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クリヤ

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第3章 感じる運命

(1)見えた運命の糸

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 朝、目覚めると自分の腕の中で幸せそうに眠るショウゴを見やる。
 ナオキの胸にすがりつくように眠るショウゴ。
 その姿をナオキは、心底、愛おしいと感じる。

 目覚めたばかりだというのに、昨夜のショウゴを想う。
 色素の薄いショウゴの唇は、いつも桃色に艶めいてナオキを誘う。
 ナオキがその唇に近づくだけで、自然に開かれる桃色。
 割って入れば待っている、薄くて柔らかい舌の動き。
 最初は、おずおずと。
 やがては、大胆に。
 ナオキを吸い尽くすように踊るショウゴの舌。

 「……んっ、……ナ、オキ。……んふぅ、んくっ。す、き……」

 抑えきれない喘ぎ声とともに、呼ばれる自分の名前。
 普段とは違う、色気をまとったような声。
 それを耳にするたび、ナオキは自身の高まりを感じる。

 抱きしめるだけで、すぐにぷっくりと膨らむショウゴの胸の突起。
 熟した果実のようなそれは、ナオキの唇を待っている。
 口に含んで転がせば、ナオキの口内は、悦びに満たされる。

 色白なショウゴの肌が、じわじわと薄く色づいてくる。
 腰の動きが、ナオキを誘う。
 ショウゴの後ろの窪みは、いつもナオキに抵抗しない。
 指は、するすると導かれるように入っていく。
 けれど、入った指はきゅっと締めつけられて、離れない。

 指を動かせば、とろけるような甘い声が止まらない。
 その声は、ナオキの情欲に火をつけて、快楽へと呼び込む。
 スルリと窪みで繋がると、二度と出たくない気持ちにさせられる。
 ぶつかる肌さえ、心地いい。
 ナオキの下で揺れる、少しクセのある柔らかなショウゴの髪。

 初めて、ショウゴの髪を見たのも、ちょうど、こんな角度だった。
 ふわりと髪の毛が揺れて、それから、あの笑顔。


 *****

 春は、まだ遠く思える2月初旬。
 ナオキは、試験監督のバイトをしていた。
 たまたま寄った教務課で頼まれ、仕方なく引き受けたバイトだった。

 試験監督のバイトの朝は、想像よりも早い。
 あくびをしながら、校舎に向かう。
 スーツを着るのは、自分の入学式ぶり。
 窮屈さに、ため息が出る。
 寝不足の目にコンタクトが入らず、仕方なく眼鏡をかける。
 スーツに眼鏡を合わせると、一気に年を取った気分になる。

 退屈な上に何度も同じことをくり返される説明の時間をやり過ごす。
 教室への誘導を終えて、問題を配り終えれば、あとは暇になる。
 受験生の緊張感とは裏腹に、ナオキは、ひたすらあくびをこらえていた。

 大学は、入った頃が喜びと楽しさのピーク。
 あとは、ただの日常に変わる。
 目の前で必死に問題に向かう受験生の姿が新鮮でうらやましくもあった。

 (去年のオレもこんなふうに見えたのかな?)

 ナオキは、ぼんやり、そんなことを思う。
 必死さのあまりか、時折り、消しゴムや鉛筆を受験生が落とす。
 それを拾うのが、試験監督の仕事のようなものだった。

 (終わるまで、あと6時間もあんのか……)

 時給も悪くないし、仕事も楽だからと説得されたバイトだった。
 けれど、暇なまま、長時間、拘束されるのは、思ったよりキツい。

 (引き受けたの、失敗だったな)

 1時間目の『英語』の時点で、ナオキは後悔していた。
 またひとり、消しゴムを転がしたやつがいる。
 心の中でため息をつくと、ナオキは、その席に近づく。
 大抵の受験生は、拾われたものを受け取る時、無反応だった。
 ペコリと頭を下げればかわいいほうで、ほとんどは無表情。
 受験中だから必死なのは分かるが、気分が良いものではない。

 消しゴムの行方を気にして、机の下をのぞき込む受験生。
 消しゴムは、まったく違うところに転がっていた。
 それを拾って、受験生の元に近づく。
 机の下をのぞき込んでいるその子の、クセのある髪の毛がふわふわと揺れている。
 ナオキが近づくと、その子は、あわてたように顔を上げた。
 黙って消しゴムを見せる。
 すると、その子はパァッと顔を輝かせて、手のひらを差し出した。
 本来は、黙って机の上に消しゴムを置くべきだった。
 それなのに、その時のナオキは、消しゴムをその子の手のひらに置いてしまった。
 なぜなのかは、分からない。
 ただ導かれるように、そうしてしまっていた。
 ナオキの手が、その子の手のひらにふれる。
 ドキン、とナオキの心臓が跳ねる。

 (えっ? なんだ?)

