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第3章 王子の出自と追放された姫
(3)花嫁選び
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野菜たっぷり、肉たっぷりの豪勢な夕食が終わる。
王様とゾフィアに連れられて、王子とティムは王の私室へと向かう。
私室には、大量の紫色の結晶に囲まれて、土の精霊ベルグが座っていた。
ベルグは、一心に結晶を食べているようだ。
「あなたがたのおかげで、地下は安全だと分かりました。
ベルグに食べさせるために、結晶はここに運ばせました」
「スプリガンの問題は、どうなりましたか?」
「残念ながら、暴れたものは倒すしかありませんでした。
けれど、スプリガンは木の精霊。次々と生まれてきます。
精製したモントツッカーを与えれば、もう暴れることはないでしょう」
「それは、良かったです」
「……ベルグですが、結晶は食べるのですが、立方体は吐き出しません。
どうすれば、いいのでしょう?」
王子とティムは、顔を見合わせる。
確か、あの時は……。
王子が、りんごを取り出してベルグに与える。
その手から、りんごを食べると、すぐに立方体を吐き出した。
「おお! 素晴らしい! 知っていたのですか?」
「いえ。犬のようでかわいらしく、つい、エサを与えてしまったのです」
「なるほど。やはり、ルイというかたは、直感力に優れているようです」
「ふふふ。ただの偶然では?」
「いいえ、そうは思いません。
それを信じて、我が国は大きくなってきたのですから」
王子が、今度はブドウをベルグに与える。
またすぐに、結晶が吐き出される。
「確かに、愛らしい。わたしも大切に致します」
「はい。ぜひ、そうしてください。それでは、始めましょう」
王子が、ベルグの中にある核を取り出す儀式を始める。
王子がベルグの体に手を入れる。
核は、王子に反応して、その手に勝手に寄ってくる。
それをグッと掴むと、ゆっくりと引き出す。
引き出されてしまうと、ベルグは力を失ったように座り込む。
やはり、そうなったベルグはただの土くれにしか見えない。
王子が、核を王様に渡す。
王様は、それを額に当てて目を閉じ、念じているような仕草を見せる。
やがて、核が紫色の光を放ち出す。
すかさず、その核をベルグだった土くれに戻す。
すると、ベルグはムクムクと起き上がって、王様の側に座った。
「成功ですね」
「ええ、本当に。あなたには感謝しても、し足りません」
「いえ、わたしは何も」
王様は、ゾフィアに渡されたりんごをベルグに与える。
ベルグは、それを食べ終えると立方体を吐き出した。
「おお! 本当に良かった! おじい様もきっと喜んでいます」
「ええ。グリュンのお役に立てて、光栄でした」
***
精霊を譲るシーンなんて、なかなか見ないから!
ゲーム内には、こんなイベントはなかったし。
いや~!
土から核を取って、もう一回入れるだけなんだけど。
なんだか、不思議と神秘的でさ。
黙って、じっくり見ちゃったね。
スプリガン問題も解決したみたいだし。
ここからは、いよいよ、メインストーリーか?
*****
次の日の朝早く。
王様とゾフィア、王子とティムに分かれて、馬で駆けていた。
王都を追放された姫のいる保養地に向かうためである。
領内にある保養地は、グリュンの国民ならば、誰でも使えるらしい。
温泉も湧き出ているので、農閑期には多くの国民が訪れる。
けれど、今の時期は、隠居した人たちがパラパラと訪れるくらいらしい。
保養地は、街からさほど離れていない場所にあった。
ここもやはり、木と土をふんだんに使った建物が多い。
保養地の中心にある噴水からは、湯気が上がっている。
王様は、噴水の側にある大きな建物の前で馬をとめた。
「姫は、ここにいるはずです。参りましょう」
大きな建物の一階は、広い酒場のような造りをしていた。
たくさんの椅子とテーブル。
繁忙期には、多くの人で賑わうのだろう。
けれど、今は、数人の老人たちが、朝食らしきものを食べているばかり。
王様は迷うことなく、奥のカウンターに向かう。
「アメリー、いるかしら?」
「は~い。あら、伯母様。こんなところまで、どうしたの?」
「あなたに会いたいという人をお連れしたのよ。
我が国の恩人よ。なんでもお話してあげてね」
「恩人って?」
「スプリガンの問題と、ゾンネンバウムの問題。
どちらも解決してくださったの」
「ええっ? 本当に? 良かった……」
「どうして、あなたが泣くの?」
「あんなことがあってから、どちらの問題も起きたでしょう?
