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クリヤ

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第2章 訪れた過去

(1)忘れたスパイス

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 月曜の朝から、ショウゴはご機嫌だった。
 みんながダルそうにしている月曜の朝に、ひとり鼻歌が出てしまう。
 語学の小テストも、ナオキのおかげで満点だった。
 自分の世界のすべてが、うまくまわっていく気がした。

 「何? ショウゴ、いいことでもあった?」
 「別にないけど、なんで?」
 「ずっと顔が笑ってる」
 「そう? そんなこと……、あるかも!」
 「なんだよ、教えろよ!」
 「やだよ~!」
 「なんだよ、ケチだな。ところで、次、空き? 学食行かね?」
 「空きだけど、ごめん。約束あるから。またね~」

 ショウゴは、週末のことを思い出して、また顔がニヤけてしまう。
 ナオキとふたりで、買い物に行って、散歩をして、ご飯を食べて。
 勉強を教えてもらって、キスをして。
 お菓子をたくさん用意して、映画を連続で見て、抱きしめられて。
 風呂に入って互いを洗いあって、体中を刺激されて。
 ベッドの上では、とろけあって、抱きあって眠る。
 心も体も満たされすぎる、人生で一番の週末を過ごした。

 「ショウゴ」
 「ナオキ! そっちも授業終わった?」

 同じ授業を取っているふたりだったが、語学だけは教室が違った。
 学籍番号順に振り分けられた教室で受けなければならない。

 「うん。さっきの誰?」
 「さっきの? あぁ、ササキ? 語学が一緒のやつだよ」
 「ふうん」
 「なんで?」
 「あいつと笑ってるショウゴが楽しそうだったから」
 「え? ふふ。ナオキ、まさか、妬いてる?」
 「うん。オレ以外、ショウゴと話せなくなればいいのにって思ってる」
 「ぶはっ! ナオキが、それ言う?」
 「どういう意味?」
 「みんなが話したがってるのは、ナオキでしょ」
 「ほかのやつは、どうでもいいから」
 「ボクもだよ」
 「ホントに? ホントにそう思う?」
 「……? うん。思ってるよ」

 ショウゴは、ナオキの腕を引っ張って、耳元に口を寄せる。

 「それに、早く帰ってナオキと抱きあいたいって思ってる」

 その言葉に、ナオキの顔はパッと明るくなって、ショウゴの背中を抱きしめる。

 「ちょ、ちょっと。人が見てるよ」
 「大丈夫。じゃれてるだけに見える」
 「そう? じゃあ、図書館行こ」
 「うん。急に、やる気じゃん」
 「もちろん! 今夜のために、今は頑張る!」
 「ふふ。ショウゴは、エッチだなぁ」
 「ちょ、それ、ここで言わないでっ!」

 今までの空き時間は、ダラダラと学食で過ごすことが多かった。
 サークルの部室で、楽器をさわることもあった。
 けれど、今日からのショウゴは違う。
 空き時間にレポートや勉強を終わらせて、夜はナオキと過ごす。
 そのために、友だちの誘いはすべて断っていた。

 「ナオキは、ボクに付き合わなくてもいいんだよ?」
 「オレが、ショウゴのそばにいたい」
 「そ、そう? ボクは、嬉しいけど」

 ナオキは、要領がいいのか、レポートもすぐに終わる。
 語学も得意らしく、ほとんど勉強してる姿を見たことがない。
 ショウゴは、高校までとは違う仕組みに慣れようと、必死だった。
 ナオキは、すべてを淡々と、こなしているように見える。
 ショウゴがレポートと奮闘している間、ナオキは隣りの席に座っている。
 本のページをめくる指先さえも、見とれるほどスマートだった。

 「何?」
 「ナオキ、カッコいいなぁって思って」
 「急に、どうしたの?」
 「ずっと思ってたけど、今は、言ってもいいかなって」
 「ははっ。ショウゴ、かわいいこと言いすぎると、マズいよ」
 「何が?」
 「オレが、止められなくなるから。ショウゴ、寝られなくなるかも」