 戸惑うナオキに、その子は、満面の笑みを浮かべて言った。

 「ありがとうございます」

 そのささやくような声が、ナオキの耳を通過した時。
 全身に快感の震えのようなものが走る。
 顔が熱くなり始めるのを感じる。

 「……いえ、頑張ってください」

 気づいた時には、ナオキは、そんな言葉を発していた。
 特定の受験生にかけていい言葉ではなかった。
 幸い、誰にも咎められることはなかった。

 それからの6時間は、ナオキにとって初めての時間になった。
 その子から目を離すことができない。
 ペンを持つ指先は細く、ツヤツヤとした爪のピンク色が目を引く。
 時折り、まくり上げられる袖。
 むき出しになった腕は、色白で、ホクロがいくつか見える。
 ほとんど色がないように見えた唇は、時折り、急に桃色に色づく。
 奥二重の目は、試験中だというのに、コロコロと表情を変える。
 悩ましげに伏せられたかと思うと、パァッと見開かれる。
 ひとりでうなずく様子もかわいらしい。
 ふわりふわふわ揺れる髪は、生きもののようにも見える。

 (あの髪、さわってみたい……)
 (キスしたら、どんな顔するんだろ?)
 (鎖骨、見えそうで見えない……。見てみたい)

 自然にそんなことを考えている自分に、ナオキは驚く。
 今まで、誰かにそんなことを感じたことはなかった。
 好きだと思った人にさえ、そこまでの感情は湧かなかった。
 
 その子は、いわゆるイケメンではなかった。
 どちらかというと、よくいる普通の子。
 その子の何に、そんなに惹かれるのか説明は難しい。
 あえて言うなら、笑顔。
 それと、耳を震わせた声。
 ありきたりすぎて、あきれるような理由だとナオキは思う。
 だが、あの輝く笑顔と声に落ちてしまったのは本当だった。

 (名前……。あの子の名前、知りたい)

 試験監督をやっている今しか、知る方法はないと思った。
 不審に思われないように、通路を歩きながら、受験票をのぞき込む。
 問題用紙や、筆記用具に隠れて、うまく見えない。
 1時間目の英語が終わるまでに、名前を知ることはできなかった。

 ガッカリしながら、解答用紙を集める。
 ここでも、大抵の受験生は、雑に渡してくるか机の上に置きっぱなし。
 試験監督など、目には映らないかのようだ。
 あの子の席に近づく。

 (あの子は、そうじゃない気がする)

 期待しつつも、失望しないように心を整える。
 席の斜め前に立ったナオキに、その子は丁寧に解答用紙を渡してくれた。
 ペコリと軽く頭を下げて、それから、あのほほ笑みを浮かべて。
 ズクン! 心臓の位置が自分で分かるくらいに、高鳴る。

 (やっぱり、この子は違った!)

 残りの解答用紙は、さっさと集めて、黒板前に持っていく。
 担当者が数を確認している間、再び、あの子の席を見る。
 あの子は、ボトルから飲みものを口にしている。
 あごを上げる様子が、階段教室の黒板側から見える。
 上げられた首が真っ直ぐ、キレイに見える。
 照明が当たって白さが際立つ喉が、クピクピと動く。
 その姿に見とれてしまう。
 腹の奥が、ボウッと熱くなる。

 (あれ? オレ。こんなとこで。やばっ)

 教務課のオッサン職員のベッタリした髪を見て、気を散らす。

 (こんなこと、初めてだ。どうにかして名前を知りたい)

 試験は午前中にもう1科目。午後に選択科目で終わり。

 (マズい。あと少ししか時間がない)

 さっきまで6時間が長すぎると思っていたことなど忘れていた。
 あの子を見つめることと名前を知ることには、時間が足りないと思っていた。

 次の試験時間が始まる。
 問題用紙を配るナオキに、あの子はやっぱりニッコリとほほ笑む。
 それから、頭を軽く下げて、用紙を受け取ってくれる。

 (かわいい。あぁ、オレ、頭がおかしいのかな。好きだ)

 名前も知らない、今日出会ったばかりの子。
 その子を好きだと思っている自分に、ナオキは気づいていた。

 (でも、どうしよう。このままじゃ……)

 あせるナオキに、チャンスはやってきてくれた。
 ナオキが、通路を歩いている時だった。
 もちろん、全神経は、あの子に集中している。
 問題用紙に押されて、あの子の受験票がヒラリと床に落ちる。
 それに気づいたのは、ナオキだけだった。

 (これって、大チャンスなんじゃ?)

 何もないふうを装って、床の受験票に近づく。
 受験票は、裏返っていて郵送のための住所と名前が見える。
 住所は、近県のものだった。
 あの子の名前は……『ショウゴ』。
 名前を知れた喜びに、叫びだしたい気持ちを抑える。
 それから、真顔を作って立ち上がり、受験票をあの子の机の上に置く。
 怪訝そうに顔を上げたショウゴは、すぐに受験票のことに気づく。
 すると、はにかんだような笑顔を浮かべてペコリと頭を下げた。
 ナオキも、不自然にならないように、ほほ笑む。
 心の中では、ショウゴの名を連呼していた。

 (ショウゴ、ショウゴ、ショウゴ!)
 (かわいいし、カッコいい名前! 名前も好きだ)

 ダルいと感じていたことをすっかり忘れて、ナオキは浮かれていた。
 この時はまだ、いずれ自分がルームシェアをするなんて思ってはいなかった。
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