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第6話(前編)「嫌いな色のドレス」
しおりを挟む――十年前。
レオンハルト・フォン・エルステッド、十二歳。
僕は王宮の客室で、退屈な時間を過ごしていた。
今日は、ローゼンタール侯爵家との会食がある。
政略結婚の話が進んでいるらしい。
相手は、侯爵家の一人娘。
七歳だという。
「七歳か……」
呟いて、ため息をつく。
僕より五歳も年下。
まだ子供ではないか。
婚約者として、どう接すればいいのか。
そんなことを考えていると、廊下から声が聞こえてきた。
「エリーゼ様、そのようなことを言っても……!」
「嫌なものは嫌なの!」
甲高い、子供の声。
そして――
「このドレス、絶対に着ない!」
ドアが勢いよく開いた。
そこには――
小さな女の子が立っていた。
栗色の髪。琥珀色の瞳。
ピンク色のドレスを侍女に差し出されて、頬を膨らませている。
「……君が、エリーゼ・ローゼンタール?」
僕が尋ねると、彼女はぱっと顔を上げた。
「あ……」
そして――僕をじっと見つめる。
「あなたが、レオンハルト様?」
「ああ」
僕は立ち上がり、彼女に近づく。
彼女は僕を見上げて――
「背が高い!」
そう叫んだ。
思わず、笑ってしまう。
「君が小さいんだよ」
「失礼ね! 私はもう七歳なのよ!」
彼女が頬を膨らませる。
その仕草が――妙に可愛らしくて、僕は困惑した。
「エリーゼ様、申し訳ございません」
侍女が慌てて頭を下げる。
「この子は、少し我儘で……」
「我儘じゃないわ!」
エリーゼが叫ぶ。
「ただ、ピンクが嫌いなだけ!」
「ですが、お母様がお選びになったドレスを……」
「お母様が選んだって、私に似合わないものは似合わないの!」
エリーゼが腕を組む。
「ピンクは、私の肌を子供っぽく見せるもの。それに、この形も古臭いわ」
七歳の子供が言う言葉とは思えない。
僕は――興味を惹かれた。
「なら、君はどんな色が好きなんだ?」
僕が尋ねると、エリーゼは目を輝かせた。
「明るい色! 黄色とか、水色とか!」
「そうか」
「それに、レースはもっと繊細な方がいいわ。このドレスのレースは、ごちゃごちゃしすぎてる」
エリーゼが自信満々に言う。
侍女は困り果てた顔をしていたが――
僕は、笑っていた。
「君は、面白いな」
「え?」
「七歳で、自分の好みをはっきり言える子は珍しい」
僕が膝をついて、エリーゼと目線を合わせる。
「エリーゼ。君の好きな色を選べばいい」
「……本当?」
「ああ。ピンクが嫌いなら、着なくていい」
エリーゼの目が、きらきらと輝いた。
「レオンハルト様!」
そして――
彼女は僕に、ぎゅっと抱きついた。
「優しい! 大好き!」
小さな体。
温かい体温。
花のような、甘い香り。
僕の胸が――不思議な感覚に包まれた。
「あ、ありがとう……」
僕は戸惑いながらも、彼女の頭に手を置いた。
柔らかい髪。
この子が――僕の、婚約者。
「ですが、レオンハルト様……」
侍女が困った顔で言う。
「このままでは、会食に間に合いません」
「なら、僕が選ぼう」
僕は立ち上がった。
「エリーゼの好きな色で、似合うドレスを」
「え……本当ですか?」
「ああ」
僕はエリーゼを見下ろす。
「君は、僕の婚約者だ。君が笑顔でいられるなら、それでいい」
エリーゼが――満面の笑みを浮かべた。
「レオンハルト様、最高!」
その笑顔を見た瞬間。
僕は――決めた。
この子を、守ろう。
この子の笑顔を、守り続けよう。
それが――僕の、使命だと。
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