もしかしたら、わたしのせいかも知れないって思っていたから」
「そんなこと、あるわけないわ。あなたは、ちっとも悪くないもの」
「そうかしら?」
「ええ。絶対、そうです」
伯母と姪の会話をひとしきりすると、王様はくるりと振り返る。
そして、王子とティムに、カウンターの女性を紹介する。
「こちらが、我が国の姫。アメリーです」
王子とティムは、目を丸くする。
その様子を見て、アメリーは笑いながら手を伸ばしてくる。
「驚いたでしょう? 厨房で働いている姫なんて、いませんものね」
「い、いえ。そんなことは……」
姫と握手をしながらも、戸惑いを隠せない王子。
ティムも、自己紹介をしながら、戸惑っていた。
けれど、この姫なら、すべてを話しても大丈夫な気がしていた。
カウンターの目の前のテーブルに、座る。
王様も慣れた様子で、当たり前のように一緒に座っている。
姫が、カウンターの中からお盆を持って現れた。
ティムは立ち上がって、手伝おうとするが笑って制止される。
「ベリーのマフィンはお好きかしら?」
「ええ。大好きです」
「良かった。このあたりでは、野生のベリーがたくさん採れるの」
「アメリーのマフィンは、絶品です。ぜひ、いただきましょう」
ハーブらしきお茶とともに、マフィンをみんなでいただく。
甘酸っぱいベリーが、小麦の甘さを引き出している。
「おいしいです。すぐにでも、王都で店を開けそうだ」
「ふふふ。そんなに気に入ってもらえて、嬉しいわ」
大きなマフィンを食べると、人心地つく。
ティムが、王子と事前に打ち合わせていた通りに話を進める。
「実は、我々は、正確にはブラオの者ではありません」
ティムが覚悟を決めて発した言葉に、誰も驚かない。
むしろ、驚かれないことに、ティムと王子が驚く。
「ええ。分かっていました。ブラオとは、頻繁に行き来があります。
けれど、あなたにお会いしたことはありませんもの」
「それでは、なぜ、我らを信じてくださったのです?」
「カール陛下の手紙は本物でしたし。何より。
そのお顔を見れば、信じずにはいられません。これも王の直感かしら?」
笑って答える王様に、ティムは丁寧にお辞儀をする。
「ご慧眼、お見それ致しました。
それでは、我々の本当の身分をお話致します」
「ええ。想像はできていますけれど、ご自身の口から聞かないとね」
王子がティムを制して、自ら名乗る。
「わたしは、ルートヴィッヒ。当代の王子です」
「初めてお会いしましたわ。王子様」
アメリーが、少しふざけたように笑って言う。
「すまない。姫たちには、一度も顔を見せずに」
「いいえ。構いませんわ。
わたしたちも、よく分かっていませんでしたから」
「あの時、一体、何が起きていたのか。
なぜ、あなたが追放されることになったのか。
それをうかがいに参りました」
「ええ。わたしが知る限りのことをお話します」
***
保養地っていうから、豪華な別荘地に姫が引きこもってる。
そんなのを想像してたんだけど?
んんん?
元気いっぱいの村娘みたいな子が、厨房で働いてて。
それが、グリュンの姫だって!
このゲームだと女性の顔って、ほとんど描かれない。
当たり前。
『BLの世界』じゃ、女性はモブだから。
だから、どんな顔なんだろうってずっと思ってたけど。
普通に、かわいい女の子って感じ。
もちろん、ゴルトの姫に嫌がらせをして……。
な~んて風には、とても見えない。
まぁ、そもそも、それがウソなんだけどさ。ゲーム的にもね。
しかも、王子とオレのホントの身分ってバレてたらしい……。
そりゃ、そうなのか?
