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第1章 王都脱出
(10)血の病い
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「これが、猟師道というものか」
「はい。街道以外にも、こんな道があるとは」
王子とティムは馬に乗り、猟師道を進んでいた。
農場主が、猟師たちが使うという裏道を教えてくれた。
馬は、昨日の王都兵が乗っていたもの。
王都兵を示す紋章が付いた鞍を外し、農場にあった鞍に付け替える。
そうすれば、ただの鹿毛馬にしか見えない。
「意図せず、馬が手に入って助かりましたね」
「うん。ティムとこうしていられるのが嬉しい」
「ははっ! わたしもです。王子」
「ルイだろう?」
「ルイ、わたしも嬉しいですよ」
「ふふふ」
ティムは、王子を前に乗せて抱くようにして馬を進める。
「急な変更で、すみません」
「構わない。いずれは、すべての国に行くのだから」
「ご理解、ありがとうございます」
旅の最初の目的地を、グリュンからオランジェに変える。
王子は、ティムの提案をあっさりと受け入れた。
ティムには、考えがあった。
『影ギルド』に接触するだけではない。
使える魔法の数を増やさなければ、いずれ行き詰まる。
魔法と学問の国、オランジェ=ラントは最適な選択肢に思えた。
「ルイ、少しだけ問題があります」
「なんだ?」
「オランジェへの道には、宿屋が少ないのです」
「なぜだ?」
「険しい山が多く、宿屋は、ほとんどが街道沿いにあります」
「ということは?」
「野営になる可能性も」
「そうか。仕方ない。おまえと一緒なら、構わない」
「ルイ……」
ティムは、王子の言葉に、つい胸が震えて強く抱きしめてしまう。
「ティム、苦しいぞ」
「すみません。ありがたきお言葉に、つい」
「ふふふ。本心だから、仕方あるまい」
そう言って、王子は振り向いてあごを上げる。
それに応えて、ティムは唇を交わす。
「移動しながら、こんなことができるなら馬もいい」
「ははっ。そうですね」
馬での移動は、徒歩に比べれば、格段に早い。
しかし、それでも、今日中に宿に着くのはむずかしかった。
馬も休ませる必要がある。
「今日は、ここで野営にしましょう」
「さっそくか」
「申し訳ありません」
「いいんだ。なかなかできない体験だ。楽しみでもある」
幸いにも森の中には、枯れ木が山ほど落ちている。
すぐに、火を焚き、干し肉をあぶって夕飯にする。
ワインも少しだけ飲んで、ふたりは眠りについた。
首に違和感を覚えて、ティムが飛び起きる。
誰かいる!
すぐに剣を抜いて、振り払う。
「ぎゃあああ!」
恐ろしい声をあげて、何かが倒れる。
「ティム、何があった⁉︎」
王子がティムに駆け寄る。
灯火の魔法を使い、あたりを照らす。
そこには、首から血を流したティム。
さらには、赤い目をむいて絶命している吸血鬼の姿があった。
***
王都兵の馬をゲットできて、ラッキーだった。
農場のオッサンは、馬は要らないから持っていってくれと鞍までくれた。
王子を前に乗せていく馬の旅は、楽しい。
密着しすぎて、変な気持ちになるのは困りもんだが。
オランジェへと目的地を変えたのは、主に影ギルドのため。
だけど、あの街には魔法書がたくさん売られている。
この世界では、魔法書を買えば、その魔法が使える。
プレイヤーが、魔法書を買って開く。
すると、自動的に分厚い本の中に、その魔法書は取り込まれる。
それと、オランジェには魔術師ギルドの本部がある。
魔術師ギルドに加入できれば、ギルドクエストが受けられる。
ギルドに加入して、魔術師たちを味方にできれば。
オランジェ自体も、味方になってくれる。
(だけど、野営はめんどくさいんだよなぁ)
火を焚いても、クマやオオカミは襲ってくるし。
(まぁ、一晩くらいなら大丈夫だろう)
そう思ったのが、甘かった!
そうだ、こいつの存在を忘れてた!
