春になったら君に会いたい

松下柚子

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ふたりの夏

デート準備

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「のぞみ、はよ」 
「冬くん、おはよう! って、もうお昼すぎだけどねー」 
「外くそ暑かった。溶けそう」
 
夏になった。まだ6月上旬だというのに、熱中症になりそうなほど暑い。まとわりつくような熱気に辟易しながら、のぞみの見舞いに来た。病院内はクーラーがついているので快適だ。

「ほらこれ、あの漫画の最新刊出てたから買ってきた」
「え、ほんと!? うわー、表紙かっこいい」
「俺は読んだし、貸すよ」
「ありがと、あとで読むね!」
 
なんでもない会話。出会ったばかりの頃は少し気恥ずかしさを感じていたが、さすがにもう慣れた。今では漫画の貸し借りなんかも当たり前になっている。

「あ、そうだ!」
 
だらだらとしゃべっていると、急に彼女が大きな声をあげた。顔には嬉しそうな笑み。
 
「私ね、一時退院の許可出たんだ。来週から10日間」
 
少し驚いた。俺たちが知り合ってから、のぞみはずっと入院しているからだ。正直、外にいる姿は想像出来ない。
 
「よかったな。おめでと」
 
純粋によかったと思う。病院にずっといたのだから、外に出られるというだけで相当嬉しいだろう。俺が素直に祝うと、のぞみは大きく頷いた。そんな様子に、なぜだか俺まで嬉しくなる。きっと段々とのぞみに惹かれていっているからだ。誰かと会いたい、話したい、なんて積極的に思うことなど今までなかったのに、のぞみにだけはそう思ってしまう。他の人たちと同じように、冬が来たら俺から離れていってしまうかもしれない。そんな不安は頭のどこかにあった。それでも今は一緒にいたいと思ってしまう。正晴にでさえ未だに怖くてそう思えていない。正晴が俺にとって特別であるならば、のぞみは特別の特別なのだろう。ただ、惹かれるといってもそれがどういった類のものなのかは自分でも分かっていない。恋愛か、友情か、もしかしたら尊敬なんてものもあるのかもしれない。今はさっぱりだが、それはこれからの付き合いで理解していけばいいと思った。
 
「最近、退院中にやりたいこと考えてるんだ! 家族と美味しいもの食べたり、温泉行ったりしたいなって」
 
のぞみは一時退院を心待ちにしていたようで、それはそれは嬉しそうに言った。あれもしたいし、これもしたいしなんて、家族とやりたいことを指折り数えている。家族とそれだけ仲良しなのはいいことだろう。
 
「へー、家族と仲いいんだな」
「うん!」 
 
友達とは遊ばないのか、とも聞こうと思ったがやめた。しょっちゅう見舞いに来ているのに、一度も彼女の友達と出くわしたことがないからだ。ずっと入院しているようだし、友達と呼べるような人はいないのかもしれない。俺自身、正晴以外には友達と呼べるような奴はいない。

「でね、ここからが本題なんだけど!」
 
のぞみが何かを企んでいるような顔をした。上目遣いで、ちょっと口角が上がっている。どうやら今までの話は前置きだったらしい。
 
「冬くんとも遊べたらなって思うんだけどどう?」
「え?」
 
突然の誘いに頭が真っ白になる。俺とのぞみが遊びに行く。これはつまりデートということになるのではないだろうか。病室でこうやって話すのには慣れたが、外で二人で遊ぶとなると話は別だ。緊張しまくる予感しかない。
 
「駄目、かな?」
「行こう」
 
澄んだ目で見つめながら、首をかしげられると弱い。おかげで反射的に返事をしてしまった。予定があるわけでもないし、別に問題はない。しかし、女の子と二人で遊ぶのなんてもちろん初めてなので、変なことをやらかさないか心配だ。だって、誘われただけでこんなにドキドキしている。 

「わーい! じゃあ、どこ行く?」 

俺の気持ちなどつゆ知らず、のぞみはるんるんと喜んでいた。いつもより目に輝きがあるように見える。窓から入る日差しが、そんな彼女を一層明るく照らす。
 
「俺はあんまりそういうのわからん」
「うー、ぶっちゃけ私もそうなんだよね。どこがいいんだろ」
 
俺たちはそう頭を悩ませた。友達が少ないとこんなところでも困るようだ。正晴と二人で遊びに行くことはあるけれど、それも向こうの提案で決めることが多いため、いざ自分で考えるとなかなか思いつかない。最終的に俺が帰る時間までいい案は出ず、「決まらないから、冬くんエスコートして!」という一言で任せられてしまった。大変だなと思いつつも、どこか楽しんでいる自分がいる。それが我ながら意外だった。やはりいい方向に進んでいるようである。彼女といることが俺の人生にいい変化を与えてくれるような気がした。


