7 / 8
第7話|遅すぎた真実
しおりを挟む
北部辺境から三日後。
王都に一通の手紙が届いた。
差出人は、ディートリヒ・フォン・シュタインベルク公爵。
クラウス執事は、すぐにそれを王太子アレクシスのもとへ運んだ。
「殿下、公爵様からの急報です」
「シュタインベルク公爵から? 読ませてくれ」
アレクシスは手紙を開いた。
そこには、衝撃的な内容が記されていた。
-----
『王太子殿下へ
北部国境にて、重大な事実を確認しました。
若者たちの拉致は、隣国の仕業ではありません。
これは王国内部の貴族による陰謀です。
首謀者の一人として、バルトロメオ・ランカスター男爵を確認。
彼は隣国の軍服を着た傭兵を雇い、若者を拉致させていました。
目的は、戦争を引き起こし、混乱に乗じて権力を握ることと推測されます。
なお、この陰謀には複数の貴族が関与している可能性があります。
王都でも、警戒を怠らないようお願いいたします。
詳細は、救出作戦終了後、直接ご報告いたします。
ディートリヒ・フォン・シュタインベルク』
-----
「なんだと……!」
アレクシスは愕然とした。
「国内の貴族が、若者を拉致していた?」
「殿下、これは……」
「すぐに調査を開始しろ! ランカスター男爵の屋敷を家宅捜索だ!」
「承知しました!」
クラウスが部屋を出ようとした時、アレクシスが呼び止めた。
「待て、クラウス」
「はい?」
「公爵は……エリアナと共にいるのか?」
クラウスは少し躊躇した後、頷いた。
「はい。エリアナ様も、調査に協力されているようです」
「そうか……」
アレクシスは複雑な表情を浮かべた。
「彼女は、追放されてもなお、この国のために動いているのか」
「……」
「私は……本当に愚かだった」
-----
その日の午後、ランカスター男爵の屋敷が家宅捜索された。
そこで発見されたのは、驚くべき証拠の数々だった。
「殿下! これを!」
近衛隊長が、大量の書類を持ってきた。
「これは……」
アレクシスは書類に目を通した。
そこには、若者拉致の詳細な計画、傭兵への支払い記録、そして――
「隣国との偽の交渉記録……戦争を引き起こすための工作か」
「さらに、こちらには共謀者の名前が」
隊長が別の書類を示した。
そこには、十数名の貴族の名前が記されていた。
バルドウィン・ハートレー子爵、エドワード・フェアファックス伯爵、そして――
「これほど多くの貴族が……」
アレクシスは拳を握りしめた。
「すぐに全員を拘束しろ!」
「承知しました!」
-----
王宮は、一気に騒然となった。
次々と貴族たちが拘束され、牢に送られていく。
廊下では、貴族たちがざわめいていた。
「まさか、ハートレー子爵までもが……」
「あれほど王太子殿下に忠誠を誓っていたのに」
「いや、最初から陰謀を企んでいたんだろう」
その時、一人の老貴族が呟いた。
「そういえば……エリアナ・ヴェルノン嬢は、以前ランカスター男爵と対立していたな」
「ああ、確か社交界で激しく非難していた」
「でも、証拠がなくて失敗したんだっけ?」
「まさか……あの時、彼女は男爵の不正を知っていたのか?」
貴族たちの間に、疑念が広がり始めた。
-----
アレクシスは、執務室で過去の記録を調べ始めた。
エリアナが関わった「事件」を、一つ一つ見直す。
「マーガレット・ウィンザー伯爵令嬢との諍い……エリアナが彼女を侮辱した後、ウィンザー伯爵家の不正が発覚」
「使用人の解雇……解雇された三人は、後に隣国のスパイと判明」
「ランカスター男爵との対立……今回、男爵の陰謀が明らかになった」
すべてが、繋がっていく。
「エリアナは……ずっと、この国を守っていたんだ」
アレクシスは頭を抱えた。
「彼女が糾弾した相手は、すべて本当に悪だった」
そして、エリアナはその悪を暴くために、自ら憎まれ役を買って出た。
「なぜ……なぜ誰にも言わなかったんだ」
「なぜ一人で、すべてを背負ったんだ」
アレクシスの目から、涙が溢れた。
-----
その夜、アレクシスはルシアを呼んだ。
「ルシア、聞いてほしい」
「はい、殿下」
「私は……エリアナに、取り返しのつかないことをした」
アレクシスは、これまで調べたことをすべて話した。
エリアナが守ってきたもの。
彼女が一人で戦ってきたこと。
そして、自分がどれほど愚かだったか。
「……という訳だ」
話し終えた時、アレクシスの顔は涙で濡れていた。
