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第2章 訪れた過去
(2)マコトの話
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次の日、ショウゴは郵便受けの中に、一通の手紙を見つけた。
切手も消印もない。
ただ、『ショウゴへ』と表書きしてあった。
裏返すと、『マコト』とだけ書いてある。
それを見ると、ショウゴの心臓は、ぎゅっと締めつけられる気がした。
嫌な汗が、首筋や背中を伝う。
目の前が、クラクラと揺れる。
「ショウゴ⁉︎ どうした?」
「ん……。これ……」
「また、こいつか」
「うん。ごめん……」
「ショウゴが謝ることじゃないだろ。とりあえず部屋に行こう」
ナオキに支えられるようにして、アパートの階段を上がる。
マコトの突然の裏切りにあってから、ショウゴには小さな異変が起きていた。
マコトのことを考えたり、似た人を見ると体調がおかしくなる。
急に動悸がしたり、冷や汗をかいたり、めまいがする。
しばらく安静にしていれば、落ち着く。
だから、ナオキにも打ち明けたことはなかった。
「具合、悪い?」
「ううん。すぐに治まる。たぶん、心因性だろうって」
「なんで、今まで言わなかった?」
「……だって、ナオキといたら起きないし。
最近は、マコトのこと、考えたりしなくなってたから」
「それくらい、マコトってやつの存在が大きかった?」
「中高同じで、ずっと一緒だったから……」
「好きだった?」
「……好き? ……分かんない。友だちだって思ってた」
「なのに、そんなショック受けるんだ?」
「ナオキ? 怒ってる?」
「怒ってない。だけど、うらやましいとは思う」
「は? どうして?」
「オレは、そんなふうに、なれてるのかなって。
ショウゴの中に刻まれてるのかなって思ってさ」
「何言ってるの? 当たり前でしょ」
スッとナオキが、ショウゴを抱きしめて肩にあごをのせる。
ショウゴも、ナオキの背中をぎゅっと抱きしめる。
「ショウゴ、キスしてもいい?」
「うん、して欲しい」
キスのために、ナオキが少し離れるとショウゴの目にナオキの唇が映る。
形のいい唇が、ほのかに色づく。
ショウゴは、ナオキの唇が色づくのを見るのが好きだった。
あまり感情を表に出さないナオキは、いつも落ち着いて見える。
けれど、唇の色は、いつも素直に情欲を伝えてくる。
求められていると感じられることが、嬉しかった。
唇を合わせると、いつものようにピリッとした刺激が走る。
ショウゴの唇は、ナオキの舌を迎え入れるために軽く開かれる。
それなのに、ナオキの舌はショウゴの中に入ってくれない。
唇を合わせるだけのキスに、もどかしさが募る。
ナオキの閉じられた唇を割るようにして、ショウゴは侵入する。
迎え入れたナオキの舌は、いつものように優しく絡まる。
優しいキスに、ショウゴの心はホロホロと崩れる気がした。
「ショウゴ、ごめん。ちょっと、イジワルした」
「イジワル?」
「うん。いつもオレから求めてばっかだから、求められたくて」
「え? それで、軽くしてたの?」
「うん。ガマンするのツラかったけど」
「ふふ。嬉しい。ボクは、いつでもナオキとしたいのに」
その言葉に、ナオキは再びショウゴを抱きしめ、キスを交わす。
さっきよりも情熱的で、激しいキス。
ふたりが離れられたのは、だいぶ時間が過ぎてからだった。
「手紙、どうする?」
「ボクは……」
「オレが読んでもいい?」
「うん。お願い」
ほったらかしになっていたマコトの手紙をナオキが開く。
手紙に視線を落としていたナオキの顔が上がる。
「な、なんて書いてあったの?」
「……会いたいって」
「なんでっ?」
「理由は書いてない。今日、帰るからって。
8時までは、駅前のカフェで待ってるって書いてある」
「あと3時間……」
「どうする?」
「あ、うん。どうしよう?」
「オレも行こうか?」
「えっ? ホントに? 一緒に行ってくれる?」
「うん。ショウゴが、そうしたいなら」
