春になったら君に会いたい

松下柚子

文字の大きさ
16 / 40
告げられる夏

宣告

しおりを挟む
あれから、のぞみへの思いと自分の将来についてさまざま考えた。

のぞみに惹かれていることは好きとイコールになるのだろうか。好きだとして、それはどんな好きだろうか。もし俺がのぞみに恋しているとしたら、どうすべきなのか。

やはり体質を治すことを望む以上、研究に協力すべきなのか。もしそれでうまくいかなかったらどうしたらよいのか。このまま変わらなければ、俺にはどんな未来があるのだろうか。

どちらもいくらだって疑問が出てくる。答えは俺にしか見つけられない。だが、今の俺にはどれも判断しかねた。こうだ、と決めるには決定打がないのだ。何か大きな出来事があれば、俺も自分の気持ちがよく分かるかもしれない。そう思っていた。
 
「うぁー、あっちぃ」
 
気づけばもう8月。気温は連日30度を超えており、外を歩くだけで溶けそうに暑い。今日はバイトが休みなので、図書館へ行ってきた。俺はあまり小説を読む方ではないが、正晴やのぞみから薦められている小説があるため、いくつか借りてみたのだ。その後ファミレスで昼飯を食い、今はのぞみの見舞いのために病院へ向かっている。ファミレスから病院までは歩いて二十分ほどだが、それでも暑さにやられそうだった。
 
病院内に入ると、クーラーの冷気が俺にくっついていた熱を吹き飛ばしていった。受付で見舞いの旨を伝え、いつも通りのぞみの病室へ向かう。だが、今日はなぜか胸騒ぎがした。何か悪いことが起こる気がする。根拠のないその予感を無視することはできなかった。病室の前まで来て、一度深呼吸をした。やはり嫌な感じがする。少し怖かったが、そんな考えを振り払うように頬を一度叩き、ノックをしてドアを開けた。ガラガラという音に気づいたのぞみがバッと顔を上げる。その顔は妙に歪んでいて苦しそうだった。俺は驚いて、すぐに彼女に駆け寄った。今まで泣いていたことを、頬についた涙の跡が語っていた。
 
「おい、どうした?」
 
のぞみの肩に手を乗せ、目線を合わせて尋ねた。その瞳は熱く潤んでいて、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
 
「……なんでもない」
 
彼女はそれを隠すように顔を背ける。しかし、声の震えは抑えきれていなかった。
 
「なんでもないわけないだろ。そんな苦しそうな顔してんのに」
「別に普通だよ」
「それが普通なわけあるか。何があった?」
「冬くんには関係ないじゃん! ほっといてよ!」
 
上擦った声ときつい言い方。彼女らしくないその様子に一瞬ひるんでしまう。 聞かれたくないことを追及していい立場に俺はいない。ただ頻繁に見舞いに来ているだけの他人にすぎないのだから。それでも、放っておくことなんてできなかった。
 
「関係なくなんてねーよ! 俺はのぞみが……! のぞみのことがっ……」
 
好き。 そう口から出かけて、慌てて口を押さえた。 わからないのに。わからないはずなのに。なんで勝手に俺の気持ちを無視して行こうとするんだろうか。
 
「た、大切だから。そう、のぞみのことが大切なんだよ!」
 
そう言ってどうにか誤魔化す。自分でも、無理のある誤魔化し方だと思った。だが、のぞみはそれを聞いて潤んだ瞳をこちらへ戻した。「大切……」と呟いて、その言葉を咀嚼するように何度も小さく頷いている。
 
「うん、じゃあ、教えてあげる。でも落ち着いて聞いてね」
 
そして、俺に向けて寂しげに笑った。
 
「私、次の春は迎えられないんだって」
 
咄嗟に「は?」と声が出た。のぞみの言っていることが分からない。次の春は迎えられない? それはつまり、春になる前に死ぬってこと? 彼女の言葉が、そのまま頭の中をぐるぐると回る。理解できないはずないのに、理解できない。そんなこと分かりたくないと、脳が拒絶しているようだった。 
 
