春になったら君に会いたい

松下柚子

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ふたりの夏

初デート(中編)

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「あー、楽しかったぁ」
 
美術館を出たところで、のぞみが伸びをしながら言った。顔には満面の笑みが浮かんでいる。最初はどうなることかと思ったが、俺のチョイスは外れではなかったようだ。
 
「喜んでもらえてよかった」
「ありがとう、連れてきてくれて」
「どういたしまして。さて、もう12時回ったし昼飯食わねえ? 行きたい店あるんだけど」
 
そんな流れで、俺たちは昼飯を食べに行くことになった。もちろん近くの飲食店は調査済みなので、その中でも評判のよい店に向かうことにする。
 
「冬くんはよく美術館行ったりするの?」
「ああ、一時期美術館巡りにハマってたし」
「へー、意外!」
「似合わないだろ。よく言われる」
「ふふっ、確かに」
 
事前に目をつけておいたオムライス屋で、昼飯を食いながらのんびり話をした。注文したオムライスはとろふわな卵とチキンライスの相性が抜群で、とても美味しい。ネットでの口コミのとおりだ。
 
「さて、腹もいっぱいになったことだし次行くか」
 
デザートのプリンまで堪能して店を出ると、俺とのぞみは次の目的地へ向かった。さっきと同じく、行先はのぞみにはまだ秘密だ。店からバスで二十分ほど行くと、大きな公園に着いた。今日最後の目的地である。
 
「おっきな公園だね。小さいころにお父さんと近所の公園行ったの思い出すなぁ」
 
のぞみは公園を見ると、懐かしそうに呟いた。きっといい思い出があるのだろう。俺も昔はよく友達と公園で遊んでいたので分かる。この年になると公園に行く機会はかなり減るし、のぞみの状況なら尚更感慨深いに違いない。
 
「冬くんは公園とかもよく来るの?」
 
緑色の葉を揺らめかせる木々の下を歩きながら、のぞみが聞いた。間から漏れた日の光が、彼女の可愛らしい顔を一際輝かせている。
 
「まあな。公園に限らずいろんなところに行ってる。ほとんど静かなところだけど」
「いいねそういうの。楽しそう」
「そうか?」
「うん、とっても。いつか今まで行ったところの話してほしいな」
「わかった」
 
今まで正晴にもそういう話をしたことはなかったが、のぞみになら話したいと思った。それにしても、楽しそうと言われたのが意外だ。今は二人だけど、普段は一人だし、明るい場所でもない。楽しそうとはかけ離れていると思っていた。実際楽しいかと聞かれたら、答えには迷ってしまう。それでも俺が行っているのは、美しいものを見るためだ。 美しいものを見ると、少し救われた気持ちになる。時によっては逆に辛くなることもあるが。なにより、枯れかかっていた心が揺さぶられるのだ。そしてそれは、のぞみといる時も同じだった。
 
俺たちは園内を適当に歩き回った。遊具エリアでは子供たちに混ざって遊具で遊んだり、疲れたらベンチに座ってジュースを飲んだりもした。
 
「公園って久々に来ると楽しいね」
「だな。俺はよく来るけど、こんな風に遊んだのは久しぶりだ」
「童心に帰るなぁ」
「まー、俺らも子供だけどな」
 
確かに、とのぞみが笑ったので、つられて俺も笑う。遊具の方からは子供たちの遊ぶ声が聞こえていた。 

「さてと、じゃあ、一番の最後の目的地に向かいますかね」
「え、ここじゃないの?」
 
俺がベンチから立ち上がって言うと、のぞみは驚いた顔をした。その表情を見て、少し得意げになる。
 
「ここだけど、ここじゃないんだよ」
「なにそれ、どういう意味?」
「行けば分かる」
 
先導する俺に、彼女は大人しく着いてくる。不思議そうな顔をしつつも、どこかわくわくしているように見えた。ベンチから少し歩くと小屋があり、その裏を通り抜けると整備されていない道に出る。そこからさらに歩くと小さな階段があるのでそこを下り、細い道をさらに進む。しばらく行くと、木々が立ち並んで通せんぼをしている所があった。そこは間をうまくすり抜ける。狭いが通れないほどではない。その木々を抜けた先には。
 
「うわぁ……! 花畑だ!」
 
綺麗な花畑が広がっていた。
 
「どう?」
「すごく綺麗! でもどうしてこんなところに?」
「趣味でここで花を育ててる人がいるんだ。秘密の花畑って魅力的だろって」
「へぇ、素敵だね」
 
そう、綺麗で素敵だ。赤、黄、橙、水色、桃色。いろいろな色の花が咲いている。凛としていたり、可愛らしかったり、縮こまっていたり、どれもが美しい。日に当たって気持ちよさそうにしている花たち。そよそよと揺れる風が花と俺らをくすぐっていく。
 
「私この花好きだなぁ」
 
ふと、のぞみがある花の前でしゃがみ込んだ。ピンクと白色の可愛らしい花。ジニアだった。和名では百日草といい、開花時期が長いことで有名である。花言葉は「不在の友を思う」。俺がそれを伝えると、のぞみはびっくりしたように目を見張った。
 
「えー! 冬くんよく知ってるね」
「まあな。花は好きだから」
「すごいね。私全然分からないや」
「でも好きなのか?」
「だってほら、かわいいから!」
 
そう言った彼女の方が数倍可愛かったのだが、それは口に出さないでおく。なんにせよ、のぞみがジニアを好きだと言ったことは嬉しかった。「不在の友を思う」、それはつまり、俺が眠っている冬の間も俺のことを思ってくれるということではないだろうか。我ながらポジティブな考え方だ。そもそものぞみは花言葉を知らなかったというのに。だが、そうであればいいなと思った。
 
「冬くんは何の花が一番好き?」
「どれも好きだけど、一番って言われたら桜一択だな」
「えー、ここに咲いてないじゃん」
「そりゃ、春の花だしな」
 
むぅ、とのぞみが頬を膨らませた。そんなことをしても、可愛いことに変わりない。女の子とこんな風に関わることがなかったからだろうか。どんな表情にも可愛いという気持ちが湧いてしまう。
 
「あ、じゃあじゃあ!」
 
彼女は手を挙げて大きな声を出す。俺はのぞみの隣にしゃがんで、首をかしげた。
 
「来年の春に、冬くんおすすめの桜スポットに連れてって!」
 
これは、少なくとも来年の春までは仲良くしてくれるということだろうか。いや、きっとのぞみは俺の体質のことを知らないからこんなことが言えるのだ。知ったら、本当に冬の間会えなかったら、俺のことなんて忘れるに違いない。そう思っているのに、俺の口は自分の意思に反して動いた。
 
「わかった、約束な」
「うん、約束!」
 
のぞみは楽しそうに笑って答える。もし忘れられてしまうとしても、今この約束は俺にとっては大切で、嬉しくて、かけがえのないものだ。本当はそれだけでいいのかもしれない。分からない未来のために今の幸せを失う必要なんてない。 ぱあっと目の前が明るくなった気がした。こんな簡単なことに、俺は今まで気づけていなかったのだ。彼女のおかげでやっと気づけた。 やっぱりのぞみは俺にとって特別の特別だ。出会えてよかった。そんなことを改めて思った。
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