14 / 21
(14)光る文箱
しおりを挟む
そこからは、本当に忙しい日々が続いた。
なにせ初の庶民議員である。
陳情はあとをたたない。
改正したい法律は山ほどある。
そのための根回しも必要だ。
選挙法が変わったといっても身分はまだある。
貴族院の連中は、法改正には反対を続けるだろう。
忙しすぎて目が回る。
ショウタは人生で初めて、その言葉の意味を知った。
「そろそろお嬢様に会いにいってもいい頃合いでは?」
「マコト、どうしたんだい? 急に」
「いや、ショウタさ……先生があまりにも疲れて見えて」
「ははは。ショウタでいいよ。……確かに疲れてはいる」
「だったら、少し休まれて……」
「うん。だけど、多くの人の願いを背負ってる身だ」
「まぁ、そうですが。自分のことだって大事にしても」
「自分のことを後回しにする人間じゃなくちゃ」
「なんです?」
「議員は務まらんさ。皆はオレの一挙一動を見ているんだ」
「けど、もう数年ですよ? 手紙も返していないのでしょう?」
「ああ。だが、オレはまだ何も成し遂げてはいない」
「議員になったじゃないですか」
「議員になるのは、一歩目だろう?」
「ええ。理想はそうです」
「まだオレはお嬢さんの前に立てる人間にはなっちゃいない」
「そうでしょうかねぇ」
マコトは、働きすぎるショウタを心配してくれている。
お嬢さんとの事情も知っている。
当選後には、連絡をしたらどうかと言ってくれた。
けれど、お嬢さんは政治に関心があるとは思えなかった。
だから、ショウタは心を決めた。
何かを変えられたら、胸を張って会いに行こうと。
「ショウタさん、陳情のかたがお見えです」
「すぐに行く」
「ご無沙汰しております」
「あなたは……」
「ええ。ご立派になられましたね」
「本当にご無沙汰です。いつ、こちらに?」
「昨日です」
「まさか、お嬢さんに何かあったのですか?」
「いえ、そういうわけでは。ただ……」
「なんです?」
「お嬢様は、あなたからの手紙が届かないことを残念に思っておいでです」
「ええ。ですが、このありさまでして」
「はい。それは理解しております。けれど……」
「ああ、そうですね。できる限り早く、手紙は届けます」
「そう、そうですか! よろしくお願い致します」
陳情という名目でショウタの前に現れたのは、お嬢さん付きの女性だった。
ともに別荘に行っているはずの彼女がわざわざ?
少し違和感を覚えなくもなかった。
しかし、今のショウタには深く考える時間はなかった。
手紙も安請け合いしてしまっていた。
すべての陳情を取り上げる癖がついていたからだ。
ほかの陳情と同じように、『未決』の箱にお嬢さんの件は入れられた。
そこからさらに、数年が経った。
ショウタは、再び選挙を勝ち抜き、議員を続けていた。
お嬢さんのこともお付きの女性のことも、もう思い出さない。
唯一、近くで心配してくれていたマコトも二度目の選挙で議員になった。
今は、互いに忙しすぎて仕事でしか会うことはない。
それなのに、不思議は、突然、起こった。
たまにしか帰らない自宅に戻った日のことである。
少し横になろうかと寝室に向かったショウタ。
ベッド横のチェストの上には、いつも文箱が置いてあった。
お嬢さんとやり取りをしていたあの文箱である。
今や、あの頃を思い出すものは、これだけだった。
その文箱が、光を放っていた。
紫色の不思議な光が文箱を包み込んでいる。
ショウタは、恐る恐る文箱に近づいた。
なにせ初の庶民議員である。
陳情はあとをたたない。
改正したい法律は山ほどある。
そのための根回しも必要だ。
選挙法が変わったといっても身分はまだある。
貴族院の連中は、法改正には反対を続けるだろう。
忙しすぎて目が回る。
ショウタは人生で初めて、その言葉の意味を知った。
「そろそろお嬢様に会いにいってもいい頃合いでは?」
「マコト、どうしたんだい? 急に」
「いや、ショウタさ……先生があまりにも疲れて見えて」
「ははは。ショウタでいいよ。……確かに疲れてはいる」
「だったら、少し休まれて……」
「うん。だけど、多くの人の願いを背負ってる身だ」
「まぁ、そうですが。自分のことだって大事にしても」
「自分のことを後回しにする人間じゃなくちゃ」
「なんです?」
「議員は務まらんさ。皆はオレの一挙一動を見ているんだ」
「けど、もう数年ですよ? 手紙も返していないのでしょう?」
「ああ。だが、オレはまだ何も成し遂げてはいない」
「議員になったじゃないですか」
「議員になるのは、一歩目だろう?」
「ええ。理想はそうです」
「まだオレはお嬢さんの前に立てる人間にはなっちゃいない」
「そうでしょうかねぇ」
マコトは、働きすぎるショウタを心配してくれている。
お嬢さんとの事情も知っている。
当選後には、連絡をしたらどうかと言ってくれた。
けれど、お嬢さんは政治に関心があるとは思えなかった。
だから、ショウタは心を決めた。
何かを変えられたら、胸を張って会いに行こうと。
「ショウタさん、陳情のかたがお見えです」
「すぐに行く」
「ご無沙汰しております」
「あなたは……」
「ええ。ご立派になられましたね」
「本当にご無沙汰です。いつ、こちらに?」
「昨日です」
「まさか、お嬢さんに何かあったのですか?」
「いえ、そういうわけでは。ただ……」
「なんです?」
「お嬢様は、あなたからの手紙が届かないことを残念に思っておいでです」
「ええ。ですが、このありさまでして」
「はい。それは理解しております。けれど……」
「ああ、そうですね。できる限り早く、手紙は届けます」
「そう、そうですか! よろしくお願い致します」
陳情という名目でショウタの前に現れたのは、お嬢さん付きの女性だった。
ともに別荘に行っているはずの彼女がわざわざ?
少し違和感を覚えなくもなかった。
しかし、今のショウタには深く考える時間はなかった。
手紙も安請け合いしてしまっていた。
すべての陳情を取り上げる癖がついていたからだ。
ほかの陳情と同じように、『未決』の箱にお嬢さんの件は入れられた。
そこからさらに、数年が経った。
ショウタは、再び選挙を勝ち抜き、議員を続けていた。
お嬢さんのこともお付きの女性のことも、もう思い出さない。
唯一、近くで心配してくれていたマコトも二度目の選挙で議員になった。
今は、互いに忙しすぎて仕事でしか会うことはない。
それなのに、不思議は、突然、起こった。
たまにしか帰らない自宅に戻った日のことである。
少し横になろうかと寝室に向かったショウタ。
ベッド横のチェストの上には、いつも文箱が置いてあった。
お嬢さんとやり取りをしていたあの文箱である。
今や、あの頃を思い出すものは、これだけだった。
その文箱が、光を放っていた。
紫色の不思議な光が文箱を包み込んでいる。
ショウタは、恐る恐る文箱に近づいた。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる