魅了なんて、オレには効かない

クリヤ

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第1章 王都脱出

(11)吸血鬼を治す薬

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 3日後。
 睡眠を削り、王子を走らせて、ようやく。
 主従はオランジェ=ラントの城壁を目にしていた。

 グレーがかった石の城壁。
 周りには、ブドウ農園が広がる。
 いくつか、大きなオリーブの畑もあるようだ。
 城壁の大きな扉は、鮮やかなオレンジ色に塗られている。
 中心には、オランジェの紋章が大きく描かれていた。

 「ようやく着いたか」
 「ええ。ありがとうございます」
 「礼など要らない。間に合えばいいが」
 「はい。参りましょう」
 「なにか、当てはあるのか?」
 「以前、王都で錬金術の店で働いていた友人がいます」
 「そうか。友人か……」
 「なにか?」
 「いや、なんでもない。急ごう」

 ふたりは、門番に止められることを恐れた。
 しかし、特になにも聞かれはしない。
 暗殺者の影響はないのか、それとも……?

 さっそく、ティムの友人の店へと向かう。

 「よお! どうした? 王子様付きのおまえが、こんなところまで」
 「久しぶりだな、ヤン。店は、順調か?」
 「まぁ、やれてるよ」
 「そうか、良かった」
 「で、何かあったのか? そっちは、友人か?」
 「あ、ああ。ルイだ」
 「えらくキレイな人を連れてるな。ああ! そういうことか」
 「ルイだ。よろしく。そういうこととは?」
 「あ? ああ。恋人だろう? さっきから、大事にしてる」
 「ふふ。その通りだ」
 「ルイ⁉︎」
 「なにか、間違っているか?」
 「いえ、あ、いや。あの……」
 「照れるなよ、ティム。おまえに、そういう人ができて良かった」
 「は? なんでだ?」
 「おまえときたら、口を開けば『王子、王子』って。
  そんなんじゃ、自分の幸せが見つかんねぇだろうと思ってたからさ」
 「ちょ、ちょっと、黙れ。ヤン」
 「ははは。ルイ、妬くなよ? こいつは、仕事第一だが、いい男だ」
 「うん。知ってる」
 「そりゃあ、良かった。ルイもいいやつだなぁ」

 ひとしきり、からかい混じりの雑談を終えると本題に入る。

 「それで? 何があった?」
 「吸血鬼に襲われた。3日前だ」
 「なにっ? 本物か?」
 「間違いない。殺して、灰も取ったからな」
 「3日前と言ったな。ギリギリかも知れないぞ」
 「うん。とりあえず、薬を頼めるか? 金はある」
 「金なんて、あとだ。これを飲め」

 すぐに、ヤンが小瓶に入った薬を差し出した。
 ティムは、それを飲み干して、分厚い本を開く。

 「ダメだ。治っていない」
 「ということは、間に合わなかったんだろう」
 「え? ダメだったのか? ティム」
 「すまない、ルイ。症状には個人差があるから……」
 「うん。3日というのは、目安にすぎないからな」
 「ティム! どうするんだ⁉︎」
 「落ち着いて、ルイ。方法は、あるはず」
 「そうだな。まずは、オレの相方に聞くとしよう」
 「ああ、頼む」

 ヤンが店の二階を貸してくれた。
 ふたりは、3日ぶりに室内で休むことができた。

 「ティム、わたしにウソをついていただろう?」
 「申し訳ありません。心配をさせたくなくて」
 「これからは、正直に話せ。すべてだ」
 「はい」
 「もうずっと、辛かったのだろう?」
 「いえ。あの」
 「目が赤くは、なっていないようだが?」
 「今はまだ、吸血鬼ではないのです。
  3日が過ぎてから眠り、目覚めると吸血鬼になっているとか」
 「なにっ? それでは、今夜にも?」
 「はい……。ですから、ルイは安全なところに避難を……」
 「断る!」
 「しかし……」
 「おまえの側以外に安全な場所などない」
 「ルイ……」
 「それに、言っていたではないか。カッツェンは、感染しないと」
 「ええ、ですが……」

