春になったら君に会いたい

松下柚子

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告げられる夏

罪と決意

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「で、何があったわけ?」
 
明るい音楽の中、いつもより険しい顔をした正晴と対峙している。ここは病院近くの喫茶店。落ち着いて話すのにはうってつけだろうということで、病院を出てからここに来た。その間、正晴は何も言ってこなかったが、相当気になっていたようで、席についてすぐに質問された。俺をあの場から連れ去ろうとしたのは、よくない状況であることを察したからのようだ。俺は勝手に話していいものか少し迷ったが、素直に言うことにした。俺ひとりで抱えるにはあまりに重い話だったからだ。
 
 「……のぞみちゃん、そんな重い病気だったんだ」
 
のぞみから聞いたことを全て話すと、正晴は整った顔を歪ませてそう言った。正晴にしては珍しく、言葉を失っている。
 
「俺はなんて声かけてやればよかったと思う?」
 
一番知りたかったことを尋ねてみた。しかし、正晴は小さく首を横に振って目を伏せただけで、解決策を示してはくれなかった。俺と同じくかなりショックを受けているのだろう。知り合いが余命宣告されたのだ。無理もない。
 
「春まで生きられないって、余命半年とかそんくらいだろ。短すぎるよなぁ、そんなの」
 
俺のその言葉に正晴はさらに顔を歪ませる。
 
「……それがどういうことか分かってるよね」
 
そして、その顔のままそう聞いてきた。正晴の言いたいことの意味はよく分かった。むしろ、分からないはずがない。俺がずっと苦しんできたことなのだから。
 
「もちろん分かってる。俺がのぞみと会えるのはあと少しだけだってことだろ。俺は冬になったら寝ちゃうんだから。今が8月の頭だから、あと4ヶ月ないくらいか。下手したらもっと短いかもしれないな」
 
俺はあえてなんでもない風に答える。当事者のいないところで、部外者が暗くなっていたって仕方がない。正晴がショックを受けている今、俺だけは明るくいるべきだろう。なんて、本当はどうしたらいいのか分からなくて取り繕ってるだけなのに。
 
「冬……」
 
やはりそれも正晴にはバレてしまっているようで、正晴はそう呟いて黙り込んだ。俺も何を話すべきか分からなくなって、二人の間に沈黙が流れる。
 
「好き」
 
その沈黙を破ったのは、紛れもない俺自身の声だった。自分でも驚いて、ばっと口を塞ぐ。
 
「え、急に何?」
 
さっきまで暗い顔をしていた正晴もこれには驚いたようで、ポカンとした顔をしている。何と聞かれても、俺にも分からない。
 
「いや、なんでもない」
「えー、気になるんだけど」
「なんでもねーって!」
 
俺が恥ずかしさに声を少し荒らげると、正晴は意地悪な笑みを浮かべた。見慣れたいつもの表情だ。 
 
「なんでもないって言い張るんなら、俺への愛の告白として受け取っちゃうよ」
 
正晴のそんな言葉のおかげで、俺は本当のことを話さざるをえなくなった。
 
「のぞみに好きって言いそうになったんだよ。なんつーか話の流れで? まあ、思いとどまったんだけど」
「へーえ、やっと自覚したんだ?」
「いや、まだ分かんねぇ。好きとか、咄嗟に出そうになっただけで」
 
そう、分からない。だから悩んでいるのだ。俺の言葉を受けた正晴は、口元に手を当てて考える仕草をしている。
 
「俺は、冬が思ってもないことを言えるような人だとは思わないけど?」 
「どういう意味だ?」
「心のどこかでは、冬はのぞみちゃんを好きだと思ってるんじゃないかってこと。だって、全く思ってもないのに、好きとか言っちゃいそうなんてなる?」
 
的を射た正晴の言葉は、心に重くのしかかってきた。俺は何も言えなくなってしまう。もう本当は分かっていたのかもしれない。好きになってしまうのが怖くて、逃げていたのだと。そんなことを思った直後、ふいにあることを思い出した。あまりの衝撃に、一気に頭が痛くなる。
 
「冬、大丈夫? 苦しそうだけど」
 
つい歪んだ表情に気づいてか、正晴がそう聞いてくる。俺はなんとか頷いて、飲みかけのコーヒーをあおった。
 
「俺さ」
 
そして、苦くなった口を開く。聞いている正晴は真剣な顔をしていた。
 
「俺、ずっと考えてたんだ。自分がのぞみのことどう思ってるのかって」
「うん」 
「だけど、全然わかんなかった。好きだって決めつけるには、何か足りなくて。だから、……だから」
 
そこまで言って後が続かなくなる。正晴は急かすような素振りはしなかった。優しくこっちを見ているだけである。俺はその優しさに応えようと、再度口を開いた。
 
「だから、何か大きなことが起これば、自分の気持ちがはっきりするんじゃないかって思っちゃんたんだよ」
 
口に出すと、より自分の罪の重さを感じる。胸が苦しくて、ぎゅっと拳を握りしめた。
 
「俺がそんなこと思ったりしなければ、のぞみは……」
「そんなわけない!」
 
今まで静かに聞いていた正晴が急に叫んだ。同時に思いきり立ち上がったので、周りの客の視線が一斉にこっちを向く。
 
「冬のせいなんかじゃないよ! 思ったからなんてそんなことあるわけがない」
 
周りのことなど気にも留めず、そのまま正晴はそう言う。表情はすごく悔しそうだ。その表情を見ていたら、何も言えなくなってしまった。
 
「……ごめん」
 
無言のまま少し経ち、正晴は小さな声で謝ると、静かに席に座りなおした。さっきまでこっちを見ていた客たちは、何事もなかったかのように自分たちの世界へ戻っていく。明るい雰囲気の喫茶店の中で、俺たちの間の空気だけが暗く落ち込んでいた。正晴が言ったことは、もっともなことだった。だが、それなら俺の罪が消えるのかといえば、それはまた別の話だろう。
 