「ありがとう。ボク、最後にちゃんとお別れする」
「だけど、お守りはつけさせて」
「お守り?」
ショウゴの鎖骨の下にナオキの唇が近づいて、甘くふれる。
そのあとに、いつもとは違う軽い痛みを感じる。
その痛みは、ナオキの柔らかい舌で舐めとられて消える。
「な、何? ちょっと痛かった」
「ごめん。でも、お守りだから」
「キスマークってやつ? ボク、初めて」
「ふはっ! なんか元気になってんじゃん」
「うん! 嬉しくて。ナオキのものってシルシでしょ?」
「そうハッキリ言われると、ちょい恥ずかしいけど。
まぁ、そうかな。独占欲強くて、ごめんな」
「ううん、ホントに嬉しいんだよ?」
「なら、オレも嬉しい」
ナオキの『お守り』が効いたのか、ショウゴは元気を取り戻していた。
ふたりで、駅前のカフェを目指して歩く。
それでも、ショウゴの足が、ある場所でピタリと止まる。
ショウゴの目は、カフェのガラス越しにマコトを姿を見つけていた。
「ショウゴ? やっぱり、やめとく?」
「……ううん。行くよ。ここで行かないと逆に心に残っちゃう」
「そっか」
セルフ方式のカフェで、コーヒーとココアを頼む。
お盆を持って、マコトの座る席に近づく。
「マコト……」
「ショウゴ、来てくれたんだ」
「うん……」
「あ、えっと……? 友だち?」
「今、一緒に住んでるナオキだよ」
「あっ、そうか。すいません、迷惑かけて」
「いや? オレは助かったので」
「そうですか……」
挨拶を終えて、マコトの向かいにふたりで座る。
ナオキがショウゴの前にココアを、自分の前にコーヒーを置く。
「ショウゴ、やっぱりココアなんだな」
「あ、うん」
「変わってなくて安心した」
「あ、そ、そう?」
あまりに普通に話し出すマコトに、ショウゴは戸惑う。
その戸惑いに気づかないのか、マコトは話を続ける。
「昨日は、ごめんな。急に。だけど、連絡できなかったから」
「うん。変えちゃったから、しょうがないよ」
「突然、あんなこと言っちゃって。驚いただろ?」
「う、うん」
「昨日言った気持ちは、嘘じゃない」
「でも、じゃあ、なんで、裏切ったの?」
「裏切るつもりなんて、なかった。楽しみにしてたんだ」
「じゃ、じゃあ、なんで?」
*****
二浪が決定した春。
普通なら落ち込むはずの時期に、マコトは浮かれていた。
この春から、ショウゴと一緒に暮らすことが決まったからだった。
ふたりでシェアすれば、生活費はぐっと安くなる。
バイトしながらでも、十分にやっていける。
教材は買わなくてもいいし、二浪目は家で勉強すればいい。
何より、ショウゴと離れたくはなかった。
中学からの友だちのショウゴを、マコトはいつの間にか好きになっていた。
(ショウゴの気持ちは分かんないけど、誰よりも仲いいし)
(いつかは、気持ちが通じるかも知れないよな)
そんな淡い期待もあった。
ショウゴとする引っ越し準備は、楽しかった。
春からの暮らしに、胸は弾む。
だから、つい、話してしまった。
見ず知らずの人に。
あれは、マコトが、ひとりで家電を見に行った時だった。
キラキラ輝く新しい家電を見ていると、ショウゴの笑顔が浮かぶ。
家電ばかりを見ていて、近くに人がいることに気づかなかった。
気づいた時には、その人とぶつかってしまっていた。
手に持っていた家電のカタログが、散らばる。
その人は、親切にもカタログを拾ってくれた。
マコトと同じ年くらいに見える人だった。
「大丈夫ですか? はい、これ」
「は、はい。すみません、よそ見してて」
「いえ。あ、引っ越しですか?」
「はいっ! ルームシェアなんですけどね」
「へぇ。いいなぁ。友だちと?」
「はい。実は、好きな子で」
「そう、なんだ? 付き合ってるの?」
「いえ、今はまだ。でも、いずれは、ちゃんと言うつもりで」
「一緒に暮らすなら、告白すればいいのに」
「いやぁ、オレ、大学落ちちゃって。受かってからって思って」
「それは、強気だなぁ」
「強気?」
「だって、オレだったら、無理だって思うから」
「え? なんで?」
「だって、好きな子と一緒なら浮かれるでしょ?