「私は、彼女を悪役だと決めつけた。証拠も確認せず、彼女の言い分も聞かず」
「殿下……」
「そして、公衆の面前で婚約を破棄し、爵位を剥奪し、追放した」
アレクシスは両手で顔を覆った。
「彼女は……どれほど孤独だったろう」
「どれほど辛かったろう」
「それでも、最後まで弁解しなかった。この国を守るために」
ルシアは、そっとアレクシスの肩に手を置いた。
「殿下、今からでも遅くありません」
「何?」
「エリアナ様に、謝罪なさってください」
「だが……彼女は、もう私の謝罪など受け入れないだろう」
「それでも、伝えるべきです」
ルシアは優しく微笑んだ。
「謝罪は、許してもらうためにするものではありません。自分の過ちを認め、相手に伝えるためにするものです」
「ルシア……」
「私も、エリアナ様に謝りたいんです」
ルシアの目にも、涙が浮かんでいた。
「私は……殿下の隣で、何も気づかなかった。エリアナ様の孤独に、気づいてあげられなかった」
「君は悪くない」
「いいえ、私も同罪です」
ルシアは首を横に振った。
「だから、一緒に謝りに行きましょう。北部へ」
-----
翌朝、アレクシスは準備を始めた。
北部へ向かい、エリアナに直接会う。
そして、謝罪する。
「殿下、本当に行かれるのですか?」
侍従が心配そうに尋ねた。
「ああ。これは、私がすべきことだ」
「ですが、王都を離れるのは危険では……」
「大丈夫だ。ハートレー子爵たちは拘束した。王都の守りは固めてある」
アレクシスは剣を腰に差した。
「それに、これ以上エリアナを待たせるわけにはいかない」
-----
出発の準備をしていると、クラウス執事が現れた。
「殿下、お待ちください」
「クラウス? どうした」
「公爵様から、追加の報告が届きました」
クラウスは手紙を差し出した。
アレクシスはそれを読み、顔色を変えた。
「明日……救出作戦を決行する?」
「はい。公爵様の私兵が到着したようです」
「ならば、急がねば」
アレクシスは決意を固めた。
「私も、その場に立ち会う」
「殿下!」
「エリアナが戦っている場所に、私もいるべきだ」
アレクシスは真剣な目で言った。
「彼女が一人で戦ってきたことを、この目で見なければ。そして、せめて今回は――共に戦いたい」
-----
その日の夕方、アレクシスとルシアは王都を出発した。
護衛の騎士たちを伴い、北部へと向かう。
「殿下、本当に大丈夫なのでしょうか」
ルシアが不安そうに尋ねた。
「大丈夫だ。必ず、エリアナに会える」
アレクシスは前を見据えた。
「そして、伝えるんだ。私の後悔と、感謝を」
-----
一方、北部辺境では。
エリアナとディートリヒが、最終的な作戦の打ち合わせをしていた。
「明日の夜明けに、救出作戦を決行します」
ディートリヒが地図を指し示す。
「私兵が到着した。総勢五十人。十分な戦力だ」
「傭兵の数は十五人……勝算はありますね」
「ああ。だが、油断は禁物だ」
ディートリヒはエリアナを見た。
「エリアナ、あなたは村で待機していてくれ」
「いいえ、私も行きます」
「危険だ」
「分かっています。でも、あの若者たちは、私の領民だったんです」
エリアナは決意に満ちた目で言った。
「私には、彼らを救う責任があります」
ディートリヒは長い沈黙の後、頷いた。
「……分かった。だが、私から離れるな」
「約束します」
-----
その夜、エリアナは眠れずにいた。
明日、多くの若者たちを救える。
でも、戦いになる。
誰かが傷つくかもしれない。
「大丈夫……公爵様がいる」
エリアナは自分に言い聞かせた。
もう一人じゃない。
彼が、共に戦ってくれる。
その時、窓の外に馬の蹄の音が聞こえた。
「こんな夜中に……?」
エリアナは窓から外を見た。
月明かりの中、数騎の馬が村に近づいてくる。
「まさか、敵の襲撃?」
エリアナは急いで部屋を出た。
外に出ると、ディートリヒも駆けつけてきた。
「エリアナ、下がっていろ」
「はい」
二人が警戒していると、馬が村の入り口で止まった。
そして、一人の男が馬から降りた。
月明かりがその顔を照らす。
「……殿下?」
エリアナは信じられない思いで呟いた。
そこにいたのは――王太子アレクシスだった。
「エリアナ……」
アレクシスは彼女の名を呼んだ。
「会いに来た」
その声は、震えていた。
「どうして……殿下が、こんな場所に」
「君に……謝らなければならないことがあるんだ」
