春になったら君に会いたい

松下柚子

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桜舞う秋

桜デート(後編)

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それから、しばらくそこでゆっくりと過ごした。お互い適当に周りの景色を眺めつつ、たまに思い出したようにとりとめのない話をする。病院でいつもしているのとあまり変わらないが、場所が違うからか、あるいは、さっきののぞみの発言があるからか、いつもより心が満たされる気がしていた。
 
どれだけの間そうしていたのだろう。気がつけば、のぞみのお父さんが迎えに来る時間になっていた。腕時計を確認した俺は、名残惜しい気持ちを心の奥に隠して立ち上がった。
 
「もう行かなきゃな」
「うん、そうだね」
 
答えたのぞみの視線が、一度だけ地面に落ちる。きっと俺と同じ思いを抱いているのだと感じた。彼女の決意は、あくまで希望でしかない。またここに来られる日が来るか、不安は拭えていないはずだ。それは俺だって変わらない。
 
「次に来るときは、紅茶とかスイーツも持ってくるか」
 
なんでもないようにそう言って、彼女に手を差し出す。これからのことは正直分からない。それでも今は、のぞみの決意を大切にしたかった。のぞみは笑って大きくうなずき、俺の手を握った。小さくて柔らかいその手は、少し暖かく感じた。
 
公園を出ると、既に車が停まっていた。俺たちに気づいたのか、中からのぞみのお父さんが出てくる。俺はのぞみと繋いだままだった手をパッと離した。寂しかったが仕方がない。ここで堂々とできるほどの余裕はなかった。
 
「あっ!」
 
車に乗る直前になって、のぞみは思い出したように声をあげた。俺とお父さんは同時に、彼女の方へ顔を向ける。
 
「レジャーシート敷きっぱなしにしてきちゃった……ごめん、待ってて」 
 
申し訳なさそうな顔をするから何かと思えば些細なことで安心する。俺も気づかずにここまで来てしまったので同罪だ。代わりに行こうかと声を掛けたが、のぞみはそれを断って一人で取りに行ってしまった。
 
「……冬君」
 
のぞみの姿が見えなくなってから、ためらい混じりに名前を呼ばれた。一緒の方向を見ていたはずの目がこちらを向いている。
 
「君に言いたいと思ってたことがあるんだ」
「はい」
 
俺も同じ気持ちでいた。のぞみが家族と過ごせる貴重な時間を俺がもらっている。その感謝を伝えなくてはいけない。お父さんは一度公園の方に視線を移した後、慎重に言葉を続けた。
 
「のぞみの病気が分かってから、僕と妻はのぞみに対してどう接していいか分からなくなってね。甘やかしすぎたり、むりに取り繕おうとしたりしたんだ。あの子は病気のせいで友人もほとんどいないようだし、僕たちとの関係も不自然な感じになってしまって、楽しいとか嬉しいとかそういうことを素直に感じられなくなっていたんじゃないかと思う」
 
絞り出すように、考えながら紡がれる言葉が苦しい。誰も悪くないのに、傷つく人が多すぎる。
 
「だから、君がいてくれてよかった」
 
目を見てはっきりと告げられた言葉を、純粋に嬉しいと思った。俺がのぞみと一緒にいることが、お父さんたちの邪魔になっていないか、実はずっと不安だった。俺と出会わなければよかったと、そう思われている可能性も否定できなかった。だから、こうやって正面から「よかった」と言ってもらえることが、ただただ嬉しい。
 
「俺も、のぞみと出会えてよかったと思ってます」
 
お父さんの目を見つめて、はっきりと伝えた。俺がのぞみに与えたものよりも、ずっとずっと大きなものを、俺は受け取っていると思う。惰性で生きている俺に、希望を与えてくれたのはのぞみに他ならない。
 
「ありがとう」
「ありがとうございます」
 
声が重なった。お父さんは少し驚いたような顔をして、それから笑った。 
 
「冬君は大人だね。……ちょっと嫉妬してた僕の方がよっぽど子どもだ」 
 
優しい声に照れが混じる。のぞみのお父さんがこの人でよかったと思った。少しして、のぞみが戻ってきた。折りたたんだレジャーシートを抱え、俺の貸した服をワンピースの上に羽織っている姿は、なんだかちょっと不格好である。しかし、それが逆に俺の心をくすぐったことは言うまでもない。
 
しばらく車に乗って、朝のように駅で解散した。窓を開けて手を振ったのぞみは、名残惜しそうな顔をしていた。たぶん俺も同じ表情だ。だって、最後かもしれない。こうして外で彼女を見ることができるのは。そうならないように願うこと以外、俺にできることはないのだから。
 
「ばいばい」
「……ああ、また」
 
別れの言葉が、冷えた空気に消えていく。春の暖かな空気が待ち遠しかった。できるだけゆっくり時間が進んでほしい。本当は春になんてずっとならないでほしい。それでも、これから残された時間、彼女には暖かい世界にいてほしいと思った。
 
駅からの帰り道、回り道をして神社に寄った。何の神様が祀られているんだか覚えていないが、とにかくじっとしていられなかったのだ。人生で初めてお札を賽銭箱に入れる。願いはただ一つだった。
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