 ティムにそれ以上は言わせまいと、王子が唇を合わせる。
 ティムは、王子のあちらこちらを噛みたい欲求に駆られる。

 「離れてください。ルイは、あまりにおいしそうに見える」
 「ふふ。ならば、食べればいい。おまえに殺されるなら本望だ」

 その言葉に、ブルリと震えるティム。
 それから、ゆっくりと王子に向かい合う。
 スルリと王子の肌から衣服を落とす。
 ピンクがかった艶めく肌に、噛みつく。
 仔犬が甘噛みをするように、けれども、じっくりと。
 決して、噛み切ってしまわないように細心の注意を払って。

 「あっ! んっ……。くっ。あぁ! ……ふっ、はぁ……」

 噛まれるたびに、王子が悩ましげな声をあげる。
 その声にあおられて、ますます噛むのをやめられない。
 唇をもう一度、合わせる。
 熟成したワインのような味が、口に広がる。
 快感をこらえるために、王子が自分の唇を噛んだ血の味。

 (もっと飲みたい。飲み干してしまいたい)

 自分の欲求に気づき、バッと王子を自分から引きはがす。

 「……ティム?」
 「これ以上は、マズい気がします。
  あなたは、今のわたしにとっては最上級のワインと同じ」
 「ふふふ。それは、ほめ言葉だろう?」
 「もちろん、そうですが……」
 「おまえに殺されるなら、本望だと言っただろう?」
 「ルイ!」

 王子のすべてを包むように、抱きしめる。
 王子もそれに応えて、抱きしめ返してくる。

 心の奥底から愛しさがあふれ出す。
 この人を自分だけのものにしたい。
 誰にも渡したくない。
 誰の目にもふれさせたくない。
 ……すべてを食べてしまいたい。

 (マズい! 最後は必ず、そこに行き着いてしまう)
 (吸血鬼のせいか? それとも、オレ自身の欲求なのか?)

 「ルイ、すぐにヤンが戻ります。一旦、下に行きましょう」
 「……? うん」

 王子が怪訝な顔をしているが、無理やり話を変える。
 王子の衣服を整えて、下に行く準備をする。

 「ああ、ルイに服を用意しなければいけませんね」
 「なぜだ? 金もあまり無いのに」
 「これは、ありあわせのわたしの服なので」
 「ふふ。それがいい。ティムにずっと抱きしめられているようだ」
 「ルイ。あまり嬉しいことを言わないでください。本気にしますよ?」
 「本気だから、仕方ない」
 「ははっ! 嬉しいです。それと、さっきは失礼しました」
 「なんのことだ?」
 「恋人などと、おそれおおい」
 「違うというなら、もうわたしにさわるな。できるか?」
 「……できません」
 「実はわたしも、友人と聞いて少し妬いた。
  ティムには、わたし以外にも大事な人がいるんだと」
 「それは、違います。あなた以上に大事な人などいない」

 どうしようもなくて、もう一度、王子を抱きしめる。
 離れる方法が分からない。

 ちょうどその時、下で店の扉が開く音がした。

 
 ***

 ようやくオランジェに着いた!
 いや~! 長かった!
 ゲームの中では、時間が早く進むから3日なんてすぐに過ぎる。
 だけど、リアルに3日の旅は大変だ。
 歩いて旅してた昔の人、まぢですげぇ。

 オランジェに着いたら、まずどうしよう?
 そう悩みつつ、ティムの記憶を探る。
 あれ? この街に住んでる友だち、いるじゃん!
 しかも、錬金術の店をやってる。
 ついてる!
 影ギルドに感謝だな。
 いや、待てよ? 
 影ギルドのためにオランジェに向かったから、吸血鬼に襲われたわけで。
 いやいや、暗殺者の情報を知りたくて影ギルドに接触したのはオレ……?

 ま、どっちでもいっか。
 しかし、間に合ってんのか?
 とっくに吸血衝動が出てる気がするんだが?