アレクシスは一歩、エリアナに近づいた。
「エリアナ・ヴェルノン。私は、すべてを知った」
「すべて……?」
「君が、この国のために何をしてきたか」
アレクシスの目には、涙が浮かんでいた。
「君が、どれほど一人で戦ってきたか」
「そして、私がどれほど愚かだったか」
アレクシスは跪いた。
王太子が、地に膝をつく。
その光景に、エリアナは息を呑んだ。
「殿下……何を」
「エリアナ、許してほしい」
アレクシスは頭を下げた。
「私は君を誤解し、傷つけ、追放した」
「君の孤独に気づかず、君の努力を踏みにじった」
「取り返しのつかないことをした」
静寂が訪れた。
エリアナは、何も言えなかった。
「私は……君に償うことはできない」
アレクシスは顔を上げた。
「でも、伝えたかった。君は悪役なんかじゃない。この国の、真の英雄だと」
「そして……ありがとう。君が守ってくれたから、この国は今も存在している」
エリアナの目から、涙が溢れた。
長い間、誰にも認められず、誰にも理解されなかった。
でも今――王太子が、自分の努力を認めてくれた。
「殿下……」
エリアナは小さく微笑んだ。
「私は……殿下を恨んでなんかいません」
「エリアナ……」
「これが、私の役目でしたから」
エリアナは優しく言った。
「でも、気づいてくださって……ありがとうございます」
アレクシスは立ち上がり、エリアナの手を取った。
「エリアナ、もう一度――いや、これは無理な願いだな」
「殿下?」
「君を、もう一度王宮に迎えたい。王太子妃として」
その言葉に、エリアナは首を横に振った。
「それは……できません」
「やはり、そうか」
アレクシスは悲しげに微笑んだ。
「当然だ。私は、君を傷つけすぎた」
「いいえ、そうではありません」
エリアナは、ディートリヒを見た。
公爵は少し離れた場所で、静かに二人を見守っていた。
「私には……もう、守るべき場所が見つかったんです」
エリアナは優しく言った。
「ここで、公爵様と共に、新しい人生を歩みたいんです」
アレクシスは、ディートリヒを見た。
公爵は無表情だったが、その瞳には――確かな決意があった。
「そうか……」
アレクシスは諦めたように微笑んだ。
「ならば、祝福しよう」
「殿下……」
「エリアナ、どうか幸せに」
アレクシスは最後に、深々と頭を下げた。
「そして、改めて――本当に、ありがとう」
王都に一通の手紙が届いた。
差出人は、ディートリヒ・フォン・シュタインベルク公爵。
クラウス執事は、すぐにそれを王太子アレクシスのもとへ運んだ。
「殿下、公爵様からの急報です」
「シュタインベルク公爵から? 読ませてくれ」
アレクシスは手紙を開いた。
そこには、衝撃的な内容が記されていた。
-----
『王太子殿下へ
北部国境にて、重大な事実を確認しました。
若者たちの拉致は、隣国の仕業ではありません。
これは王国内部の貴族による陰謀です。
首謀者の一人として、バルトロメオ・ランカスター男爵を確認。
彼は隣国の軍服を着た傭兵を雇い、若者を拉致させていました。
目的は、戦争を引き起こし、混乱に乗じて権力を握ることと推測されます。
なお、この陰謀には複数の貴族が関与している可能性があります。
王都でも、警戒を怠らないようお願いいたします。
詳細は、救出作戦終了後、直接ご報告いたします。
ディートリヒ・フォン・シュタインベルク』
-----
「なんだと……!」
アレクシスは愕然とした。
「国内の貴族が、若者を拉致していた?」
「殿下、これは……」
「すぐに調査を開始しろ! ランカスター男爵の屋敷を家宅捜索だ!」
「承知しました!」
クラウスが部屋を出ようとした時、アレクシスが呼び止めた。
「待て、クラウス」
「はい?」
「公爵は……エリアナと共にいるのか?」
クラウスは少し躊躇した後、頷いた。
「はい。エリアナ様も、調査に協力されているようです」
「そうか……」
アレクシスは複雑な表情を浮かべた。
「彼女は、追放されてもなお、この国のために動いているのか」
「……」
「私は……本当に愚かだった」
-----
その日の午後、ランカスター男爵の屋敷が家宅捜索された。
そこで発見されたのは、驚くべき証拠の数々だった。
「殿下! これを!」
近衛隊長が、大量の書類を持ってきた。
「これは……」
アレクシスは書類に目を通した。
そこには、若者拉致の詳細な計画、傭兵への支払い記録、そして――