勉強も手につくかどうか。その子も浪人生?」
「いや、相手は受かってて」
「えっ? じゃあ、ますますマズい」
「マズいって?」
「その子は大学で新しい友だちができて、キミは受験勉強。
サークルとか入って楽しそうで、って耐えられる?」
「あいつは、それでも……」
「あ、ごめん。余計なこと言っちゃった。まぁ、頑張って」
口ごもってしまったマコトを残して、その人は去ってしまった。
その人の言葉が、マコトの頭の中をぐるぐるとまわる。
その通りだ、と思った。
マコトも、本当は分かっていた。
合格発表の日から、ずっと感じている不安。
胸の奥底に閉じ込めた、その不安を、その人は指摘しただけだった。
大学という未知の世界で、ショウゴは魅力的な人に出会うかも知れない。
その人を好きになるかも知れない。
(そしたら、オレは? ショウゴを失って、大学も受かるか分からない)
(そのうちに、ショウゴはルームシェアを解消したいと言い出すかも)
(その時、オレには、何が残るんだ?)
(それなら、その時は地元に帰ればいいよな。でも……)
何も手にできず地元に帰る、しょぼくれた自分の背中。
起きてもいないできごとなのに、やけにリアルに想像できてしまう。
(このままのオレが、ショウゴと一緒にいたら、きっと傷つける)
マコトの頭の中は、悪い想像でいっぱいになっていた。
楽しくふたりで暮らしながら、大学に受かって、ショウゴに告白する。
ショウゴは、照れたように笑ってうなずく。
それからは、恋人として一緒に暮らす。
そんな、いいほうの想像もできるはずだった。
けれど、いい想像をしようとしても、それはふわふわと掴みどころがない。
現実味を持ったものとして、イメージできない。
それなのに、悪いほうの想像は、すでに起きているかのようにリアルだった。
「すみません、部屋の契約、キャンセルしたいんですが……」
気づけば、不動産屋に連絡をしていた。
ショウゴには、直接、伝えられなかった。
なんと言えばいいのか、まったく分からなかった。
*****
「そんなことがあったの?」
マコトの話をショウゴは、信じられない思いで聞いていた。
「ごめん。こんなバカみたいな話、するつもりじゃ……」
「どうして? どうして、マコトは、ボクじゃなくて、その人を信じたの?」
「それは……、信じたっていうより、本音をさらけ出されたんだ」
「だけど、ボクは、マコトが一緒だったら、楽しかったと思う……」
「うん、オレも、そう思う。自分たちの今までを信じれば良かった」
「今、会いに来たのはなんで?」
「あわよくば、また、一緒にいられるかも知れないと思った。
あれからまだ3ヶ月だし、もしかしたら部屋が空いてるかもって」
「それは……」
「分かってる。ずうずうしいよな、オレ。
自分から遠ざけたのに、ずっと会いたかったんだ」
「マコト……」
何を言えばいいのか分からずに、下を向いてしまうショウゴ。
その手が、テーブルの下で、ぎゅっとナオキに握られる。
「ダメかな? ショウゴ。もう一度、友だちからやり直せない?」
「あ、えっと」
「悪いけど、それは諦めて」
「は? なんで、関係ない人に、そんなこと言われなきゃいけないの?」
「関係は、ある。オレは、ショウゴと付き合ってるから。
ショウゴを傷つけるやつには、近寄って欲しくない」
「はぁ? 嘘だろ? まだ3ヶ月だぞ。
オレたちの付き合いは、7年以上なんだ。だよな、ショウゴ?」
