王宮家庭教師は、ドールハウスに溺れる

クリヤ

文字の大きさ
6 / 30

第6話 予感

しおりを挟む
 雪山のように盛られた、たっぷりの生クリーム。
 イチゴにブルーベリー、ラズベリーに桃、アプリコット。
 色とりどりの果実が、宝石のように散らばる。
 粉糖で化粧されたパンケーキは、見るからにふわふわしている。
 ハチミツ、メープルシロップ、バターにチョコレートソースまで。
 ガラスの器に用意されているそれらは、朝日にキラキラと輝く。

 「さぁ、先生。好きなだけ、食べてくれ」
 「王子様……。この夢のようなものは……?」
 「ははは。夢なんかじゃないさ。私が焼いたパンケーキだよ」
 「え? 王子様が、手ずからですか?」
 「そう。こう見えて、料理は得意なんだ」

 王子との夜の授業は、テオに興奮と背徳感をもたらした。
 そして、少しの心の引っかかりも。
 意識しているつもりは無いのに、気づけば王子のことばかり考えている。

 『何度でも触れて欲しい』という本心。
 『王子様とそんなことをしてはいけない』と考える道徳心。
 『自分のことを好きでもない人との触れ合い』に不満な嫉妬心。

 テオの中に、今まで知らずにいた心の動きが生じる。
 だから、王子様が深夜に訪れた日の翌朝は、大抵が憂うつだった。
 自分が家庭教師として、正しく装えているか不安でもあった。
 それを知ってか知らずか、王子様はテオが喜ぶことをしてくれる。

 「遠慮は要らないよ。足りなければ、もっと焼こう」
 「は、はい。いただきます」
 「……味は、どうかな?」
 「むぐっ、しゅごく、おいひいです」
 「ふふふ。それは、良かった。先生が嬉しそうで何よりだ」

 宝石よりも宝石のような煌めく笑顔で、王子が幸せそうに笑う。
 テオは、腹の奥がぐぅっと熱くなる。

 (なんだ、これ? この笑顔は、マズい。勘違いしそうになる……)

 深夜の訪問も、このパンケーキのように。
 自分のために用意されたものなんじゃないか。
 そんな風に思いたい自分に、テオは気づいてしまう。

 (ダメだ! 王子様には、想い人がいる。それに、私にだって……)

 テオにも約束の相手がいる。
 幼い、あの頃に出会ったあの子だ。
 テオは、魔導士になって、あの子を迎えに行かなくてはいけない。

 (きっと、あの子は待っていてくれるはず……)
 (好きな子がいるのに、王子様にフラつくなんて、私は……)

 今まで考えたこともない浮気心のようなもの。
 それを感じて、テオは初恋のあの子に罪悪感を抱く。

 (いや、これは気の迷いだ。美しすぎる王子様には、誰だって……)
 (でも、本気でダメだと思うなら、深夜の訪問を断ればいい)
 (教師だって、そこまでする義務なんてないだろう……?)
 (義務? 義務なんて、私は思っていたか?)
 (ただ気持ちいいと、抱かれたいと思っていなかったか……?)

 自分を正当化しようとするが、うまくいかない。
 むしろ、自分の内心を探れば探るほどに。
 王子に強く惹かれているという本心を探り当ててしまう。

 (私は、王子様を……。好き、になっている……?)

 「先生? どうかしたかい? 甘すぎたかな?」
 「えぇ、王子様は甘すぎて、とても困るのです」
 「ん? どういう意味だい?」

 口の中で、ふわふわ甘くとろけるパンケーキを食べながら。
 王子のことを考えていたせいで、おかしなことを口走ってしまう。
 それに、ハッと気づいて、テオはすぐに必死に隠そうとする。

 「い、いえ! とても美味しいです。甘いものは、大好きなので」
 「そうか。先生が喜ぶと私も嬉しくなるよ」
 「は、はい。それは、光栄です」
 「腕は、もう痛くないかな?」
 「腕……ですか?」

 自分の腕を見て首をかしげるテオに、王子がその耳元でささやく。

 「昨夜は、ひどく噛んでいたからね」
 「……⁉︎」

 王子の回復魔法のおかげで、すっかり消えていた腕の噛み跡。
 テオは、噛んだことすら忘れてしまっていた。
 王子の言葉で、急に昨夜の出来事をありありと思い出してしまう。
 桃色の唇、吸われる肌、転がされる胸の突起。
 止めることのできない腰のうねり。

 「そ、それは! もう大丈夫です……」
 「そう。それなら、良かった」

 ふふ、と優雅に笑う王子とは対照的に。
 テオの全身は真っ赤に色づいて、ぶわりと噴き出した汗を止められなかった。


 *****

 トントントンッ! トントンッ!
 その弾むようなノックの音に、テオは慌てて立ち上がる。

 「は、はい! ど、どうぞ」
 「こんばんは、先生。今夜も教えてもらいにきたよ」
 「は、はい」

 もう数時間も前から、テオはソワソワと部屋の中をうろついていた。
 夕食が済むと、自室に戻って勉強に勤しむ。
 それが、テオの望んだ日常だったはずなのに。

 今のテオは、時間をかけて風呂に浸かり、隅々まで洗い込む。
 肌も髪も、今まで気にしていなかったことが気になる。
 王子ほどとはいかなくても、綺麗な自分を見せたい。
 爪を磨いて、指先にまで香油を塗り込む。

 深夜の訪問には、約束の時間はない。
 王子が来ない日もある。
 来なかった日のテオは、ひどく気分が落ち込む。
 けれど、やはり次の夜には、準備をして待ってしまう。

 今夜の王子は、魅惑的な笑みを浮かべるとソファに腰掛ける。
 それから、両腕を広げてテオを呼ぶ。

 「先生、ここに来てくれないか?」
 「は、はい……」

 おずおずとテオが、王子のもとに近づく。
 腕を掴まれてクルリと回されると、王子の胸の中にすっぽりとおさまる。
 テオは、王子に後ろから抱きしめられるような形になる。

 「……今夜もいい香りがするね。肌もすべすべしている」
 「王子様が、ご不快にならぬようにと……」
 「ふふっ。私のために? とても嬉しいなぁ」

 王子に褒められると、テオの心は満ち足りる。
 キュッと抱きしめると、王子はテオの首に唇を落とす。
 ゾクゾクとした快感に、テオの頭は支配されていく。

 「……んっ」
 「先生? 気持ち良かったら、声を出してもいいのだよ?」
 「い、いえ……」
 「なぜ? 先生のかわいい声を聞いてみたいのに」
 「……それは、お許しを」

 声を出してしまったら、もう戻れない気がしていた。
 初恋の人との約束も、魔導士試験も、大学院での研究も。
 すべてを投げ出して、王子のもとに。
 王子のことだけを考えて、生きていきたくなってしまう。
 そんな予感がしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ
BL
親を亡くしたアルビノの小さなトラは、異世界へ渡った────…… 気がつくと知らない場所にいた真っ白な子トラのタビトは、子ライオンのレグルスと出会い、彼が「獣人」であることを知る。 獣人はケモノとヒト両方の姿を持っていて、でも獣人は恐ろしい人間とは違うらしい。 故郷に帰りたいけれど、方法が分からず途方に暮れるタビトは、レグルスとふれあい、傷ついた心を癒やされながら共に成長していく。 しかし、珍しい見た目のタビトを狙うものが現れて────?

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

禁断の祈祷室

土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。 アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。 それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。 救済のために神は神官を抱くのか。 それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。 神×神官の許された神秘的な夜の話。 ※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

処理中です...