王宮家庭教師は、ドールハウスに溺れる

クリヤ

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第25話 ドールハウスの秘密

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 そのドールハウスが作られた目的は、防衛と教育のためだったという。

 王宮は、王を始めとする王族たちの住居という私的な空間である。
 その一方で、様々な儀式や政務を行なう公的な場所でもあった。
 そのため、多くの他人が絶えず訪れる、特殊な建物といえる。
 王族たちは、どこにでも自由に行き来できるわけではない。
 彼らが訪れるには、事前の準備が必要だった。

 しかし、それでは、王族の身の安全は他人頼みになってしまう。
 王宮の安全を、臣下とはいえ他人に委ねすぎるのは、危険性が高い。
 自分の住居たる場所を正しく把握していない状態。
 それでは、いざという時に逃げることも出来ない。

 そこで、王子の祖先たる王は、密かにドールハウスを作らせた。
 それは、本物の王宮とそっくりそのまま。
 ただ、サイズだけが縮小されたものだった。
 危険にさらされた時、逃げるための隠し通路。
 王族たちの私有財産の保管室。
 秘密の武器庫。
 公には出来ない場所も、ドールハウスを使えば伝えられた。

 改装などで王宮に手が加えられれば、ドールハウスにも同じく手を加える。
 そうして、現在に至るまで、そのドールハウスは秘密裡に維持されてきた。
 王家直系血族にのみ、その存在は教えられてきたのだった。

 平和な時代には、王族に対する教育目的に使われた。
 ドールハウスを通して俯瞰で王宮を見れば、分かることがある。
 いかに自分たちが、広い空間を専有しているのか。
 いかに、それを支える使用人たちの住居が狭いのか。
 全容を知れば、おのずと背筋が伸びる。
 この王宮に、ひいては、この国に、ふさわしい王族たれ。
 ドールハウスは、この国を作った先祖たちの遺言を伝えるものでもあった。

 「えっと、それじゃあ、僕たちは今、ドールハウスの中にいるの?」

 ドールハウスの秘密を明かされたテオが、驚いて辺りを見回す。
 どう見ても、本物の王宮にしか見えない。
 けれど、その一方で、ようやく腑に落ちたこともある。
 いつも風が吹かない庭。
 変わらない星空と月のかたち。
 王宮の四方を囲む高い壁。

 「なるほど。やっと分かったよ。違和感の正体が」
 「ごめん、テオ。君を閉じ込めるような真似をして……」
 「ううん。……実は、少しだけ怖かったけど。
  状況が分かれば、納得だよ。でも、なんで話してくれなかったの?」
 「本当は、こんな風に使うつもりは無かったんだ。
  体を縮める魔法も、譲られたのは最近のことでね……」

 大きな天蓋つきの寝台で、王子はテオを胸に抱き、事情を話し始めた。
 ふたりの燃えるような交わり。
 その後で訪れた、抗えないほどの心地良い眠り。
 そこから目覚めた王子は、テオに全てを話すことを決めていた。


 *****

 王子が、ドールハウスの秘密を知ったのはテオを呼び寄せる数ヶ月前。
 現国王である父から、成人となった王子に譲られた魔法と共に、だった。

 その魔法は、寸法変更魔法。
 人も物も、好きなサイズに変えられる魔法である。
 この魔法は、ドールハウスの所有者にのみ使える。
 ドールハウス自体は、数年前から王子の部屋の続き部屋に設置されていた。

 「これで、王宮の構造を知り、自分が持っているものを知りなさい」

 そう言われた王子は、ドールハウスを使って、王宮の仕組みを学んだ。

 「成人を機に、王子にドールハウスの所有権を譲ろう。
  ドールハウスの中に入れる魔法も共に。
  そして、初めて話すことだが。
  あのドールハウスには、秘密があるのだよ」

 王子が、成人を迎える日。
 そう言って、父は王子に寸法変更魔法をかけた。
 ドールハウスの中に入れるサイズになった王子と父。
 ふたりは、一日かけて、ドールハウスの中を探索した。
 外から見るだけでは分からない秘密の通路やそれを開けるレバーの位置。
 地下水路へのアクセス方法。
 あまりに多くを学んで、王子はへとへとになってしまった。
 そこで、ハタと気づく。

 「父上、今日のご政務は? 
  こんなに時間を割いていただいて、良かったのですか?」
 「ふふ。このドールハウスのもうひとつの秘密を明かそう」
 「秘密、ですか? 実際に中に入れる魔法があるという以外にも?」
 「そうだ。さて、それでは外に出るとしよう」

 父が魔法を解いて、ふたりは元のサイズに戻る。
 夜中までかかったドールハウス内の探索。
 それなのに、戻った時には、まだ日の光が窓から差し込んでいた。

 「あれ? 確かに、夜中までかかったはずなのに……」

 王子の部屋に入り、時刻を確かめる。
 ドールハウスに入ってから、半刻ほどしか経っていない。

 「これは……、どういうことです?」
 「それが、ドールハウスの秘密だよ。
  ドールハウス内の時間の流れは、現実とは違う。
  あちらでの一日は、現実の半刻くらいなのだよ」
 「ということは……?」
 「そうだ。このドールハウスは、魔導具でもある」
 「もしや、父上やお祖父様が鉄人と呼ばれているのは……?」
 「ふははは。そうだ、それは天賦の才なんかではない。
  ひとえに、努力の賜物なんだよ。
  ほかの人には使えない魔導具を使っているから、ズルいかも知れないがね」
 「そう、だったのですか……」
 「ガッカリしたかい? 父が鉄人ではなくて」
 「いえっ! むしろ、嬉しい驚きです。
  私も努力すれば、父上のようになれるかも知れないのですから」
 「そうか。一国を治めるには、ひとりの人の時間は限られている。
  だからといって、多くを人任せにするだけでは王とは言えない。
  任せはしても、責任は負う。
  これが、国のトップとしての役割だ」
 「はい、存じております」
 「うん。国に起こる全てに目を光らせ、常に改善を心掛ける。
  もちろん、健やかな肉体の維持も不可欠だ。
  とはいえ、心を休める時間だって必要だろう?」
 「はい、そうでなければ倒れてしまいます」
 「うん。その全てに対応する時間を作ることが出来る。
  それが、このドールハウスの秘密なんだよ」

 王の座に就いてからの父は、『鉄人』と呼ばれていた。
 国の政策の全てに目を通し、必要な改善策を講ずる。
 かと言って、執務机にかじりついているわけでもない。
 鍛え上げられた肉体は、今も見る者に憧れと尊敬の念を抱かせる。
 風邪すら王を避けて通ると言われている。
 王子から見ても、まさに『鉄人』の名にふさわしい父であった。
 それを話すと父は笑って言った。

 「ははは。実は、私は体が弱くてね。ドールハウスの中で鍛えたのさ。
  体調が悪い時には、王妃とふたりでここで治るまで過ごしたものだ。
  ヴィルヘルムも、このドールハウスを有効に使いなさい。
  自分のために使ったっていいんだ。
  いずれ、それが国のためになるならね」

 その日から、ドールハウスは魔法と共に完全に王子のものになった。


 *****

 「え? それじゃあ、この使いかたはマズいのでは……?」

 王子の話を聞いていたテオが、少し青ざめた顔で問う。
 国のために使うべきドールハウスを、私的に利用している。
 今の状況は、そうとしか思えない。

 「ふふ。大丈夫だよ、テオ。これは、私の心の安寧のため。
  ひいては、国のためになることなんだからね」
 「はぁ……」

 納得出来ない表情のテオをよそに、王子の話は続いていく。
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