こっちは、結構、頑張って隠してたんだが?
身分を明らかにして、話を聞くことになった。
あの婚約破棄より前に、何があったのか?
ゲーム内でも語られてないから、オレも興味深々だわ!
*****
「そもそも、王子様の婚約者を決めるためにわたしたちは集められました」
そうアメリーは、話し始めた。
年頃になっても、婚姻に興味を示さない王子様。
次代の王の配偶者を決めるために、姫たちを王都に呼び寄せよう。
そう決めたのは、王妃様だったらしい。
「母上が? そうだったのか……」
「それも知らなかったのですか?」
「すまない。婚姻に関しては、まったく」
「話を聞いていなかったのですね?」
「なんと言っていいものか、本当にすまないとしか」
「ふふ。もう終わったことです。わたしは、大丈夫ですよ?」
王妃様は、ブラオ以外の国からひとりずつ姫を推薦させた。
ブラオを除いたのは、特定の国出身の王妃が二代続かないようにするため。
「グリュンには、わたしくらいしか適齢の者がいなくて。
どうせ、選ばれることはないだろうと軽い気持ちで参りました」
「ははは。誰も望んでいない花嫁選びか。母上も、なぜ、そのようなことを」
「王妃様は王様と出会えてお幸せだったので、王子様にも、と」
「なるほど。思い込みの強い母上らしいな」
花嫁選びといっても、皆でお茶会をしたり、お菓子作りをしたり。
庭園で花を愛でたり。
王都の街にお忍びで出かけたり。
同じ年頃の娘たちが集まって、ただ楽しく暮らしているような。
そんなのんびりとしたものだったらしい。
「その様子を見て、王子様に決めていただきたかったようですが。
王子様は、お出ましにならないので。
結局は、王妃様がひとりを選ぶことになりました」
「そうか……」
「王子様も、それで構わないとおっしゃられたそうです」
「う、ん。そう、言ったかも知れない」
「覚えていらっしゃらない?」
「ほかに考えることがあって……。すまない」
「いえ! わたしも、遊んでいたようなものですから」
王妃様は、グリュンの姫を選んだ。
選ばれなかったほかの国の姫たちにも、特に動揺はなく。
『婚約者は、グリュンの姫』とだけ、発表された。
ほかの姫たちは、しばらく王都を楽しんで、地元に帰る。
そういうことになっていた。
ところが、である。
姫たちが、それぞれの国へと戻る予定の日に、それは起こる。
「謁見の間で、大切な発表があるから集まるようにと。
そういう知らせが届いたのです」
「それは、誰から?」
「おそらく王妃様からだと思いますが」
「おそらく、とは?」
「手紙が届けられたのですが、いつもと違っていたので」
「いつもは、どのような?」
「お花かお菓子が添えられていました。
桃色や空色の美しい便箋に、優しい言葉が書き綴ってあって。
いつも、わたしたちのことを気遣ってくださっていると分かりました」
「その日は、違ったと?」
「はい。手紙自体もただの白い紙でしたし。
でも、筆跡は王妃様のものに間違いないと思うのですが」
謁見の間に集まった人々の前で発表されたのは、婚約破棄。
元々、さほど望んでいないから、衝撃はなかった。
けれど、ゴルトの姫が王子と愛し合っていて。
それを邪魔したから追放、というのには驚かされる。
確かに、ゴルトの姫も一緒に過ごしていた。
けれど、王子とそのような関係とは思えなかった。
ましてや、それを知らない自分が嫌がらせなどするはずもない。
「けれど、不思議なことに、その時はそう思わなかったのです」
「と、言うと?」
「そうだったのか、と人ごとのように思っていました。
バレてしまったからには王都を出なくては、と」
「それは、おそらく魅了魔法」
「ええ。そうですね。そう思い込まされていたようです」
「どうやって、魅了状態から抜け出したのです?」
「偶然です。部屋に戻り、落ち着こうとアルコルを口にしました。
すると、頭の中のモヤのようなものが晴れて。
急いで、近くの者たちにも飲ませました」
「それは、皆に効いたのですか?」
「はい。我が国の者だけですが」
「ほかの国の人たちには、飲ませていないと?」
「ええ。アルコルは、グリュン以外では禁止されていること。
もちろん知っていますし。
追放される立場では、色々と動くことはできずに……」
「それで?」
「元々、魅了魔法が効いていない者もいました。
幸い、全員が正気に戻ったので、急いで王都を出たのです」
ほかの国の姫たちが、どうなったのか。
別れを告げる暇はなかったため、まったく分からないという。
「わたしが、謁見の間で倒れたのは見ましたか?」
「ええ。おそらく。ただ、遠目でしたし、お顔を知らなかったので」
「誰かに、何かされてはいませんでしたか?」
「その時は、ぼんやりしていて」
「そうですか。お話をありがとうございます。ご迷惑をおかけして、申し訳ない」
「いいえ、まったく。
最後は驚きましたが、王都での滞在は楽しいものでしたから」
***
婚約者決めのために、王妃様が姫たちを集めてた?
