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第二章 まやかし

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 同じ頃、ラッキー・クローバーはとびきりの営業スマイルを浮かべていた。

「ようこそ、冒険者管理事務局『教会協会』カレドゥシャ本部へ」

 にこり。
 100人が見れば99人は、その笑顔を美しいと讃えるに違いない。
 のこりのひとりはきっと同業者で、「仕事熱心な女性だなぁ」などと感想を抱くだろう。

「……仕事を頼む」

 ラッキーの笑顔に構わず、どこか頼りなさげな顔をした男がそう口にする。
 男の腰には怪物の面。
 赤いオーガの仮面だ。
 男は受付カウンターに懐から取り出した銀時計、それから何かの手紙らしき書簡を雑に置く。

「おれはギルド【百鬼夜行ヒャッキヤギョウ】のアッカってもんだけどよ。そっちのはギルドマスターの委任状だ」
「銀時計拝見いたします………はい、ではこちらも拝見いたします」

 ラッキーは一応、委任状の体裁が整っているかどうかを確認する。
 見たところ不備は見当たらないようだ。

「一旦情報を照会いたしますので、少々お待ちくださいませ」

 ラッキーは情報を確かめに行くふりをしてバックヤードに行くと、数秒間ぼーっと過ごす。
 その後何食わぬ顔で戻り、
「お待たせいたしました、アッカ・ニオン様」
 と銀時計で確かめたフルネームを伝えつつ、元の窓口で応対を再開する。
 彼女なりのサボりテクニックだった。

「ギルド単位での職務の斡旋をご希望ですね。でしたら、今ご紹介できるお仕事は──」
「いや、そうじゃねぇだろら」
「……はい?」

 ラッキーは笑顔のまま灰色の猫っ毛の髪をいじりながら、細めた目の隙間から灰色の瞳で男を見つめている。
 その顔にあるのは、あいも変わらず嘘偽りのある笑顔だ。

「どういうことでございましょうか」

 全て知ってなお白々しくそう答える。そんなラッキーの演技を知ってか知らずか、アッカと名乗った男は語気を強めて語りかけてくる。

「【百鬼夜行】だぜ、委任状もあるぜ」
「ええ、先程お聞きいたしました。きちんと照会も済んでおります、委任状も拝見いたしました」

 ──ギルド【百鬼夜行】。

 カレドゥシャに古くからある土建屋ギルド。中小のギルドが世界各地に乱立する中、構成員百名、大所帯を築く【百鬼夜行】はかつて「おばけギルド」とも呼ばれた。
 所属するものは妖怪の仮面を身に着け、その仮面の名で呼ばれることとなる。仮面は席次制、功績により順次入れ替わり。この昇進・降格は日常的に行われ、仮面という視覚的な階位もあるため、構成員たちの上昇志向は極めて高い。

 構成員であればどの仮面がどの役職か一目でわかるが、外部の人間にその組織図は把握しにくい。内部事情を知る者でも、仮面と個人とが入れ替わる可能性があるために「誰がどれか」分からなくなる。
 この仮面方式は組織内における「個人の成果を組織の成果として認識させるため」であり、決して所属する人物を秘匿するためではない──。
 ギルドマスターは代々そう語るという。

 土建屋としての評判もそこそこ。
 カレドゥシャ特有の建築を行える大工たちも減った今、既存家屋の修繕や増改築は基本【百鬼夜行】が請け負う。
 公共事業の落札回数が多いのもこのギルドの特徴だ。【百鬼夜行】のギルドマスターは代々必ず岩石魔法を扱える。法面や道路の整備など大掛かりな作業の場合、他の業者と比較すると、【百鬼夜行】に依頼したほうが格段に安上がりになるのだ。
 特に聖イルミネア教関連施設は古い魔法で建造されている場合が多く、岩石魔法を得意とする魔法使いを専属的に抱えている【百鬼夜行】は教会とも懇意である。