「年月は関係ない。手を離したのは、おまえだろ?」
「だけどっ!」
「やめて、マコト。ホントだよ。ボク、ナオキと付き合ってる」
「嘘だ。ずっと、オレとだけ一緒だったのに」
「ごめん……」
「なんでだよ、ショウゴ!」
マコトが、ショウゴのTシャツを掴む。
ナオキが、その手を払いのけようとした時には、マコトは手を離していた。
そして、ヘナヘナと椅子に崩れ落ちるように座る。
「マコト⁉︎」
「分かったよ、そういうことか……」
「そういうことって?」
「もういい。ホントに悪い想像ばっか、現実になるんだな」
「何言ってるの?」
「もう会わないよ、ショウゴ。ごめんな、傷つけて」
それ以上は何も答えてくれなくなったマコトを残して、ふたりは店を出る。
「マコト、大丈夫かなぁ?」
「心配? 戻る?」
「……ううん。もう忘れる」
「おっ! 急に、どした?」
「ナオキと一緒だったからかな?
不思議なんだけど、マコトに会っても具合悪くならなかった」
「オレのおかげかは、分かんないけど。
ま、いっか。オレは、ショウゴがいいなら、それでいい」
「ありがと。ナオキがいてくれて、良かった」
(マコトは、なんで急に諦めたのかなぁ?)
ナオキとの関係を信じない様子だったマコト。
Tシャツに掴みかかってから、急におとなしくなってしまった。
その理由が分かるのは、ふたりが部屋に戻ってからだった。
切手も消印もない。
ただ、『ショウゴへ』と表書きしてあった。
裏返すと、『マコト』とだけ書いてある。
それを見ると、ショウゴの心臓は、ぎゅっと締めつけられる気がした。
嫌な汗が、首筋や背中を伝う。
目の前が、クラクラと揺れる。
「ショウゴ⁉︎ どうした?」
「ん……。これ……」
「また、こいつか」
「うん。ごめん……」
「ショウゴが謝ることじゃないだろ。とりあえず部屋に行こう」
ナオキに支えられるようにして、アパートの階段を上がる。
マコトの突然の裏切りにあってから、ショウゴには小さな異変が起きていた。
マコトのことを考えたり、似た人を見ると体調がおかしくなる。
急に動悸がしたり、冷や汗をかいたり、めまいがする。
しばらく安静にしていれば、落ち着く。
だから、ナオキにも打ち明けたことはなかった。
「具合、悪い?」
「ううん。すぐに治まる。たぶん、心因性だろうって」
「なんで、今まで言わなかった?」
「……だって、ナオキといたら起きないし。
最近は、マコトのこと、考えたりしなくなってたから」
「それくらい、マコトってやつの存在が大きかった?」
「中高同じで、ずっと一緒だったから……」
「好きだった?」
「……好き? ……分かんない。友だちだって思ってた」
「なのに、そんなショック受けるんだ?」
「ナオキ? 怒ってる?」
「怒ってない。だけど、うらやましいとは思う」
「は? どうして?」
「オレは、そんなふうに、なれてるのかなって。
ショウゴの中に刻まれてるのかなって思ってさ」
「何言ってるの? 当たり前でしょ」
スッとナオキが、ショウゴを抱きしめて肩にあごをのせる。
ショウゴも、ナオキの背中をぎゅっと抱きしめる。
「ショウゴ、キスしてもいい?」
「うん、して欲しい」
キスのために、ナオキが少し離れるとショウゴの目にナオキの唇が映る。
形のいい唇が、ほのかに色づく。
ショウゴは、ナオキの唇が色づくのを見るのが好きだった。
あまり感情を表に出さないナオキは、いつも落ち着いて見える。