初めて聞く話に、オレも王子もビックリ!
ティムの記憶では、王子の婚約者は、突然決まっていて。
でも、国のためには仕方ないって思ってたみたいだ。
ティムは、王子ラブだから、結婚しても近くにいられれば。
とか、考えてる。
よっ! 家来の鑑!
でも、オレだったら、やっぱり嫌だなぁ。
ラブだからこそ、独占したくなるだろ?
ワガママ?
この国の常識は、正直、よく分からないけど。
人の気持ちって、時代とか国とかで変わるもん?
ひとつ、いい情報もゲット!
アルコル、ってことはモントツッカーが?
魅了状態を解くのに、有効らしい。
これが、グリュンの人だけに効くのか、それとも誰でも?
もし、誰にでも効くなら、王都に持ち込めば!
術者を倒さなくても、魅了状態の解除ができるのかも?
だけど、気になるのは中毒性。
だから、グリュン以外では禁止されてるんだし。
ん?
でも、モントツッカーって、本当に中毒性あるのか?
何度か飲んでるけど、オレは別に……。
オレは、カッツェンでもないけど?
王様とゾフィアに連れられて、王子とティムは王の私室へと向かう。
私室には、大量の紫色の結晶に囲まれて、土の精霊ベルグが座っていた。
ベルグは、一心に結晶を食べているようだ。
「あなたがたのおかげで、地下は安全だと分かりました。
ベルグに食べさせるために、結晶はここに運ばせました」
「スプリガンの問題は、どうなりましたか?」
「残念ながら、暴れたものは倒すしかありませんでした。
けれど、スプリガンは木の精霊。次々と生まれてきます。
精製したモントツッカーを与えれば、もう暴れることはないでしょう」
「それは、良かったです」
「……ベルグですが、結晶は食べるのですが、立方体は吐き出しません。
どうすれば、いいのでしょう?」
王子とティムは、顔を見合わせる。
確か、あの時は……。
王子が、りんごを取り出してベルグに与える。
その手から、りんごを食べると、すぐに立方体を吐き出した。
「おお! 素晴らしい! 知っていたのですか?」
「いえ。犬のようでかわいらしく、つい、エサを与えてしまったのです」
「なるほど。やはり、ルイというかたは、直感力に優れているようです」
「ふふふ。ただの偶然では?」
「いいえ、そうは思いません。
それを信じて、我が国は大きくなってきたのですから」
王子が、今度はブドウをベルグに与える。
またすぐに、結晶が吐き出される。
「確かに、愛らしい。わたしも大切に致します」
「はい。ぜひ、そうしてください。それでは、始めましょう」
王子が、ベルグの中にある核を取り出す儀式を始める。
王子がベルグの体に手を入れる。
核は、王子に反応して、その手に勝手に寄ってくる。
それをグッと掴むと、ゆっくりと引き出す。
引き出されてしまうと、ベルグは力を失ったように座り込む。
やはり、そうなったベルグはただの土くれにしか見えない。
王子が、核を王様に渡す。
王様は、それを額に当てて目を閉じ、念じているような仕草を見せる。
やがて、核が紫色の光を放ち出す。
すかさず、その核をベルグだった土くれに戻す。
すると、ベルグはムクムクと起き上がって、王様の側に座った。
「成功ですね」
「ええ、本当に。あなたには感謝しても、し足りません」
「いえ、わたしは何も」
王様は、ゾフィアに渡されたりんごをベルグに与える。
ベルグは、それを食べ終えると立方体を吐き出した。
「おお! 本当に良かった! おじい様もきっと喜んでいます」
「ええ。グリュンのお役に立てて、光栄でした」
***
精霊を譲るシーンなんて、なかなか見ないから!