「隣国との偽の交渉記録……戦争を引き起こすための工作か」
「さらに、こちらには共謀者の名前が」
隊長が別の書類を示した。
そこには、十数名の貴族の名前が記されていた。
バルドウィン・ハートレー子爵、エドワード・フェアファックス伯爵、そして――
「これほど多くの貴族が……」
アレクシスは拳を握りしめた。
「すぐに全員を拘束しろ!」
「承知しました!」
-----
王宮は、一気に騒然となった。
次々と貴族たちが拘束され、牢に送られていく。
廊下では、貴族たちがざわめいていた。
「まさか、ハートレー子爵までもが……」
「あれほど王太子殿下に忠誠を誓っていたのに」
「いや、最初から陰謀を企んでいたんだろう」
その時、一人の老貴族が呟いた。
「そういえば……エリアナ・ヴェルノン嬢は、以前ランカスター男爵と対立していたな」
「ああ、確か社交界で激しく非難していた」
「でも、証拠がなくて失敗したんだっけ?」
「まさか……あの時、彼女は男爵の不正を知っていたのか?」
貴族たちの間に、疑念が広がり始めた。
-----
アレクシスは、執務室で過去の記録を調べ始めた。
エリアナが関わった「事件」を、一つ一つ見直す。
「マーガレット・ウィンザー伯爵令嬢との諍い……エリアナが彼女を侮辱した後、ウィンザー伯爵家の不正が発覚」
「使用人の解雇……解雇された三人は、後に隣国のスパイと判明」
「ランカスター男爵との対立……今回、男爵の陰謀が明らかになった」
すべてが、繋がっていく。
「エリアナは……ずっと、この国を守っていたんだ」
アレクシスは頭を抱えた。
「彼女が糾弾した相手は、すべて本当に悪だった」
そして、エリアナはその悪を暴くために、自ら憎まれ役を買って出た。
「なぜ……なぜ誰にも言わなかったんだ」
「なぜ一人で、すべてを背負ったんだ」
アレクシスの目から、涙が溢れた。
-----
その夜、アレクシスはルシアを呼んだ。
「ルシア、聞いてほしい」
「はい、殿下」
「私は……エリアナに、取り返しのつかないことをした」
アレクシスは、これまで調べたことをすべて話した。
エリアナが守ってきたもの。
彼女が一人で戦ってきたこと。
そして、自分がどれほど愚かだったか。
「……という訳だ」
話し終えた時、アレクシスの顔は涙で濡れていた。
「私は、彼女を悪役だと決めつけた。証拠も確認せず、彼女の言い分も聞かず」
「殿下……」
「そして、公衆の面前で婚約を破棄し、爵位を剥奪し、追放した」
アレクシスは両手で顔を覆った。
「彼女は……どれほど孤独だったろう」
「どれほど辛かったろう」
「それでも、最後まで弁解しなかった。この国を守るために」
ルシアは、そっとアレクシスの肩に手を置いた。
「殿下、今からでも遅くありません」
「何?」
「エリアナ様に、謝罪なさってください」
「だが……彼女は、もう私の謝罪など受け入れないだろう」
「それでも、伝えるべきです」
ルシアは優しく微笑んだ。
「謝罪は、許してもらうためにするものではありません。自分の過ちを認め、相手に伝えるためにするものです」
「ルシア……」
「私も、エリアナ様に謝りたいんです」
ルシアの目にも、涙が浮かんでいた。
「私は……殿下の隣で、何も気づかなかった。エリアナ様の孤独に、気づいてあげられなかった」
「君は悪くない」
「いいえ、私も同罪です」
ルシアは首を横に振った。
「だから、一緒に謝りに行きましょう。北部へ」
-----
翌朝、アレクシスは準備を始めた。
北部へ向かい、エリアナに直接会う。
そして、謝罪する。
「殿下、本当に行かれるのですか?」
侍従が心配そうに尋ねた。
「ああ。これは、私がすべきことだ」
「ですが、王都を離れるのは危険では……」
「大丈夫だ。ハートレー子爵たちは拘束した。王都の守りは固めてある」
アレクシスは剣を腰に差した。
「それに、これ以上エリアナを待たせるわけにはいかない」
-----
出発の準備をしていると、クラウス執事が現れた。
「殿下、お待ちください」
「クラウス? どうした」
「公爵様から、追加の報告が届きました」
クラウスは手紙を差し出した。
アレクシスはそれを読み、顔色を変えた。
「明日……救出作戦を決行する?」
「はい。公爵様の私兵が到着したようです」
「ならば、急がねば」
アレクシスは決意を固めた。
「私も、その場に立ち会う」
「殿下!」
「エリアナが戦っている場所に、私もいるべきだ」