けれど、唇の色は、いつも素直に情欲を伝えてくる。
求められていると感じられることが、嬉しかった。
唇を合わせると、いつものようにピリッとした刺激が走る。
ショウゴの唇は、ナオキの舌を迎え入れるために軽く開かれる。
それなのに、ナオキの舌はショウゴの中に入ってくれない。
唇を合わせるだけのキスに、もどかしさが募る。
ナオキの閉じられた唇を割るようにして、ショウゴは侵入する。
迎え入れたナオキの舌は、いつものように優しく絡まる。
優しいキスに、ショウゴの心はホロホロと崩れる気がした。
「ショウゴ、ごめん。ちょっと、イジワルした」
「イジワル?」
「うん。いつもオレから求めてばっかだから、求められたくて」
「え? それで、軽くしてたの?」
「うん。ガマンするのツラかったけど」
「ふふ。嬉しい。ボクは、いつでもナオキとしたいのに」
その言葉に、ナオキは再びショウゴを抱きしめ、キスを交わす。
さっきよりも情熱的で、激しいキス。
ふたりが離れられたのは、だいぶ時間が過ぎてからだった。
「手紙、どうする?」
「ボクは……」
「オレが読んでもいい?」
「うん。お願い」
ほったらかしになっていたマコトの手紙をナオキが開く。
手紙に視線を落としていたナオキの顔が上がる。
「な、なんて書いてあったの?」
「……会いたいって」
「なんでっ?」
「理由は書いてない。今日、帰るからって。
8時までは、駅前のカフェで待ってるって書いてある」
「あと3時間……」
「どうする?」
「あ、うん。どうしよう?」
「オレも行こうか?」
「えっ? ホントに? 一緒に行ってくれる?」
「うん。ショウゴが、そうしたいなら」
「ありがとう。ボク、最後にちゃんとお別れする」
「だけど、お守りはつけさせて」
「お守り?」
ショウゴの鎖骨の下にナオキの唇が近づいて、甘くふれる。
そのあとに、いつもとは違う軽い痛みを感じる。
その痛みは、ナオキの柔らかい舌で舐めとられて消える。
「な、何? ちょっと痛かった」
「ごめん。でも、お守りだから」
「キスマークってやつ? ボク、初めて」
「ふはっ! なんか元気になってんじゃん」
「うん! 嬉しくて。ナオキのものってシルシでしょ?」
「そうハッキリ言われると、ちょい恥ずかしいけど。
まぁ、そうかな。独占欲強くて、ごめんな」
「ううん、ホントに嬉しいんだよ?」
「なら、オレも嬉しい」
ナオキの『お守り』が効いたのか、ショウゴは元気を取り戻していた。
ふたりで、駅前のカフェを目指して歩く。
それでも、ショウゴの足が、ある場所でピタリと止まる。
ショウゴの目は、カフェのガラス越しにマコトを姿を見つけていた。
「ショウゴ? やっぱり、やめとく?」
「……ううん。行くよ。ここで行かないと逆に心に残っちゃう」
「そっか」
セルフ方式のカフェで、コーヒーとココアを頼む。
お盆を持って、マコトの座る席に近づく。
「マコト……」
「ショウゴ、来てくれたんだ」
「うん……」
「あ、えっと……? 友だち?」
「今、一緒に住んでるナオキだよ」
「あっ、そうか。すいません、迷惑かけて」
「いや? オレは助かったので」
「そうですか……」
挨拶を終えて、マコトの向かいにふたりで座る。
ナオキがショウゴの前にココアを、自分の前にコーヒーを置く。
「ショウゴ、やっぱりココアなんだな」
「あ、うん」
「変わってなくて安心した」
