魅了なんて、オレには効かない

クリヤ

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第1章 王都脱出

(4)地下水路からの脱出

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 *****

 「王子。その麗しい唇と離れるのは、名残惜しいのですが。
  そろそろ先を急がねば、なりません」

 話しかたを従者のそれに戻したティム。
 王子の腰に巻きつけるように回していた腕をほどく。

 「あっ、いやっ」
 
 熱いほどの温もりを失って、王子はつい声を出してしまう。
 その声を聞いたティムは、優しくほほ笑む。
 そして、もう一度、王子をぎゅうっと抱きしめる。
 それから、王子の乱れた着衣を整え、チュッと軽い口づけをする。
 王子の耳元に口を寄せて、ささやく。

 「ここからは、王子と従者だ。
  宿屋に着いたら、必ず、満足させるから。
  それまでは、どうか耐えてくれ」

 そのささやきは、むしろ王子の腰を砕けさせる。
 あやうく、王子はストンと地面に落ちそうになる。
 その王子を力強くティムが支える。
 まっすぐに立たされた王子は、キリリとした表情を作って。
 ……それから、もう一度、ティムに口づけをした。

 「ティム、それでは先導を頼む。
  いち早く、ここから抜け出さなくては!」

 うなずいたティムが、王子の前に立って歩き出す。
 足音をなるべく立てないような、慎重な歩きかただ。
 通路の道は、どんどん悪くなっていく。
 石が敷かれていた道は、もはや無く。
 湿った土が露出した悪路が続く。
 と、ようやく次の扉が見えてきた。

 次の扉は、今までのような金属で作られたものではなく。
 木の板で作られた粗末なものだった。

 扉に手をかけたティムが、何かを感じる。
 王子のほうを振り返ると、手のひらを下にして何度も下におろす。

 「?」

 意味が分からずに、突っ立ったままの王子。
 ティムが、近づいてきて小声で言う。

 「王子、この先にゴブリンがいるようです」
 「ゴブリン⁉︎  なぜ、そんなものが王都の中に?」
 「分かりません。推測はできますが」
 「なぜなのだ?」
 「それも、のちほど。
  今は、やつらを倒して前に進む以外の道はありません」
 「うん」
 「体を低くして、隠密の姿勢を取ってください」
 「なぜだ?」
 「やつらは、自らの目線の高さで動くものを襲います」
 「そうなのか」
 「はい。弓の射程まで隠密で近づいて、遠距離から倒します」
 「分かった」

 王子もティムも体を低くしたまま、前へと進む。
 音を立てずに、木の扉を開く。
 3匹の緑色の肌をしたゴブリンが、たき火をしている。
 火を囲んで、歌い踊っているようだ。
 たき火の上には、先ほどの巨大ネズミの丸焼き。

 薪の爆ぜるパチッ、パチッという音。
 丸焼きのネズミからたれた脂が火に落ちるじゅぅという音。
 ゴブリンたちの歌声と地面を踏む足音。
 それらの音に紛れるようにして、少しずつ近づく。

 ティムの弓が、ギリリと引き絞られる。
 ヒュンッ! ドサリ。
 放たれた矢は、1匹のゴブリンの耳の上を貫く。
 たちまち、その場に倒れるゴブリン。
 残った2匹は、慌てた様子でキョロキョロとあたりを見回す。
 そこに、ティムの第二の矢が飛ぶ。
 矢は、もう1匹のゴブリンの喉を貫いて止まる。
 ドサリ。
 2匹目も、その場に倒れる。
 ティムが第三の矢をつがえようとした時。
 3匹目のゴブリンが、王子とティムに気づく。
 盾を構え、メイスらしきものを振り回しながら向かってくる。
 すかさず、弓を剣に持ち替えたティム。
 剣を大きく横に振って、ゴブリンを切り払う。
 ドサッ。ドサリ。
 まっぷたつになったゴブリンの上半身と下半身がバラバラに転がる。

 「ティム、見事だ。いつの間に、そんなに腕を上げたのだ」
 「光栄です、王子。王子をお守りすべく、ただ必死だったまでのこと」

 王子にそれだけ言うと、ティムは屍となったゴブリンを探る。

 「ティム? ゴブリンの装備など売れるのか?」
 「ゴブリンは、普通は人を襲いません。
  森や洞窟の中で、動物を狩って暮らしているのです。
  ゆえに、装備など持ってはいないはず。それなのに……」

 先ほどのゴブリンは、鉄の盾とメイスを振り回してきた。
 自然の中に住むゴブリンたちは、鉄を嫌う。
 鉄を持つ人を避けて、森や洞窟に住む。
 自らの武器に、鉄を選ぶはずがないのだ。

 ゴブリンが持っていた鉄の盾とメイスをティムが回収する。
 チャリ、チャリ。
 1匹のゴブリンの首に、ヒモを通された鍵がかかっている。

 「それは……鍵? なぜ、鍵など?」
 「おそらく……」

 あたりを見回すティムが、何かを見つけて走り寄る。
 見つけたのは、宝箱。
 先ほどの鍵を鍵穴にさし込んで回す。
 ガチャリ。
 開いた宝箱の中には、ゴブレット、皿、花瓶などに混じって。
 いくばくかのコインと宝石がいくつか。

