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(4)悪い噂
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若者は、父親の最期の気持ちをありがたく受け止めて、それを実現させることにした。
どうやって、父親が知ったのかは分からないが、隣村の娘と恋仲なのは本当だった。
父親を見捨てるわけにもいかず、娘に縁談がきたことを相談された時も若者にはどうすることもできなかった。
娘は言外に、連れて逃げて欲しがっているのは分かっていた。
その思いに応えられない自分が歯痒くて仕方なかった。
しかし、今ならば思い切って、村を出られる。
父親の言う通り、町に出れば、娘とふたり食っていくくらいはできるだろう。
いや、何としてでも幸せに暮らしてみせる!
決意を固めた若者は、さっそく身の回りのものだけを風呂敷に包み、家をあとにした。
父親の弔いをやらずに、家を出ることにはためらいもあった。
それでもボタンのおかげで父親の気持ちは分かっていたので、後ろ髪を引かれつつも、急ぎ、隣村へと向かうことにした。
気がつけば、いつの間にやら吹雪は止んで、明るい月が一面の雪景色を照らしている。
先ほどまで、命を奪われるかのようで恐ろしかった雪は、今は月光にキラキラと輝いて、若者の前途を祝福しているかのごとき麗しさであった。
「ボタン、ワだば町さ行ぐ。
オメのおかげでとっちゃの気持ぢっこ、分がったがらなぁ。
本当にありがどなぁ。
んだげどなぁ……。ワが町さ行ったのは、誰さも言わねでけせ。
隣村に娘っこが連れ戻されれば、困るはんで」
若者は、ボタンを家の前まで送ってくれて、そう言った。
ボタンは、幼い頃から遊んでくれた若者が出ていってしまうことに寂しさを覚えたが、若者の嬉しそうな表情に何も言えず、ただ何度も頷くことしかできなかった。
若者の父親の弔いは、村人たちの手によって滞りなく行なわれた。
村では、講というかたちで弔いの費用なども事前に集めていたため、若者が居なくても弔いに支障はなかったのである。
若者の父親をそのままにはしておけないので、家に戻ったボタンは親に事情を話した。
ボタンの親は、朝になると村の長のところへ行って、若者の父親が亡くなったことを伝えた。
なぜ、ボタンが若者の父親の最期に立ち会うことになったのか、皆は不審がった。
けれども、親が「若者がひとりで心細かったから、幼なじみのボタンが一緒にいてやった」という説明をして、一応の納得は得られたようだった。
ボタンにとって、この一件は寂しいけれど、よくある出来事のひとつとして忘れていくはずのことだった。
ところが、いつの頃からか、ボタンを見る村人の目に違和感を覚えるようになった。
そして、仲の良かった子らからも、なぜだか距離を置かれるようになっていた。
子らは、ボタンを見かけると、少し気まずそうな顔をして、さささっと通り過ぎてしまう。
ボタンが声をかける暇もない。
自分が皆に嫌われるようなことをしたんだろうか?
誰かに聞いてみたいけれど、とりつく島もない。
だんだんと考えるのも辛くなってきたボタンは、家に閉じこもるようになった。
親は何とかしようと、村人に掛け合った。
しかし、特に何かをされた訳でもないので、対処の仕様がなかった。
どうやって、父親が知ったのかは分からないが、隣村の娘と恋仲なのは本当だった。
父親を見捨てるわけにもいかず、娘に縁談がきたことを相談された時も若者にはどうすることもできなかった。
娘は言外に、連れて逃げて欲しがっているのは分かっていた。
その思いに応えられない自分が歯痒くて仕方なかった。
しかし、今ならば思い切って、村を出られる。
父親の言う通り、町に出れば、娘とふたり食っていくくらいはできるだろう。
いや、何としてでも幸せに暮らしてみせる!
決意を固めた若者は、さっそく身の回りのものだけを風呂敷に包み、家をあとにした。
父親の弔いをやらずに、家を出ることにはためらいもあった。
それでもボタンのおかげで父親の気持ちは分かっていたので、後ろ髪を引かれつつも、急ぎ、隣村へと向かうことにした。
気がつけば、いつの間にやら吹雪は止んで、明るい月が一面の雪景色を照らしている。
先ほどまで、命を奪われるかのようで恐ろしかった雪は、今は月光にキラキラと輝いて、若者の前途を祝福しているかのごとき麗しさであった。
「ボタン、ワだば町さ行ぐ。
オメのおかげでとっちゃの気持ぢっこ、分がったがらなぁ。
本当にありがどなぁ。
んだげどなぁ……。ワが町さ行ったのは、誰さも言わねでけせ。
隣村に娘っこが連れ戻されれば、困るはんで」
若者は、ボタンを家の前まで送ってくれて、そう言った。
ボタンは、幼い頃から遊んでくれた若者が出ていってしまうことに寂しさを覚えたが、若者の嬉しそうな表情に何も言えず、ただ何度も頷くことしかできなかった。
若者の父親の弔いは、村人たちの手によって滞りなく行なわれた。
村では、講というかたちで弔いの費用なども事前に集めていたため、若者が居なくても弔いに支障はなかったのである。
若者の父親をそのままにはしておけないので、家に戻ったボタンは親に事情を話した。
ボタンの親は、朝になると村の長のところへ行って、若者の父親が亡くなったことを伝えた。
なぜ、ボタンが若者の父親の最期に立ち会うことになったのか、皆は不審がった。
けれども、親が「若者がひとりで心細かったから、幼なじみのボタンが一緒にいてやった」という説明をして、一応の納得は得られたようだった。
ボタンにとって、この一件は寂しいけれど、よくある出来事のひとつとして忘れていくはずのことだった。
ところが、いつの頃からか、ボタンを見る村人の目に違和感を覚えるようになった。
そして、仲の良かった子らからも、なぜだか距離を置かれるようになっていた。
子らは、ボタンを見かけると、少し気まずそうな顔をして、さささっと通り過ぎてしまう。
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誰かに聞いてみたいけれど、とりつく島もない。
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しかし、特に何かをされた訳でもないので、対処の仕様がなかった。
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