春になったら君に会いたい

松下柚子

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出会いの春

彼女の部屋

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「で、そんなことはいいんだけどさ。その女物のタオルは何?」
 
それから急にトーンを落として、正晴はそう尋ねてきた。そういえば存在を忘れていた。俺はさりげなくタオルを背中に隠す。別に見られてまずいものではない。ただ、からかわれる要素を増やすのは避けたかった。
 
「何でもねーよ。あ、盗んだとかじゃないからな!」

濁そうとした結果、我ながら怪しいことを言ってしまった。口が滑ったとはまさにこのことだ。いや、それだと本当に盗ったみたいになってしまうだろうか。言い方は変になってしまったが、俺はあくまで事実を述べたに過ぎない。
 
「拾ったの?」
 
意外にも正晴は普通に言った。このタイミングでからかってこないなんて、いつものこいつらしくない。それにどことなく真剣な表情だ。何か思うところがあるのかもしれない。
 
「ああ、廊下で女の子とぶつかっちゃって、その子が落としたものっぽい。本人に届けたいんだけど、どうやってその子を探せばいいか分かんなくてな」
「へぇ、名前とかは書いてないの?」
「んーと、平仮名でのぞみって書いてある」
 
のぞみ、と俺が言うと、正晴は何かを思い出したかのような顔をした。口元に手を当てて少し考え込んでいる。どうやら思い当たる節があるらしい。
 
「ここの階の端っこに、のぞみって名前の人が入院してたはず。何回かネームプレート見た覚えがある」
 
その言葉に俺はガバッと顔を上げた。記憶力のいい正晴の言うことだ。おそらく間違いない。毎日その病室の前を通っているであろう俺ですら覚えていないというのに、よく覚えているものである。ちなみに、正晴は三日に一回は俺を訪ねてくる。嬉しいには嬉しいが、さすがに多すぎる気がしないでもない。とはいえ、そんなことを言うとまた怒られるから、本人には言わないでおいた。それに今回は正晴のファインプレーのおかげで見つかりそうなのだ。俺が文句を言える立場ではないだろう。

名前だけでは確定ではないものの、二人で端っこの部屋に向かうことにした。すぐに辿り着いて足を止めると、確かにネームプレートには「小咲のぞみ」とある。とりあえず俺は白いドアを控えめにノックした。返事はない。
 
「いないのかも」
「いや電気ついてるし、とりあえず開けてみたら?」
「えー、それはまずくね」

小声での作戦会議。はたから見たら不審者である。もしかしたらノックが控えめすぎて聞こえなかったのかもしれない。さすがに勝手に開けるわけにはいかないので、改めてノックをしてみようと思った。

「というかこれ、俺やばいやつじゃないよな? やっぱり看護師に届けた方が」
 
拳を握るところまでいったのに、ビビって正晴を仰いでしまう。俺はお世辞にも優しそうな顔立ちではない。それこそ本当に不審者だと思われかねないのだ。それなのに、正晴はにっこりと笑うと、勝手にドアを開けてしまった。本当にこいつはいい性格をしてやがる。もし通報されたらもれなく道連れにすることに決めた。
 
ベッドに座っていた女の子は、読んでいた本から顔を上げてこっちを見た。やはりさっきぶつかった子だ。改めて見ると、くりっとした目が特徴的な可愛らしい顔立ちをしている。俺は正晴に押されて彼女の病室の中に入った。部屋は俺のとこと同じつくりのはずだが、女の子感が溢れている。 

「あの……」 
「あー、勝手にすみません! 怪しい者じゃないんです!」

完全に怪しい奴の発言である。訴えられたら100パー負ける。俺の言葉に、彼女は不思議そうな顔をしつつ本を閉じた。ひとまず通報はされなそうだ。
 
「あの俺、さっき廊下でぶつかった者なんですが」
「あ! ごめんなさい! わざとじゃなかったんです」
 
怒られると思ったのだろう。彼女の声は明らかに俺を怖がっている様子だった。そんなに俺は怖いのかと少し落ち込んでしまうが、急に部屋に入ってきた男が怖くないわけがない。正晴のせいであっても、この子にはそんなこと関係ないのだから。
 
「いや、ぶつかったのはいいんです。お互い様ですから。それより、これ落としませんでした?」
 
極力優しい声が出せるように意識しながら尋ねた。俺の手に握られたタオルを見て、彼女はハッとした顔をする。どうやら、この子の落し物で間違いないようだ。俺が丁寧にそれを手渡すと、嬉しそうにタオルを抱きしめた。
 
「ありがとうございます。大事にしてるものだったんです」
「そうなんですね。誰かからもらったものなんですか?」
 
お礼を言ってふわりと笑う姿はとても可愛らしい。久々に話す女の子というものに気後れをしつつ、俺は話を広げた。部屋に突撃しておいて、渡してすぐさよならというわけにもいかないだろう。
 
「友達……いや、知人からもらったものなんです」
 
彼女はそう言って寂しそうな目をする。わざわざ言い直したことからも、彼女が抱えているものが少し透けて見える気がした。俺にだって同じような経験はある。やはり俺たちは似ているのかもしれない。
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