後日、俺は正晴に電話をかけた。誘われてからの数日間、本やネットで色々と調べてみたが、どうにもこうにもピンとこなかった。そのため正晴に意見を聞こうと思ったのだ。
 
「もしもし、冬が電話かけてくるなんて珍しいね」
 
2回のコール音の後に、聞きなれた声がスマホを通して聞こえた。 

「ちょっと緊急事態なんだよ」
「えー、なになに? のぞみちゃんに振られた?」
「ばっ、振られるもなにもねーよ。のぞみとはそういうんじゃねえし……」
「はいはい。で、何?」
 
いつも通りムカつくが、促されたので答える。こういう案件は、正晴の方が圧倒的に得意だ。
 
「今度、二人で出掛けることになって」
「のぞみちゃんと?」
「そう。で、エスコートしてって頼まれたんだけど、どうしたらいいと思う?」
 
そう尋ねると、んー、と悩むような声が聞こえてきた。真剣には聞いてくれているようだ。俺は晩飯を作りながら電話をかけていたので、返事を待ちながら魚をひっくり返す。
 
「冬的にはどういうデートがしたいの?」
「わかんない。女子と二人とか初めてだし」
「だよねぇ。ピュアだもんね」
「うっせ」
 
向こうで楽しそうに笑っているのが感じ取れる。正直ちょっとウザい。だが、デート成功のためである。ここは我慢しよう。
 
「いいからおすすめスポットとか教えろよ」
「そんなの俺に聞くより、冬の方が知ってるんじゃないの?」
「はあ?」
 
どう考えたって正晴の方が知っているだろう。正晴の方が友達も多いし、以前は彼女だっていた。それにオシャレで流行りにも敏感なやつだ。最近流行っている場所なんかは、俺よりも知っているに違いない。
 
「だって冬、よくいろんなところに出掛けてるじゃん」
「あー、まあ確かにそうだけど。でも俺がいつも行ってるところなんて、今どきの若者には面白くないと思う」
「ふはっ、今どきの若者て」
 
正晴が吹き出した。言い回しがツボだったらしい。俺的には本気で言っていたのだが、確かに変な言葉ではあった。
 
「んー、でも案外いいと思うけどな、俺は。冬が行ってるのって静かな場所が多いでしょ? のぞみちゃんも入院歴長いみたいだし、急に騒がしいところに行くよりは楽なんじゃないかな」
「……なるほど」
 
俺では考えつかないようなことを教えてくれる。なんだかんだ親切だ。といっても、結果的に解決はしていないのだが。
 
「で、具体的には?」
「そのくらいは自分で考えなよ」
「ケチ」
「だーって、冬くんエスコートして、って言われたんでしょ? これ以上アドバイスしたら、俺がエスコートしてるようなもんじゃんか」
 
のぞみの真似をしたつもりなのか、正晴は声のトーンをあげて言った。これっぽっちも似ていないのが逆に潔い。しかし、正晴の言い分はもっともだったので、俺は同意せざるをえなかった。
 
「わかった、場所は自分で考える。けど……」
「ん?」
「服装ってどうしたらいい? 俺オシャレな服とか一つも持ってないんだけど」
 
一瞬間を置いて、正晴がため息をついた。電話越しでも呆れられていると伝わってくる。服は親の買ってきたものを着ているくらいなので、服屋に行った記憶は数年前で途切れている。今の流行りに至っては、1ミリも知らない。

「冬、明後日の午後って暇?」
 
少しの沈黙の後、そう尋ねられた。ジーパンにTシャツがお決まりになっている俺に、自分で考えろなんて言っても仕方がないと思い至ったのだろう。その声には諦めの色が混ざっている。
 
「5時からなら空いてるけど」
「じゃあ、うち来て。俺の服貸すから。異論は認めない」
「……はい」
 
正晴の言葉により、強制的に服を貸してもらうことになった。こいつはセンスがいいので正直助かるが、こうして強制されると若干怖い。何かお礼を考えておこう。
 
「あとは明後日会ったら話すのでいい?」
「ああ。じゃ、また明後日」
「うん。またね」
 
そんな会話の後、電話を切った。ちょうど魚も焼けた頃なので、火を止めて自分の部屋に戻る。ベッドに寝転がりながら、行き先を改めて考えてみることにした。デート本番まであと5日。いろいろと迷うし、緊張もするが、どこか待ち遠しくもあった。
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