「私、小さい頃から重い病気なの。二十歳まで生きるのは難しいって言われてた。それでね、この間体調が悪い日が続いてたから検査したら、病気がさらに進行してて。昨日先生に、次の春まで生きるのは無理だろうって言われちゃった」
 
垂れてきていた髪を耳にかけながら、彼女はそう言った。いつもより少し早口になっているのは、俺の気のせいではないだろう。
 
「嘘、だろ?」
 
なんとか捻り出せた言葉はそれしかなかった。耳に届く自分の声は掠れている。驚きを隠せないということが丸わかりな声だった。だって、体調の悪い日が続いていたなんて知らない。これだけ頻繁に会いに来ているのに、辛そうな姿なんて見たことがなかった。調子が悪いのを隠して、いつも歓迎してくれていたのだろうか。そんなこと信じられないし、信じたくない。
 
「ううん、嘘じゃない。……嘘じゃ、ないんだよ」
 
彼女のその言葉は、俺だけでなく彼女自身にも向けられている気がした。のぞみ自身、まだ気持ちの整理ができていないのかもしれない。聞いた通りなら、伝えられてからたった一日しか経っていないのだから。今更になって、俺がどれだけ酷なことをさせたかに気づいた。そんな辛いことを話せだなんて酷すぎる。
 
「ごめん」
 
何も考えずに、謝罪の言葉が口をついていた。謝って済む話でもないのに。それを聞いてのぞみが笑う。
 
「えー、なんで冬くんが謝るの! って、なんかこの前もこんな感じのことあったね。ほら、美術館行ったとき。覚えてる?」
 
のぞみなりに明るくしようとしてくれてるのが伝わってきて、なぜか泣きそうになった。辛くないはずないのに、苦しくないはずないのに、明るく笑っている彼女。素敵だと思った。綺麗だと思った。だけど、見ているのが辛かった。なんて言おう。なんて言ったら、のぞみの苦しみを少しでも取り除けるだろう。そう考えてはみるものの、人付き合いに慣れていない俺には気の利いた言葉は思いつかない。それでも何か言わなくちゃ、と口を開いたとき、背後で勢いよくドアを開ける音がした。
 
「やっほー、冬、のぞみちゃん! ってあれ、なんかお邪魔しちゃった?」 
 
元気に挨拶しながら入ってきたのは正晴だった。お邪魔しちゃった、なんて言いながら普通に近づいてくる。横に並んだ彼の額には汗が滲んでいた。
 
「正晴、お前なんで……」
「冬今日バイト休みだって聞いて、それならここにいるかなって。ちょうど近くに来たから寄ってみたんだけど、タイミング悪かった?」
「ううん、別に大丈夫!」
 
にこっと微笑んでのぞみが答える。急な登場には驚いたが、正直助かったと思った。何かを言おうと焦っていた気持ちが少し和らぐ。
 
「俺のこと探してたのか?」
 
そう聞くと正晴は頷いた。でもきっと嘘だ。本当なら真っ先にスマホに連絡してくるに違いない。だが、正晴からのメッセージは今日受け取っていない。それに、ほんの少し顔が強ばっている。なぜそんな嘘をつくのかは分からないが、正晴のことなのできっと理由があるのだろう。とりあえず話を合わせることにする。
 
「ちょっと伝えたいことがあってね」
「伝えたいこと? 何?」
「うーん、まあ、色々?」
 
あえてのぞみにも声が届くようにか、全く抑えていない声量で正晴が言う。ここでは話しにくい。そう伝えたいのだろう。その真意は、俺をここから連れ出そうということか。
 
「あ、じゃあ、話の続きはまた今度にしよっか」
 
のぞみもそれを悟ったようで、控えめにそう言った。申し訳ないとは思う。傷ついているのを分かっていて、そのままにして帰るなんて。しかし、今はここにいても何もできる気がしなかった。それなら場を改めた方がまだましかもしれない。
 
「じゃ、また来るから」
「うん、待ってるね」
 
俺たちは、お互い小さく手を振って別れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...