ゲーム内には、こんなイベントはなかったし。
いや~!
土から核を取って、もう一回入れるだけなんだけど。
なんだか、不思議と神秘的でさ。
黙って、じっくり見ちゃったね。
スプリガン問題も解決したみたいだし。
ここからは、いよいよ、メインストーリーか?
*****
次の日の朝早く。
王様とゾフィア、王子とティムに分かれて、馬で駆けていた。
王都を追放された姫のいる保養地に向かうためである。
領内にある保養地は、グリュンの国民ならば、誰でも使えるらしい。
温泉も湧き出ているので、農閑期には多くの国民が訪れる。
けれど、今の時期は、隠居した人たちがパラパラと訪れるくらいらしい。
保養地は、街からさほど離れていない場所にあった。
ここもやはり、木と土をふんだんに使った建物が多い。
保養地の中心にある噴水からは、湯気が上がっている。
王様は、噴水の側にある大きな建物の前で馬をとめた。
「姫は、ここにいるはずです。参りましょう」
大きな建物の一階は、広い酒場のような造りをしていた。
たくさんの椅子とテーブル。
繁忙期には、多くの人で賑わうのだろう。
けれど、今は、数人の老人たちが、朝食らしきものを食べているばかり。
王様は迷うことなく、奥のカウンターに向かう。
「アメリー、いるかしら?」
「は~い。あら、伯母様。こんなところまで、どうしたの?」
「あなたに会いたいという人をお連れしたのよ。
我が国の恩人よ。なんでもお話してあげてね」
「恩人って?」
「スプリガンの問題と、ゾンネンバウムの問題。
どちらも解決してくださったの」
「ええっ? 本当に? 良かった……」
「どうして、あなたが泣くの?」
「あんなことがあってから、どちらの問題も起きたでしょう?
もしかしたら、わたしのせいかも知れないって思っていたから」
「そんなこと、あるわけないわ。あなたは、ちっとも悪くないもの」
「そうかしら?」
「ええ。絶対、そうです」
伯母と姪の会話をひとしきりすると、王様はくるりと振り返る。
そして、王子とティムに、カウンターの女性を紹介する。
「こちらが、我が国の姫。アメリーです」
王子とティムは、目を丸くする。
その様子を見て、アメリーは笑いながら手を伸ばしてくる。
「驚いたでしょう? 厨房で働いている姫なんて、いませんものね」
「い、いえ。そんなことは……」
姫と握手をしながらも、戸惑いを隠せない王子。
ティムも、自己紹介をしながら、戸惑っていた。
けれど、この姫なら、すべてを話しても大丈夫な気がしていた。
カウンターの目の前のテーブルに、座る。
王様も慣れた様子で、当たり前のように一緒に座っている。
姫が、カウンターの中からお盆を持って現れた。
ティムは立ち上がって、手伝おうとするが笑って制止される。
「ベリーのマフィンはお好きかしら?」
「ええ。大好きです」
「良かった。このあたりでは、野生のベリーがたくさん採れるの」
「アメリーのマフィンは、絶品です。ぜひ、いただきましょう」
ハーブらしきお茶とともに、マフィンをみんなでいただく。
甘酸っぱいベリーが、小麦の甘さを引き出している。
「おいしいです。すぐにでも、王都で店を開けそうだ」
「ふふふ。そんなに気に入ってもらえて、嬉しいわ」
大きなマフィンを食べると、人心地つく。
ティムが、王子と事前に打ち合わせていた通りに話を進める。
「実は、我々は、正確にはブラオの者ではありません」
ティムが覚悟を決めて発した言葉に、誰も驚かない。
むしろ、驚かれないことに、ティムと王子が驚く。
「ええ。分かっていました。ブラオとは、頻繁に行き来があります。
けれど、あなたにお会いしたことはありませんもの」
「それでは、なぜ、我らを信じてくださったのです?」
「カール陛下の手紙は本物でしたし。何より。
そのお顔を見れば、信じずにはいられません。これも王の直感かしら?」
