王宮家庭教師は、ドールハウスに溺れる

クリヤ

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第4話 庭園と王子の夢

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 何度も寝返りを打っては、テオは眠れぬ一夜を過ごした。
 せっかくのフカフカのベッドも、今のテオには意味がない。
 明け方頃になると、眠るのを諦めて、本を読もうとソファに向かう。
 いつもなら、気づけば本の中に入り込んでしまうテオ。
 けれど、全く文字が頭に入ってはこない。

 (王子様……、おたわむれでないなら、なんだっていうんだろう?)
 (綺麗な肌だったなぁ……。全身、あんなに綺麗なんだろうか?)
 (……それから、あのいい匂い! クラクラするほどだった……)

 手に持った本のページはめくられず、自然と王子のことばかりを考えている。

 透ける生地の寝巻き姿の王子は、何とも言えない色香を漂わせていた。
 キュッとくびれた腰のライン。
 布の上からでも分かる桃色の胸の突起。
 筋肉質だが、均整の取れた細身の体つき。
 キリッとしまったお尻の形。

 じっくりと見たつもりはないのに、細かなところまで記憶している。

 (このソファに王子様が、座っていて……)

 自分が腰掛けているソファからも、王子の香りが立ちのぼっている気がする。
 それを感じると、ソファに腰掛けていても、なんだかソワソワしてしまう。
 今も、すぐそばに王子がいるのではとさえ、思ってしまう。

 (ダメだ、ダメだ! 一体、私はどうしたっていうんだ!)

 王子の幻影から逃げるように、テオはベッドに飛び込む。
 枕を抱きしめて、うなりながら、ゴロゴロとベッドの上を転がる。
 起きなければならない時間が、すぐそこまできていた。

 (どうしよう……。どんな顔で王子様にお会いすれば……)

 答えが出ないまま、時間だけが過ぎていく。


 *****

 テオの心配をよそに、次の日の王子はいつもと変わらぬ様子だった。

 「おはよう、先生。今日のご機嫌は、いかがかな?」
 「え、えぇ。はい。いつもと変わりありません……」
 「そう。それは、良い。レイ、先生に朝食の用意を」
 「はい。王子。ただちに」

 よほどのことがない限り、王子はテオと食事を共にする。
 『教師』という肩書きがあるとはいえ、テオは雇われている身。
 本来であれば、王子と同じ食事などあり得ない。
 けれど、王子の強い希望で、ふたりは同じ食卓についていた。
 『食事中だって、学べることはあるだろう?』
 そう言われて、テオに断ることなど出来なかった。
 いや、テオ本人が食事中でも王子と語らうことを望んでいた。

 「おや? 今日は、あまり食が進まないようだね。
  味が気に入らないのかな?」
 「い、いえっ! 少し夜更かしをしてしまいまして……」
 「そう。それなら、いいのだが。
  気に入らないなら、いつでも言ってくれ。
  先生の好みに合わせるからね」
 「と、とんでもない! ご一緒出来るだけでも光栄ですのに!」
 「ははは。先生は、いつまで経っても謙虚なかただ」

 ふんわりとした柔らかい笑みを浮かべて、フォークを口に運ぶ王子。
 その桃色の唇とチラリと見えた紅色の舌。
 テオの喉が、ゴクリと音を立てる。

 (あぁ、あの唇が、舌が。私の中に……?)
 (あれは、本当にあったことなんだろうか?)

 あまりに普段通りの王子の態度に、テオの記憶の確かさが揺らぐ。
 王子が問いかける魔道学の質問に答えながらも。
 唇に向かってしまう視線を、テオは必死で隠していた。


 *****

 (きっと、何かの間違いだったんだろうな)

 テオは、すっかりと気持ちを入れ替えていた。
 今日の昼の王子との授業は、これまでになく白熱した。
 王子は、本当に聡明で視野が広い。
 テオは自分が教える側だということも忘れて、議論に夢中になった。
 王子の的確な指摘は、テオの修士論文にも活かせそうだった。

 (今日は、本当に充実していた……。こんな日が続きますように)

 昨夜の寝不足のせいもあり、テオに、いつもよりも早く睡魔が訪れる。
 読みかけの本がベッドの脇に落ちる、ドサッという音にも気づかない。
 満足げな表情で、テオはベッドに沈み込んでいた。

 だから、もちろん、深夜のノックの音にも目を覚まさない。
 ノックが止んで、カチャリとテオの部屋の扉の鍵が開く音にも。

 
 ***

 テオは、夢を見ていた。
 夢の中では、テオは7才ほどの子どもだった。
 夏休みの間だけ訪れていた祖父母の家。
 そこから歩いてすぐの場所に、大きな庭園があった。
 長い長い塀で閉ざされた庭園は、本来、入ることは出来ない。
 けれど、テオだけが知っている塀の隙間があった。
 昼の間、テオはその隙間から庭園に入り込んで本を読んでいた。
 家にいると、近所の年上の少年たちに遊びに誘われる。
 テオには、それが苦痛だった。
 少年たちの遊びは、虫取りや魚釣り、ボール遊び。
 テオは、どれも上手く出来なくて、楽しさが分からなかったから。

 ある日、庭園でひとりの子に出会う。
 その日は、薔薇園の中にある白いベンチで本を読んでいた。

 「キミ、だれ? どうして、ここにいるの?」
 「ぼくは、テオだよ。ひみつの抜け道があるんだ」
 「ひみつの?」
 「そうだよ。キミは、どこから来たの?」
 「なつのおうちから。かあさまと来たの。それ、ご本?」
 「うん。読みたい?」
 「まだ字が読めないんだ……」
 「それじゃあ、ぼくが読んであげる」

 その小さな子は、目を輝かせてテオの読む本に聞き入った。
 テオは、自分が大人になったような気がして嬉しかった。
 それから夏の間、ふたりは毎日会って、一緒に本を読んだ。
 その子は、毎日、甘いお菓子を持って現れた。
 ふたりで、ふふふと笑いながら食べるお菓子は美味しかった。
 テオが甘いもの好きになったのは、たぶんあのお菓子のせいだ。

 「まどうしさまは、カッコいいねぇ!」

 その子は、本に出てくる魔導士に憧れていた。

 「ぼくだって、大きくなったら魔導士になるんだよ。
  魔法をたくさん覚えて、敵を倒すんだ!」

 その子に、カッコいいと思われたくて、そんなことを言ってしまう。

 「ホント? テオ、すごいね! カッコいい!」

 色白の頬を桃色に染めて、その子は言う。
 その尊敬するようなまなざしが、テオには心地良かった。

 (そうだ……。あれから、僕の夢は魔導士になったんだ……)

 不意に、夢の場面が転換する。
 今度は、昨夜の寝巻き姿の王子が現れる。
 夢の中の王子は、やはりテオの唇を探り始める。
 とろけるような王子の舌の感触は、滑らかなクリームを食べているようだ。

 「……んっ、気持ちいい……。ダメです、王子様……」
 「なぜ? 気持ちいいのに?」
 「……だから、ダメなのです……」
 「こっちは、どうかな?」

 テオの胸に、ムズムズとした感覚が走る。

 「何? ……これ?」
 「気持ちいい?」
 「分かりません……。だけど、いけないことです……」
 「どうして?」
 「……どう、して? それは……、ダメだから……」

 薔薇の香りに包まれて、桃色のモヤの中で王子と触れ合う夢。

 翌朝、目を覚ましたテオは、罪悪感でいっぱいになった。

 (私は……、あのかたを邪な目で見ている……のか?)

 頭を抱えるテオ。
 自分の胸の突起がいつもよりふっくらしていることには、気づかないまま。
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