アレクシスは真剣な目で言った。
「彼女が一人で戦ってきたことを、この目で見なければ。そして、せめて今回は――共に戦いたい」
-----
その日の夕方、アレクシスとルシアは王都を出発した。
護衛の騎士たちを伴い、北部へと向かう。
「殿下、本当に大丈夫なのでしょうか」
ルシアが不安そうに尋ねた。
「大丈夫だ。必ず、エリアナに会える」
アレクシスは前を見据えた。
「そして、伝えるんだ。私の後悔と、感謝を」
-----
一方、北部辺境では。
エリアナとディートリヒが、最終的な作戦の打ち合わせをしていた。
「明日の夜明けに、救出作戦を決行します」
ディートリヒが地図を指し示す。
「私兵が到着した。総勢五十人。十分な戦力だ」
「傭兵の数は十五人……勝算はありますね」
「ああ。だが、油断は禁物だ」
ディートリヒはエリアナを見た。
「エリアナ、あなたは村で待機していてくれ」
「いいえ、私も行きます」
「危険だ」
「分かっています。でも、あの若者たちは、私の領民だったんです」
エリアナは決意に満ちた目で言った。
「私には、彼らを救う責任があります」
ディートリヒは長い沈黙の後、頷いた。
「……分かった。だが、私から離れるな」
「約束します」
-----
その夜、エリアナは眠れずにいた。
明日、多くの若者たちを救える。
でも、戦いになる。
誰かが傷つくかもしれない。
「大丈夫……公爵様がいる」
エリアナは自分に言い聞かせた。
もう一人じゃない。
彼が、共に戦ってくれる。
その時、窓の外に馬の蹄の音が聞こえた。
「こんな夜中に……?」
エリアナは窓から外を見た。
月明かりの中、数騎の馬が村に近づいてくる。
「まさか、敵の襲撃?」
エリアナは急いで部屋を出た。
外に出ると、ディートリヒも駆けつけてきた。
「エリアナ、下がっていろ」
「はい」
二人が警戒していると、馬が村の入り口で止まった。
そして、一人の男が馬から降りた。
月明かりがその顔を照らす。
「……殿下?」
エリアナは信じられない思いで呟いた。
そこにいたのは――王太子アレクシスだった。
「エリアナ……」
アレクシスは彼女の名を呼んだ。
「会いに来た」
その声は、震えていた。
「どうして……殿下が、こんな場所に」
「君に……謝らなければならないことがあるんだ」
アレクシスは一歩、エリアナに近づいた。
「エリアナ・ヴェルノン。私は、すべてを知った」
「すべて……?」
「君が、この国のために何をしてきたか」
アレクシスの目には、涙が浮かんでいた。
「君が、どれほど一人で戦ってきたか」
「そして、私がどれほど愚かだったか」
アレクシスは跪いた。
王太子が、地に膝をつく。
その光景に、エリアナは息を呑んだ。
「殿下……何を」
「エリアナ、許してほしい」
アレクシスは頭を下げた。
「私は君を誤解し、傷つけ、追放した」
「君の孤独に気づかず、君の努力を踏みにじった」
「取り返しのつかないことをした」
静寂が訪れた。
エリアナは、何も言えなかった。
「私は……君に償うことはできない」
アレクシスは顔を上げた。
「でも、伝えたかった。君は悪役なんかじゃない。この国の、真の英雄だと」
「そして……ありがとう。君が守ってくれたから、この国は今も存在している」
エリアナの目から、涙が溢れた。
長い間、誰にも認められず、誰にも理解されなかった。
でも今――王太子が、自分の努力を認めてくれた。
「殿下……」
エリアナは小さく微笑んだ。
「私は……殿下を恨んでなんかいません」
「エリアナ……」
「これが、私の役目でしたから」
エリアナは優しく言った。
「でも、気づいてくださって……ありがとうございます」
アレクシスは立ち上がり、エリアナの手を取った。
「エリアナ、もう一度――いや、これは無理な願いだな」
「殿下?」
「君を、もう一度王宮に迎えたい。王太子妃として」
その言葉に、エリアナは首を横に振った。
「それは……できません」
「やはり、そうか」
アレクシスは悲しげに微笑んだ。
「当然だ。私は、君を傷つけすぎた」
「いいえ、そうではありません」
エリアナは、ディートリヒを見た。
公爵は少し離れた場所で、静かに二人を見守っていた。
「私には……もう、守るべき場所が見つかったんです」
エリアナは優しく言った。
「ここで、公爵様と共に、新しい人生を歩みたいんです」
アレクシスは、ディートリヒを見た。
公爵は無表情だったが、その瞳には――確かな決意があった。