 「これは、一体?」
 「ゴブリンたちが集めたものでしょう」
 「なぜだ? 価値など分かるはずもないだろうに」
 「ええ。おかしなことが起こっているということでしょう」

 疑問は多いが、今はすべて棚上げにして前へと進む。
 しばらく進むと地下水路にたどり着く。
 巨大ネズミやゴブリンを何度か倒しつつ。
 ようやく王子とティムは、水路の向こうに外の光を見る。
 王都の周りを流れる大きな川につながる最後の扉を開ける。
 キィ、バタン。
 川面に反射するキラキラとした日の光。
 暗闇から出てきたばかりのふたりの目を刺すように輝く。

 「さぁ、王子。我らの旅の始まりです」


 ***

 (やべぇ。王子、かわいすぎんだろ。肌もすべすべで気持ちいい)
 (口の中もオレ専用? ってくらいに、しっくりくる)
 (あああ、ずっとこうしていたいけど……)

 王子の感触に溺れそうになりつつ、オレはどうにか理性を振り絞る。

 「王子。その麗しい唇と離れるのは、名残惜しいのですが。
  そろそろ先を急がねば、なりません」

 必死には見えないように、さらりとした仕草で腕をほどく。

 (ぬあ~、離したくねぇ!)

 「あっ、いやっ」

 オレが必死に引きはがした王子が、かわいい声と仕草で言う。
 ムリ! つい、もう一度抱きしめてしまう。

 (やべぇ、やべぇ。このままじゃ、前に進まない)

 オレは、自分の太ももをギュイッとつねって欲望を抑え込む。
 王子の服を、胸元を見ないようにしながら、整える。
 それでも、王子から漂う色香に、ついキスをかましてしまう。
 そして、王子の耳元にささやく。

 「ここからは、王子と従者だ。
  宿屋に着いたら、必ず、満足させるから。
  それまでは、どうか耐えてくれ」

 (なにそれ! カッコよすぎ! ティム? ティムが言わせてんの?)

 案の定、オレが吐いたセリフに王子が腰砕けになる。

 (おっと、イケメン王子を汚すわけにはいかないぜ)

 とっさに王子を支えると、意外にもキリリとした表情。
 なのに、またオレにキスをかましてくる。

 (キリッとした顔もいい! その顔を崩させてぇ!)

 「ティム、それでは先導を頼む。
  いち早く、ここから抜け出さなくては!」

 (いや、あなたがトロットロに溶けてたんですけどね)

 そんな心の声は、微塵も表には出さずに、オレはうなずく。

 この先は、このゲームの最初の難関。
 戦闘チュートリアルにもなっているポイントだ。
 装備の使いかた、武器の素早い入れ替えかた、隠密のやりかた。
 そういうことを知ることができる。

 このゲーム。
 乙女ゲーとして販売されているものの。
 本格的なオープンワールドアクションRPG。
 プレイヤーは、キャラを動かして世界を探索する。
 行く先々で現れる敵をリアルタイムで倒していく。
 もちろん、戦わずに回避することもできる。

 ただし、オープンワールドになるのは王都を脱出してから。
 ここはまだ、チュートリアル中の一本道。
 ゴブリンは、必ず倒さなければいけない。

 今回は、二周目だから余裕で倒せる。
 一周目の時は、ひどかった。
 乙女ゲーの戦闘だからとナメてかかったオレ。
 3匹のゴブリンに、あっという間に囲まれて。
 あえなく、死亡。
 次は、扉を開ける前にセーブして挑む。
 けれど、隠密を忘れてやっぱり即死。
 3度目で、ようやく隠密&遠距離攻撃をマスター。

 そんなことは知らない王子。

 「ティム、見事だ。いつの間に、そんなに腕を上げたのだ」

 目をキラキラさせながら、オレに向かってほめ言葉を投げかける。

 (『さすがに二周目なんで』とは言えないから……)

 「光栄です、王子。王子をお守りすべく、ただ必死だったまでのこと」

 (とか、カッコよく言っておこう。すげぇな、ティム語録)

 それから、オレはいつも通りに装備品を回収。
 このゲームに出てくるモンスター。
 一部が人と同じ武器防具を持っている。
 当たり前のように売れるから、はいでおく。

 装備品を売る前に、小銭を稼ぐ手段が宝箱。
 ところどころに落ちている解錠用ピックか鍵で開く。
 ここで、宝箱を開けられれば。
 次の街では、少しいい宿屋と飯にありつける。

 このあとの何回かの戦闘は、そんなにむずかしくはない。
 さっきのチュートリアルで学んだことの練習タイムだ。

 外の光が、地下水路の出口へと差し込んでいる。
 外だ。
 一本道チュートリアルが終わる。
 これから、イケメン王子とオレの旅が始まる。

 「さぁ、王子。我らの旅の始まりです」

 (やっぱり発言がカッコよすぎ。ティム、天然たらしじゃね?)
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