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目覚める春
冬と正晴
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それからしばらく三人で話をしていたが、時計をちらりと見た母さんがもう帰ると言い出した。まだ俺が起きてから大して時間は経っていないのに珍しい。もう帰るんですか、と正晴も不思議そうにしている。
「うん。もう少しいたかったんだけど、叔父さんの法事があって。泊まりで行ってくるから、次に来られるのは明後日かな」
それを聞いて、あの人亡くなったのか、と思った。たしか一度しか会ったことがないし、顔もほとんど覚えていないため悲しいわけではないが、自分の眠っている間に何か事が起こっているということには若干の恐怖を感じた。今回の件から考えれば、自分の眠っている間に大切な人が亡くなることだってありうるだろう。何も知らず、起きたらその人がいなくなっていたら相当辛いはずだ。そう思うと、胸の奥がキュッと痛んだ。
俺と正晴は病室から出ていく母さんを見送ってから、話を再開した。
「でも、ほんとに俺のことは気にしなくていいからな。俺の退院待たせるとか、なんつーか申し訳ないし」
「だーかーらー、俺は冬と行きたいんだってば」
そう言いながら、正晴が俺のほっぺをつねってくる。加減はしてくれているのだろうが、ちょっと痛い。
「ていうか、俺がいなかったら冬ぼっちになっちゃうけどいいの?」
「へふにほーひうあけやないけろ」
つねられたままなのでしっかりと発音できなかった。 しかし、正晴は俺がなんて答えるか分かっていながら質問しているはずなので、理解してくれるだろう。
「別にそういうわけじゃないけどって?」
ほら、やっぱり。もう七年も一緒にいるのだ。お互いの気持ちくらい言わなくても分かる。だから、正晴が俺のことを特別に思ってくれているのも分かっている。だが、どうしても俺の問題に巻き込んでしまっているようで、気が引けてしまうのだ。そんな俺に向かって、正晴はふんわりと微笑む。手は離してくれたが、その笑みには怒りの色が混ざっている気がした。
「じゃあ、どういうわけ?」
「その、もちろん俺のことを優先してくれてるのは嬉しいんだけど、正晴に迷惑かけたくないし。もっと他の子と遊びに行けばいいのになって思って」
正晴の怒りモードに少しビビりながら答える。こいつを本気で怒らせると尋常じゃなく怖い。それもこの七年で学んだことだ。普段そんなに怒らない奴だからこそ、キレたときは容赦なかった。
「あのさぁ、冬」
いつもよりだいぶ低い声。何が地雷だったのかは分からないが、何かまずいことを言ってしまったのだということは分かった。こういうとき、真っ先に謝るのは逆効果だ。何に謝ってんの、なんて冷たい言い方をされるのがオチである。だから今の俺にできるのは、大人しく正晴の言葉を聞くことだけ。
「いつ俺が迷惑だって言った?」
「いや、言ってはいねーけど……」
「だよな。じゃあ、なんでそういうこと言うんだよ」
声を荒らげるわけではないが、物凄いオーラがある。整った顔立ちと正晴らしからぬ口調がそれを助長させていた。なんで、と質問の体を成しているが、これも正晴には分かりきったことだろう。似たような問答は過去にもやっている。
「いつも俺に合わせて予定とか決めさせちゃってるだろ。だから、迷惑だと思われてるんじゃないかって」
「迷惑だったらわざわざこうやって会いに来たりしないし、誘ったりなんかしないから。迷惑な相手に優しくするほど俺はいい奴じゃない」
そう言い切る正晴の目は残酷そうに見えて、優しさに満ちている。俺はほっとして強ばった体から力を抜いた。多少なりとも怒りは収まってきているようだ。
「悪い。たまに無性に不安になるんだ。正晴は俺が一人になるのが可哀想で一緒にいてくれてるんじゃないかって。ほら、お前優しいから」
「別に優しくないけどね。自分が一緒にいたい人と以外は、仲良くしたいと思わないし」
軽く笑って答えた俺に、少し冷たさを残したトーンで正晴が言った。優しくない奴は見舞いになんて来ないし、好きそうなものを見つけて誘ってくれることもない。だが、そんなことを主張したら今度はほっぺをむしり取られそうなので、一旦心にしまっておく。
「まあ、俺の方こそごめん。冬の気持ち、分かってないわけじゃない。でもやっぱり俺はそういうこと言ってほしくないんだ」
「そうだな、悪かった。これからは気をつける」
「うん。じゃあ、この話は終わりってことで。ビビらせちゃってごめんね!」
「な、ビビってなんかいねーし!」
俺が慌てたように否定すると正晴が吹き出した。一気に部屋の空気が緩む。正晴は終わった話をネチネチ言う奴ではないから、とりあえず一件落着だろう。
「冬はやっぱり面白いね」
くすくすと肩を震わせながら、そんなことを言われる。その言葉と笑いには、そのままの意味よりもっと深い意味があるに違いない。だが、俺はあえて追及することはしなかった。
