王宮家庭教師は、ドールハウスに溺れる

クリヤ

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第3話 深夜の訪問

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 流されるままに始まった家庭教師としての生活。
 しかも、住み込みの。
 次の朝に、フカフカのベッドで目を覚ましたテオ。

 (ここって……? あ、王宮に来たんだっけ)

 自分がどこにいるのか、しばらく分からない。
 起き上がろうとすると、腰に鈍い痛みが走る。

 (イタタタ! フカフカすぎて、腰が驚いたみたいだ)

 立ち上がって伸びをすると、すぐに腰の痛みは消える。
 そして、すぐに昨夜の王子とのやり取りを思い出す。

 (話通りの優秀なかただったな……)
 (それに、あの麗しさ! あんな人が、この世にいるなんて!)

 ズキン!
 テオの胸の奥が、わずかに痛む。

 (なんだろう? 昨日から何度も。やはり緊張してるのか……?)


 *****

 昨夜の突然の王子の訪問。
 テオがお茶を淹れて部屋に戻ると、王子がソファで目をつむっている。

 「王子……様?」

 テーブルの上にカップを置いて、王子が座るソファへ近づく。
 閉じられたまぶたのせいで、あの印象的な瞳は見えない。
 逆に、先程は気づかなかった亜麻色のまつ毛が王子の顔に影を落とす。
 それは、丁寧に作り込まれたビスクドールのように繊細で美しい。

 (うわぁ、すごく綺麗だ……。高価な人形みたい……)
 (いや、それより、もっともっと……)

 その時、片側の耳に掛けられていた王子の髪の束が、ハラリとほどける。
 頬にかかった髪で王子の顔が隠れてしまう。
 思わず、手を伸ばしたテオは、つい髪の毛を触ってしまった。
 ツルツルとした手触りと花のような香り。

 ズクン……。
 腹の奥底に感じたことのない熱を覚える。

 (なんだ……? この感じ……)

 パシッ!
 髪を触るテオの手首が、掴まえられる。
 手首を掴んだのは、王子の左手だった。

 「あっ! す、すみません、王子様。髪がお顔に……」
 「そうか。キスでもしてくれるのかと思ったのに」
 「そ、そんな! キスだなんて、とんでもない!」
 「ははは。先生になら、されても良かったんだが」
 「か、からかわないでくださいよ」

 王子に掴まれた手首が、やけに熱い。

 「あ、あの。て、手を離していただけませんか」
 「おっと、これは失敬。しかし、細い手首だ」
 「あぁ、お恥ずかしい。本ばかり読んでいるもので」
 「本当に勉強がお好きなようだ」
 「いえ、ほかに取り柄がなくて……。
  せ、せっかくですから、少し魔道学についての議論でもいかがです?」
 「それはいい。ぜひ、先生のお話をうかがいたい」
 「は、はい! では、お茶でもいただきながら……」

 慌ててカップと菓子を用意するテオ。
 その耳には聞こえないように、王子は、ひとり呟く。

 「あぁ、早く。その華奢な手首を捕まえて、私のものにしたいものだ」

 いつまでもジリジリと熱い手首に気を取られているテオには、聞こえない。

 「はい? 何か仰いましたか?」
 「いや? さて、どの議論から始めようか?」

 テオと王子の議論は、白熱を極めた。
 議論の最中から、テオは感動していた。
 王子の見識の深さに。

 地方から王都の大学に夢を抱いてやって来たテオ。
 幼い頃から本ばかり読んで、誰とも話が合わない変わった子。
 そういうレッテルを貼られて、育ってきた。
 王都の大学に行けば、きっと自分と話が合う友が見つかるはず。
 そう思ったのだが、現実は甘くはない。

 王都の大学に進学できるのは、貴族の子息がほとんど。
 勉強などは二の次で、モラトリアムを謳歌しようとする者ばかり。
 テオのように勉強に真剣な者は、おかしな目で見られた。
 やはりここでも、テオは浮いた存在だった。

 (あぁ、王子様と友だったなら! きっと大学も楽しかったに違いない)

 話の通じる同世代の人間に初めて会えたテオは、喜びで興奮していた。
 顔は紅潮し、瞳は潤んで、肌はツヤツヤと煌めく。
 そんなテオのことを王子が、愛しげに見つめていることを。
 もちろん、テオはまだ知らずにいた。


 *****

 「学びたいのは、昼だけではないんだ」

 そう言って、深夜にテオの部屋を訪ねてきた王子。
 なんの疑問も持たずに、テオが受け入れてしまったのは当然だった。
 これまで何度も夜の訪問はあったし、そのたびに有意義な議論ができた。
 テオは、王子の突然の訪問を楽しみにさえ、していたのだから。

 「えぇ! どうぞ、王子様」
 「先生……。私が知りたいことを教えてくれるかい?」
 「もちろんです! 私にお教えできることなら、なんでも」
 「なんでも? 本当に?」
 「私が王子様より知っていることがあるといいのですが」
 「ふふふ。あるよ。先生しか知らないことがね」

 ソファに腰掛けるテオの前に王子が立つ。
 王子の麗しい顔が、テオにどんどんと近づいてくる。
 どれだけ近くで見ても陶器のように滑らかな王子の肌に、テオは見惚れる。
 サラサラと王子の髪がテオの頬にかかる。
 わずかに開かれた王子の桃色の唇から、薔薇の香りが漂う。

 (いい匂い……。髪も心地いい……)

 王子に心奪われていたテオは、自分の唇に初めての感触を覚える。

 (え? これって? 何が起きて……?)

 フワリと当然のように、テオの唇が割られる。
 心地のいい滑らかなものが、テオの口内を探り出す。
 同時に、薔薇の香りが強くなっていく。
 つい、自分の舌を動かしそうになって、我に返る。
 自分にのしかかる王子を手のひらで押して、引き離す。

 「……んっ! 王子……様。……いけません」
 「なぜ? なんでも教えてくれると言っただろう?」
 「そうですが、こういうことではなく……んんっ」

 ニヤリと笑うと王子は、テオの唇を再びふさぐ。
 あまりの心地良さに、テオは流されそうになる自分に気づく。

 (マズい……。このままだと……)

 すかさずテオは、感覚遮断魔法を心の中で唱える。
 この魔法を使えば、どんな感覚もなくなる。
 反応がなくなったことに気づいた王子が、唇を離す。

 「ひどいなぁ、先生。そんなに教えたくないのかな?」
 「い、いえ! 王子様、どうか。おたわむれは、おやめください」
 「たわむれ? 先生は、私がたわむれでこんなことをすると?」
 「あ、あの! しかし、それ以外には考えられず……」
 「本当に? それ以外ない? 私は傷ついたよ、先生?」
 「申し訳ありません! 傷つけるつもりは……」
 「そう。それじゃあ、先生に生徒からの宿題です。
  こんなことをする意味を考えておいてくださいね?
  次の授業までに、ですよ? ふふふ」

 王子は、テオから離れるとヒラヒラと手を振って部屋を出ていった。
 ひとり残されたテオは、口を押さえて、ヘナヘナと床に座り込む。
 感覚遮断魔法を解除する。
 すると、まだ口内には王子の滑らかな舌の感覚と香りが残っている。
 テオの下半身が、急激に熱を持つのが分かる。

 (どういうこと……? 王子様は、何を考えて……?)

 ぐるぐると回るテオの頭では、その答えは出せそうもなかった。
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