笑って答える王様に、ティムは丁寧にお辞儀をする。
「ご慧眼、お見それ致しました。
それでは、我々の本当の身分をお話致します」
「ええ。想像はできていますけれど、ご自身の口から聞かないとね」
王子がティムを制して、自ら名乗る。
「わたしは、ルートヴィッヒ。当代の王子です」
「初めてお会いしましたわ。王子様」
アメリーが、少しふざけたように笑って言う。
「すまない。姫たちには、一度も顔を見せずに」
「いいえ。構いませんわ。
わたしたちも、よく分かっていませんでしたから」
「あの時、一体、何が起きていたのか。
なぜ、あなたが追放されることになったのか。
それをうかがいに参りました」
「ええ。わたしが知る限りのことをお話します」
***
保養地っていうから、豪華な別荘地に姫が引きこもってる。
そんなのを想像してたんだけど?
んんん?
元気いっぱいの村娘みたいな子が、厨房で働いてて。
それが、グリュンの姫だって!
このゲームだと女性の顔って、ほとんど描かれない。
当たり前。
『BLの世界』じゃ、女性はモブだから。
だから、どんな顔なんだろうってずっと思ってたけど。
普通に、かわいい女の子って感じ。
もちろん、ゴルトの姫に嫌がらせをして……。
な~んて風には、とても見えない。
まぁ、そもそも、それがウソなんだけどさ。ゲーム的にもね。
しかも、王子とオレのホントの身分ってバレてたらしい……。
そりゃ、そうなのか?
こっちは、結構、頑張って隠してたんだが?
身分を明らかにして、話を聞くことになった。
あの婚約破棄より前に、何があったのか?
ゲーム内でも語られてないから、オレも興味深々だわ!
*****
「そもそも、王子様の婚約者を決めるためにわたしたちは集められました」
そうアメリーは、話し始めた。
年頃になっても、婚姻に興味を示さない王子様。
次代の王の配偶者を決めるために、姫たちを王都に呼び寄せよう。
そう決めたのは、王妃様だったらしい。
「母上が? そうだったのか……」
「それも知らなかったのですか?」
「すまない。婚姻に関しては、まったく」
「話を聞いていなかったのですね?」
「なんと言っていいものか、本当にすまないとしか」
「ふふ。もう終わったことです。わたしは、大丈夫ですよ?」
王妃様は、ブラオ以外の国からひとりずつ姫を推薦させた。
ブラオを除いたのは、特定の国出身の王妃が二代続かないようにするため。
「グリュンには、わたしくらいしか適齢の者がいなくて。
どうせ、選ばれることはないだろうと軽い気持ちで参りました」
「ははは。誰も望んでいない花嫁選びか。母上も、なぜ、そのようなことを」
「王妃様は王様と出会えてお幸せだったので、王子様にも、と」
「なるほど。思い込みの強い母上らしいな」
花嫁選びといっても、皆でお茶会をしたり、お菓子作りをしたり。
庭園で花を愛でたり。
王都の街にお忍びで出かけたり。
同じ年頃の娘たちが集まって、ただ楽しく暮らしているような。
そんなのんびりとしたものだったらしい。
「その様子を見て、王子様に決めていただきたかったようですが。
王子様は、お出ましにならないので。
結局は、王妃様がひとりを選ぶことになりました」
「そうか……」
「王子様も、それで構わないとおっしゃられたそうです」
「う、ん。そう、言ったかも知れない」
「覚えていらっしゃらない?」
「ほかに考えることがあって……。すまない」
「いえ! わたしも、遊んでいたようなものですから」
王妃様は、グリュンの姫を選んだ。
選ばれなかったほかの国の姫たちにも、特に動揺はなく。
『婚約者は、グリュンの姫』とだけ、発表された。
ほかの姫たちは、しばらく王都を楽しんで、地元に帰る。
そういうことになっていた。
ところが、である。
