春になったら君に会いたい

松下柚子

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ふたりの夏

初デート(前編)

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今日は朝から天気がよくてホッとした。ついにデート当日だからだ。電話した日の2日後、俺は正晴に服を貸してもらった。俺に合うのを用意しておいてくれたらしく、自分ながらそこそこ似合っている。髪型はワックスを使って軽く整えただけだ。あまりやりすぎると意識していることが丸わかりだから、というアドバイスがあったためである。それでも、服に合っていて、多少はサマになっていると思う。
 
10時、駅前の大きな時計の下に集合。そういう約束だ。もともと5分前行動が身についている俺は、少し早めに着くように家を出た。
 
「あ、冬くん! おーい!」
 
もう少しで時計の下に着く、というところで大きな声が聞こえてきた。声の方向に目を向けると、のぞみが背伸びをして手を振っている。小柄な体を大きく見せようとしているのが可愛い。俺は急いでそこへ走った。
 
「わりぃ、待った?」
「待った待った。めーっちゃ待ったよ!」
「う、ごめんなさい」
 
のぞみが頬を膨らませて言うので、真面目に謝ってしまった。彼女は早めに来るタイプだったようだ。
 
「ふふっ、冗談!」
 
俺が真剣に謝ったのがおかしかったのか、のぞみは急に笑う。どうやらさっきのは本気ではなかったらしい。よくよく考えてみれば、集合時間より前に来ているのに怒られる筋合いはない。
 
「冬くんと遊びに行けるんだーって思ったら、楽しみすぎてつい早く来ちゃっただけ」
 
満面の笑みでそんなことを言う。その表情と発言がどうにも可愛くて、ドキッとしてしまった。なんかずるい。俺が思ってても言えないようなことをさらっと言われてしまう。かっこよくリードしたいのに、してやられてばかりだ。
 
「冬くん今日いつも以上にかっこいいね」
 
ほら、また。俺だってのぞみの格好を褒めたいのに、先に褒められてしまった。もちろん褒めてくれるのは嬉しいが、地味に悔しい。俺も負けじと褒めようと決めた。いや、そんな決意をせずとも、もちろん彼女は可愛いのだが。病院ではラフな格好をしていたので、のぞみのちゃんとした私服を見るのは初めてだ。白いスカートに水色のトップス、髪は緩く巻かれている。メイクはしていないようだが、元の素材がいいからか顔も服に負けず可愛らしい。
 
「のぞみも可愛いな。ちょっとお嬢様っぽい」
「えへへ、嬉しい。でもお嬢様なんて遠い存在だけどね」

俺が内心結構照れながら言うと、彼女ははにかんで答える。それも可愛くて、まだ集合したばかりなのに俺の心臓は強く打っていた。
 
「で、今日はどこに連れてってくれるの?」
「着いてからのお楽しみ。つっても、楽しんでもらえるかわかんないけど」 
「えー? 冬くんと一緒ならどこでも楽しいよ」

ちょっと前から思っていたが、のぞみは小悪魔系だと思う。素かわざとかわからないが、俺を惑わせすぎだ。
 
「じゃ、行くか」
 
照れ隠しのように言ったその一言で、俺たちは歩き出した。駅から離れて住宅街を抜けたところに最初の目的地がある。そこまでは二人で喋りながら、ゆっくりと歩いた。
 
「はい、最初の目的地はここ」
 
俺は大きな建物の前でピタッと立ち止まった。話すのに夢中になっていたのぞみも、それに合わせて立ち止まる。それから、顔を上げてキョトンとした。
 
「えっと、美術館?」
 
あ、この反応やらかした。すぐにそう思った。俺の好きな場所だからここを選んだが、ぶっちゃけ急に連れて来られても困るだろう。互いに絵が好きならまだしも、のぞみと芸術の話になんてなったことがないのだから。
 
「……あー、ごめん。他の場所がいいよな」
「え、ううん! ここがいい!」
 
別の場所を提案しようとスマホを取り出した俺に、のぞみは慌てた声をあげる。よく分からないが、とりあえず嫌だったわけではなさそうだ。
 
「私美術館って来たことないから、ちょっとびっくりして」
「え、小学校の校外学習とかで来なかった?」
「あー、そういうのほとんど行けてなかったから」 
 
のぞみが悲しそうに笑った。その姿に胸が痛くなる。理由は明言しなかったが、きっと病気のせいなのだろう。なんで簡単に聞いてしまったのか。のぞみが病気だって知っていながら、なんで傷を抉るようなことを。あまりにも迂闊すぎた。自分だって冬のことを言われたら、耐えられないくせに。
 
「ごめん」
 
口から出た暗い声すら憎い。ここで謝ったりなんかしたら、もっと傷つけるだけだと分かっているのに。
 
「えー、なんで謝るの。冬くんのせいじゃないでしょ」
 
のぞみは綺麗な髪を耳にかけながら言った。顔にはさっきよりも柔らかな笑みを浮かべている。傷ついていないわけではないと思うが、きっと明るくしようとしてくれているのだろう。
 
「それもそうだな。じゃあ入るか」
 
俺も明るく笑ってみせて、一緒に館内へ足を踏み入れた。
 
「大人2人なんですけど」
「600円になります」
 
まずは受付で入館料を払う。俺はのぞみが財布を出す前にスッと600円を置いた。元々よく来ている美術館だ。いくら掛かるのかも分かっていたので抜かりはない。
 
「え、冬くん、私の分のお金」
「おごり」
「ええ、悪いよ。自分で払う」
「いいって。デートなんだしちょっとくらいかっこつけさせて。まあたった300円だけだけど」
「じゃあ、ありがとう」
 
やっと、なんとか少しだけかっこがついた。なんか軽く思考が漏れていた気もするが、気のせいだろう。
 
「そういえばさっきデートって言った?」
 
順路に沿って歩いていると、不意にのぞみが聞いてきた。
 
「ああ。それがどうかしたか」
「なんかカップルみたいだなぁ、って」
 
その言葉に、体温が急激に上がったのを感じた。カップルという言葉が頭の中をグルグルとする。
 
「あれ、なんか今恥ずかしいこと言ったね私。ごめん、忘れて」
 
のぞみが頬を赤らめてそう言ったのが、俺に追い打ちをかけてきた。むしろこっちが恥ずかしい。そんなことをしていると展示室に辿り着いた。これ以上この話を続けることはできなかったので、助かったと思った。
 
「わあ……!」
 
展示室内へ入ると、のぞみは感嘆の声をあげた。美術館に来たことがないということは、これだけの数の美術品を見たことがないということだろう。そんな人が多くの絵が並んでいるところを見たら、感動するのは当然だ。
 
「この絵リアル感がすごい! 細かすぎるでしょ」
「うわぁ、綺麗。こんな女の人憧れちゃう」
「これ何を表してるんだろ。あ、もしかして太陽かな」
 
平日昼間だからか二人しかいない展示室で、のぞみの声が響く。俺は黙って絵を見ていたが、彼女は一人でいろんなことを言っていた。それだけテンションが上がっているのだろう。そんな様子を見るのが楽しかった。 
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