 ぶわっと、ショウゴの全身が熱くなる。
 夜を想像してしまって、教科書の文字が頭に入ってこない。

 (こんなに嬉しくていいのかな? 脳みそ、溶けちゃいそうだ)

 ショウゴは、小さく咳払いをすると教科書に向かう。
 クスッとナオキが、隣りで笑うのが分かる。
 落ち込んで始まった大学生活を、今のショウゴは楽しんでいた。

 (ルームシェア、相手がナオキで良かった……)
 (ずっと、このまま、ナオキと一緒ならいいのに)

 またショウゴの頭の中は、ナオキでいっぱいになる。
 だから、思いもしなかった。
 過去が再び、目の前に現れるなんてことを。


 *****

 ナオキと想いが通じ合ってから半月ほど経った頃。
 季節は、梅雨を迎えていた。
 今日も空は、灰色がかった雲に覆われていて低く見える。
 雨はザッと降ったかと思うと、パタリと止む。
 不安定な空に引きずられるように、みんなの顔も沈みがちだった。

 けれど、ショウゴの顔だけは違っていた。
 春の日差しを浴びて輝く水面のように、キラキラとしている。
 今日も、足元がふわふわしているような気分。
 どんよりとした空もナオキと見れば、明るく見える。

 (梅雨が明けたら、どこかにお出かけするのもいいよなぁ)

 そんなことを考えながら、ショウゴは駅前のスーパーに向かっていた。
 買い忘れたスパイスを買いに行くためだった。
 いつもは、どこにでも一緒のナオキは、部屋で料理を始めている。
 ナオキと付き合ってからは、逆にひとりが平気になっていた。
 ナオキがいてくれる、そんな安心がショウゴを強くしていた。

 スパイスを買って、アパートへ続く、くの字の坂をのぼり出す。
 坂の途中にある狭い公園に、傘をさした人が見える。

 (雨なのに、珍しいな)

 そんなことを思ったけれど、すぐに心はナオキの元へと向かう。

 (今日は、ナオキのご飯。楽しみだなぁ)

 浮かれた足取りのショウゴを止めたのは、忘れもしない声。
 公園で傘をさしてショウゴを待っていたのは、マコトだった。

 「ショウゴ……」
 「えっ……、マコト? どうして?」
 「急に、ごめん。あの時のこと、謝りたくて」
 「……どうして、今になって?」
 「あの時のオレは普通じゃなくて。大学にも落ちてたし」
 「だけど、それでも、ふたりで一緒に来るって言ったのに」
 「うん。だけど、浪人生のオレじゃダメだと思って」
 「だから、なんの説明もなく、アパートの契約キャンセルしたの?」
 「ごめん……。それに、相談した人に言われたんだ」
 「何を?」
 「今のおまえは、ショウゴから離れたほうがいいって」
 「はぁ? どうして? っていうか、誰に相談したの?」
 「それは、分からない」
 「何それ? 意味不明。じゃあ、いいよ。もう大丈夫だから」
 「ショウゴ、待って! オレはっ」
 「何? もういいって言ってるのに」
 「待って。オレ、おまえのこと、ずっと好きだったんだ」
 「……そんなこと言わなくても、もういいって」
 「ホントなんだ、今だって……」
 「意味分かんない! じゃあ、なんで傷つけたの……?」
 「違う! 傷つけないように……」

 突然、現れてショウゴには意味が分からない話をするマコト。
 マコトは、まだ話を続けたがっているようだった。
 それでも、ショウゴには耐えられなかった。

 ルームシェアをしようと思うくらい、仲の良かった友だち。
 その友だちに、突然、連絡がつかなくなったこと。
 アパートのキャンセルを不動産屋から聞かされた時の失望。
 そして、今になっての謝罪と告白。

 (ボクだって、マコトのこと。大好きだった。あのままなら……)
 (ナオキには、出会ってなくて……。付き合うキッカケもなくて?)
 (今頃、付き合ってたのは、マコトかも知れない……?)
 (嫌だ! 違う! ボクは、ナオキといたい!)