「あ、そ、そう?」
あまりに普通に話し出すマコトに、ショウゴは戸惑う。
その戸惑いに気づかないのか、マコトは話を続ける。
「昨日は、ごめんな。急に。だけど、連絡できなかったから」
「うん。変えちゃったから、しょうがないよ」
「突然、あんなこと言っちゃって。驚いただろ?」
「う、うん」
「昨日言った気持ちは、嘘じゃない」
「でも、じゃあ、なんで、裏切ったの?」
「裏切るつもりなんて、なかった。楽しみにしてたんだ」
「じゃ、じゃあ、なんで?」
*****
二浪が決定した春。
普通なら落ち込むはずの時期に、マコトは浮かれていた。
この春から、ショウゴと一緒に暮らすことが決まったからだった。
ふたりでシェアすれば、生活費はぐっと安くなる。
バイトしながらでも、十分にやっていける。
教材は買わなくてもいいし、二浪目は家で勉強すればいい。
何より、ショウゴと離れたくはなかった。
中学からの友だちのショウゴを、マコトはいつの間にか好きになっていた。
(ショウゴの気持ちは分かんないけど、誰よりも仲いいし)
(いつかは、気持ちが通じるかも知れないよな)
そんな淡い期待もあった。
ショウゴとする引っ越し準備は、楽しかった。
春からの暮らしに、胸は弾む。
だから、つい、話してしまった。
見ず知らずの人に。
あれは、マコトが、ひとりで家電を見に行った時だった。
キラキラ輝く新しい家電を見ていると、ショウゴの笑顔が浮かぶ。
家電ばかりを見ていて、近くに人がいることに気づかなかった。
気づいた時には、その人とぶつかってしまっていた。
手に持っていた家電のカタログが、散らばる。
その人は、親切にもカタログを拾ってくれた。
マコトと同じ年くらいに見える人だった。
「大丈夫ですか? はい、これ」
「は、はい。すみません、よそ見してて」
「いえ。あ、引っ越しですか?」
「はいっ! ルームシェアなんですけどね」
「へぇ。いいなぁ。友だちと?」
「はい。実は、好きな子で」
「そう、なんだ? 付き合ってるの?」
「いえ、今はまだ。でも、いずれは、ちゃんと言うつもりで」
「一緒に暮らすなら、告白すればいいのに」
「いやぁ、オレ、大学落ちちゃって。受かってからって思って」
「それは、強気だなぁ」
「強気?」
「だって、オレだったら、無理だって思うから」
「え? なんで?」
「だって、好きな子と一緒なら浮かれるでしょ?
勉強も手につくかどうか。その子も浪人生?」
「いや、相手は受かってて」
「えっ? じゃあ、ますますマズい」
「マズいって?」
「その子は大学で新しい友だちができて、キミは受験勉強。
サークルとか入って楽しそうで、って耐えられる?」
「あいつは、それでも……」
「あ、ごめん。余計なこと言っちゃった。まぁ、頑張って」
口ごもってしまったマコトを残して、その人は去ってしまった。
その人の言葉が、マコトの頭の中をぐるぐるとまわる。
その通りだ、と思った。
マコトも、本当は分かっていた。
合格発表の日から、ずっと感じている不安。
胸の奥底に閉じ込めた、その不安を、その人は指摘しただけだった。
大学という未知の世界で、ショウゴは魅力的な人に出会うかも知れない。
その人を好きになるかも知れない。
(そしたら、オレは? ショウゴを失って、大学も受かるか分からない)
(そのうちに、ショウゴはルームシェアを解消したいと言い出すかも)
(その時、オレには、何が残るんだ?)