吸血鬼。
こいつに咬まれると、マズいことになる!
***
「ティム!」
王子が青ざめた表情で、ティムに駆け寄る。
「……これは、まさか伝説の生きものなのか?」
「ええ。この赤い目。吸血鬼でしょう」
「本当にいるなんて」
「わたしも初めて見ました」
「咬まれたのか⁉︎」
「はい。回復で血は止まりましたが……」
「何かあるのか?」
「少し、お待ちを」
ティムが分厚い本を取り出し、何かを確認する。
「少し……、マズいことになったようです」
「なんだ? ハッキリ言ってくれ」
「『血の病い』に感染しています」
「なにっ! 伝説の病いではないか!」
「はい」
「それは、どうすれば……」
「3日以内に、治療薬を飲むか、治療魔法をかければ」
「3日だと? それしか、猶予がないのか?」
「はい」
「それを過ぎれば、どうなる? まさか、死……」
「いえ、それはありません。ただ……」
「ただ?」
「吸血鬼になってしまう、ということです」
ここから、オランジェまでは3日ほどの距離。
オランジェには、治療魔法に長けた魔術師もいる。
治療薬を売る店もある。
「急げば、間に合います。心配は要りません」
「だが……」
「ルイ。あなたは、幸いなことにカッツェンの血をひいています。
わたしから感染することは無いので、ご安心を」
「バカッ!」
ティムは、王子に頬を張られて驚いた表情を見せる。
「わたしが、そういうことを言っているように思うのかっ?」
「……いえ。あの……。失礼なことを。けれど、あなたの身が」
ティムの言葉は、王子の熱い吐息と舌に飲み込まれる。
激しく探られていくうちに、ティムの肩の力が抜けていく。
自分が、緊張していたことに今さらながら気づくティム。
顔に水がかかり、目を開ける。
それは、王子の目からあふれ出た涙だった。
「ルイ、あなたの心をないがしろにするつもりは……」
「分かっている」
「はい……。わたしのために、望まぬ婚約までしてくださった。
あなたの心を疑ったことなど、ありません」
「うん。もう、さみしいことは言わないと誓ってくれ」
「はい。どんな時もお側にいさせてください」
ふたりは、長い長い口づけを交わす。
互いの存在を確かめあうように、すべてにふれあいながら。
「ティム、もうじき夜が明ける。一刻も早くオランジェに着きたい。
少し早いが、もう出立しよう」
「ええ。ご配慮、感謝します」
「これからすることに、口出しは不要だぞ」
「はい?」
王子は、ニヤリとイタズラっぽく笑うとピアスを外した。
青色のモヤとともに、その姿はカッツェンへと変わる。
「ルイ! なぜ?」
「この姿でいられる間、わたしは走る。ティムは馬を頼む」
「ルイにそのようなことをさせられませ……」
王子が、再びティムの言葉を吸い取る。
長い舌に翻弄されたティムは、恍惚の表情を浮かべる。
「ティムは、カッツェンのキスが好きだなぁ」
「いえ! あの。はい……。ルイのキスが好きなのです」
「ふふ。嬉しい」
「本当に、よろしいのですか?」
「たった2時間だけだ。ひとり分の重さが減れば、馬も楽になるだろう」
すでに、王子は走る準備を始めている。
荷を馬に積み、出立の準備を整えるティム。
その耳元に、王子がささやく。
「もう体中がうずいている。走っても、この熱が消えなかった時は。
ティムが、鎮めてくれないと困るぞ」
「ふふ。はい、ルイ。お心のままに」
ふたりは、山の端に見え出したオレンジ色の光を感じながら。
オランジェへの道を走り始めた。
***
ヤバい!
首を襲ってくるやつなんて、吸血鬼しかいねぇ!
とっさに倒したが、すでに咬まれたあと。
オレは、本で自分の状態を確認する。
【ステイタス異常 血の病い】
マズ~い!
これ、3日後には吸血鬼になっちゃうやつじゃん。
吸血鬼になるのは、悪いことだけじゃない。
吸血鬼は、力が強くなって透明魔法も使えるようになる。
ただ、デメリットがありすぎる!