「おれ【百鬼夜行】だぜ……?」
「ええ」

 頼りなさげな顔の男、アッカは声をトーンダウンさせて、ラッキーに顔を近づけ小声で話す。

「普通のじゃない。おれたち用の仕事だ」
「と、申されますと?」

 アッカが更に声を抑える。

「……アレだよ、アレ」
「と、申されますと?」
「ワイバーンの件。こう言えば分かるだろ」
「申し訳ございません、存じ上げません」

 ラッキーは営業スマイルを満開にさせた。
 100人に聞けは100人全員、その笑顔が美しいと答えるに違いない。
 
「そうか……なら別の窓口行かせてもらう」
「お力になれず申し訳ございません」
「姉ちゃん新人か?」

 尋ねられたラッキーは首を横に振る。

「いえ、2年目になります。もう新人とは言えない立場でございます」

 これは事実。

「2年……」

 アッカは推察する。
 ラッキーは見た目相応に若い。にも関わらず2年前に教会協会の職員という職を手にしていることとなる。
 その年齢でそれなりの職を手にしているということは、そこそこ高等な教育を受けているか──あるいはそこそこの地位にあり、裏口を通ってきたか……と。
 どちらにしろ、アッカはラッキーが温室育ちで世間知らずなのだと勝手に納得する。 

「あのな、いいこと教えてやる」

 言葉通り教えてやろうという親切心か、それとも分からせてやろうという威嚇が目的か。
 どちらにしろ、彼はご丁寧に解説をしてくれるつもりらしい。

「おれらはそちらさんと結構長いこと懇意にさせてもらってんだ」
「ええ、存じております」
「だからな。特別な仕事を回してもらうこともある。そういうこった」
「ええ、存じております」

 営業スマイルのまま、ラッキー・クローバーがついに言ってのけた。
 化けの皮が剥がれ始める。

「なんだよ知ってんのか、なら話は早い。ネトゥス草原のワイバーンの案件、さっさと斡旋してくれ」
「申し訳ございません、そちらの案件は他のギルドに委託が済んでおりますので」

 にっこり。
 目を細め口角を上げ、見事な笑顔がラッキーの顔に形成された。

「………」
「うふふ」
「お前さんさ」
「はい」
「分かってんのか、自分が何言ってんのか」

 ラッキーが頷く。
 その営業スマイルは意味ありげで、100人が見れば99人は彼女を疑う。
 その顔のまま、彼女の口から事務的に言葉が紡がれる。

「はい、ネトゥス草原のワイバーン討伐依頼。この案件は既に他のギルドに対して解決を依頼したのでもう斡旋できない、という意味で申しております」
「……なあ、もしかしてミスって他所よそに頼んだのか?それともトラブルったりしたのか? だったら──」

 頼りなさげだったアッカの顔がさらに頼りなくなる。おろおろとした様子で怯えているようにも見える。

「──ギリギリ許してもらえるかもしれん、な、そうなんだろ?」
「うふふ」
「マズいぞ、これはマズい、あの仕事はなぁ、うちの者にしか流れねぇって決まりなんだわ、そうじゃなきゃなんねぇんだ」
「語るに落ちてますよ」
「お前さん、お前、そう、お前な、あのな、これ、おれも、怒られちまうんだわ、なぁ、もしバレたら」
「ええ、これが立場上相当マズい事態だってことは重々承知しています」

 ──お前らがやっていることは全てお見通しだ。

 ラッキーは言いたい。
 今すぐにでも立ち上がり、ビシッとそう言いたくて仕方がない。
 だが、我慢する。
 今は想像だけに留める。
 まだその時ではないと自制し、話を続ける。

「私……と言うより協会は、貴方がたとの関係が崩れるからマズい。そっちはまぁ、色々マズいですよね、バレちゃうと敵が増えそうですし」
「まさか、お前、わざと、やったのか?」
「はい」

 正直な返答。
 これにはアッカも頭を抱える。

「そいつぁ、もう、なんだ、あー、あれだ、なんて言えばいい、手遅れ、そう、もう、手遅れだ、マズい、うん、マズい。少なくとも、怒られる、あー、お前も、おれも、怒られる。決まっちまった」
 
 ぶつ切りした単語を無理やり文にして、額には汗を浮かべ始めた。

「ええとなぁいいか……まず、うちのカシラにこのことは伝える、じゃなきゃ余計にマズい。隠しきれねぇ。深刻だ。前にもあったからだ。続いてる。ヤバいことだ、ヤバいから報告して、解決しなきゃならねぇ」
「ええ、是非宜しくお伝えください」
「お前なぁ──」

