口入屋ササメと雪おなご

クリヤ

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(6)雪おなごの正体

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 それは、長らくヒソヒソとされていた話の中身だった。
 ボタンが助けた若者の行方とその父親の死が、歪められて伝わっていた。
 いわく、ボタンは冷たい息を吐きかけて人を殺すバケモノだと。
 ボタンの家の近所に住んでいた若者の父親は、ボタンによって殺された。
 若者は、父親が殺されるのを見てしまい、自らも殺されると怯えた。
 しかし、ボタンは若者には手を出さず、こう言ったという。
 「オメは若けぇから殺さねぇでいでやる。
  このごとを誰がに喋れば、どごさ居でも、殺しさ行ぐどぉ」
 だから、若者はその夜のうちに家を出て逃げてしまったのだと。
 村に居ては、いつか誰かに喋ったと思われるのが恐ろしいから。


 「ワだば、そったらごど言ってねぇ!
  兄ちゃのとっちゃは病気で死んだんだぁ……。
  ワは、頼まれでとっちゃの最期の気持ぢっこば、見せだだげだぁ」
 現実に起こったこととは、あまりにかけ離れた話の中身にボタンは、驚きつつも必死に弁解をした。
 「ボタン、ボタン。落ぢ着げ。
  婆は、ボタンが、そったらわらすでねぇごど、分がってるぅ。
  オメの力のごども知ってだんだ。わらしゃどが、こごさ来て喋るはんで。
  誰も困らねぇ力だはんで、そのままで良がべど思ってだぁ」
 ワタ婆は、子らの面倒を見るうちにボタンの不思議な力のことも聞いて知っていたのだった。
 そして、ワタ婆自身も少し先の未来が見えるという力を持っているとボタンに話してくれた。
 それゆえ、オガミ婆サマとも呼ばれ、村人たちの相談にも乗ることができていた。
 「ワだば、不思議な力があっても、上手ぐ村さ居るごどができだ。
  んでも、その力が仇どなって村さ居られねぐなったわらしゃどもいだ。
  悪い噂は千里を走る、とはよぐ言ったもんだ。
  大した楽しみもねぇ村だば、噂話はすぐに広まる。
  ホントのオメの姿どは、関係ねぇのさ。
  だがらな、ボタン。オメは、町さ行って、その力ば活がして生ぎろ」

 そう言って、ワタ婆が紹介してくれたのが、この城下町にある口入屋だったのである。
 口入屋を営むササメもまた、ボタンの近隣の村の出で、村に居づらくなって町へ出て来た者のひとりだった。
 「そうかい、それは辛かったねぇ。
  良かれと思ってしたことが、悪く言われることほど辛いことは無いさね。
  ボタン、もう安心おし。
  このササメがボタンの生きる場所を探してやろうじゃないか」
 ボタンのこれまでのいきさつを聞いたササメは、自らの胸をこぶしでトンっと叩いて、ボタンを励ますように、そう言った。

 「それからね、ボタン。
  あんたのように、力のある人をバケモノだのアヤカシだの言う輩がいるけどね。
  本当は、反対なんだよ。
  すべての人は、元々は力を持っていた。
  それは、未来が見えるものだったり、とてつも無い速さで走れるものだったり。
  食べられるものが分かる力なんかもあるねぇ。
  遠くにいる人に考えが伝えられる力を持った人にも会ったことがあるよ。

  そういう力を皆で合わせて、人は獣とは違った道を歩んできたのさ。
  だけど、町ができて、畑もあって、おまんまが普通に食べられるようになるとね。
  人は、その力を使わなくても済むようになった。
  使わない力ってのはね、段々と消えていっちまうのさ。

  それでも時折りね、力を持って生まれてくる子がいるんだよ。
  実は、そう少ない数じゃない。十人にひとりくらいかねぇ。
  その力を上手く使える子はいいんだよ。
  たとえば、どの野菜をどの魚と合わせて煮れば美味しくなることが力で分かるって人。
  その人は、この城下町で人気の料理屋をやってるよ。
  魚の群れの場所が分かるって力を持った人は、網元として手広く商売をしてる。

  だけどね、生きてくために必要じゃない力ってのは、使いこなすのに工夫がいるのさ。
  だけど、そういう力こそ、人が恐れつつも必要とする力なんだよ。
  あんたが兄ちゃを助けたようにね。
  人ってのは、つい知らないことを怖いと思うもんさ。
  今でもね、強くて有名な相撲取りなんかを『バケモノみたいな強さ』って言うだろ?
  ああ、誰も勝てない将棋指しにも言うねぇ。
  読売なんかにゃ、よく書いてある。
  ああいう類いは皆、力が消えずに生まれてきた人たちなのさ。

  だからね、ボタン。
  自分のことをバケモノだなんて、思っちゃいけないよ。
  力を持った人こそが人本来の姿なんだからね。

  それにさ、人はその人だけの不思議な力を持ってるもんさ。
  あぁ、そう考えたらさ。
  人の力ってのは、今も消えていやしないのかも知れないねぇ。
  気づいてないだけで、案外さ」

 生まれ育った村を望まずに出ざるを得なかったボタンのためだろう。
 ササメは、ボタンの力に関する話をゆっくりと話して聞かせてくれた。
 ボタンにとっては初めて聞くことばかりだったが、自分にもほかの人にも説明することのできない力のことをようやく分かった気がした。
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