まず、日の光に焼かれる。
昼は出歩けないってわけじゃないが、ずっと体力が減り続ける。
回復薬を飲むか、回復魔法をかけ続けるのは大変だ。
定期的に血が飲みたくなる。
動物の血でも大丈夫ではある。
が、血を飲んでいるところを見つかると吸血鬼とバレる。
そしたら、やっぱり追われる。
なるべくなら、今は吸血鬼にはなりたくない。
吸血鬼になっても、治す方法はある。
が!
攻略サイト情報によると、『すっごく大変』らしい。
ゲーム中ならともかく、今は面倒なことになりそう。
王子がさっきから、ずっと心配してくれる。
吸血鬼になって、一番ヤバいのは身近な人に感染させること。
だけど、王子は大丈夫。
安心させておこう。
「ルイ。あなたは、幸いなことにカッツェンの血をひいています。
わたしから感染することは無いので、ご安心を」
カッツェンは、実は高い能力を持つ種族。
知能も高いし、機敏で、病い耐性まで高い。
ほとんどの病いには、かからない。
過去に奴隷にされたり、今でも差別の対象になっているのは。
きっと、この能力の高さが妬まれたのかなぁ?
なんて、ゲームの設定に思いをはせてみる。
バチン!
頰に軽い痛みを感じて、オレは驚く。
王子に叩かれたようだ。でも、なんで?
「わたしが、そういうことを言っているように思うのかっ?」
あ、真剣に怒ってる。
オレの胸がチクリと痛む。
あわててフォローしようとしたオレの言葉は遮られる。
王子の熱いキスとあふれる涙に。
ズキン!
オレの胸が痛む。オレの胸? それともティムの?
それから、オレは再び王子とキスをする。
抱きしめて、手の届くところすべてにさわる。
あれ? おかしいな。
前と違う気がする……。
最初は、推しとリアルに会えた喜び。
次は、セクシーすぎる王子とエロいことができる快感。
今は?
どっちとも違う気持ちが湧いてきている?
これは、なんだ?
考えようとしたけれど。
王子が目の前で、カッツェンへと変身してしまってる!
なんで? この国じゃ、不便だろうに!
「ルイ! なぜ?」
「この姿でいられる間、わたしは走る。ティムは馬を頼む」
「ルイにそのようなことをさせられませ……」
理由を聞こうとしたオレの舌は、ネコの長い舌にからめ取られる。
ああ、気持ち良すぎる。
気持ち良すぎて、考えられなくなる……。
結局、自分の心の違和感も分からず。
王子に押し切られるかたちで、オランジェへ向かうことになる。
このゲームを知っている自分が、王子を引っ張っているつもりだったが。
いつのまにか、王子に引っ張られてる?
「もう体中がうずいている。走っても、この熱が消えなかった時は。
ティムが、鎮めてくれないと困るぞ」
王子に、そうささやかれる。
オレの全身に、ゾクゾクしたしびれが走る。
気持ちいい? いや、嬉しい?