 言いかけ、男はそこで動作を止める。
 何かを思いついたような具合だ。

「──まさか、このことでおれから強請ゆするなんてことはねぇ……よな?」
「はい、あなたから“は”強請りません」

 さしもの【百鬼夜行】の末席であるアッカも、その言葉の真意を察し更にたじろぐ。
 
「……あー、何だ、あー、言いたいことは山ほどある、けど、まず知りたいのは、大体どこだよってこと、で、つまり、誰なんだ、おれらの仕事横から盗ってったのは、うん。おれは多分、そいつら、連れてかなきゃ、いや始末、いいややっぱり、連れて行く──」
「それに関連してお話があるんですよ」

 平然たるその様。
 大人の余裕、大物の貫禄。
 すべて、虚飾。

「………姉ちゃん、あんた、何者なにもんだ?」
「私ですか。私は……ただの協会の受付嬢ですよ」

 ──キマった。
 ──今の私、超カッコイイ……!

 ラッキーは心の中でガッツポーズをとった。




   *




「人為的、だったりするかもしれません」

 場所はネトゥス草原に戻る。

「ワイバーンの近親交配を、人為的に?」
「はい」
「馬鹿な」
「近親交配だって確証はないですけど」

 オリヴィアは一度血液で汚れたローブと手袋を脱いだ。
 彼女のフリルのブラウスは驚きの白さを保っており、同時にそれは常にローブを身に着けていることの表れだった。

「消毒洗浄……何色だっけ……あ、あった」

 それから、オリヴィアはカバンの中に入っていた小瓶を取り出し、中の水色の液体を脱ぎ捨てたそれらに振りまく。
 すると……みるみるうちにローブと手袋の汚れが宙へと浮き上がり分解され、塵のような埃のようなものとなり、風に乗ってどこかへ飛んでいった。

「ワイバーン牧場でも開くのか?」

 リモンはあぐらをかきつつワイバーンの解剖された死体を眺める。
 慣れたらしい。

「実際、それに近いことはしてるかと思います」
「何故に」
「あえて弱い個体を生んでるんです、分かります?」
「分からん」

 オリヴィアは赤い髪を風になびかせつつ、新品同様の質感へと戻ったローブを着用する。

「考えて」
「ワイバーンを食べるためか」
「食べません、食べられません。食べません……よね?」
「食べたことはある」
「うえぇ」
「美味しくないぞ。筋張ってて」
「それなら食べるために養殖しないでしょ」
「じゃあ分からん。俺には分からんよ、ワッハッハ」

 清々しい笑いでもってリモンは思考を放棄した。
 仕方なく、オリヴィアが正答を提示する。

「ワイバーンを倒すために、繁殖させてるんだと思います」
「馬鹿か君は。倒すために数を増やすなど、それでは本末転倒──」

 リモンが鼻で笑う。
 鼻で笑ったあと……徐々にその顔から笑顔が抜けていく。
 どうやら理解が及んだらしい。

「ほう、ほうほうほう?」
「ね」
「そういうことか」
「そういうこと、だと思いますよ」

 以心伝心が適った。
 答え合わせでもするように、二人が互いの意見を口にする。

「自分たちで獲物を生み育て、それを野に放して狩る……ということだな」
「何かしらの方法で弱い個体を産ませ、それを野放しにして──」
「根回し、折衝、談合……あるいは実害が出るまで放置。何かしらの方法で協会案件まで引き上げて、なおかつ──」
「自分たちでそれを引き受けるという仕組みを作った何者かがいる、とわたしは思います」

 二人は腕を組み考え込む。
 しばし沈黙。
 難しい顔がふたつ並ぶ。
 風が草原を駆け抜ける。

「これでは被害を人間が出しているのと同じではないか、世のため人のために冒険を生業とする冒険者への冒涜だ!!」
「生命への冒涜ですよこんなの。ワイバーンすら被害者ですし……」
「許せん!!」

