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第三章 ラッキー・クローバー冒険者試験編

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 一夜明け、日も高くなった頃。


 カツカツと万年筆が音を立て、いつものメモ帳に神経質そうな右肩上がりの文字を書く。

「………なるほど。承知しました」

 アルコ・ロードリエスは【聖歌隊】として、ラッキー・クローバーへの聞き取り調査を行っていた。
 幸か不幸か彼女とリモンたちの繋がりを知らないアルコは、ごくごく普通の「真面目な正義の味方」として、淡々と職務を全うしている。

「念の為再度確認させてもらいます。気分が悪くなったら中止しますので、すぐに申し出てください」
「はい、おねがいします」

 ──一方、いかにも堅物そうなそのメガネの男がアルコであるのは、ラッキーも聞き及ぶところだった。
 部隊長相手に、いかにして自身のギルド【ラッキーウィスカー】を隠蔽し、同時に彼女を助けてくれた【ドラゴンスレイヤーズ】の一員……エル・ザニャのことをひた隠すか。彼女の腕の見せ所でもあった。

「冒険者試験に挑戦した貴女たちは、実技試験として『グリのダンジョン』を訪れた。この時点で参加者は18名いた」
「その通りです」
「よく覚えていらっしゃいましたね」
「記憶力はいいもので」
「……試験開始から1時間ほど経過した頃、レール・スピリッタと貴女は、第2階層で【ドラゴンスレイヤーズ】2名と遭遇。ひとりが『ルーナ』、もうひとりが『ティラ』と名乗った」
「はい。ルーナというのが、今回捕まったほうの犯人です」
「受験者や試験官は、魔導具の糸により拘束。天井から吊り下げられていた──ということは、ルーナという女がそれを」
「いいえ。逃げたほうが魔道具の持ち主でした」
「………逃げたもうひとり、ティラの特徴などは覚えていますか」

 尋ね、アルコはメモを数十頁ほど遡る。
 ──既に何かしら情報がある。
 彼の動作を目に留めたラッキーはそう判断し、正直に、かつ事細かに説明を開始する。

「年齢は私より下……だと思います、雰囲気的に。暗くてよく見えなかったのですが、特徴といえば……褐色と、外ハネしたくせ毛の黒髪。あと、レールくんの攻撃で左肩に負った重い傷。今から捜索するなら大きな目印になると思います、治癒されてなければの話ですが」
「非常に冷静な視点からの情報……助かります」

 メモにメモが書き足されていく。
 聞き取った内容は彼の部下・ジンがオリヴィアから聞き取った情報と概ね合致しており、どうやら構成員に関するオリヴィアの提供情報はすべて真実らしいと、彼は結論づけた。

「しかし。よく生き延びましたね」
「レールくんのおかげなんです。うえ、剣を投げてティラを撃退してくれなければ………」
「ふむ。レール・スピリッタ。そこまでの逸材とは」

 ラッキーは白々しく
「ホントですよぉ」
 と相槌をうつ。

「しかしそこから先は──記憶がないと」
「はい。そこから先は何も。気絶したんだと思います、怖すぎて」
「なるほど………」
「あの」

 アルコの手が止まった。
 彼は慌てたように、また申し訳無さそうに
「すみません。嫌な記憶を思い出させて──」
 とまで言いかけるが、ラッキーは左右に首を振ると「そうじゃなくて」と、少しバツの悪そうな顔をした。
 
「ええと、ですね。試験なんですけど」
「といいますと」
「ほら、わたしたち冒険者試験を受けてたわけじゃないですか」
「ええ。はい、そのとおりです」
「せめてレールくんは合格ってことにしてあげられませんか」
「…………なぜ?」
「彼多分、二度目は無いでしょう、だって、腕が」

 エル・ザニャの魔道具、『遷変卍華メタモル』の効果は彼女の言葉通り半日──丁度12時間で切れた。
 大慌てでの止血と治癒、医療的対応が為されたのは言うまでもない。
 レールが辛うじて一命を取り留めた、というところまでは、同様に入院を余儀なくされたラッキーも聞き及んでいたし、アルコも「【聖歌隊】かと思ったら服が変わり腕がもげた」という事態は知らされている。
 さすがのラッキーにもここの言い訳は思いつかず、取り敢えず『記憶にない』で押し通すしかないのだった。

「あぁ……………」

 ほんの僅か、瞬きでもしていたら見逃してしまうほどの一瞬、アルコはその顔に穏やかさを垣間見えさせた。

「お優しいのですね。ラッキーさんは」
「いや、優しさっていうか。恩があるし、バツが悪いというか」
「ともあれ」

 アルコはメモ帳をそっと閉じ、それを制服のポケットへとしまう。

「それを決めるのはオレではありません」
「ですよね……」
「けれど」

 アルコはおもむろに立ち上がり、一生懸命に笑顔をつくる。彼なりの配慮だった。

「個人として、協会に打診はしてみます。我々としても無関係な話ではないし、何より『【ドラゴンスレイヤーズ】と相対して生き残った』のは事実ですから」
「運が良かったんです。それだけです」
「運も実力ですよ」
「…………あはは、そうですかね」