 錬金術師のヤンは、王都の大きな店で働いていた。
 飲み屋で知り合った、飲み友だち。
 兵や軍と関係ない友だちは、気が楽だったようだ。
 休みの前の日は、大抵、酒場でバカ話をしていたらしい。
 だが、恋人のためにオランジェへ引っ越したとか。

 ともかく、ヤンはすぐに薬をくれた。
 オレは、飲み干してから分厚い本を開く。

 【ステイタス異常 血の病い】

 変わってねぇ! まぢか!
 3日って、雑な情報だなとは思ったんだよな~。
 これは、あれじゃん。
 攻略サイトに書いてあった、おすすめしないクエスト発動。
 ひぇ~!
 ゲームで避けていたのに、リアルでそのクエに挑むことになるとは!

 吸血鬼を治す方法はあるから、いいんだけど。
 問題は、王子!
 ずっとうまそうな匂いを出してる。
 噛みつきたい。
 あの首を食べたら、どんな味がするんだろう?

 やっばいオレ。
 落ち着け、落ち着け。
 このままだと王子を殺してしまいそうだ。

 「ふふ。ならば、食べればいい。おまえに殺されるなら本望だ」

 ガマンし続けるオレに、王子が甘い言葉をかけてくる!
 いや、まぢで!
 ヤバいから!

 とか言いつつ。
 王子の肌には抗えない。なんで、この人はずっと誘ってくんの?
 そんなにティムが好きか? 好きなんだよな?

 ツキン。
 オレの胸に針が刺さったような、小さな痛み。
 なんだ? 気のせいか?


 *****

 「ふたりとも降りてきてくれ」

 階下でヤンの声がする。
 ティムは王子の衣服を改めて整え、手を引く。

 「お! きたな。少しは休めたか? それとも? ふふ」
 「バカを言うな。休ませてもらった。助かる」
 「そいつは良かった。こいつは、オレの相方。トマスだ」
 「魔術師ギルドのトマスだ。よろしく」
 「ティムだ。こっちは、ルイ」
 「ルイ……? どこかで会ったような?」
 「ルイだ。よろしく。誰か似た人がいるんだろう」
 「そうか? まあ、いい。それで、血の病いだって?」
 「うん。治療薬は効かなかった」
 「ヤンから話は聞いた。ギルドには、門外不出の魔導書があってな。
  幸い、オレはそれを読める立場にある。だから、治療法は分かる」
 「何か問題が?」
 「まず素材を集めるのがむずかしい。
  それに、調合するのには達人レベルの錬金能力が要る」
 「トマスじゃダメなのか? ヤンは?」
 「達人レベルは、ギルドマイスターだけだ」
 「ということは?」
 「マイスターが納得しないと作れないかも知れない」
 「分かった。とりあえず、素材を集めよう。何が必要だ?」
 「吸血鬼の灰、ベラドンナ、吸血ヒルの肝、ニンニク、聖水。
  すべて三つずつ、必要だ」
 「吸血鬼の灰がむずかしいな。どこにいるのか分からない」
 「いや、実はそれはむずかしくないんだ」
 「なぜだ? 居場所が分かるのか?」
 「最近、オランジェ周辺で吸血鬼の被害らしきものが連続してな。
  戦士ギルドの精鋭が、秘密裡に調査を進めていた」
 「ああ。伝説が実在すると知れれば、混乱が起こるだろうからな」
 「その通り。それで、ある砦跡にたどり着いたんだが」
 「思ったより、多かったか?」
 「そう。やつらは、片手で男ひとりを振り回せる。
  さらに、厄介なのが透明化されることだ」
 「うん。見えない敵は警戒のしようがない」
 「そういうことだ。それで今のところ、棚上げ状態らしい」
 「その砦跡の場所を教えてくれ」
 「行くのか?」
 「それ以外に方法はない。むしろ、吸血鬼になったことが幸いしそうだ」