「そうか……」
アレクシスは諦めたように微笑んだ。
「ならば、祝福しよう」
「殿下……」
「エリアナ、どうか幸せに」
アレクシスは最後に、深々と頭を下げた。
「そして、改めて――本当に、ありがとう」
3
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました
水上
恋愛
【全18話完結】
「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。
そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。
自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。
そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。
一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。
病弱令嬢…?いいえ私は…
月樹《つき》
恋愛
アイゼンハルト公爵家の長女クララは生まれた時からずっと病弱で、一日の大半をベッドの上で過ごして来た。対するクララの婚約者で第三皇子のペーターはとても元気な少年で…寝たきりのクララの元を訪ねることもなく、学園生活を満喫していた。そんなクララも15歳となり、何とかペーターと同じ学園に通えることになったのだが…そこで明るく元気な男爵令嬢ハイジと仲睦まじくするペーター皇子の姿を見て…ショックのあまり倒れてしまった…。
(ペーターにハイジって…某アルプスの少女やんか〜い!!)
謎の言葉を頭に思い浮かべながら…。
このお話は他サイトにも投稿しております。
『悪女と呼ばれた令嬢は、親友の幸せのために婚約者を捨てた』
由香
恋愛
婚約者である王太子を、親友のために手放した令嬢リュシエンヌ。
彼女はすべての非難を一身に受け、「悪女」と呼ばれる道を選ぶ。
真実を語らぬまま、親友である騎士カイルとも距離を置き、
ただ一人、守るべきものを守り抜いた。
それは、愛する人の未来のための選択。
誤解と孤独の果てで、彼女が手にした本当の結末とは――。
悪女と呼ばれた令嬢が、自ら選び取る静かな幸福の物語。
婚約破棄された私が辺境で薬師になったら、元婚約者が後悔し始めました
たくわん
恋愛
病弱で役立たずと侮られ、婚約破棄されて辺境の寒村に追放された侯爵令嬢リディア。しかし、彼女には誰も知らない天才的な薬学の才能があった。絶望の淵から立ち上がったリディアは、持ち前の知識で村人たちの命を救い始める。やがて「辺境の奇跡の薬師」として名声を得た彼女の元に、隣国の王子レオンハルトが研究協力を求めて現れて――。
地味でつまらない私は、殿下の婚約者として相応しくなかったのではありませんか?
木山楽斗
恋愛
「君のような地味でつまらない女は僕には相応しくない」
侯爵令嬢イルセアは、婚約者である第三王子からある日そう言われて婚約破棄された。
彼は貴族には華やかさが重要であると考えており、イルセアとは正反対の派手な令嬢を婚約者として迎えることを、独断で決めたのである。
そんな彼の行動を愚かと思いながらも、イルセアは変わる必要があるとも考えていた。
第三王子の批判は真っ当なものではないと理解しながらも、一理あるものだと彼女は感じていたのである。
そこでイルセアは、兄の婚約者の手を借りて派手過ぎない程に自らを着飾った。
そして彼女は、婚約破棄されたことによって自身に降りかかってきた悪評などを覆すためにも、とある舞踏会に臨んだのだ。
その舞踏会において、イルセアは第三王子と再会することになった。
彼はイルセアのことを誰であるか知らずに、初対面として声をかけてきたのである。
意気揚々と口説いてくる第三王子に対して、イルセアは言葉を返した。
「地味でつまらない私は、殿下の婚約者として相応しくなかったのではありませんか?」と。
『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?
あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。
「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる