春になったら君に会いたい

松下柚子

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告げる秋

将来の夢

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秋の紅葉は、春の桜には劣るが俺の好きな風景の一つだ。街の木々にはまだ緑色の葉ばかりだが、しだいに色鮮やかに変わっていくだろう。そんなことを考えながら、俺は病院へ向かっていた。病院に行くのは10日ぶり。のぞみと出会ってから、10日も顔を合わせなかったのは初めてである。俺のバイトやのぞみの検査で、なかなかお互いの都合が合わなかったのだ。たった10日間だけでも、タイムリミットがあるととても惜しくなる。そのため、久々に会えることにわくわくしていた。
 
病院に着くと、特有の臭いが鼻腔をついた。もうこの臭いには慣れすぎている。それなのにこの臭いを嗅ぐだけで涙腺が緩むのは、俺の心が弱くなった証拠だろうか。ふぅ、とゆっくり息を吐き、軽く頬を叩いてからのぞみの病室へ向かう。一緒にいるときは笑顔でいよう。それは、夏の暮れに決めたマイルールだった。辛くても泣きたくても、笑って会いに行くことが大切だと思った。だから、今日も笑顔で病室のドアを開けた。
 
「おはよ、のぞみ」
 
ベッドの上の彼女に、いつものように声をかける。のぞみは少し遅れてにこっと笑った。その笑みは若干力なかったが、相変わらず可愛かった。 
 
「冬くん、おはよう。なんか久しぶりな気がするね」
「だな。たった10日だけなのにな」
 
のぞみが座っているベッドに近づいて、横の椅子に腰を下ろす。硬いパイプ椅子の感覚が少し懐かしく感じられた。
 
「ところでさ、貸してた漫画読んだ?」
 
一息つく間もなく、俺はすぐに話し始めた。せっかくならたくさん話したいし、余計なことを考えたくなかったからだ。
 
「……え、あっ、うん! すごく面白かったよ」
「おー、そうか。バトルものだからどうかなって思ってたんだけど、それならよかった」
「……あ、私、バトル系も結構好きだから」
「? へぇ、そうなんだ」
 
何かおかしい。そんな気がした。内容はいつも通りだが、なんというかのぞみの作る間が引っかかった。入ってきたときもそうだが、今日は反応が若干遅い。妙なタイムラグがある。気のせいならいいが、もし何かあるなら心配だった。
 
「のぞみ、なんかあったか? ちょっとぼーっとしてるみたいだけど」
 
怒っているように思わせないためゆっくりと言うと、のぞみはハッとしたように顔を上げた。そして一瞬、顔を歪ませる。それは本当に一瞬だった。うっかり見過ごしてしまいそうになるほど。すぐにそれは笑顔に変わった。しかし、どこか無理に笑っているように見える。
 
「ごめんね、昨日寝不足だったの。ここの部屋暖かいし、うとうとしてきちゃって」
 
嘘だなと思った。明確な根拠はない。だが、さっきの歪んだ顔とわざとらしい笑顔を見たら、そう思わずにはいられなかった。それなら、俺はどう対応するべきだろう。無理やり聞き出してもいいが、のぞみが余命のことを話してくれたときと同様に、苦しい思いをさせてしまうのではないかと怖くなる。話の流れで上手く聞き出すというのも手だが、俺にそんなスキルがあるわけもない。なかなかいい案が考えつかなかった。しかし、無視するということは考えられない。
 