気持ちの正体には、答えを出せないまま。
オレと王子は、次の目的地へと走り出した。
*****
そのあとの3日間は、必死で駆け抜けた。
王子は、毎日、時間いっぱいカッツェンへと変わる。
そして、馬にも負けない速度で道をひた走る。
クマ、オオカミ、イノシシは当然のように現れる。
トロールにも数匹ほど、遭遇した。
王子とティムは、そのすべてに対峙して倒していく。
オランジェに3日以内に着くことができたとしても。
治療薬も治療魔法もただではない。
できるだけ、金になるものを集めておきたかった。
「あと半日というところでしょうか」
「そうか。もうすぐだな。体調はどうだ?」
「はい。特に変化はないようです」
王子に尋ねられて、そう答えたティム。
実は、それは本当ではなかった。
日に何度か、体が燃えるように熱くなる。
王子の体を通る血の管が、透けて見える。
白くしなやかな首筋に食らいつきたい衝動に襲われる。
そのたびに、ティムは、それを必死でこらえる。
「あっ! あぁ! ……いつもと違うっ! ティム! ああ!」
夜になると、昼間の疲れが吹き飛ぶ。
たき火の炎が、王子の顔を艶やかに照らし出す。
それを見ると、ティムは自分が抑えられなくなってしまう。
王子にのしかかり、その思いを遂げるまで離すことができない。
力がみなぎり、王子が気を失っても止められない。
思いを遂げると、体はようやく落ち着く。
しかし、そのあとに訪れる罪悪感。
ぐったりして眠る王子の髪を撫でながら、胸を詰まらせる。
「ルイ……。すまない。こんな風にするつもりじゃ……」
「……ティム? 寝ないのか?」
「ルイ。起きていたのですか?」
「いや、いつのまにか気を失っていたようだ」
「すみません、止められなくて……」
「なぜ、謝る?」
「もっと大事にしたいのです。けれど……」
「ふふ。わたしは大丈夫だ。むしろ、嬉しい」
「本当ですか?」
「うん。ティムは、いつも遠慮がちだったから」
「当然です。あなたは、高貴なお方なのですから」
「ふたりでいる時に、身分など。
わたしは、ティムといられれば、それでいいのに」
「……」
ティムは黙って、涙をこらえる。
王子の心も体も、すべてを手に入れたい気持ちを。
王子の前で吐き出してしまわないように。
***
一周目では、攻略サイトの情報に従って避けていた『血の病い』。
まさか、こんなにツラいとは。
王子のことが、ひたすらおいしそうに見える。
食欲的な意味でも、性的な意味でも。
このままだと、王子を傷つけてしまいそうで怖い。
怖い? なんでだ? ゲームのキャラでしかないのに。
本当に? この手ざわりが、ただのゲームのキャラ?
幸いというか、なんというか。
王子も毎日、カッツェンに変身するせいで発情している。
走ったくらいでは、やはりおさまらないらしく。
オレの欲望に、すべて応えてくれる。
喜んでいるようにも見える。
なのに、オレの胸に何かが引っ掛かる。
少しの罪悪感も。
この気持ちは……?
オレは……?
「はい。街道以外にも、こんな道があるとは」
王子とティムは馬に乗り、猟師道を進んでいた。
農場主が、猟師たちが使うという裏道を教えてくれた。
馬は、昨日の王都兵が乗っていたもの。
王都兵を示す紋章が付いた鞍を外し、農場にあった鞍に付け替える。
そうすれば、ただの鹿毛馬にしか見えない。
「意図せず、馬が手に入って助かりましたね」
「うん。ティムとこうしていられるのが嬉しい」
「ははっ! わたしもです。王子」
「ルイだろう?」
「ルイ、わたしも嬉しいですよ」
「ふふふ」
ティムは、王子を前に乗せて抱くようにして馬を進める。
「急な変更で、すみません」
「構わない。いずれは、すべての国に行くのだから」
「ご理解、ありがとうございます」
旅の最初の目的地を、グリュンからオランジェに変える。
王子は、ティムの提案をあっさりと受け入れた。
ティムには、考えがあった。
『影ギルド』に接触するだけではない。
使える魔法の数を増やさなければ、いずれ行き詰まる。
魔法と学問の国、オランジェ=ラントは最適な選択肢に思えた。
「ルイ、少しだけ問題があります」
「なんだ?」
「オランジェへの道には、宿屋が少ないのです」
「なぜだ?」
「険しい山が多く、宿屋は、ほとんどが街道沿いにあります」
「ということは?」
「野営になる可能性も」
「そうか。仕方ない。おまえと一緒なら、構わない」
「ルイ……」
ティムは、王子の言葉に、つい胸が震えて強く抱きしめてしまう。
「ティム、苦しいぞ」
「すみません。ありがたきお言葉に、つい」
「ふふふ。本心だから、仕方あるまい」
そう言って、王子は振り向いてあごを上げる。
それに応えて、ティムは唇を交わす。
「移動しながら、こんなことができるなら馬もいい」
「ははっ。そうですね」
馬での移動は、徒歩に比べれば、格段に早い。
しかし、それでも、今日中に宿に着くのはむずかしかった。
馬も休ませる必要がある。
「今日は、ここで野営にしましょう」
「さっそくか」
「申し訳ありません」
「いいんだ。なかなかできない体験だ。楽しみでもある」
幸いにも森の中には、枯れ木が山ほど落ちている。
すぐに、火を焚き、干し肉をあぶって夕飯にする。
ワインも少しだけ飲んで、ふたりは眠りについた。
首に違和感を覚えて、ティムが飛び起きる。
誰かいる!