 その日の夜は、ヤンの店の二階の客間に泊めてもらった。
 仕事から戻ったトマスとヤン、ティムと王子は楽しい時間を過ごした。

 その日の深夜。
 目覚める直前に、浮上する意識の中でティムは夢を見た。

 透けるような白い一枚の寝巻きに身を包んだ王子。
 裸足のまま、ふわりふわりと城の庭園を駆けていく。
 ティムのほうを振り返り、手招きをする。
 追いかけるが、スルリとティムの手をかわして逃げる。
 何度も何度も捕まえようとしては、逃げられる。
 ようやく捕まえて抱きしめる。
 なぜか、その体は冷たく、重い。
 ハッとして自分から引きはがす。
 首からおびただしく血を流し、王子は絶命していた。

 「うわぁぁぁぁ! 王子!」

 自分の声で目が覚める。
 あわてて横を見ると、ティムの腕の中に王子の姿がある。
 
 「……ん? ティム……?」

 ティムの声で目覚めた王子は、まだ半分夢の中。
 目をこする仕草が愛しくて、何より夢が現実にはなっていなくて。
 ティムは、王子をかき抱く。

 「ん? ……ふふふ。どうした?」

 優しく笑う王子を見ると、腹の奥から愛しさが込み上げる。
 王子をくるりとうつ伏せにすると、その背中すべてに唇をつける。

 「ティム、くすぐったい」

 背中はすぐに唇の跡で埋め尽くされる。

 「噛んで。優しく」

 そう誘われて、抗えるはずもなく。
 優しく優しく噛んでいく。恍惚感がティムの頭をしびれさせる。
 うしろから抱きしめて、すべてを奪いたくなる。
 王子の鳴き声が、ティムをさらにあおる。
 王子を離せない。
 
 気がつくと、王子はぐったりとベッドに横たわっている。
 夢を思い出して、あせる。
 が、その頬には赤みがあり、体はあたたかい。
 ティムは、その体を優しく上掛けでおおう。

 服を着たティムは、そっと部屋を出る。
 自分の足音がしない。
 これも能力のひとつか、と思う。

 月明かりが差し込む窓ガラスに自分が映る。
 くもったガラスでも、その目が赤く光るのが分かる。

 ヤンの店の裏口から、音もなく外に出る。
 そのまま、ティムは廃屋へと向かった。

 
 ***

 ヤンに呼ばれて下に降りる。
 魔術師ギルドのトマス。ヤンの恋人だ。
 トマスは優秀な魔術師。
 若くして、ギルド本部勤めを命じられた。
 ヤンは、王都の店をやめて恋人についてきたってわけ。

 吸血鬼治療の方法の説明を受ける。
 うわ! やっぱり。
 素材集めが、結構めんどくさい。
 攻略サイトの情報は、正しかったなぁ。

 (でも逆に?)
 (吸血鬼状態なら、意外にいけんじゃね?)

 透明化、隠密、攻撃力アップ。
 このあたりをうまく使っていけば、いける気がする。

 明日には教えてもらった砦跡に向かってみよう。
 その途中で、採取はできるだろ。

 ギルドマイスターの件は、一旦保留。
 どこまで話せばいいのか、まだ分からないからな。

 まだ完全ではないにしろ。
 自分が吸血鬼になっていくのが分かる。
 王子がやたらとかわいく見える。
 それに、噛みたい気持ちが抑えられない。
 そんなオレに、王子はガマンさせてくれない。

 おっかない夢を見て飛び起きる。
 王子を殺してしまう夢。
 これが吸血鬼になるという意味か?
 あまりにリアルな夢を見て、飛び起きる。
 ぎゅいっと王子を抱きしめてしまう。
 生きてることを確かめたくて。
 噛むのをガマンして、キスするオレに王子が言う。

 「噛んで。優しく」

 (そんなことを言われた日には、いくしかないだろ?)
 (まぢで、この王子。けしからん♡)

 王子が寝たのを確かめると、オレは廃屋に向かう。
 もうひとつの目的。
 『影ギルド』に接触するために。
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