峙しなければならない。
厄介なのは、本体がある物の怪よりも『染み』の中の残滓であった。
本体から切り離されたそれは、自由自在に形を変える。
さっきのようなドロドロにでも、それ以外にでも。
力は弱いが、面倒なことをして、ふたりの足を引っ張ってくる。
「へぇ。だから、あの化け猫が、こっち側に飛び出して来たってことかい?」
「はい。やつらは、ふわふわと、どこにでも現れます」
「本当に猫の毛みたいなやつだぜ。
猫の毛もなぁ、気づきゃ、着物にベタベタついてやがるだろ?
それに、あれだよな。
猫を捕まえるより、猫の毛を捕まえるほうが難しいや」
「ええ。ですから、油断なさらぬよう……」
そんな話をするうちに、切られた糸が再び動き始める。
紫色だった糸は、バラバラとほどける。
赤色と青色に分かれた糸は、またも二重の螺旋状にくるくると回る。
ボウッと光を発して、巳之吉と桔梗を誘うように浮かび上がる。
「まぁた動き出しやがったな! 追うぜ、桔梗!」
巳之吉の威勢のいい声に、桔梗は黙って、コクリと頷く。
三度目ともなると、勝手知ったるなんとやらで。
ふたりは、ためらいなく糸を追いかけていく。
しばらく追うと、糸は別の紫色の繭玉へとまとめられていく。
次の繭玉は、今まで見たものとは、全く違って見える。
「ありゃあ、こりゃ、綺麗なもんだ」
「はい。こんなにも美しいものは珍しいですね」
ふたりが見ている繭玉は、同じく紫色ではある。
けれど、それは優しい色合いで、内側からキラキラと光が漏れ出ている。
繭自体も、見るからにふわふわとしていて、甘いような香りまでする。
「いつも、こんなんなら、いいんだがよぅ」
「そう、ですね。ただ、断ち切ることを思うと……」
「確かになぁ。まぁ、見てみるしかあるめぇ。
うまくすると、断ち切らずに済むってぇことだって、あらァ!」
巳之吉の差し出した手のひらに、桔梗は今度もそっと手を重ねる。
ふたりは、静々と繭玉の中へと進んでいった。
***
一匹の子猫が鳴いている。
辺りに親猫らしき姿は無い。
守る者のない小さな命は、尽きようとしていた。
鳴けば鳴くほどに力は奪われて、死へと近づく。
されど、子猫は鳴くのをやめようとはしない。
それは、ただの習性か。
それとも、一縷の望みに繋がる希望の声か。
子猫にも、分かりはしない。
四つの脚は、立とうとしても震えるばかりで役には立たない。
喉は、痛むのか渇いているのか、判然としない。
それでも、鳴き続ける。
それだけが、今の子猫に出来ることだった。
「あれぇ。あんた、こんなとこじゃ死んじまうよ」
そんな声と共に、己の体がふわりと浮くのを子猫は感じる。
温かく大きなものに包まれて、生まれて初めての安らぎを覚える。
「アタシとおいで。贅沢は出来ないけどね、なんとかやっていけるからさ」
優しく響く声と甘くていい匂い。
頭を撫でられると、心地よさでまぶたが落っこちそうになる。
ミィ、ミィ。
子猫は、必死で返事をする。
「ふふ。返事をしてるのかい? あんた、言葉が分かるみたいだねぇ」
嬉しそうな声に、子猫は応えたくて鳴く。
ミィ、ミィ、ミィ。
「よぅし。あんたは、今日からチビだよ。アタシのチビだ。
ずっと、ずうっと、アタシと一緒にいとくれな」
子猫は、閉じそうになるまぶたを、こじ開ける。
ミィ、ミィ、ミィ、ミィ。
それから、何度も何度も鳴き返す。
差し出された指からは、甘い匂いがした。
思わずペロリと舐める。
トロリとしたものが、喉を通り抜ける。
腹の奥底が、あったかくなるのを感じる。
力が湧いてくるのが分かる。
(この人とずっと一緒にいる……。何があっても)
重湯を舐め終えると、子猫はまぶたを閉じる。
スピーッ、スピピピーッ。
うるさいくらいの寝息に、おつやは笑う。
ひとりぼっちのおつやが、見つけたきょうだい。
まだ小さな体を指で撫でてやる。
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