すぐに剣を抜いて、振り払う。
「ぎゃあああ!」
恐ろしい声をあげて、何かが倒れる。
「ティム、何があった⁉︎」
王子がティムに駆け寄る。
灯火の魔法を使い、あたりを照らす。
そこには、首から血を流したティム。
さらには、赤い目をむいて絶命している吸血鬼の姿があった。
***
王都兵の馬をゲットできて、ラッキーだった。
農場のオッサンは、馬は要らないから持っていってくれと鞍までくれた。
王子を前に乗せていく馬の旅は、楽しい。
密着しすぎて、変な気持ちになるのは困りもんだが。
オランジェへと目的地を変えたのは、主に影ギルドのため。
だけど、あの街には魔法書がたくさん売られている。
この世界では、魔法書を買えば、その魔法が使える。
プレイヤーが、魔法書を買って開く。
すると、自動的に分厚い本の中に、その魔法書は取り込まれる。
それと、オランジェには魔術師ギルドの本部がある。
魔術師ギルドに加入できれば、ギルドクエストが受けられる。
ギルドに加入して、魔術師たちを味方にできれば。
オランジェ自体も、味方になってくれる。
(だけど、野営はめんどくさいんだよなぁ)
火を焚いても、クマやオオカミは襲ってくるし。
(まぁ、一晩くらいなら大丈夫だろう)
そう思ったのが、甘かった!
そうだ、こいつの存在を忘れてた!
吸血鬼。
こいつに咬まれると、マズいことになる!
***
「ティム!」
王子が青ざめた表情で、ティムに駆け寄る。
「……これは、まさか伝説の生きものなのか?」
「ええ。この赤い目。吸血鬼でしょう」
「本当にいるなんて」
「わたしも初めて見ました」
「咬まれたのか⁉︎」
「はい。回復で血は止まりましたが……」
「何かあるのか?」
「少し、お待ちを」
ティムが分厚い本を取り出し、何かを確認する。
「少し……、マズいことになったようです」
「なんだ? ハッキリ言ってくれ」
「『血の病い』に感染しています」
「なにっ! 伝説の病いではないか!」
「はい」
「それは、どうすれば……」
「3日以内に、治療薬を飲むか、治療魔法をかければ」
「3日だと? それしか、猶予がないのか?」
「はい」
「それを過ぎれば、どうなる? まさか、死……」
「いえ、それはありません。ただ……」
「ただ?」
「吸血鬼になってしまう、ということです」
ここから、オランジェまでは3日ほどの距離。
オランジェには、治療魔法に長けた魔術師もいる。
治療薬を売る店もある。
「急げば、間に合います。心配は要りません」
「だが……」
「ルイ。あなたは、幸いなことにカッツェンの血をひいています。
わたしから感染することは無いので、ご安心を」
「バカッ!」
ティムは、王子に頬を張られて驚いた表情を見せる。
「わたしが、そういうことを言っているように思うのかっ?」
「……いえ。あの……。失礼なことを。けれど、あなたの身が」
ティムの言葉は、王子の熱い吐息と舌に飲み込まれる。
激しく探られていくうちに、ティムの肩の力が抜けていく。
自分が、緊張していたことに今さらながら気づくティム。
顔に水がかかり、目を開ける。
それは、王子の目からあふれ出た涙だった。
「ルイ、あなたの心をないがしろにするつもりは……」
「分かっている」
「はい……。わたしのために、望まぬ婚約までしてくださった。
あなたの心を疑ったことなど、ありません」
「うん。もう、さみしいことは言わないと誓ってくれ」
「はい。どんな時もお側にいさせてください」
ふたりは、長い長い口づけを交わす。
互いの存在を確かめあうように、すべてにふれあいながら。