「俺がそんなこと思わなくたって、のぞみはもう長くは生きられなかったかもしれない。それは分かってる。でも、思っちゃったことには変わりはないんだ」
 
自分の言葉を咀嚼するように、ゆっくりと話す。大きな出来事が起こればなんて、そんなことを思わなければよかった。のぞみに抱いている気持ちがどんなものであっても別によかったのに。それを曖昧にしたままだって、楽しい日々は送れていたのに。思いだけで現実が変わるわけじゃない。そのことを俺は知っている。それでも思ってしまったという事実を無視はできなかった。
 
「だから、実際がどうであれ、俺は自分が思ったことを罪だと認識してる」 
 
俺がそうはっきりと言い切ると、正晴の顔が強く歪んだ。そこに浮かんでいたのは、やりきれなさだった。
 
「冬が本気でそう思ってるんなら、これ以上俺には何も言えないよ」
 
正晴は聞いている方が苦しくなるような声で言って、雑に頭を掻いた。自分の言葉が正晴のことも苦しめている。それをわかっていても、もう訂正はできなかった。
 
「これからどうするつもりなの?」
 
正晴は力なく手を降ろしながら聞いてきた。どうする、とはのぞみとのことだろう。罪だなんて言ったのだ。気にするのも当然である。
 
「とりあえず、のぞみに俺の体質のことを話そうと思う。で、それを聞いても仲良くしてくれるってんなら、これからものぞみのところへ通う」

罪だとしても、それをのぞみに謝るのはおかしな話だし、それを理由に彼女から離れるのも身勝手だ。だから今までどおり遊びに行くのを辞めるつもりはない。だが、せめてもの償いに、俺ものぞみに話せていなかったことを伝えるべきだと思った。もしかしたら気持ち悪がられて縁を切られるかもしれない。そもそも、のぞみは俺となんか残りの時間を過ごしたくないかもしれない。でも、俺はのぞみと過ごしたかった。もっとたくさん話をして、もっとたくさんのぞみの笑った顔を見たかった。 罪を背負う覚悟はできている。拒絶されたら、そのときは潔く諦めよう。何にせよ、まずは全てをさらけ出してのぞみと向き合うところからだ。
 
「そうだね、それがいいと思う」
 
正晴はそう言って微笑んだ。全てを説明しなくても俺の気持ちを理解してくれているのだろう。その表情には複雑さもあったが、それ以上に応援の念が強く表れているように見える。
 
「よし、じゃあ今日は俺が奢ってあげる!……だから、頑張りなね」
 
今までの暗い空気を断ち切るかのような明るい声。それから穏やかな声が続く。それが何に対する応援かなど聞くまでもなく分かった。「おう」と返事をして笑ってみせると、向こうもにこっと笑い返してくる。正晴の優しさにどれだけ救われているのか。それに改めて気付かされた。
 
喫茶店を出たあと、俺たちは帰途についた。見慣れた道を二人で並んで歩く。
 
「そういや、例の小説借りたよ」
「え、ほんと? じゃあ、早く読んでね。感想言い合いたいし」
「いいけど、俺読むの遅いぞ」
「早く読まないと、ネタバレ送りつけちゃうよ」
「うっわ、それは最悪。急いで読むわ」
 
くだらない話をしているのはいつものことだ。のぞみにあんなことを告げられて、辛いのは本当。悔しいのも、悲しいのも。だけど、俺が前を向かなきゃ何も始まらない。のぞみのおかげでやっと変わってこられたのだ。そのお返しは今しかできない。それなら普段通りでいよう。限られた時間を、くだらなくても最高な時間にするために。
 
「正晴」
 
その決意を心の中で固めてから、正晴に声を掛けた。
 
「俺、やっぱりのぞみのことが好きだ」
 
振り向いた正晴の目を見て、はっきりと言う。本当に大きなことが起きてしまった以上、もう逃げてはいられなかった。たとえ、好きだと認めることで辛い結末を迎えるとしても。
 
「うん」
 
俺の告白に対して、正晴はそう言っただけだった。しかし、その顔を見れば分かる。どれほど喜んでくれているのかなんて。俺のことを一番心配して、一番応援して、いつだって味方になってくれる。こいつはそういうやつだ。
 
「……なーにニヤニヤしてんの。気持ち悪い」
 
つい顔がニヤけていたらしい。正晴は怪訝な顔をしてこっちを見ている。そういえばのぞみにも似たようなこと言われたなと思い出した。
 
「気持ち悪いとか言うな。ちょっと考え事してただけだ」
「エロいこと?」
「……お前、俺がその手の話好きじゃないの知ってんだろ」
「わ・ざ・と。本当にピュアだねぇ」
「うっせぇ、ほっとけ」
 
俺が不貞腐れたように言うと、くすくすと正晴が笑う。つられて俺も笑ってしまった。茜色の夕焼け空が優しく俺たちを包んでいく。大きな転機となる一日はこうして終わっていった。
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