「冬くん? どうかしたの?」
「え、いや何でもねぇ。ちょっと考え事をな」
 
今度は俺がぼーっとしていたらしい。逆になってどうする、と頭の中でセルフツッコミを入れて意識をのぞみに戻した。
 
「あはは、そっか。冬くんも眠くなっちゃったのかと思った」
「むしろ目ぇパッチリだわ」
「じゃあ何考えてたの?」
 
微笑んで聞いてくるのぞみの髪が揺れた。珍しく今日は二つに結っている。そうしていると、いつもより少し幼く見えて可愛い。 

「んー、髪二つに結んでるの可愛いなあって」

素直に答えるわけにもいかず、ちょうどそのタイミングで思ったことを口にすると、のぞみの頬が一瞬で真っ赤に染まった。恥ずかしそうに口元を押さえたりもしている。
 
「え、なになに冬くんどうしたの! タラシキャラに変更!? 私そんなお知らせ聞いてないよ!」
 
やたらテンションの高いのぞみの様子に、自分が何を言ったか理解した。途端に頬に血が集まってくる。
 
「可愛いなんてそんなにさらっと言えるの冬くんじゃない!」
「う、うるせぇ! 俺だって普通に可愛いとか言うわ!」
 
もちろん照れ隠し。というか、単なる逆ギレ。変なことを言ったわけではないものの、可愛いなんて素で言うキャラではないと自分でも分かっている。
 
「うわぁ、冬くんが可愛いって! 嬉しいけど、我が子が巣立つみたいでフクザツー」
 
冗談を言って笑う彼女は、なんだかんだ照れているようだ。 まあ、結果オーライというやつなのかもしれない。
 
「のぞみはむしろ妹感あるけどな」
「えー、せめてお姉ちゃんじゃない? 冬くん誕生日いつ?」
「8月20日だけど」
「私は4月2日。ほら、私の方が早い! だから、私がお姉ちゃん!」
「そういうこと言ってる時点で子供っぽい。精神年齢で言えば、余裕で俺が上だな」
 
しょうもないやり取りをしつつ、のぞみの様子を観察する。さっきまでとは違って、反応速度もいつも通りだし、笑顔も自然なものになっていた。俺の思い違いということはないと思うが、深く考えすぎるのもよくないのかもしれない。誰しもぼーっとすることくらいあるのだから。
 
「にしても、冬くんが可愛いって言ってくれるんなら毎日二つ結びにしよっかな」
 
毛先をクルクルといじくりながら、そう彼女が言う。上目遣いと嬉しそうな可愛い笑顔に、俺は不安を一度胸にしまった。


「ねぇ、冬くんって将来何になりたいとか考えてる?」
 
それからしばらく漫画の話をしていると、突然そんなことを聞かれた。作中でそういうシーンがあったからだろう。答えがパッと出てこないのが寂しい。
 
「考えてない。つーか、考えられない」
「なんで?」
「俺の体質上何かしようったって限度があるしな。正規雇用とかは望めないし」
 
冬の間は何もできない。そんな状態で将来の夢なんて考えようもなかった。考えるべきは、なりたいものではなく、やれること。そうでなくてはきっと生きていけない。小さい頃は将来の夢もあったと思うが、いつからか夢を見るのは辞めた。叶わない望みは持ちたくないのだ。俺の返しに、のぞみは残念そうに口を尖らせた。
 
「そっかー、冬くん仕事できそうなのにもったいないなぁ」
「そうか? まあ、こればっかりは仕方ないからな。そういうのぞみは……あ、いや、何でもない」
 
ついのぞみに聞き返そうとしてしまった。余命わずかな人間にするには酷な質問だというのに。
 
「あはは、そんなに気にしなくていいよ。むしろサラッと聞いてくれた方が嬉しい」
 
俺が言おうとしたことはバレバレだったらしい。俺の方が気を遣われてどうするんだか。彼女の強さにフォローされている自分が情けなく思えた。
 
「私はね、お嫁さんになりたかったの」
 
テンプレートでしょ、と笑うのぞみの顔は決して明るくない。それに、なりたかったと過去形なのが辛かった。余命宣告のとおりなら、のぞみは十八になる前に亡くなってしまう。彼女の夢を叶えることは不可能だ。
 
「いいじゃん、それ。素敵だと思う」
 
俺にはそれしか言えなかった。応援したくても何もできない。もし仮にのぞみが俺に好意を抱いていたとしても、結婚することすらできないのだ。取ってつけたような作り笑いでの俺の返事に、のぞみは少し困ったようににこっとした。
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