「ティム、もうじき夜が明ける。一刻も早くオランジェに着きたい。
少し早いが、もう出立しよう」
「ええ。ご配慮、感謝します」
「これからすることに、口出しは不要だぞ」
「はい?」
王子は、ニヤリとイタズラっぽく笑うとピアスを外した。
青色のモヤとともに、その姿はカッツェンへと変わる。
「ルイ! なぜ?」
「この姿でいられる間、わたしは走る。ティムは馬を頼む」
「ルイにそのようなことをさせられませ……」
王子が、再びティムの言葉を吸い取る。
長い舌に翻弄されたティムは、恍惚の表情を浮かべる。
「ティムは、カッツェンのキスが好きだなぁ」
「いえ! あの。はい……。ルイのキスが好きなのです」
「ふふ。嬉しい」
「本当に、よろしいのですか?」
「たった2時間だけだ。ひとり分の重さが減れば、馬も楽になるだろう」
すでに、王子は走る準備を始めている。
荷を馬に積み、出立の準備を整えるティム。
その耳元に、王子がささやく。
「もう体中がうずいている。走っても、この熱が消えなかった時は。
ティムが、鎮めてくれないと困るぞ」
「ふふ。はい、ルイ。お心のままに」
ふたりは、山の端に見え出したオレンジ色の光を感じながら。
オランジェへの道を走り始めた。
***
ヤバい!
首を襲ってくるやつなんて、吸血鬼しかいねぇ!
とっさに倒したが、すでに咬まれたあと。
オレは、本で自分の状態を確認する。
【ステイタス異常 血の病い】
マズ~い!
これ、3日後には吸血鬼になっちゃうやつじゃん。
吸血鬼になるのは、悪いことだけじゃない。
吸血鬼は、力が強くなって透明魔法も使えるようになる。
ただ、デメリットがありすぎる!
まず、日の光に焼かれる。
昼は出歩けないってわけじゃないが、ずっと体力が減り続ける。
回復薬を飲むか、回復魔法をかけ続けるのは大変だ。
定期的に血が飲みたくなる。
動物の血でも大丈夫ではある。
が、血を飲んでいるところを見つかると吸血鬼とバレる。
そしたら、やっぱり追われる。
なるべくなら、今は吸血鬼にはなりたくない。
吸血鬼になっても、治す方法はある。
が!
攻略サイト情報によると、『すっごく大変』らしい。
ゲーム中ならともかく、今は面倒なことになりそう。
王子がさっきから、ずっと心配してくれる。
吸血鬼になって、一番ヤバいのは身近な人に感染させること。
だけど、王子は大丈夫。
安心させておこう。
「ルイ。あなたは、幸いなことにカッツェンの血をひいています。
わたしから感染することは無いので、ご安心を」
カッツェンは、実は高い能力を持つ種族。
知能も高いし、機敏で、病い耐性まで高い。
ほとんどの病いには、かからない。
過去に奴隷にされたり、今でも差別の対象になっているのは。
きっと、この能力の高さが妬まれたのかなぁ?
なんて、ゲームの設定に思いをはせてみる。
バチン!
頰に軽い痛みを感じて、オレは驚く。
王子に叩かれたようだ。でも、なんで?
「わたしが、そういうことを言っているように思うのかっ?」
あ、真剣に怒ってる。
オレの胸がチクリと痛む。
あわててフォローしようとしたオレの言葉は遮られる。
王子の熱いキスとあふれる涙に。
ズキン!
オレの胸が痛む。オレの胸? それともティムの?
それから、オレは再び王子とキスをする。
抱きしめて、手の届くところすべてにさわる。
あれ? おかしいな。
前と違う気がする……。
最初は、推しとリアルに会えた喜び。
次は、セクシーすぎる王子とエロいことができる快感。
今は?
どっちとも違う気持ちが湧いてきている?
これは、なんだ?