(それなら、その時は地元に帰ればいいよな。でも……)
何も手にできず地元に帰る、しょぼくれた自分の背中。
起きてもいないできごとなのに、やけにリアルに想像できてしまう。
(このままのオレが、ショウゴと一緒にいたら、きっと傷つける)
マコトの頭の中は、悪い想像でいっぱいになっていた。
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ショウゴは、照れたように笑ってうなずく。
それからは、恋人として一緒に暮らす。
そんな、いいほうの想像もできるはずだった。
けれど、いい想像をしようとしても、それはふわふわと掴みどころがない。
現実味を持ったものとして、イメージできない。
それなのに、悪いほうの想像は、すでに起きているかのようにリアルだった。
「すみません、部屋の契約、キャンセルしたいんですが……」
気づけば、不動産屋に連絡をしていた。
ショウゴには、直接、伝えられなかった。
なんと言えばいいのか、まったく分からなかった。
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「そんなことがあったの?」
マコトの話をショウゴは、信じられない思いで聞いていた。
「ごめん。こんなバカみたいな話、するつもりじゃ……」
「どうして? どうして、マコトは、ボクじゃなくて、その人を信じたの?」
「それは……、信じたっていうより、本音をさらけ出されたんだ」
「だけど、ボクは、マコトが一緒だったら、楽しかったと思う……」
「うん、オレも、そう思う。自分たちの今までを信じれば良かった」
「今、会いに来たのはなんで?」
「あわよくば、また、一緒にいられるかも知れないと思った。
あれからまだ3ヶ月だし、もしかしたら部屋が空いてるかもって」
「それは……」
「分かってる。ずうずうしいよな、オレ。
自分から遠ざけたのに、ずっと会いたかったんだ」
「マコト……」
何を言えばいいのか分からずに、下を向いてしまうショウゴ。
その手が、テーブルの下で、ぎゅっとナオキに握られる。
「ダメかな? ショウゴ。もう一度、友だちからやり直せない?」
「あ、えっと」
「悪いけど、それは諦めて」
「は? なんで、関係ない人に、そんなこと言われなきゃいけないの?」
「関係は、ある。オレは、ショウゴと付き合ってるから。
ショウゴを傷つけるやつには、近寄って欲しくない」
「はぁ? 嘘だろ? まだ3ヶ月だぞ。
オレたちの付き合いは、7年以上なんだ。だよな、ショウゴ?」
「年月は関係ない。手を離したのは、おまえだろ?」
「だけどっ!」
「やめて、マコト。ホントだよ。ボク、ナオキと付き合ってる」
「嘘だ。ずっと、オレとだけ一緒だったのに」
「ごめん……」
「なんでだよ、ショウゴ!」
マコトが、ショウゴのTシャツを掴む。
ナオキが、その手を払いのけようとした時には、マコトは手を離していた。
そして、ヘナヘナと椅子に崩れ落ちるように座る。
「マコト⁉︎」
「分かったよ、そういうことか……」
「そういうことって?」
「もういい。ホントに悪い想像ばっか、現実になるんだな」
「何言ってるの?」
「もう会わないよ、ショウゴ。ごめんな、傷つけて」
それ以上は何も答えてくれなくなったマコトを残して、ふたりは店を出る。
「マコト、大丈夫かなぁ?」
「心配? 戻る?」
「……ううん。もう忘れる」
「おっ! 急に、どした?」
「ナオキと一緒だったからかな?
不思議なんだけど、マコトに会っても具合悪くならなかった」
「オレのおかげかは、分かんないけど。
ま、いっか。オレは、ショウゴがいいなら、それでいい」
「ありがと。ナオキがいてくれて、良かった」
(マコトは、なんで急に諦めたのかなぁ?)
ナオキとの関係を信じない様子だったマコト。
Tシャツに掴みかかってから、急におとなしくなってしまった。
その理由が分かるのは、ふたりが部屋に戻ってからだった。
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悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。
え?葛城くんが目の前に!?
どうしよう、人生最大のピンチだ!!
✤✤
「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。
全年齢向けの作品となっています。
一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。
✤✤
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
染まらない花
煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。
その中で、四歳年上のあなたに恋をした。
戸籍上では兄だったとしても、
俺の中では赤の他人で、
好きになった人。
かわいくて、綺麗で、優しくて、
その辺にいる女より魅力的に映る。
どんなにライバルがいても、
あなたが他の色に染まることはない。
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
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