姫たちが、それぞれの国へと戻る予定の日に、それは起こる。
「謁見の間で、大切な発表があるから集まるようにと。
そういう知らせが届いたのです」
「それは、誰から?」
「おそらく王妃様からだと思いますが」
「おそらく、とは?」
「手紙が届けられたのですが、いつもと違っていたので」
「いつもは、どのような?」
「お花かお菓子が添えられていました。
桃色や空色の美しい便箋に、優しい言葉が書き綴ってあって。
いつも、わたしたちのことを気遣ってくださっていると分かりました」
「その日は、違ったと?」
「はい。手紙自体もただの白い紙でしたし。
でも、筆跡は王妃様のものに間違いないと思うのですが」
謁見の間に集まった人々の前で発表されたのは、婚約破棄。
元々、さほど望んでいないから、衝撃はなかった。
けれど、ゴルトの姫が王子と愛し合っていて。
それを邪魔したから追放、というのには驚かされる。
確かに、ゴルトの姫も一緒に過ごしていた。
けれど、王子とそのような関係とは思えなかった。
ましてや、それを知らない自分が嫌がらせなどするはずもない。
「けれど、不思議なことに、その時はそう思わなかったのです」
「と、言うと?」
「そうだったのか、と人ごとのように思っていました。
バレてしまったからには王都を出なくては、と」
「それは、おそらく魅了魔法」
「ええ。そうですね。そう思い込まされていたようです」
「どうやって、魅了状態から抜け出したのです?」
「偶然です。部屋に戻り、落ち着こうとアルコルを口にしました。
すると、頭の中のモヤのようなものが晴れて。
急いで、近くの者たちにも飲ませました」
「それは、皆に効いたのですか?」
「はい。我が国の者だけですが」
「ほかの国の人たちには、飲ませていないと?」
「ええ。アルコルは、グリュン以外では禁止されていること。
もちろん知っていますし。
追放される立場では、色々と動くことはできずに……」
「それで?」
「元々、魅了魔法が効いていない者もいました。
幸い、全員が正気に戻ったので、急いで王都を出たのです」
ほかの国の姫たちが、どうなったのか。
別れを告げる暇はなかったため、まったく分からないという。
「わたしが、謁見の間で倒れたのは見ましたか?」
「ええ。おそらく。ただ、遠目でしたし、お顔を知らなかったので」
「誰かに、何かされてはいませんでしたか?」
「その時は、ぼんやりしていて」
「そうですか。お話をありがとうございます。ご迷惑をおかけして、申し訳ない」
「いいえ、まったく。
最後は驚きましたが、王都での滞在は楽しいものでしたから」
***
婚約者決めのために、王妃様が姫たちを集めてた?
初めて聞く話に、オレも王子もビックリ!
ティムの記憶では、王子の婚約者は、突然決まっていて。
でも、国のためには仕方ないって思ってたみたいだ。
ティムは、王子ラブだから、結婚しても近くにいられれば。
とか、考えてる。
よっ! 家来の鑑!
でも、オレだったら、やっぱり嫌だなぁ。
ラブだからこそ、独占したくなるだろ?
ワガママ?
この国の常識は、正直、よく分からないけど。
人の気持ちって、時代とか国とかで変わるもん?
ひとつ、いい情報もゲット!
アルコル、ってことはモントツッカーが?
魅了状態を解くのに、有効らしい。
これが、グリュンの人だけに効くのか、それとも誰でも?
もし、誰にでも効くなら、王都に持ち込めば!
術者を倒さなくても、魅了状態の解除ができるのかも?
だけど、気になるのは中毒性。
だから、グリュン以外では禁止されてるんだし。
ん?
でも、モントツッカーって、本当に中毒性あるのか?
何度か飲んでるけど、オレは別に……。
オレは、カッツェンでもないけど?
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