「改めて、冬、おはよう」
「正晴、おはよう」
今更ながらに挨拶を交わして二人とも笑う。これがこの春の始まりだった。
「うん。もう少しいたかったんだけど、叔父さんの法事があって。泊まりで行ってくるから、次に来られるのは明後日かな」
それを聞いて、あの人亡くなったのか、と思った。たしか一度しか会ったことがないし、顔もほとんど覚えていないため悲しいわけではないが、自分の眠っている間に何か事が起こっているということには若干の恐怖を感じた。今回の件から考えれば、自分の眠っている間に大切な人が亡くなることだってありうるだろう。何も知らず、起きたらその人がいなくなっていたら相当辛いはずだ。そう思うと、胸の奥がキュッと痛んだ。
俺と正晴は病室から出ていく母さんを見送ってから、話を再開した。
「でも、ほんとに俺のことは気にしなくていいからな。俺の退院待たせるとか、なんつーか申し訳ないし」
「だーかーらー、俺は冬と行きたいんだってば」
そう言いながら、正晴が俺のほっぺをつねってくる。加減はしてくれているのだろうが、ちょっと痛い。
「ていうか、俺がいなかったら冬ぼっちになっちゃうけどいいの?」
「へふにほーひうあけやないけろ」
つねられたままなのでしっかりと発音できなかった。 しかし、正晴は俺がなんて答えるか分かっていながら質問しているはずなので、理解してくれるだろう。
「別にそういうわけじゃないけどって?」
ほら、やっぱり。もう七年も一緒にいるのだ。お互いの気持ちくらい言わなくても分かる。だから、正晴が俺のことを特別に思ってくれているのも分かっている。だが、どうしても俺の問題に巻き込んでしまっているようで、気が引けてしまうのだ。そんな俺に向かって、正晴はふんわりと微笑む。手は離してくれたが、その笑みには怒りの色が混ざっている気がした。
「じゃあ、どういうわけ?」
「その、もちろん俺のことを優先してくれてるのは嬉しいんだけど、正晴に迷惑かけたくないし。もっと他の子と遊びに行けばいいのになって思って」
正晴の怒りモードに少しビビりながら答える。こいつを本気で怒らせると尋常じゃなく怖い。それもこの七年で学んだことだ。普段そんなに怒らない奴だからこそ、キレたときは容赦なかった。
「あのさぁ、冬」
いつもよりだいぶ低い声。何が地雷だったのかは分からないが、何かまずいことを言ってしまったのだということは分かった。こういうとき、真っ先に謝るのは逆効果だ。何に謝ってんの、なんて冷たい言い方をされるのがオチである。だから今の俺にできるのは、大人しく正晴の言葉を聞くことだけ。
「いつ俺が迷惑だって言った?」
「いや、言ってはいねーけど……」
「だよな。じゃあ、なんでそういうこと言うんだよ」
声を荒らげるわけではないが、物凄いオーラがある。整った顔立ちと正晴らしからぬ口調がそれを助長させていた。なんで、と質問の体を成しているが、これも正晴には分かりきったことだろう。似たような問答は過去にもやっている。
「いつも俺に合わせて予定とか決めさせちゃってるだろ。だから、迷惑だと思われてるんじゃないかって」
「迷惑だったらわざわざこうやって会いに来たりしないし、誘ったりなんかしないから。迷惑な相手に優しくするほど俺はいい奴じゃない」
そう言い切る正晴の目は残酷そうに見えて、優しさに満ちている。俺はほっとして強ばった体から力を抜いた。多少なりとも怒りは収まってきているようだ。
「悪い。たまに無性に不安になるんだ。正晴は俺が一人になるのが可哀想で一緒にいてくれてるんじゃないかって。ほら、お前優しいから」
「別に優しくないけどね。自分が一緒にいたい人と以外は、仲良くしたいと思わないし」
軽く笑って答えた俺に、少し冷たさを残したトーンで正晴が言った。優しくない奴は見舞いになんて来ないし、好きそうなものを見つけて誘ってくれることもない。だが、そんなことを主張したら今度はほっぺをむしり取られそうなので、一旦心にしまっておく。
「まあ、俺の方こそごめん。冬の気持ち、分かってないわけじゃない。でもやっぱり俺はそういうこと言ってほしくないんだ」
「そうだな、悪かった。これからは気をつける」
「うん。じゃあ、この話は終わりってことで。ビビらせちゃってごめんね!」
「な、ビビってなんかいねーし!」
俺が慌てたように否定すると正晴が吹き出した。一気に部屋の空気が緩む。正晴は終わった話をネチネチ言う奴ではないから、とりあえず一件落着だろう。
「冬はやっぱり面白いね」
くすくすと肩を震わせながら、そんなことを言われる。その言葉と笑いには、そのままの意味よりもっと深い意味があるに違いない。だが、俺はあえて追及することはしなかった。
「改めて、冬、おはよう」
「正晴、おはよう」
今更ながらに挨拶を交わして二人とも笑う。これがこの春の始まりだった。
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