 おもむろに立ち上がったリモンが咆える。

「度し難いな!」

 かと思えば同じようなことを口にして腰を下ろす。

「知ってたと思うか、オリヴィア」
「……このことをラッキーさんが、ですよね」
「然り」
「知らないでわたしたちを寄越したんなら、とんだ豪運の持ち主ですよ」

 知らなかったはずなどない。
 ふたりともにその結論に至る。

「彼女はあれでしたたかな女だから」
「多分知ってて、リモンさんにこの仕事を紹介したんですよ」
「ううむ」
「これまでのも」
「スライムのときのかっ!」
「あのお面たちが悪い奴らなんでしょうね、たぶん」
「はぐらかされ続けたのは……俺たちが派手に動いて、騒動が広まるのを」
「抑えるため」
「なら、やはり」
「やっぱりですよね」

 オリヴィアはラッキーの言葉を思い出す。
 彼女が語った夢。
 最強のギルドを作る、という夢。
 そしてその前に語った、教会を壊す云々という余りにも荒唐無稽な目標。
 その根拠として語られたのは依頼解決までの長期化、金銭面での問題、特定ギルドと協会の癒着──。

「どうしたオリヴィア。しかめっ面……うわっすごいしかめてるな、しかめすぎだぞ」
「わたしたち、良いように使われてるんですよ」
「…………フン」
「今のところわたしたちの推理だと、どこかの集団が弱いワイバーン──よわいバーンを作っていて」
「よわいバーン」 

 それでいいのか、という顔をリモンが見せるが、オリヴィアはフードを掴みつつそれを見なかったことにした。

「……よわいバーンを作って。それを放して、問題起こして、協会にそれを持っていって、公式の案件にしてもらった上で自分たちで解決している訳ですよね」
「ふむ」
「これはラッキーさんが言ってた『お金が目的になっている』件と、教会協会との『癒着』の件が合わさって発生した事態、ってことでしょ」
「うむ」
「あの人、わたしたちにこの問題解決させるつもりなんですよ……」
「あぁ、うむ、ぬ……それに、どこか問題が?」
「問題アリです、リモンさんはもっとここ使って」

 オリヴィアが頭を指差す。

「フード?」
「頭!!」
「頭を使え、と」
「そう」
「ふむ」

 リモンは考え込むふりをする。
 正味もう彼は考えるのをやめて、今すぐにでも件のよわいバーンを生み出している連中を叩きのめしたい。
 今の彼の思考の8割はそちらに割かれている。もう空き容量が無い。
 
「考えてませんね、絶対」

 オリヴィアがずばり指摘する。

「フッ、お見通しという訳か」
「──いいですか。ラッキーさん……つまり協会の受付嬢が、わたしたちにこの高額報酬の仕事を斡旋してるんです。つまり、傍から見ればわたしたちにとってもこれは『お金が目的になっている』『癒着』です」
「うお、本当だ」
「このままだと、よわいバーン作ってる人──たぶん団体、恐らくはギルドだとは思うけど。彼らと敵対することになります」
「うむ……うむ!望むところだ!!」

 リモンがはちきれんばかりに胸を張る。
 やる気が満ち満ちている、戦うつもりしかない。
 しかし、オリヴィアはそういう訳にはいかないと首を振る。

「でも今の状態だと──互いが互いを正攻法で攻められないんです。『☓☓が不当なことをやってたぞ!』と片方が言うと、もう片方からも『お前のところもやってただろ!』って言われる状況で」

 オリヴィアは焦りのせいで上手く言葉を選べない。選べないなりに、何とかリモンに考えを伝えようとしていた。

「今のところ、結局どっちも金儲けのために癒着してるじゃないか、って話になっちゃうんです。片方だけを悪者にできないんです。どっちも正義じゃないんです」
「正義でない、だと? 相手はどう考えても悪いことをしているだろう」
「前にあなたが言ったんですよ。悪の対局が正義だとは限らないって」
「……そうか、そうだった」
「どっちになりたいですかって話」
「無論、俺は正義の側にありたい」
「ですよね」

 ふたりはカレドゥシャまで戻ることを決める。
 今はともかく、彼らのギルドマスターに詳しい話を聞く必要がある。

「絶対に問題が起こる……いえ、もう起こってる、というかわたしたち巻き込まれてます……多分、いいえ絶対に」
「してやられた、というわけか」
「うん、完全に」


 二人はまだ知らない。
 これが「してやられた」で済むような話にはおさまらないことを。


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