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第5話(後編)「約束したのに、また」
しおりを挟む屋敷に戻った私は、部屋で一人、膝を抱えていた。
殿下を、傷つけてしまった。
また。
約束したのに。
逃げないと、誓ったのに。
私は――また、同じことをしてしまった。
コンコン。
扉がノックされる。
「エリーゼ様、マリアです」
「……どうぞ」
マリアが入ってくる。
彼女は私の顔を見て、すぐに駆け寄ってきた。
「エリーゼ様、お泣きになって……」
「泣いてなんか……」
頬に触れると、濡れていた。
いつの間にか、涙が溢れていた。
「何があったのですか?」
マリアが優しく尋ねる。
私は――全てを話したかった。
殿下のこと。
あの本のこと。
私の恐怖のこと。
でも、言葉が出てこない。
「マリア……」
「はい」
「私……殿下を、信じていないのかしら」
マリアが目を瞬かせる。
「なぜ、そのようなことを?」
「殿下は言うの。『君のままでいい』って。『僕は君を愛している』って」
涙が止まらない。
「でも、私は怖くて……殿下の優しさを、素直に受け取れなくて……」
「エリーゼ様……」
「こんな私は、殿下の婚約者として、失格よね」
マリアは少し考えてから、口を開いた。
「エリーゼ様。一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
「何?」
「エリーゼ様は、レオンハルト様のことを、愛していらっしゃいますか?」
即座に、答えが出た。
「愛しているわ。誰よりも」
「なら――」
マリアが私の手を取る。
「その気持ちを、信じてあげてください」
「え……」
「エリーゼ様が殿下を愛しているように、殿下もエリーゼ様を愛していらっしゃる。それを、信じてあげてください」
マリアの言葉が、胸に染みる。
「でも……」
「周囲が何を言おうと、関係ありません」
マリアが強く言った。
「大切なのは、エリーゼ様と殿下のお気持ちです」
「マリア……」
「それに――」
マリアが微笑む。
「私は、蒼色のドレスを着たエリーゼ様が、一番お好きです」
「え……」
「殿下の色を纏って、嬉しそうに笑うエリーゼ様。それが、一番美しいと思います」
その言葉に、涙が溢れた。
「ありがとう……マリア……」
マリアが私を抱きしめてくれる。
温かい腕。
優しい声。
そして――
「エリーゼ様。もう一度、殿下にお会いになってください」
「……うん」
私は頷いた。
そうだ。
殿下に、会わなくては。
ちゃんと、話さなくては。
私の恐怖も、不安も、全部――
殿下に、伝えなくては。
◆
翌朝、私は王宮へ向かった。
蒼色のドレスを着て。
髪には、真珠のリボンをつけて。
これが――本当の私。
殿下を愛する、私。
王宮の廊下を歩いていると、侍従に呼び止められた。
「エリーゼ様、レオンハルト様は執務室にいらっしゃいます」
「ありがとうございます」
執務室へ向かう。
心臓が、早鐘を打つ。
扉の前で、深呼吸。
そして――ノックした。
「どうぞ」
殿下の声。
扉を開けると、そこには書類に囲まれた殿下がいた。
殿下が顔を上げ――
私を見て、動きを止めた。
「エリーゼ……」
「殿下……お話が、あります」
私は一歩、前に踏み出す。
「昨夜は、申し訳ございませんでした」
「いや、僕も言いすぎた」
殿下が立ち上がる。
「でも、エリーゼ。その、ドレス……」
「はい」
私は微笑んだ。
「殿下の色です。やっぱり、私には――これが一番似合うと思って」
殿下の表情が、明るくなる。
「そうか……」
「殿下。私、お話ししたいことがあるんです」
私は真剣な顔で、殿下を見つめた。
「私が何を恐れているのか。何に怯えているのか。全部――お話しします」
殿下の目が、僅かに見開かれる。
「本当か?」
「はい。もう、隠しません」
私は深呼吸して――
「実は、私……ある本を読んだんです」
「本?」
「『悪役令嬢の末路』という……」
その瞬間。
殿下の表情が、凍りついた。
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