 最敬礼の後
「ありがとうございました」
 と述べ、アルコは病室を去っていく。
 オリヴィアやリモン、ノッペラから伝聞していた「カタブツ」「キレ症」といった要素はあまり見られず、真面目で誠実そうな彼に対し。

「なんだ、案外かわいい人じゃないですか」

 ラッキーはそんな感想をにこやかに放つ。

「どこが」

 ──と反対意見を述べつつ、ベッドの下から赤ずくめの少女が這い出してきた。

「オリヴィアちゃん」
「なに」
「今日は特にかわいいですねぇ」
「うるさい、というより気持ち悪い……」

 見舞いにいつもの緋色のローブは自重したようだが、チェックのワンピースはやはり赤だった。珍しく髪を結んでおり、左右の黒いリボンがよく映えている。
 わざわざの格好で、朝早くからラッキーを心配し駆けつけていた彼女。しかしラッキーが目覚めるやいなややってきた【聖歌隊】の制服を見て、無意識に隠れてしまったのだという。

「でもよかった。わたしが治癒するほどじゃなくて」
「ええ、傷とかは無いですから。ほんとメンタル的なところだけ」
「ふーん」
「なんか本当に。冒険者ってヤバいんですね」
「珍しく後ろ向きじゃないですか」
「結構堪えてるんですよ、これでも」

 口から大きく息を吐き、ラッキーはベッドから起き上がる。
 
「まあそれはそれとして」
「それはそれとするんだ……」
「私いまからレールくんのところに行きます」

 普段見るよりはるかにやつれた彼女の横顔。明朗快活で頭と舌とがよく回る年上の女性という印象も、今のラッキーにはない。
 オリヴィアは危機感を覚えた。本人が言う通り、治癒術も医学も通じない領域──精神の部分で、彼女は疲弊している。見逃せる状態ではなかった。
 
「気持ちはわかる、だけどいまは寝てていいんだよ。何かあるならわたしが代わりに──」
「もう丸一日寝てました。それに色々あるんです、色々。あの子もあとから取り調べ受けるだろうし、意識が戻ってたなら打ち合わせとかしないと」
「───でも」
「気持ち、わかってくれるんですよね」
「…………」

 靴を履きふらふらと歩みだす彼女の腕を掴み制そうとしたオリヴィアだったが、思い留まり、そのまま行かせることにした。
 そうした方が、きっとラッキーにとっては良いのだと、そう思い込むことにした。

 
 

   *





「これは後から聞かされた話なんですけどね」

 退院したラッキー・クローバーはギルドハウスのソファーで、ホットミルクをちびちび飲みつつ、そこに集ったオリヴィア、リモン、ノッペラの3人に語る。

「試験官。各チェックポイントだけでなく、入口で待機してた人たちも殺されてたらしいんです」

 皆が真剣な面持ちで彼女を見つめているが、当の本人は顔色も変えず、ただただホットミルクが温くなるのを待つように、ちびちび、ちびちびと落ち着いて飲んでいる、

「つまり、ですよォ。あのルーナとティラっていう二人組の少女はぁ、わたしたち受験生よりぃ、わたしたちより辿ってことになるんですよねェ……」

 妙にねっとりとした口調にだれもがツッコミを入れたくて堪らなかったが、それでも黙って聴く態勢を取るのは、それなりにラッキーのことを心配し信頼しているからだ。

「とてもすごいなぁ~って思いました。助けてくれたエル・ザニャさんも、強くてすごかったです」
「なるほど、エルさんが」
「ええ、そーなんですよぉ」
「……………………」
「…………………………?」
「………いや、続きは?」
「無いですよ、終わりです」
「終わりかよ!!!!!」

 ノッペラがズッコケた。

「もっとこうあンだろ。敵はどんなやつだったとか、どういう攻撃をしてくるとか、どんな危ない目に遭ったとかよォ馬鹿じゃねェの!?」
「詳細はもう知ってるんじゃないです?」
「ちィッ、そりゃまァ、な……」

 ──今回の「冒険者試験襲撃事件」は新聞でも大々的に取り扱われ、瞬く間に情報は流布。巷は【聖歌隊】と【ドラゴンスレイヤーズ】、いつしかぶりの衝突に湧く最中であった。
 生き残った受験者がふたりいた、という事実は表沙汰となり、ラッキー・クローバーという珍名とともに、ルーナの身柄確保の功労者──ということにされたレール・スピリッタの名もまた広く知れ渡ることとなる。
 エル・ザニャのことだけは隠し通したラッキーも、つい先程、そのことをギルドのメンバーに伝えたことで、持てる情報のほぼ全てを開示してしまった。