考えようとしたけれど。
王子が目の前で、カッツェンへと変身してしまってる!
なんで? この国じゃ、不便だろうに!
「ルイ! なぜ?」
「この姿でいられる間、わたしは走る。ティムは馬を頼む」
「ルイにそのようなことをさせられませ……」
理由を聞こうとしたオレの舌は、ネコの長い舌にからめ取られる。
ああ、気持ち良すぎる。
気持ち良すぎて、考えられなくなる……。
結局、自分の心の違和感も分からず。
王子に押し切られるかたちで、オランジェへ向かうことになる。
このゲームを知っている自分が、王子を引っ張っているつもりだったが。
いつのまにか、王子に引っ張られてる?
「もう体中がうずいている。走っても、この熱が消えなかった時は。
ティムが、鎮めてくれないと困るぞ」
王子に、そうささやかれる。
オレの全身に、ゾクゾクしたしびれが走る。
気持ちいい? いや、嬉しい?
気持ちの正体には、答えを出せないまま。
オレと王子は、次の目的地へと走り出した。
*****
そのあとの3日間は、必死で駆け抜けた。
王子は、毎日、時間いっぱいカッツェンへと変わる。
そして、馬にも負けない速度で道をひた走る。
クマ、オオカミ、イノシシは当然のように現れる。
トロールにも数匹ほど、遭遇した。
王子とティムは、そのすべてに対峙して倒していく。
オランジェに3日以内に着くことができたとしても。
治療薬も治療魔法もただではない。
できるだけ、金になるものを集めておきたかった。
「あと半日というところでしょうか」
「そうか。もうすぐだな。体調はどうだ?」
「はい。特に変化はないようです」
王子に尋ねられて、そう答えたティム。
実は、それは本当ではなかった。
日に何度か、体が燃えるように熱くなる。
王子の体を通る血の管が、透けて見える。
白くしなやかな首筋に食らいつきたい衝動に襲われる。
そのたびに、ティムは、それを必死でこらえる。
「あっ! あぁ! ……いつもと違うっ! ティム! ああ!」
夜になると、昼間の疲れが吹き飛ぶ。
たき火の炎が、王子の顔を艶やかに照らし出す。
それを見ると、ティムは自分が抑えられなくなってしまう。
王子にのしかかり、その思いを遂げるまで離すことができない。
力がみなぎり、王子が気を失っても止められない。
思いを遂げると、体はようやく落ち着く。
しかし、そのあとに訪れる罪悪感。
ぐったりして眠る王子の髪を撫でながら、胸を詰まらせる。
「ルイ……。すまない。こんな風にするつもりじゃ……」
「……ティム? 寝ないのか?」
「ルイ。起きていたのですか?」
「いや、いつのまにか気を失っていたようだ」
「すみません、止められなくて……」
「なぜ、謝る?」
「もっと大事にしたいのです。けれど……」
「ふふ。わたしは大丈夫だ。むしろ、嬉しい」
「本当ですか?」
「うん。ティムは、いつも遠慮がちだったから」
「当然です。あなたは、高貴なお方なのですから」
「ふたりでいる時に、身分など。
わたしは、ティムといられれば、それでいいのに」
「……」
ティムは黙って、涙をこらえる。
王子の心も体も、すべてを手に入れたい気持ちを。
王子の前で吐き出してしまわないように。
***
一周目では、攻略サイトの情報に従って避けていた『血の病い』。
まさか、こんなにツラいとは。
王子のことが、ひたすらおいしそうに見える。
食欲的な意味でも、性的な意味でも。
このままだと、王子を傷つけてしまいそうで怖い。
怖い? なんでだ? ゲームのキャラでしかないのに。
本当に? この手ざわりが、ただのゲームのキャラ?
幸いというか、なんというか。
王子も毎日、カッツェンに変身するせいで発情している。
走ったくらいでは、やはりおさまらないらしく。
オレの欲望に、すべて応えてくれる。
喜んでいるようにも見える。
なのに、オレの胸に何かが引っ掛かる。
少しの罪悪感も。
この気持ちは……?
オレは……?
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