 雨に濡れて、部屋に戻ったショウゴをナオキは、驚いて迎える。
 泣いてナオキに抱きついて、そのまま、涙が止まらなくなる。
 そんなショウゴを、ナオキは優しく抱きとめた。
 涙をこぼしながら、ボーッとしているショウゴ。
 ナオキは、テキパキとショウゴの服を脱がせて、風呂にいれてくれる。
 一緒に入って、すべて洗ってくれる。
 髪を乾かされる頃には、ショウゴは、だいぶ落ち着いていた。

 「何があった?」
 「……マコトが、公園で待ってて」
 「うん」
 「アパート、キャンセルしたことを謝られて……」
 「うん……」
 「それで……、ボクのこと、好きだって」
 「それで?」
 「ボクは、走って逃げてきちゃって」
 「なんで泣いたの?」
 「ホントならマコトと一緒に住んで、もしかしたら。
  ナオキには会わなくて、付き合ってもなくて、って考えちゃって」
 「オレに会えないかもって想像して泣いたの?」
 「うん……。バカみたいだよね」
 「全然! むしろ嬉しいし、ショウゴが、かわいくてツラい」
 「ふっ。ナオキは優しいね」
 「オレ、優しくない。たぶん、優しくできない」
 「えっ?」

 ガッとナオキに抱え上げられたショウゴは、ナオキの部屋に連れていかれる。
 ボンッとベッドの上に放り投げられる。
 痛くはないけれど、ショウゴは初めて見るナオキに驚く。

 「ナオキ……?」
 「ごめん、ほかのやつのこと、ショウゴに1ミリも考えさせたくない」
 「あっ、ごめん。そんなつもりじゃ……」
 「ショウゴは悪くない。でも、追い出したい。ショウゴの頭から。
  ほかのやつのこと。それで、オレだけでいっぱいにしたい」
 「うん……」
 「優しくできないかも……」
 「いい。ナオキとひとつになりたい」

 Tシャツを脱ぎ捨てたナオキの上半身が、ショウゴの目に映る。
 細身だが筋肉質の、バランスの取れた体つき。
 軽く開いた唇の内側の赤色が見える。

 (あ、あの赤い色、食べたい……)

 そう思ったショウゴの唇が、ふさがれる。
 いつもより激しくて、早い動きがショウゴを翻弄する。
 口内すべてを探られてしまうと、ショウゴは息も絶え絶えになってしまう。

 「ナ、ナオキ……、怒ってる?」
 「怒ってない。ただ、ショウゴをオレのものにしたいだけ」
 「とっくに、ナオキのだよ」
 「うん。でも、確かめたい」

 そう言うと、ナオキはショウゴのすべてに唇を落とし始める。
 胸の突起は、しゃぶられ転がされる。
 そして、軽く噛まれる。
 ビクッと震えるショウゴを、ナオキは満足そうに見つめる。

 「ごめん、今は、すぐにでもショウゴの中に入りたい」
 「んっ、……いいよ。大丈夫……」
 「痛くはしないから」
 「う、ん」

 ショウゴの後ろの窪みに、ナオキが手をのばす。
 あたたかくヌルヌルしたものが塗られると、ツプリと指が入る。
 日々のナオキとの交わりを覚えた窪みは、すぐに期待に震える。

 「ショウゴ、顔見てしたい」
 「ん、ん。ボクも。キスしたい」

 向かい合って、ナオキがショウゴの中に入っていくのを見る。
 唇を合わせると、ナオキがいつもより激しく動き出す。

 「……んぁっ! ナオキ、ナオキ、……好きっ。ナオキだけ」
 「オレもっ。オレも好きだよ、オレだけを見て」
 「うん、う、ん」

 ショウゴ自身もきゅっと握られて、前後同時の刺激がショウゴを襲う。
 その日は、ナオキが満足するまで、ショウゴは離してもらえなかった。
 声がかれて、腰が砕けても、ナオキとなら構わないとショウゴは思っていた。
 疲れ果てて、眠りに落ちる瞬間。
 ショウゴは、ナオキの優しい声を聞いた。

 「ごめんな、ショウゴ。どうしても、ショウゴが欲しかった」

 (ナオキ……。ボクも、ナオキが欲しいよ……)

 そう思ったショウゴの気持ちは、言葉にはならなかった。
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