「でもよ。アンタのことだ、いろいろ話にウソやらデマカセやら混ぜてあンだろ」
「人聞きの悪い。嘘ではなく配慮です。出任せではなく思いやりです」
「……ったくよォ。見ろよ、呆れてこの二人黙っちまってンぞ」
「然り。いや違う呆れてなどいない。よく生きて帰ってきたと感心していたのだ」

 リモンは至極真面目な面持ちで語る。

「【ドラゴンスレイヤーズ】には2タイプの人材がいる。めっぽう魔物に強い者と、めっぽう人に強い者だ。俺とオリヴィアはどちらかと言えば前者だ」
「へえ、盾騎士様にしてはめずらしい。『無論俺は両方だ』とか言わないんですね」

 不服そうに
「フン………」
 と息を漏らし、彼は続ける。
 
「ラッキーが出くわしたティラとルーナ。新入りであまり面識はないが、間違いなく後者。闇夜に生き影に潜み命を狩る──」
「つまり、殺しのスペシャリスト」

 遠回しな表現に、我慢できずという具合にオリヴィアが口を挟む。

「ティラとルーナは、わたしも顔と名前くらいしか知らない。ある日突然やってきて、あり得ない速度で仕事をこなしはじめた。特にルーナっていう色白の方がすごくて、北の雪国アインフリーレンの要人暗殺を、たったひとりでやってのけたらしい」

 ………聞いていたラッキーの顔色が変わった。

「要人って、誰の」
「覚えてないけど」

 どうしてそんなことを聞くのか。
 オリヴィアは首を傾げるが、ラッキーは誤魔化すようにはにかむ。

「ほら……【百鬼夜行ヒャッキヤギョウ】の皆さん、あの王国の貴族宅の工事で向かわれたから」
「あぁ、そういえば」
「斡旋したの実は私なんですよね……だからほら、その暗殺に絡んで万一のことがあったら」

 ドン、とテーブルを叩いたのはノッペラだった。

「万一のことなんか無ェよナメんなボケ、ケンカ売ってンのか」
「ノッペラ」

 リモンに制され、立ち上がりかけたノッペラは再びソファーに腰を落とす。

「………心配するなってことだろ。要は。な」
「チッ、そうだよ」
「ともかくだ。ラッキー、君は殺しのスペシャリストを前に生きて帰ってきたのだ。それはとても凄いことだ、うん」
「それはエルさんの助けありきで」
「ひとつ怖い話をしておくが」

 リモンは真顔で口角だけ器用に上げた。

「エル・ザニャはな。両方なんだ」
「両方? 性別の話ですか?」
「惜しい。性的嗜好の話だ」
「ああ………」
「他のメンバーの仕事を邪魔してまで君を助けたとなると、ある意味で相当気に入られている可能性がある……とだけ言っておこう」

 ラッキーがそう聞いて思い浮かべたのは青年レールの顔だった。
 気に入られたのはおおよそあちらだろう。ラッキーは勝手にそう結論付けた。

「どの道、君も助けてもらったのは事実だ」
「それは、まあ、はい。確かに」
「聡い君なら薄々希望的観測として抱いているかもしれんが。このギルドに引き込める可能性もある。奴は『最強の剣士』……いや拳士か。どっちにしろ、それに極めて近いと俺は思っているが、どうだろうか」
「────!」
「いやー無理じゃないですかねー」
 
 水を差すつもりなどなく、ただ事実として告げる。いつも通りのオリヴィアの言動を誰かが咎めることはなかった。

「あのひと、かなり性格に難があるから。そもそもギルドに向いてないというか」

 お前が言うな、という言葉をリモンは飲み込む。自分もそうだろと言われるのは目に見えていた。

「それに気になるのはルーナのほう。実力的に、そのうち逃げ出したりするんじゃないかって心配だわ」
「否、アルコが居るからそれはない。ただ………ルーナ自身が自ら命を断つ、あるいは他のギルドメンバーからの口封じはあるかもしれん」
「口封じならわたしたちも殺されてるんじゃない?」
「そのためのファーストコンタクトが今回のラッキー襲撃だとしたら、どうだ。辻褄は合う」

 ラッキーは迷った。
 ──いいえ違うんです。彼女たちは誘拐のためにやってきて、そのターゲットは私なんです。
 それだけ告げれば彼らの危機感は拭えるだろう。ただそうすると、どうしても付随してくる疑問………つまりを説明する必要が出てくる。
 
 ラッキー・クローバーには、まだ明かすことのできない秘密がある。
 
 今のラッキーには、それを語れるだけの精神的余裕はない。彼女はいつものように表情を取り繕い、オリヴィアたちの会話を外から聞くのみだった……。
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